8. さみどり 恩田富太
鶺鴒の邪魔も去りけり影送り
松虫や親の枕の端を借る
家の名の吹かれてゐたる盆提灯
半月や宿の蛇口の「をん」と鳴り
紫で輪郭を描くざくろの実
繕うて住むほどでなき松手入
愛の羽根音高く置く募金箱
よく泣きしあとの喉笛烏瓜
茸籠のたがひの匂ひ移しあふ
紅葉見の列も訪ぬる樹木葬
屑鯉の良う肥えてきし神無月
初霜や汁粉に塩の過ぎたりし
水涸れて瀬は風足の急くところ
色鬼に触れてつめたき空のいろ
神の者膝をあたたむ里神楽
水鳥の声の疎らに荷を括る
膿み止めの奥歯に苦し牡蠣の殻
たま風や霊山は背を海へ向き
ストーブに炙るまなぶた一日過ぐ
三人の年忌を纏む十二月
田の雪や祖父の匂ひの拭ひきれず
悴み手繋がらぬ血をつなぎあふ
古暦押鋲の穴錆びてをり
負独楽のゆかしき文目あらはせり
廻礼の一筆書きにまはりきる
彦神の山裾荒き雪濁り
竹箸を洗ひさらして日の温し
蹴り出してその石塊の春の色
用無しの苗札胸にさしてゐる
かざぐるま風へ還へらぬ風のある
花水木道ゆづられて困り顔
若草に突いたる膝の湿りかな
黒糖の舌に毀るる花曇
背にし待つモザイクタイル春驟雨
風信子不在の窓を飾りおく
夏きざす水彩の黄に青が触れ
母方の厨のにほふ笹粽
昼寝して思ふ生家の間取りかな
てのひらで闇を繕ふ初蛍
さみどりや身を入れ替る夏の水
岳母より良き文のあり水芭蕉
午後二時の時報の声も夏座敷
風を読む素ぶりもありて蝸牛
涼しさに爪を集めてひと家族
萬屋の軒にポストや白雨来り
葛切のぬたうつものを一息に
石坂をきては緋鯉を褒めてゆく
血のあをく巡るやうなる帰省かな
ともに濡る水着の黒を抱留めて
ひとすぢは開かぬ花火それも燃ゆ
恩田富太(おんだ・とみた)1975年生まれ。新潟県長岡市在住。「銀化」同人。句会「信天翁」運営。「越後出雲崎渚会」会員。2018年銀化新人賞。俳人協会会員
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