9. ひかる 伊藤波
春の長雨オルガンに木のこころ
花といふ獣の腕につつまれて
初虹のときの田んぼの真つ平ら
さざめきに乳歯めきたる海芋かな
猫の死の反対側に咲く苺
五月来て定礎の文字のくつきりと
ひと突きに光うごめく心太
そちらへは行けない夏至の鍵がない
紫陽花やスーツに散つた歯磨き粉
らくらくときみは跣になりかがやく
思ひ出は本棚いらず花葵
弟の化けてしまへる半夏生
みな日焼みづもらふ手もあげる手も
砂浜に引つかかりたる夏帽子
洗つても夏シャツひかるだらうか
片蔭を死骸の翅のはたはたと
伝言に挨拶かかず旱かな
夕焼は湖底をめくるやうに差し
連動の始まつてゐる花野かな
星といふより空の認識天の川
涼新たひかりに汚れつづく景
みづがひと意識してゐる秋出水
爪の端に血の在り易しマスカット
梨園を想像よりも雲はやく
マーガリンにジャムは濁つて雁渡し
うさぎ小屋の鍵を朝露ごと開ける
昼の月庭つくるひと眺めるひと
玄関のごとき雲梯銀杏散る
都市構想印刷物に栗が生る
秋雨や目配せで知る降車駅
初雪のなかを初雪のやうに来
つなぎ終へし手のみ触るる初氷
オリオンや吐瀉片すとき無言なる
これほどの蜜柑の届くひとり暮らし
撫でてほしさう柚子湯の柚子も湯も
銀皿の昏さやクリスマスローズ
寒鯉や悪阻の母を知つてゐる
セーターに入口ひとつ裏つかへす
白菜のみみとするなら此のあたり
雪や面白くないとき喋る癖
旧きひかり旧き友愛冬すみれ
薄氷をちやりりと地平割れにけり
蜂がきて手紙に蜂をかき添へる
愉快犯じみた白魚むわむわと
拭き上げし窓に三月見えてくる
たんぽぽのいつも梯子をよけてをり
春の犬シャンプーわつとつけ洗ふ
受付に名前つらなる藤の花
春の昼ゆつくり乾く絵なりけり
桜まじまづしくひかる掌
伊藤波(いとう・なみ)2000年生。所属なし。
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