ラベル 2021落選展 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 2021落選展 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021-11-06

1. 杉原祐之 ウィズ・コロナ




 

1. ウィズ・コロナ 杉原祐之


降り止まぬ雨のなかなる御復活

近衛兵たりし曽祖父昭和の日

関所跡勿忘草の広がれる

柔らかき折り目をつけて萩若葉

鎖されたる峠の茶屋の残花かな

筋トレを兼ねて鍬振り風五月

マスクずらせる祭法被の男どち

観客を入れざる競馬槻若葉

ダービーを外せし同士飲みにゆく

大疫の町に蛍の戻り来る

有耶無耶にせしこと多し梅雨に入る

荒梅雨のなかをUber Eatsゆく

保育園帰りに潜る茅の輪かな

一匹の蚊を追ひ掛けて喰はれもす

目に染みて四万六千日の香

風呂場のみ残つてをりぬ出水痕

日傘傾げて何やらを話し込む

密着のマスクの内の玉の汗

鍬形を肩に載せ来て見せくるる

日盛の外階段を降りにけり

踏み分ける度に蝗の跳ねにけり

虐待の噂も少し秋簾

横たふる稲架の資材に露しとど

雨の降りさうで降らざる秋の暮

敬老の日の晴れ晴れと暮れにけり

十六夜のカレーうどんの香りかな

高原の靄の晴れたる草紅葉

昨夜までの雨の光れる刈田かな

爽やかに土曜保育の声響く

ハロウィンの南瓜もすなるマスクかな

石階の一段づつの虫の声

豊作と云ひ櫨買の値切りくる

公園の遊具の象に時雨れけり

熊手しか売つてをらざる酉の市

峡の日の色に染れる吊るし柿

木枯の最中へバスを降りにけり

懸垂をする子に落葉降りにけり

落葉踏む病児保育の子を連れて

落葉踏む音に蹴る音重なれる

逞しくなりし後輩年忘

歳末のティッシュを配るのも仕事

好晴のままに冬至の暮れにけり

鼻風邪の治らぬままに年暮るる

蝋梅の乾びながらも香るかな

復元の一乗谷の雪起し

寒垢離へ髭を伸ばして来りけり

着ぶくれてゐてスケボーでやつて来る

アルコール消毒の手の悴める

旧正の大特売の台湾茶

広大な寺領の名残麦を踏む


杉原祐之(すぎはら・ゆうし)平成十年「慶大俳句」入会、平成二十二年四月 第一句集『先つぽへ』刊行。師系:高浜虚子、清崎敏郎、所属結社:「山茶花」「夏潮」


2. 回り出す 西生ゆかり




 


2. 回り出す 西生ゆかり


一斉に薔薇満開や歪め合ふ

手に薔薇の涼しさやがてやはらかさ

黄薔薇白薔薇回り出しさう回らざる

ソフトクリーム時計回りに山と谷

舐めてをりソフトクリーム撮る前に

走り梅雨どさつと落つる粉チーズ

ベランダに草刈鎌の乾きゆく

捕虫網より高き人低き人

氷一つ公民館の踊り場に

作り滝が作るほかなき光かな

西瓜割りまづは西瓜を使はずに

電卓に使はぬ記号夏の星

材木を斜めに運ぶ蝉時雨

七夕や横顔のあるマグカップ

秋蝶過ぐバスより見ゆる間取図を

虫籠の持ち手がたまに立つてゐる

柿剥くや午後は漫画と決めてゐて

小鳥来る釘ごと青きテーブルに

ドーナツに断面四つ秋の暮

最後まで誘はれてゐる芋煮会

ゐのこづち怒らぬ人は外の人

全員がビンゴと云ふまでの月見

短日の椅子逆さまや椅子の上

奥からおでん誰かには会へる夜

山眠る電子レンジに秒と分

絨緞に寝て親指を名付け合ふ

クリスマス止血バンドに小さき鈴

蹴飛ばさぬやうに聖樹をここに置く

鴨の昼何も云はなくても言葉

よちよちと歩みて鴨の泳ぎ出す

花アロエ鳥を動かす鳥の脚

雨が雨追ふ如月の窓硝子

日脚伸ぶ何か拾ひに三輪車

階段が送る人体水温む

目の幅を目玉が動くチューリップ

エイプリルフール顔いつぱいに顔

黒蜜に隠るる蕨餅の皺

いくらでも暗くなれる日花水木

なよやかに酢味噌の海を蛍烏賊

蛍烏賊一人になると夜が来て

春の夜の線路は北へ行く鎖骨

駅弁のしよつぱき竹輪遅桜

竹籠の左ばかりを春の蠅

沈丁花回覧板をじつくりと

回り出す春の芝生に子を置けば

風船が花弁に生まれ変はる音

花散るや蜂蜜色のサングラス

囀を大きなポケットの服で

鷹鳩と化して雀のしんがりに

雀を辞めて葉桜の鳥となる


西生ゆかり(さいしょう・ゆかり)1984年生まれ。第一回街未来区賞。第三回円錐新鋭作品賞白桃賞。第三回新鋭俳句賞(俳人協会主催)準賞。


3. 水と茶 斉藤志歩




 


