【空へゆく階段】№73 解題
対中いずみ
本号に島田牙城が「龍太を訪う」と題した文章を書いており、牙城・青蛙・雅巳の3人で山廬を訪問したことが書かれている。面白いので少し引く。
――旅のものですが、俳句を作ります。是非先生にお会いしたいと思いまして……。――君たち、俳句つくるの。残念だなあ。今から行くところがあってね。何処から?――京都です。――遠くからだねえ。まあ、こっちいらっしゃい。そう、そういう時は電話くれなきゃ。――すみません。お会い出来るなんて思ってなかったもので。――十分ぐらいしたら出るんだけど、まあ上がりなさい。さあ、こっちへ。
という具合で一時間ほど俳句の話をしてもらったようだ。さらに三人は翌々日も再度訪ねている。
翌々日、甲斐での作品をたずさえて再び訪ねようと、今度は裏から後山へ入った。そこで句をまとめていた。いざという時に奥さんが登ってきた。「今日は人が来ているのです。これでも飲んで下さい」。笊にビール四本とおつまみが入っていた。爪先までも爽やかだった。蛇笏の立てた庵(四阿)でビールを飲んだ。ふと、プロ野球の優勝祝賀会でのビールの洗礼を思った。しかし、もう一度会いたかった。作品を見て頂くことはあきらめたが、一人一句「小黒坂三吟」と称して認めたものを持ち、ビールびんを返すふりをして山廬へ入った。奥さんが出てこられた。はじめはしぶっておられたが、一目という事で龍太氏が現われた。「小黒坂三吟」を渡すと、青蛙が句集にサインをせがんだ。龍太氏は快く応じて下さったが、名前だけだったのが我々には不満だった。――句もお願いします。にっと笑われて、――ずうずうしいやつだなあ。雅巳の右肩をおもいきり叩かれた。――はじめてだよ。「雲母」の人にしかられるよ。いきいきと三月生る雲の奥 龍「定本百戸の谿」(牙城)セルを着て村に一つの店の前 龍「忘音」(青蛙)沢蟹の寒暮を歩きゐる故郷 龍「山の木」(雅巳)端午の日。額の冷や汗が快かった。
ビールを出してもらったり、句入りのサインをもらったり、全くやりたい放題の若者たちだ。
「青」309号の裕明句6句は以下の通り。
引鴨や大きな傘のあふられて
沈丁花冥界ときに波の間に
一枝くはへ涅槃の風に舟を出す
天道虫見てや初心にかへるべし
遠きたよりにはくれんの開き切る
鉋抱く村の童やさくらちる
(太字は『花間一壺』に収められている)
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