〔今週号の表紙〕第773号 段ボールの夜
小津夜景
いろいろあって引っ越すことになり、去年の夏から古い家と新しい家を行ったり来たりしていた。
で、ついに先週、古い家を引き払った。
こんなに時間をかけて引っ越すんだもの、新しい家での暮らしはさぞスムースに始まるだろう、などと夢を見ていたわたしは浅はかだった。現在、家の中は段ボールだらけ。なんでも物資不足と流通不備とのことで、まったく内装工事が終わらなかったのである。
でも、段ボールに囲まれて眠るのはたのしい。
新しい家は、夜、ものすごく静かだ。
あまりにも静かなので、ふとんに入ってじっとしていると、昼間のいろんな生活音が、ふっと耳に還ってくる。
その音を、段ボールの気配のする闇のまんなかで、聞くともなしに聞いている。
そして思う。幼いころもこうだった、と。
それにしても、音って波だなあ。まるで目のない魚になって、洞窟のなかを泳いでいるみたいだ。
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