3. 水と茶 斉藤志歩


船遊び手を振れば手は風を受く

キャベツ食ふ虫その穴をくぐりゆく

家具失せて養生残る部屋暑し

ベランダより戻る電話を切りし顔

包まれてティッシュに透くる金魚の死

腕の毛の中歩みゆく羽蟻かな

歌ひつつ背に絞れる洗ひ髪

避暑の宿ピアノ弾き出す者もゐて

看板は花火を禁ず語気強く

掲げられビールはダンスフロアゆく

クーラーつけて気が利くねえと言はれてゐ

鳩時計鳩を収めて穴涼し

待ち合はせの出口がちがふ晩夏かな

組み立てて秋の色あるフルートよ

門火消して水ひとびとの靴を濡らす

登りきる脚立あやふし桃近し

大かぼちゃ刃を抜かうにも切らうにも

手を拭きて芋の煮方を聞く電話

朝寒の工事現場に進捗あり

運転に光る計器や秋の雨

黄葉の聞き取りテストに声明るし

まな板に薄く残れる梨の水

虫の音や皿を拭く役しまふ役

行く秋のシールを貼れば贈りもの

球場は地図に大きく鳥渡る

水と茶を選べて水の漱石忌

午後はじまるコートに払ふナンの粉

くしゃみしてくしゃみの音を真似されて

冬の日の洗車に虹のよく立ちぬ

賀状書く牛の模様はいろいろに

曇天や風邪の終はりは俄に来

おり立ちて枯野に靴の親しまず

冬林檎歌へばちがふ声になる

風呂の湯の手に逆らへり夜半の冬

葉牡丹やねむりぐすりは舌に丸し

雪の夜の電話に爪を切る気配

咳を詫び電話口より遠ざかる

窓の錠固し一月当てもなし

ラガーの声ところどころは聞き取れて

早春の医院に繁き車輪の音

雪解や瞼の覆ふ目のかたち

間奏を揺れてゐる歌手手にミモザ

朧夜のマウスウォッシュの味残る

炊飯器に花の模様や犀星忌

蔦若葉ゆく電線を芯として

春風や壁にパンダの相関図

パソコンは直りて戻る花のころ

蝶の来てそれを告ぐべき人の留守

散る花に風の行く手のつまびらか

バス停にバスの沿ひゆく暮春かな


斉藤志歩(さいとう・しほ)1992年生。第8回石田波郷新人賞受賞。



4. ほつそりと 中矢温




 


4. ほつそりと 中矢温


席取りのハンカチーフに影あらた

屈みゐて山蟻と影同じうす

病葉と知れど一葉美しきまま

母の日や会ふたび違ふ耳飾り

南風化粧箱ごと酒もらふ

贈るまで吾の薔薇なりぢつとみる

猫見れば話す人たち缶麦酒

踊場にかなぶん落ちてゐる拾ふ

蜘蛛風に揺るるつひでに糸を掛け

常磐木の落葉空き部屋両隣

血縁や藻の花音を立てて咲く

もう午後の貸ボート皆湖のうへ

水馬の跳ねまはりたる元通り

日焼して唇硬くなりにけり

白湯に餃子ぷかぷか星祭

これからと分かる芙蓉の盛りかな

夢二忌の濯ぎて白き砂糖壺

づかづかとカフエの末席秋扇

鵯や庭師来る日を鳴き通し

止めてきし自転車おもふ根釣かな

野分だつ五本揃ひの螺子回し

汝がために灰皿を割る夜霧かな

秋霖や飲み終へてなほ茶器冷めず

秋の水電話一本待つてゐる

花カンナ赤と黄とあり嗅ぎ比べ

火に負けて尾の片割れし秋刀魚かな

紅葉狩吾と選びし真つ赤着て

美容師は雪の岩手に帰るらし

焼芋や喜べば尾に尻あらは

雪原を来て犬と犬吠え交はす

粛々と飾る冬苺の五六

鴨一羽痒がれば皆毛繕ふ

初笑耳掻きをして午後晴るる

旅始鳥濡れず飛ぶ九十九里

曇天をナイフ映すや牡蠣を剝く

蠟梅や実家は部屋を余らせて

包丁のすこしの葱を濯ぎけり

二人して手ぶらの影に寒鯉来

日おもてや海豚笑ふと歯がずらり

蜜蜂の蕊にぶら下がるに重し

トンネルを抜けて春外套を欲る

透明な電話ボツクス梅溢れ

黄水仙平熱平日立ち眩み

帰るには鍵やカードや春の雷

春眠やミシンを強く勧められ

反ることも子猫の耳の裏おもて

恋人と来ることもある桜かな

普段着に時計ぎらぎら竹の秋

花冷えや用件は常会うてのち

クレソンを買うて使はぬ切手かな



中矢温(なかや・のどか)平成十一年生れ。愛媛県松山市出身。令和二年全国俳誌協会第三回新人賞にて鴇田智哉奨励賞受賞、第五回円錐新鋭作品賞にて今泉康弘推薦第三席、第十三回石田波郷新人賞にて大山雅由記念奨励賞。今年九月より「楽園」と現代俳句協会に入会。

