2021-10-31

対中いずみ 【空へゆく階段】№55 解題

【空へゆく階段】№55 解題

対中いずみ


本書は1990年2月1日初版第一刷として蝸牛社から刊行されている。「数」の句のアンソロジーに「時間」という章立てはおもしろい。「時間」の章の句と解説を少し引く。
 一夜づつ寂しさ替はる時雨かな  早野巴人(はじん)

江戸の人。其角に学んだ。京都に移り住んでいる。感情の肌触りを味わうような作品が多い。「埋火や野辺なつかしき蕗の薹」なども同じように自分の気持ちを探るようなところがある。掲出の俳句はすぐれて現代的である。感受性の一番鋭いところで作品化している。そこが新しくて、しかも古びない点である。

鳥雲に石は千年答へざる  河原枇杷男

鳥雲にという季語はすぐれて象徴性のある言葉だが、それだけに作品のなかで定着するのは難しい。「石は千年答へざる」という中七下五には、たとえば飛鳥の亀石などが思い出される。石は地上に千年間動かずにいるわけだが、鳥もまた毎年毎年渡ることだ。両者の交信あるいは非交信をとらえた。

 我鬼忌から十日餘やこの半世紀や  竹中 宏

師中村草田男の死に際会しての感慨が、思わず口をついて出たような俳句である。それでいながらボールが弾んでもとの高さよりも高く上がるような、非現実的な回想が行われている。我鬼忌という言葉が季節を表しているのと同時に歴史のなかのある時点を指し示している。この日を里程標とするような歴史の見方ははなはだ魅力的。



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