3. 水と茶 斉藤志歩
船遊び手を振れば手は風を受く
キャベツ食ふ虫その穴をくぐりゆく
家具失せて養生残る部屋暑し
ベランダより戻る電話を切りし顔
包まれてティッシュに透くる金魚の死
腕の毛の中歩みゆく羽蟻かな
歌ひつつ背に絞れる洗ひ髪
避暑の宿ピアノ弾き出す者もゐて
看板は花火を禁ず語気強く
掲げられビールはダンスフロアゆく
クーラーつけて気が利くねえと言はれてゐ
鳩時計鳩を収めて穴涼し
待ち合はせの出口がちがふ晩夏かな
組み立てて秋の色あるフルートよ
門火消して水ひとびとの靴を濡らす
登りきる脚立あやふし桃近し
大かぼちゃ刃を抜かうにも切らうにも
手を拭きて芋の煮方を聞く電話
朝寒の工事現場に進捗あり
運転に光る計器や秋の雨
黄葉の聞き取りテストに声明るし
まな板に薄く残れる梨の水
虫の音や皿を拭く役しまふ役
行く秋のシールを貼れば贈りもの
球場は地図に大きく鳥渡る
水と茶を選べて水の漱石忌
午後はじまるコートに払ふナンの粉
くしゃみしてくしゃみの音を真似されて
冬の日の洗車に虹のよく立ちぬ
賀状書く牛の模様はいろいろに
曇天や風邪の終はりは俄に来
おり立ちて枯野に靴の親しまず
冬林檎歌へばちがふ声になる
風呂の湯の手に逆らへり夜半の冬
葉牡丹やねむりぐすりは舌に丸し
雪の夜の電話に爪を切る気配
咳を詫び電話口より遠ざかる
窓の錠固し一月当てもなし
ラガーの声ところどころは聞き取れて
早春の医院に繁き車輪の音
雪解や瞼の覆ふ目のかたち
間奏を揺れてゐる歌手手にミモザ
朧夜のマウスウォッシュの味残る
炊飯器に花の模様や犀星忌
蔦若葉ゆく電線を芯として
春風や壁にパンダの相関図
パソコンは直りて戻る花のころ
蝶の来てそれを告ぐべき人の留守
散る花に風の行く手のつまびらか
バス停にバスの沿ひゆく暮春かな
斉藤志歩(さいとう・しほ)1992年生。第8回石田波郷新人賞受賞。
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