5. 舞うて舞うてなんの微熱や蝶の夢 片岡義順





5. 舞うて舞うてなんの微熱や蝶の夢 片岡義順


僧は舞う戯れる扇に蝶ひとつ

蝶舞うて蝶見失う蝶の夢

蝶ひとつ不明となった風の谷


拝殿の裏の古木や春遠し

お地蔵へいそぐ女の春まだき

春寒やためし撃ちした銃砲店

土ぬぐう一円玉や蓬摘む

水温む指の先からフェルメール

とんで跳ねて童の足の草萌えて  

囀りや今朝の食欲ハムエッグ

頬よせる猫のあいさつ春の朝

叔母がきて春ととのえて帰りけり

風入れてたしかな春のわが家かな

淡雪や厨の窓の小半時

コロナ禍や春ナイターの無観客

目刺し手にテレビと喧嘩するおとこ

春ぼこり人は四散の遊園地

健脚をほこる八十路や春堤

くの一と呼ぶ忍者列車や春ダイヤ

ハイウエイのハンドルも知る春睡魔

理髪師のおどる鋏の涅槃西風

祈る神の外科医の賭けや花の雨

夜のあけて不法駐車や花の土手


白魚や箸おく指の小悪魔

だれが知る熊野の宿の藤の花

だれの手といつもの夢を花野道

ほそい指の女の笑みやすみれ咲く

春の嵐や開けぬ抽斗足もとに

街路図に描かない道の春の音

石ころを蹴ってわが身の亀鳴けり

しばらくは背を向けているヒヤシンス

生きる世のひとそれぞれの春キャベツ


酔いの醒めて障子いっぱい春満月

琵琶湖には伝承多し草団子

花疲れ待って夕陽の臨時バス

春愁や深夜に友のやって来る

幼なじみの貌は般若に薪能

駅の名は明治の世から花吹雪

朧月夜ゆるりと列車遠国へ

花の野に誰のにぎわい熊野詣

この道の橋をわたってゆく遍路

蘖や草堂にある達磨像

千年の祈りを天に塔の春   

春の闇に回廊わたる僧の列

一山の老僧逝って蕨萌え

春暮れて頬のゆるみや観世音

西行や言魂やどる桜闇

女人高野の塔白骨やおぼろ月

つかの間の春のなごりを駅ピアノ

葉桜やほの暗がりにあるアンニュイ


片岡義順(かたおか・ぎじゅん)昭和19年(1944年)10月30日 76才 男。
大阪生まれ大阪育ち 子供の頃大阪湾が我が家のプールだった。
師系・・芭蕉をはじめとするすべての俳人。
俳歴 2012年頃から健老大学等で作句始める・・
所属結社 なし
職業 天下の素浪人

