2021-03-07

虫の機嫌  津川絵理子インタビュー

津川絵理子インタビュー

虫の機嫌

聞き手:岡田由季


昨年12月に第三句集『夜の水平線』を上梓された津川絵理子さんに、虫の話をお聞きしました。なぜ虫なのかと言うと、『夜の水平線』の中に、精緻な虫の句がいくつも収められています。また、あとがきでも、少し虫のことに触れられています。どうやらご自宅でも飼われている。ということから、是非お話を伺ってみようと思い立ちました。


由季
吟行ををご一緒した際にも、絵理子さんはよく虫に目を留められていたように思います。子供の頃から虫好きだったのでしょうか。

絵理子
特に虫好きの子供ではなかったですが、周りの子と同じように蝉取りをしたり、バッタを捕まえたりして遊んでいました。苦手なのがひとつだけ、アシダカグモが今でも嫌いです。でもそれ以外ならだいたい大丈夫。

虫に限らず、鳥、犬猫、魚類、生きて動いているものに興味を引かれます。

由季
ご自宅でも飼われているとのこと。どんな虫をどういう風に飼っているのですか。

絵理子

一昨年以降、ベランダで弱っていたハナムグリを拾ったり、ピーマンを切ったら出てきたタバコガの幼虫を育てたり、アオツヅラフジを花入れに活けたら、それにヒメエグリバ(蛾です)の幼虫がついていて、そのまま羽化したり、などといった出来事がありました。

飼ってみて初めて知る彼らの生態に非常に興味を持ちました。何も知らない状態から飼うわけですから、ネットや本で調べたり、昆虫館に電話やメールをして教えてもらったりしているのですが、彼らはそんな付け焼刃の知識を上回る行動をするのです。

それがいちいち新鮮で、驚くことばかりでした。例えば、ハナムグリは冬の間昆虫マットに入ったまま出てきません。うっかりマットを湿らせるのを忘れてしまって、カラカラに乾いた状態になって、もうだめだ、死んでしまっただろう、と思っていたら、ちゃんと生きていて啓蟄の頃に這い出してきました。何か月も飲まず食わず、でも春になれば何ごともなかったかのように出てきて元気に這いまわるのを見て、生命力の強さに打たれました。

ちょうどコロナで家に籠る時期と重なり、重苦しい気持ちになることも多かったのですが、虫たちの世界の広がりを知ることで、人間の世界だけに生きるのは、何か限界を感じるというか、そんなことも考えるようになりました。

今家にいるのは、セスジスズメの成虫1匹、オンブバッタ雄雌各1匹、蟻(クロオオアリ5、クロヤマアリ10匹くらい)、黄金虫かカナブンぽい幼虫5、それより小さい幼虫5(1匹は早くも羽化してしまいました。セマダラコガネか。)割と若いハサミムシ1匹、ヒゲブトハムシダマシ成虫2匹です。ほとんど家族が持ち帰って来ました。私は外で観察するのが好きなので、飼うのは気が進まなかったのですが、既に自然に帰せなくなっていたりして結局世話をすることになりました。


由季
予想以上にたくさんの虫たちです!以前、迷い込んできた十姉妹も飼われていましたね。絵理子さんは、飛び込んでくる生き物を放っておけないんですね。それだけたくさんの種類がいると、餌や世話の仕方も様々でしょう。飼う上で、大変なのはどんなことですか?


絵理子

餌やりですね。

昆虫の餌やりはだいたい2、3日に一度で良いのですが、食べるものがそれぞれ違うのです。それに今いるセスジスズメ(蛾)の成虫は日に一回砂糖水を飲ませてやらなければなりません。自分では飲めないようです。つまようじで口吻を伸ばして砂糖水につけてやります。口吻の先がふるふる動いて、飲んでいるのが分かるようになりました。手に乗せても大人しくしていますが、口吻を引き出されるのは嫌がって暴れるので困ります。暴れると翅が傷むし、鱗粉が落ちて、背中なんかふわふわだったのに禿げになりました。翅を保護するために、飼育ケースではなく、立体的になるように支えを入れた大型洗濯ネットの中で飼っています。

セスジは幼虫のときも餌探しに苦労しました。芋虫だから芋の葉っぱをやっておけば良いと思っても、まず芋の葉っぱが身近に無い。ネットで調べると、藪枯しの葉を食べるらしいことが分かって、近所を探し回りました。ところが、住宅地では藪枯しが生えているところが意外と少ないのです。街路樹などの除草が徹底されているのでしょうか。運良く見つけたら、見付けた場所を覚えておいて、日替わりで摘みに行きました。芋虫の食欲はすさまじく、たっぷり葉っぱを入れておいても、次の日の朝には太い葉脈だけしか残っていない状態です。残暑の中歩き回って探しました。でもお蔭でどこに藪枯しが生えているか、いざとなれば電車に乗って採りに行ける場所も見付けました。もちろん全部がそうではないでしょうが、藪枯しって、私が観察したところでは、アベリアの木の下によく生えています。スズメガの成虫がアベリアの花の蜜を吸っているところもよく見かけますから、幼虫はアベリアの下に生えている藪枯しを食べ、その土の中で蛹になり、アベリアの花が咲くころに羽化して蜜を吸う、という循環が出来ているのではないかと思いました。もしそうだとしたら、非常に上手く出来たシステムですね。  

