2021-12-26

【中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜】ベイシティ・ローラーズ「二人だけのデート」

【中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜】
ベイシティ・ローラーズ「二人だけのデート」


憲武●元ベイシティ・ローラーズのリード・ボーカル、レスリー・マッコーエンが今年(2021年)の4月20日に65歳で亡くなりました。私の世代は、タータン・チェックのコスチュームを身に纏い、凄まじい人気のローラーズを知っています。ちょっとなんで今頃って感じですが、ベイシティ・ローラーズで「二人だけのデート」(1976年)です。

 

憲武●この曲、オリジナルはダスティ・スプリングフィールドの「I Only Want To Be With You」(1963年)です。ダスティ・スプリングフィールドのデビューシングルですね。たくさんの人にカバーされてます。

天気●ダスティ・スプリングフィールドがオリジナルなんですね。知らなかった。この人、イギリスの国民的歌手ってイメージだけで、それほど知らないんですよね。

憲武●そうですか。いずれ取り上げてみたい人です。1976年12月の公演を日本武道館で観ました。当時、TBSラジオで松島トモ子がパーソナリティをしていた番組で、そのとき松島トモ子が「ベイスィティウオウルァーズ」と、ムカつくような英語の発音で繰り返し言っていたのが耳に残ってます。その番組でチケットプレゼントしていまして、それに母が応募したら当選したんですね。それで私と私の従兄と従兄の彼女と三人で観にいったんです。

天気●松島トモ子がDJ? 「ウオウルァーズ」はたしかに耳に残りそう。

憲武●そのとき、武道館の東の二階席の上の上の方で観てましたら、アリーナと一階はほとんどタータン・チェックの女の子たちです。開演前から「ウィウォントローラーズ!」とシュプレヒコールのように何回も叫んでまして、でも僕らには何て言ってるのか分からなくて、従兄の彼女が「何て言ってるのかしら?」って聞いてきたんで、僕は聞こえるままに「日本のローラーズって言ってるんじゃないすか」って答えたんです。いい加減で馬鹿げた答えですよね。従兄の彼女はひどく不得要領な顔つきながら、ああそうなのとかなんとか言ってました。なんとなく場違いなところに来てしまったという印象でしたね。

天気●居たたまれない感じ、わかるようが気がします。

憲武●終わってから、従兄の彼女が、なんかあったかいもの食べたいというので、従兄が当時田安門を出て、通りを隔てた向かいあたりにあった「アジャンタ」へ連れてってくれました。それがベイシティ・ローラーズの最初の印象です。

天気●麹町のアジャンタ? なんか昭和戦後史ですね。

憲武●現在は麹町へ移転してお洒落でハイクラスな感じになってしまいました。それで後日、従兄の家に行ったら、従兄の家の向かいにあったレコード店で何か買ってやると言われて、従兄が「ベイシティ・ローラーズかい?」と聞いてきて、本当はローラーズにしようかと思ってましたが、その聞き方に揶揄のような響きを感じたので、見栄張って当時出たばかりのボブ・ディランの「欲望」を買って貰いました。シングルは後になって、よく買いましたが。シングルは買うけど、アルバムは自分でお金を出して買うのが憚られる、僕の中ではそういう位置付けのグループでした。

天気●シングル買うだけでも、へぇって感じです。いま聴くと、メロディーとか音とかポップで楽しいのですが、当時、泡沫アイドルというイメージしかなかった。私だけでなく、ロックを親しくする若いもんに共通の態度だったと思います。でも、英国って、こういうの多かったような気がします。ビートルズのポピュラー性、アイドル性のみが肥大したみたいな。

憲武●そうなんです。多かったと思います。でも聞いていて楽しかったので、シングルならいいかなと。この動画のドラマー、デレク・ジャーマン…違う、…デレク、デレク・ロングミューアーですか、ある時期のリンゴ・スターもそうなんですが、なんとなく軽薄そうな、薄ら馬鹿のように見えますよね。ドラマーがカメラ目線で愛嬌を振りまくと、そう見えてしまうんですね。不思議だが本当です。

天気●あのあたり、アイドルとロッカーの分水嶺かもね。

憲武●カメラ目線で、愛嬌振りまくか振りまかないかで分かれますね。近年になって、ベイシティ・ローラーズはよく来日しました。一瞬、観ようかな?と思いましたが、レスリー・マッコーエン以外は知らないメンバーで、レスリー・マッコーエン&ヒズバンドみたいな恰好だったので手を出し兼ねました。いま思えばやっぱり一度観ておけば…とも思いますけどね。 


(最終回まで、あと777夜)

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