6. メキメキポッ 松尾和希






 6. メキメキポッ 松尾和希


スイセンが一つぽつんとゆれている

スイセンのにおいをかぐとくさいのか

立春やもち米買いに行くさん歩

白れんをさん歩と中に見つけたよ

ムスカリのそばに花にらパンジーも

サクサクと草がゆれるよホトケノザ

ホトケノザよこにはライターすててあり

春さむしからすの声でまどあける

妹がねている間にひなかざる

少しずつぽたりぽたりと春の水

杉花粉山から下りて目に入る

自どう車がむこうに行って花粉がパッ

木のそばにたんぽぽさいてちゅう車場

あざみの葉はりみたいで見たくない

よもぎの葉さらさらしてていいにおい

カタバミのちかくにカタバミ黄色いの

さん歩して歩くたびまた汗をかき

夏雲や帰り道には肉まんを

木曜日オクラのなえをうえました

しゃくやくを下から見たら柿みたい

友だちもサッカーボール夕やけだ

買いわすれバナナもどって買いました

メキメキポッさーバナナはぼくの朝ごはん

朝がおの空きばこの中黒いたね

公園のぼくより大きいすすきだよ

夕方にかれえだひろう帰り道

キャベツの絵のダンボールには大こんが

すきやきのお肉を食べて野さい食べ

すきやきを食べてる夜はいい夜だ

はつもうで手をあらうだけでしなかった

一月七日けん玉でしょうぶする

大かんにとなり町まで歩いたよ

タイマーのスイッチおしてかんの雨

かんの雨学問ノススメ二回読む

かんがらすおいかけっこでけがをする

日あしのぶサッカー帰りに見るけ色

豆まきやおにがおにになげる豆

立春やきょう方見つけに行く道は

春さむしべっぷおんせん行きたいな

春の空子どもの声が聞こえるよ

春の日に一句かんしょうする母は

春さむし目ぐすりのキャップであそぶ

公園のそばに花にら木のそばの

春さむしてんけんの人いつ来るか

春さむしおそうじをしてついに来た

春さむし赤ちゃんまくらであそんでる

春さむし団子やさんにゼラニウム

一年生入学しきの花かざり

石のよこ小さなお花スミレさん

春さむし明日はどんな天気かな


松尾和希(まつお・かずき)2013年生まれ。神奈川県出身。無所属。句歴4年。小学二年生。

7. 死後に聴く落語の落ち んん田ああ






7. 死後に聴く落語の落ち んん田ああ


心拍にシンバルを足す初日の出

梅の香の触手が髪に唇に

雪柳きれいに停まる心電図

鶯め今は黙禱してほしい

春芝を座布団とせよ世は落語

揺れているなむあみだぶと亀が鳴く

春愁が大阪的な巨看板

抱き寄せて口に含めば春の月

春風にしゃぶしゃぶされる初老肉

ワクチンで血を緑化する春の夢

去勢猫「恋は阿片だ宗教だ」

幸福な燕を餌が逃げまどう

衛星へ身をさらけだすキャベツばた

嚙みあとに続く苺の後半部

救急車静かに戻る菜種梅雨

満目の桜に脳を切り換える

桜から何て平和な機影かな

黄砂降るまだ木乃伊でもない我に

嵐山大いに笑う人の波

花屑の低空飛行蹴り進む

大量の落花ほとんど日本軍

発砲す菫の花が目障りで

チューリップばたけには無い色の空

病床に病人がこのつつじほど

花筏前哨に今オフィーリア

コンビニの使命を終えて春の闇

四月馬鹿破顔大笑するクルマ

昭和の日赤信号を燃え立たせ

気を付けて聖火見守るヒトラー忌

ウイルスも変異する世ぞメーデー歌

ころもがえアクリル板に透かし合う

葉桜を見る会ならばふだん着で

薔薇園をどろどろ歩む美女と美女

わが殺意すでにさざ波かきつばた

競泳後その腕力は抱くために

若者の汗の胸板兵士の香

ワクチンを屍に打つ夏の夢

我が影の片蔭に消え歩く死後

日本種の犬が可愛い敗戦日

屋上と虚無のあいだに天の川

天高く七十億も居る他人

いわしぐも占領ののち全滅す

虫の夜に序破急はなく虫の朝

星月夜この爆発の意図は何?

その星は鈴虫だけで住むと良い

「太陽は疲れている」と赤とんぼ

ばけもののようでたてもの秋の暮

聖夜景闇の部分が今年の喪

雪達磨春を夢見て亡くなりぬ

床の間や静かな脳と福寿草


んん田ああ(んんだ・ああ)59歳。日々と言うより時々刻々生命力が衰えていく。数年間、島村福助という歌舞伎役者みたいな名で俳句と短歌の投稿をしていたけれど、今回は変てこでアナーキーな名前に変えてみた。アナーキストならば定型詩は作らないだろうが、わたくしは奴隷の韻律に頼らざるを得ない。もっと毒性と感染力を持った株に変異したい。