セスジスズメに砂糖水を飲ませているところ


しかしこんな風にセスジスズメだけに集中して世話することはできません。他の虫も毎日ではなくても餌を変えたり掃除をしたりしなくてはいけませんから。オンブバッタの餌(キャベツ)はすぐしなびるし、土はすぐに乾きます。昨秋雌のバッタ三匹がそれぞれに卵を産んだので、土が乾ききらないよう、霧吹きで水をやります。もう少し暖かくなったら、うじゃうじゃ小さいバッタが出てくるでしょう。

蟻は結構集団で主張する虫だなあ、と感じます。世話を怠ると、餌入れ(メープルシロップが入っている)にゴミや仲間の死骸を放り込んできます。餌を新しくして、ちゃんと掃除して、と言っているようです。

 

由季
飼ってみて、生態への興味が増して・・ということですが、世話をしていれば愛着もわいてくると思います。例えば、小鳥を飼うときのような愛情を感じることはありますか?飼っている中で特に思い入れのある虫はいるんでしょうか。

 

絵理子

世話をしているとどんな虫にも愛着が湧いてくるのですが、特に最初に飼ったハナムグリが印象深いです。ちょうど一年生きました。虫といえど世話をしているうちに愛情が深まりますよ。あまり触ったりするのは良くないので、必要最小限しか触れませんが。可愛いものです。

触れないけれど、機嫌がなんとなく分かったり、虫にも心があるのかも、と思います。だから死んだときは悲しかったです。天寿を全うしたんだと思っても、もう会えないのは辛い。

去年ショウリョウバッタの雄と雌を飼ったのですが、何度も脱皮するうちに、雌が最終の脱皮を失敗してしまった。脚や翅が曲がって、一週間ほどして死にました。原因は飼育ケースが小さかったからです。ショウリョウバッタの雌は日本で一番大きなバッタなんだそうです。だから脱皮のたびに飼育ケースを大きくして、スペースを広く取ってやるべきだったのです。これも昆虫館の人に相談したら、特大飼育ケースを縦に使って、イネ科の植物を立ててそこで脱皮させてやるとスムーズに出来たかも、と言われました。この雌には「ミョウガちゃん」(脱皮後茗荷色になったから)と名付けて最後を看取ったのですが、私の無知から死なせてしまったので、辛い思い出です。そうした失敗をした虫たちは、特に思い入れが、というか苦い思いと共に思い出します。

 

由季
飼育方法をずいぶん調べて、細やかに気を遣って世話をしているんですね。虫の中でも、蝶やカブトムシなどは飼う人が多いと思いますが、蛾などの、嫌われがちな虫も大切にしているのが素晴らしいと思いました。飼っていて楽しいこと、嬉しい瞬間についても教えてください。

 

絵理子

無事に羽化したとき、無事に冬を越せたときが嬉しいです。長生きしてくれるのも嬉しいです。餌をたくさん食べてくれるのも。見ているだけで楽しい。子供の頃に虫を飼ったことはありますが、こんなに虫たちと濃密な時間を過ごす機会は無かったように思います。子供は世話を親に任せたりしますから、生きものを飼うことの難しさや楽しさって、案外大人にならないと分からないものかもしれません。蛾を幼虫から育ててみて、こんなに可愛いものなんだなと思う自分が不思議です。

 

由季

いろいろお話ありがとうございました。最後に、言い足りないことなどありましたら、なんでもお願いします。

 

絵理子

一番びっくりしたことは、ヒメエグリバという蛾の幼虫を育てていて、無事蛹化し、いよいよ羽化したと思ったら、出てきたのがアメバチの一種だったことです。アメバチは寄生蜂で、芋虫の体内に寄生してその身体を食べ羽化します。出てきたのが想像と違っていたので、本当に驚きました。大事に育てていたヒメエグリバがアメバチに食べられて、でもアメバチは元気に生きていて、こんな命の循環もある・・・・この感情をどこへ持って行ったらいいのか、複雑な気分でした。結局アメバチは元気に飛び去りましたが。

生き物を飼うことは、死と多く出会うことですよね。それと自分がエゴイストだという事実と向き合うことでもある。蚊を打ったり、ゴキブリを平気で踏みつぶしたりしますから。

虫たちにはいろいろなことを教わったと思います。


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