16. 溢るる泥 綱長井ハツオ
潰れたる遅春の枕重きこと
タロットに裸の多き余寒かな
薄氷のみるみる薄くなる輪郭
白線の絡まる春の通学路
冴返るずつと改修中の駅
春はやて固有名詞を聞きとれず
啓蟄の煉瓦落とせば割れさうな
農具市棒と呼ぶには太きもの
仏像の手相の豊かなる遅日
三月の鞄なんでも入りさう
骨も彼岸桜も太きものが佳し
手を溢るる泥より固し蝌蚪の紐
犬ふぐり歩ける場所は全て道
身より羽大き胡蝶に昼ながし
バス止まる信号あまた飛花落花
蜜を吸はれて桜花やはらかし
指先も土も湿つて朝顔蒔く
ふらここの鎖は百の楕円形
どれくらゐ握れば拳春うれひ
赤潮や海が痛みを知る深さ
春の砂浜に蛇口の埋もれあり
水の星雨は降るしやぼん玉は浮く
最後の晩餐やうやう雨は血の粘度
霧吹の霧がよく散るみどりの日
シャンプーが空つぽ春を惜しむ夜
海風や花アカシアの白の群
波と四肢引つ張り合うて泳ぐなり
包丁てふ一枚の板研ぐ朱夏よ
注がれゐる新茶の小さく捩れをり
鉛筆が毛羽立つ四十雀の朝
網戸より網戸の影の淡きこと
ラムネ瓶ガラスの厚みまで描け
人間は大き泡や水中花
画鋲刺さらぬ鉄筋の壁涼し
一滴目の鼻血のやうな迎へ梅雨
雷の夜や関節の他は曲がらざる
献花台撤去に揺るる額の花
瀑布とは背面の崖見えずある
あめんばう漣に爪ひつかかる
暮のこのにほひは水か螢火か
鳩尾の奥のみづみづしきアロハ
夏痩を爪ばかり溌溂と伸ぶ
配線が巻きついてくる昼寝かな
冷房やリモコンに部品の継ぎ目
仙人掌咲くじゆるりと漏れてくるやうに
西日差す壁より床が厚からう
かちやかちやと鍵よく回る夕立晴
掬はれていま濡色となる金魚
綱長井ハツオ(つながい・はつお)平成11年生まれ。いつき組。第3回全国俳誌協会新人賞特別賞。
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