8. さみどり 恩田富太






8. さみどり 恩田富太


鶺鴒の邪魔も去りけり影送り

松虫や親の枕の端を借る

家の名の吹かれてゐたる盆提灯

半月や宿の蛇口の「をん」と鳴り

紫で輪郭を描くざくろの実

繕うて住むほどでなき松手入

愛の羽根音高く置く募金箱

よく泣きしあとの喉笛烏瓜

茸籠のたがひの匂ひ移しあふ

紅葉見の列も訪ぬる樹木葬

屑鯉の良う肥えてきし神無月

初霜や汁粉に塩の過ぎたりし

水涸れて瀬は風足の急くところ

色鬼に触れてつめたき空のいろ

神の者膝をあたたむ里神楽

水鳥の声の疎らに荷を括る

膿み止めの奥歯に苦し牡蠣の殻

たま風や霊山は背を海へ向き

ストーブに炙るまなぶた一日過ぐ

三人の年忌を纏む十二月

田の雪や祖父の匂ひの拭ひきれず

悴み手繋がらぬ血をつなぎあふ

古暦押鋲の穴錆びてをり

負独楽のゆかしき文目あらはせり

廻礼の一筆書きにまはりきる

彦神の山裾荒き雪濁り

竹箸を洗ひさらして日の温し

蹴り出してその石塊の春の色

用無しの苗札胸にさしてゐる

かざぐるま風へ還へらぬ風のある

花水木道ゆづられて困り顔

若草に突いたる膝の湿りかな

黒糖の舌に毀るる花曇

背にし待つモザイクタイル春驟雨

風信子不在の窓を飾りおく

夏きざす水彩の黄に青が触れ

母方の厨のにほふ笹粽

昼寝して思ふ生家の間取りかな

てのひらで闇を繕ふ初蛍

さみどりや身を入れ替る夏の水

岳母より良き文のあり水芭蕉

午後二時の時報の声も夏座敷

風を読む素ぶりもありて蝸牛

涼しさに爪を集めてひと家族

萬屋の軒にポストや白雨来り

葛切のぬたうつものを一息に

石坂をきては緋鯉を褒めてゆく

血のあをく巡るやうなる帰省かな

ともに濡る水着の黒を抱留めて

ひとすぢは開かぬ花火それも燃ゆ


恩田富太(おんだ・とみた)1975年生まれ。新潟県長岡市在住。「銀化」同人。句会「信天翁」運営。「越後出雲崎渚会」会員。2018年銀化新人賞。俳人協会会員

9. ひかる 伊藤波






9. ひかる 伊藤波


春の長雨オルガンに木のこころ

花といふ獣の腕につつまれて

初虹のときの田んぼの真つ平ら

さざめきに乳歯めきたる海芋かな

猫の死の反対側に咲く苺

五月来て定礎の文字のくつきりと

ひと突きに光うごめく心太

そちらへは行けない夏至の鍵がない

紫陽花やスーツに散つた歯磨き粉

らくらくときみは跣になりかがやく

思ひ出は本棚いらず花葵

弟の化けてしまへる半夏生

みな日焼みづもらふ手もあげる手も

砂浜に引つかかりたる夏帽子

洗つても夏シャツひかるだらうか

片蔭を死骸の翅のはたはたと

伝言に挨拶かかず旱かな

夕焼は湖底をめくるやうに差し

連動の始まつてゐる花野かな

星といふより空の認識天の川

涼新たひかりに汚れつづく景

みづがひと意識してゐる秋出水

爪の端に血の在り易しマスカット

梨園を想像よりも雲はやく

マーガリンにジャムは濁つて雁渡し

うさぎ小屋の鍵を朝露ごと開ける

昼の月庭つくるひと眺めるひと

玄関のごとき雲梯銀杏散る

都市構想印刷物に栗が生る

秋雨や目配せで知る降車駅

初雪のなかを初雪のやうに来

つなぎ終へし手のみ触るる初氷

オリオンや吐瀉片すとき無言なる

これほどの蜜柑の届くひとり暮らし

撫でてほしさう柚子湯の柚子も湯も

銀皿の昏さやクリスマスローズ

寒鯉や悪阻の母を知つてゐる

セーターに入口ひとつ裏つかへす

白菜のみみとするなら此のあたり

雪や面白くないとき喋る癖

旧きひかり旧き友愛冬すみれ

薄氷をちやりりと地平割れにけり

蜂がきて手紙に蜂をかき添へる

愉快犯じみた白魚むわむわと

拭き上げし窓に三月見えてくる

たんぽぽのいつも梯子をよけてをり

春の犬シャンプーわつとつけ洗ふ

受付に名前つらなる藤の花

春の昼ゆつくり乾く絵なりけり

桜まじまづしくひかる掌


伊藤波(いとう・なみ)2000年生。所属なし。


10. ちぎり絵 加藤絵里子






10. ちぎり絵 加藤絵里子


さそわれて道化師となる春隣

花曇り真顔の並ぶ宗教画

桜舞う孔雀の競い合うように

パン生地ふくらんで春雷遠ざかる

陽炎になりきれぬ僕とあの日の樹

春の雨卵白ねむる冷蔵庫

夜桜は頬の痩けたる聖画かな

春の暮足から先は影法師

目上への絵文字に悩む昭和の日

碧天の編曲されて定型詩

新緑のただただ過ぎる車窓かな

最初からウスバカゲロウここにいた

爪をかむ癖の少年みずすまし

黒南風や口元みえぬまま会釈

真夜中の心理テストや熱帯魚

ハンカチの刺しゅう葉月の在来線

万物は一点より生れ大夏野

この穴をすすめば蝉の生誕地

効果音に騙されてきた敗戦日

無条件降伏 催眠術さめる

道があるただそればかり描きけり

秋の川祖先はみんな同じ雨

人間の輪郭淡く震災忌

長き夜の円周率を語る人

秋扇完結編から先に読む

ちぎり絵のわずかな余白十三夜

古本の書き込み詳し秋うらら

盛り上がるばかりの序曲秋の雨

秋声や木版画の雨長きこと

前脚の小さき恐竜みみず鳴く

ミニチュアに鍵穴のあり秋澄めり

自画像の目のクマの濃し神無月

天と地の間はおよそ砂嵐

まなうらの小宇宙より冬に入る

石けんを泡立てながら時雨きく

影だけのパフォーマンスや雪催い

静脈の標本のごとく冬木立

水ぶくれ毛玉まみれでも捨てられず

恋人の寝息にあわせ句点ふる

噺家のようにやってくるスズメ

暖冬を縫い合わせてゆく環状線

思惟の向く先はきまって北極星

石鹸のすりへるように蝶凍てる

寒椿あたためている傘の中

木目の避けて十年後の余震

大都市の湿疹として春の雪

春闌けて縄文土器の血脈

遠近法あやうくさせる春満月

人生に踊り疲れて桜になる

晩春にかえろうとする尾てい骨


加藤絵里子(かとう・えりこ)1987年10月10日生まれ。2009年より「山河」俳句会にて作句を学び始める。「山河」内にて2012年度渓流賞受賞、2013年度山河賞受賞。2014年より現代俳句協会所属。現代俳句協会青年部委員。

