4. ほつそりと 中矢温
席取りのハンカチーフに影あらた
屈みゐて山蟻と影同じうす
病葉と知れど一葉美しきまま
母の日や会ふたび違ふ耳飾り
南風化粧箱ごと酒もらふ
贈るまで吾の薔薇なりぢつとみる
猫見れば話す人たち缶麦酒
踊場にかなぶん落ちてゐる拾ふ
蜘蛛風に揺るるつひでに糸を掛け
常磐木の落葉空き部屋両隣
血縁や藻の花音を立てて咲く
もう午後の貸ボート皆湖のうへ
水馬の跳ねまはりたる元通り
日焼して唇硬くなりにけり
白湯に餃子ぷかぷか星祭
これからと分かる芙蓉の盛りかな
夢二忌の濯ぎて白き砂糖壺
づかづかとカフエの末席秋扇
鵯や庭師来る日を鳴き通し
止めてきし自転車おもふ根釣かな
野分だつ五本揃ひの螺子回し
汝がために灰皿を割る夜霧かな
秋霖や飲み終へてなほ茶器冷めず
秋の水電話一本待つてゐる
花カンナ赤と黄とあり嗅ぎ比べ
火に負けて尾の片割れし秋刀魚かな
紅葉狩吾と選びし真つ赤着て
美容師は雪の岩手に帰るらし
焼芋や喜べば尾に尻あらは
雪原を来て犬と犬吠え交はす
粛々と飾る冬苺の五六
鴨一羽痒がれば皆毛繕ふ
初笑耳掻きをして午後晴るる
旅始鳥濡れず飛ぶ九十九里
曇天をナイフ映すや牡蠣を剝く
蠟梅や実家は部屋を余らせて
包丁のすこしの葱を濯ぎけり
二人して手ぶらの影に寒鯉来
日おもてや海豚笑ふと歯がずらり
蜜蜂の蕊にぶら下がるに重し
トンネルを抜けて春外套を欲る
透明な電話ボツクス梅溢れ
黄水仙平熱平日立ち眩み
帰るには鍵やカードや春の雷
春眠やミシンを強く勧められ
反ることも子猫の耳の裏おもて
恋人と来ることもある桜かな
普段着に時計ぎらぎら竹の秋
花冷えや用件は常会うてのち
クレソンを買うて使はぬ切手かな
中矢温(なかや・のどか)平成十一年生れ。愛媛県松山市出身。令和二年全国俳誌協会第三回新人賞にて鴇田智哉奨励賞受賞、第五回円錐新鋭作品賞にて今泉康弘推薦第三席、第十三回石田波郷新人賞にて大山雅由記念奨励賞。今年九月より「楽園」と現代俳句協会に入会。
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