11. 鳥慰 小西瞬夏 






11. 鳥慰 小西瞬夏 


立膝の少年とゐる冬の鳥

遠くより頭痛水鳥のこゑ乾き

水鳥の列先頭におとうとよ

街聖夜硝子器触るる音止んで

一本の足凍蝶を跨ぎけり

海鳴りや寝返りのたび母の冷え

寒北斗尖りしものをとがらせて

刺繍針引き返しをり冬野中

鳥籠のすみずみ冷ゆる真昼かな

薄氷や折鶴の反りはじまれり

折りたたむ言葉磯巾着と揺れ

うすばかげろう少年の血のあをくあり

夜の底ひ母の角巻畳まれて

青き僧より春の水零れをり

塩舐めて舌の尖りし三鬼の忌

鞦韆のてのひら錆臭き生家

口中に舌の広さや春の水

風光る母のてのひら羽ばたけば

葉脈の凸凹花虻すれちがひ

黒猫の尻尾おとろふ花の昼

落書きの荒しシャッター街早春

白魚のからだからまたからだかな

少年の留守鳥の巣に鳥がゐて

春空の包んでゐたる造船所

銃眼の奥のまなざし春疾風

白茶しろ黒くろ焦げ茶猫の恋

鳥交る伎芸天女のぼんのくぼ

春浅し耳朶をまどろみの芯

真つ白き頁めくれば亀鳴けり

阿と開きしままのくちびる花の奥

仮設けぶる真白き蝶に連れられて

青空は穴石鹸玉しやぼんだま

蝶落ちてインク広ごる紙の束

一語一語泡立つやうに豆の花

蝶の昼秒針赤くまたたけり

文机の塵の増えゆく朧の夜

春眠の終はりし人体解剖図

耳朶に息のかかりし蛍籠

星蝕やひかがみしづかなる初夏

透明な壁の林立パセリ噛む

階段の裏の茫々雷兆す

炎帝やうしろの蛇口あけつぱなし

トルソーの薄き埃や夏の果

箱庭のちひさな母につきあたる

青い目の人形八月の姉妹

短夜の睫毛にみづのあつまれり

水馬とび一日の薄まりぬ

戦ひの近づいてゐる蝉の穴

標本箱騒がし八月十五日

花火果つひとさし指の重さかな


小西瞬夏(こにし・しゅんか)1962年生まれ。岡山市在住。『海原』同人。

12. 間取り図 川島由紀子






12. 間取り図 川島由紀子


息かけるちびた鉛筆春の空

足の指ひろげて掴む春の水

朝焼けの余寒ポロロンはじく指

髪切って手ぶら足ぶら風二月

二月の木恐竜少女来て叩く

てのひらに初蝶乗せて風乗せて

初蝶の窓にこつんと初キッス

キッチンの窓に星来て木の芽和え

海亀の卵濡れてる春の星

億光年の宇宙の話木の芽和え

木の芽吹くガラスを丸く吹く工房

木の芽山鬼と並んでおにぎりを

藤咲いてわたくしが雲だった頃

朝からの雨を明るく花水木

柳絮とぶ猫も私もほどけゆく

キッチンより近いコンビニ燕来る

春ショール翼になって海の風

プリムラプリムラ小舟に立って釣り人は

春キャベツ青い皺持つ哲学者

設計図くるくる巻いて燕来る

ハナニラよ昼は見えない青い星

陽炎は我が掌に野の草に

咲き満ちて黒くなるまで紅椿

新しく昨日今日明日青木咲く

凸凹の口論デコポン転がって

十二単森の小鬼の咲き登る

茶摘唄肺葉脈のうすみどり

恋ひとつ沈めて深く十二単

春の雷多肉植物抱く女

楓の実飛び立ちそうな空の色

南仏の青を一本引いて夏

みずうみの出窓の傷と若葉風

豆ごはん炊いて活断層の上

間取り図に小窓天窓夏燕

透き通る新玉葱と魂と

若葉雨仔犬の歯形残る靴

紫蘭咲く知らない人と会う明日

トロンボーン伸びて縮んで青葉闇

少年のすね毛が生えて走り梅雨

海光る羽化する青筋揚羽蝶

紫蘭咲く地下のアトリエ海の窓

立てかけてサーフボードと犬のシャツ

マスカット外輪船が飛沫あげ

もがり笛小鬼の少女駆けてくる

セーターの胸に流木ⅮⅠY

宇宙船来てる木枯らし来てる夜

雪の朝ミントキャンディ舌の上

海光の翼ひろげよ雪の朝

春隣ミルクレープのミントの葉

水仙の咲いた日空が好きと母


川島由紀子(かわしま・ゆきこ)「窓と窓」常連、「びわこ句会」代表。第一句集『スモークツリー』(2010年)、『阿波野青畝への旅』(2019年)。

13. 紫陽花の門 青島玄武






13. 紫陽花の門 青島玄武


薔薇どもの何処いづくへ帰り支度かな

母の日の母のわがままに付き合ふ

ほうたるの万の吐息を仰ぎ見る

梅雨に入る住宅街の駐屯地

荒梅雨やときどき壁を作る人

紫陽花の門に二人の巡査かな

葬儀屋と喪主の談笑大夕立

祭髪もう泣かぬ子となりてをり

捺印の端より滲む蝉の声

みんみんの坂みんみんを踏み締めて 

雷仰ぐ風俗街の客引きと

豆腐屋の赤子泣くなり雲の峰 

十時から十九時までの作り滝

無著より世親の少し暑さうな

油照黄泉比良坂駐車場

温泉に年寄煮ゆる山の秋 

峠まで海の匂へる良夜かな

月光を歌ふ十指の先までも

阿蘇すべて芒の下に降伏す

磐穴を神と崇むる草の花

とんばうの戸を破らんとしてゐたり

許されて金木犀の裏口へ

昼仕舞ひ秋の風鈴鳴るばかり

たそかれてなほしらしらとそばの花

紅葉散る黒式尉の目の洞へ

師走から逃げて師走の空の下

鯛焼の煮え繰り返る腸を

妹が姉を背負うて落葉道

大晦日絆創膏と過ごしけり

初晴や皺の身体の桜島

野暮用の合間に少し冷めし餅

水鳥を昨日失業した人と

虚空より摑み取つたる嚔かな

霜の朝靴の機嫌を確かめて

大寒や山へと急ぐ救急車

薄氷をやうやく出でし雲の影

他所よそ様の軒先借りて初音かな

たんぽぽやもう顔ぢうがチョコレート

貝母咲く入れぬ場所の真ん中に

世の中にしぶしぶ出づる石鹸玉

十字架の墓の周りの畑を打つ

桃の日や雀に交じる鳶の笛

花の寺虹より高くましませる

傘閉ぢて花の宴に戻りけり

花々の一から十を見てもなほ

微笑みを滴らしをり甘茶仏

藤棚の上を跨ぐや太鼓橋

夕闇に慄く気色藤の花

首のみの仏と春を惜しみけり

蝶死せり百鳥さんざめく朝に


青島玄武(あおしま・はるたけ)熊本市出身、在住。1975年(昭和50年)3月生まれ。2002年(平成14年)作句開始。2003年(平成15年)、『握手』の磯貝碧蹄館に師事。2年後に同人。邑書林刊『新撰21』に選ばれなかったほうの『新撰21』世代。現代俳句協会会員。熊本県現代俳句協会会員。2020年3月に第一句集『優しき樹』を上梓。https://www.amazon.co.jp/%E5%84%AA%E3%81%97%E3%81%8D%E6%A8%B9-%E9%9D%92%E5%B3%B6%E7%8E%84%E6%AD%A6/dp/4864388792/ref=pd_rhf_gw_p_img_3?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=YNPRW4T4F7BFPD835XPK


14. 遊覧船 薮内小鈴






14. 薮内小鈴 遊覧船


猫柳しづくは枝を行き渡り

かすかにも皴の深まる霾晦

立雛に影さす棕櫚の戦ぎける

雀の顔いくつか映し水温む

腕時計吊るしてゐたり春の風邪

箔入りの紙めく窓や牡丹雪

紫木蓮何をするでもなく座り

春風に音階をなすビルの丈

さへづりの向かふ方角崖近し

寝台列車内に朧のあまたなる

麦青む算盤ずつと鳴り続け

天井の光りは反射目借時

莢割ける豌豆に歯を揃へけり

竹落葉今来し人と入れ違ひ

杖でなく傘持ちあるく青嵐

皿に枇杷宙に枝ごと揺さぶるを

両側の家並すすけ夏の富士

喧騒を硝子の外にアイスティー

蟻速し雲はいづこか穴が開き

ひとつ咲き雨に捩花消え去りぬ

絶えし蛾の白さを浮かべ二階かな

夾竹桃線路の向う漠として

卓といふ四つ脚ずんと雷響く

累累と橋の上にも夜店あり

みどりなる川を離れず避暑の旅

雌日芝のサンバと見れば秋茜

生身魂同士電話をはるかより

坂道を芋虫よぎるずれながら

鮒釣の背中に九月来てをらず

酢橘切り敷詰めてのち夢つぶさ

鶏頭が路面の罅をくぐりもし

雨冷のレコードに火の点る音

山牛蒡寄せて色鳥寄せにけり

転がるや香り散ずる林檎かな

浅漬市手つなぎ甘さなき齢

白地図の線のまぶしく末枯るる

秋雨にしたたか濡れし電車着く

逆さまに八手の花を池の水

大きめな身振でかたり朴落葉

万国旗あふぐ冬帽もう一つ

ゆつくりと魚のほかも煮凝りぬ

鷹飛んで嘴の黄の紛れなく

収めるによき箱見つけ暮易し

料理屋の冬を統べたる鹿の角

初空へ閑かにひらく自動ドア

てんてんと塀の上に糞山眠る

投銭の響きをかさね冬桜

暖房をとほく本棚あるばかり

三日月に寒芹そそぎ溢れしむ

枯芭蕉遊覧船のすべり出づ


薮内小鈴(やぶうち・こすず)1968年生まれ。2016年「クンツァイト」入会。2017年詩集『サルの国』(港の人)刊行。自作句twitter https://twitter.com/kosuzu_haiku

15. 感光 仙保恭子





15. 感光 仙保恭子


新宿のビルの紙めく春の雨

剪定の痕のうすれに梅しづか

卒業の髪に花挿し乗り継げる

またひとり大人のこゑやチューリップ

物種の袋にいつか貝の殻

ふらここの一振れごとに息の澄む

乗り降りの作法いつより養花天

ふと鳥も風に流され竹の秋

名札まだ固く光るや入学児

とまどひは枝の細きも鳥の恋

きのふ来しやうに燕の来てゐたり

薄氷や芥に生れて棲む密か

草芳し指反らし駒打ち込めり

行く春や持てる荷として二つ三つ

デージーを入れて揃うたと想ふ

手のひらに脈打つ海や夏近し

淡彩の額の奥行きががんぼの

川風やただ揺れてゐる花潜

胸張つて鳥往くところ走梅雨     

祭礼やここに実生の木を植ゑて

まだ外にゐて構はない冷奴

遠巻きにまづは金魚を見てゐたる

炎昼やもの喰ふ鳥の目を畏れ

手鏡にあるは昼寝の母なりし        

サンダルや一人で遊ぶ日の盛 

昼の月高く守宮の静かなる

ラムネ玉星を数ふる仲にして       

釣銭もやさしく貰ふ帰省かな

鳩の餌も五穀にしたる秋祭

落ち着かぬ風に花火の打ち上がり

これといふ竿を振り出す秋日かな         

新涼や叢深く見えはじめ   

門口のへうたんのこと話したき

ひと盥ゆすぎ了へたり秋簾

ぎりぎりと皮脱ぐ虫や月の暈

秋光やとろけるやうに砂を盛り

野仏の雨の垂るるを小菊かな

柿ひとつ剥けばひとりの時間来る

三人のそろそろ無言松手入

刃を研げば水を吸ふ手や暮の秋

折れにくき茎となりたる夜寒かな

つばくらの巣も堅固なり冬館

襖にもゑの具の跳んで木偶屋敷      

搗きたてをくるむ暦や冬の月

母衣かけて市待つ人の冷えわたる  

つくり手がつつんでくれし冬日向     

乗合ひの声かけ合へば細雪     

話す人欲しや冬将軍来たり

焼藷や分け合ふたびに人の来て

草色のノートで励む十二月


仙保恭子(せんほう きょうこ)1967年東京生まれ 。2003年『クンツァイト』入会

16. 溢るる泥 綱長井ハツオ






16. 溢るる泥 綱長井ハツオ


潰れたる遅春の枕重きこと

タロットに裸の多き余寒かな

薄氷のみるみる薄くなる輪郭

白線の絡まる春の通学路

冴返るずつと改修中の駅

春はやて固有名詞を聞きとれず

啓蟄の煉瓦落とせば割れさうな

農具市棒と呼ぶには太きもの

仏像の手相の豊かなる遅日

三月の鞄なんでも入りさう

骨も彼岸桜も太きものが佳し

手を溢るる泥より固し蝌蚪の紐

犬ふぐり歩ける場所は全て道

身より羽大き胡蝶に昼ながし

バス止まる信号あまた飛花落花

蜜を吸はれて桜花やはらかし

指先も土も湿つて朝顔蒔く

ふらここの鎖は百の楕円形

どれくらゐ握れば拳春うれひ

赤潮や海が痛みを知る深さ

春の砂浜に蛇口の埋もれあり

水の星雨は降るしやぼん玉は浮く

最後の晩餐やうやう雨は血の粘度

霧吹の霧がよく散るみどりの日

シャンプーが空つぽ春を惜しむ夜

海風や花アカシアの白の群

波と四肢引つ張り合うて泳ぐなり

包丁てふ一枚の板研ぐ朱夏よ

注がれゐる新茶の小さく捩れをり

鉛筆が毛羽立つ四十雀の朝

網戸より網戸の影の淡きこと

ラムネ瓶ガラスの厚みまで描け

人間は大き泡や水中花

画鋲刺さらぬ鉄筋の壁涼し

一滴目の鼻血のやうな迎へ梅雨

雷の夜や関節の他は曲がらざる

献花台撤去に揺るる額の花

瀑布とは背面の崖見えずある

あめんばう漣に爪ひつかかる

暮のこのにほひは水か螢火か

鳩尾の奥のみづみづしきアロハ

夏痩を爪ばかり溌溂と伸ぶ

配線が巻きついてくる昼寝かな

冷房やリモコンに部品の継ぎ目

仙人掌咲くじゆるりと漏れてくるやうに

西日差す壁より床が厚からう

かちやかちやと鍵よく回る夕立晴

掬はれていま濡色となる金魚


綱長井ハツオ(つながい・はつお)平成11年生まれ。いつき組。第3回全国俳誌協会新人賞特別賞。

17. 呼吸器不全 夜月雨





17. 呼吸器不全 夜月雨


春眠や人間失格枕にし

堅雪に突き刺さったままピンヒール

CO2吐き切っただけ浮氷

殺さずに生かしもせずに春火鉢

重き肺吸った致死量沈丁花

春一番だから嘘だと言ったのに

ぬるま湯で溺死亀鳴く声を聞き

正しくも間違ってもいる涅槃雪

吹き込んだ劣情破裂しゴム風船

四月馬鹿正しい事しか言わないで

常温でしあわせ呑んだ桜漬

細胞が煮え立つぬるさ春の闇

刹那だと知った頃には鳥曇

逃げ水が追いかけてきて平均台

「また」という音の軽さや暮の春

いたずらに飛び降り自殺半仙戯

天才と馬鹿の間で蜆汁

毛虫焼く煙空飛ぶ夢を見る

生きようと決められぬまま夏隣

嘘をつくだけの強さや蛇苺

殺せない嗚咽を埋めた芒種の日

何者に成れと云うなよ送り梅雨

蜘蛛の囲に現身捕られ吊るし首

ひとりずつ消えていったら夏の宵

明易し仕舞いそびれた裁ち鋏

まっさらに成れぬと知って五月闇

立葵諦めてほら手を挙げろ

踏んづけた影の上から蝉時雨

遺書ひとつ抱えて向かう夏の海

行く先も決めず斑猫追いかけて

一粒の夜光虫と化す意地もなく

棄てられぬ空蝉潰す七回忌

何事もなかったように秋の水

残飯を撒き餌に残る蝿を狩る

後ろめたさを隠しては秋日傘

投げ出した中指の先蝗食う

使わずに折れた口紅吾亦紅

狼のまつりにこの身並べたり

消えた人憎めど秋の空は白

尺骨の傷に沁みるやそぞろ寒

何気ない顔冬隣の六畳間

朴落葉踏んで行く人さえ居らず

指切りや手袋挟む自己保身

雪雑り泣いた女の疎まじさ

名の木枯る血肉の下の同じ骨

人の手を嫌う癖して炬燵猫

水に入る足に絡まる流黐

冬ざれや歪に伸びる君の影

隼を睨み返した飛べぬ鳥

湯ざめした現身抱いて独り寝る


夜月雨(よづきあめ) 1993年生。書くことが好きで、生きることが苦手なアスペルガー。空気は読まない。ブログ等々で、創作しています。
ブログ→https://ameblo.jp/imber-ame/
Instagram→https://www.instagram.com/imber_1230/
Twitter→https://twitter.com/imber_nox