2022-10-09

宮本佳世乃【句集を読む】太く強く 石牟礼道子全句集『泣きなが原』

【句集を読む】
太く強く
石牟礼道子全句集『泣きなが原

宮本佳世乃

初出:『炎環』第477号・2020年3月

詩人でもあり、作家でもある作者が四〇年以上にわたって詠んだ二一三句を掲載。句集「天」の俳句や解説をはじめ、創作ノートからも四七句入集。ほかに、直筆色紙の句と挿絵や、海の写真など。解説は黒田杏子。

祈るべき天とおもえど天の病む  石牟礼道子(以下同)

ご存知のように、石牟礼さんは一九六九年に水俣病犠牲者たちの現実を伝える『苦海浄土』を刊行された。私は、水俣病の原因と症状については、中学校の授業で知っていたが、社会人になってからこの本を読んだとき、ひじょうにショックを受けたことを覚えている。行政や経済発展を選択した国民(世論)に置き去りにされた水俣病の被害者を肌で感じたように思えたからだ。この、「肌で感じたように思える」というのは石牟礼さんの作品に一貫しているように思う。鬼気迫るものが、太く、強くある。

この句は一九七三年に新聞の学芸欄に水俣病犠牲者たちの鎮魂の文章とともに掲載された。もちろん背景に水俣を読むべきなのだろうが、そうでなくても天災や人災などでの犠牲や、状況的危機を考えると、成り立つ句であろう。私は団塊ジュニアの東京生れで、美しい景色などは目にしないで育ったが、たとえば、美しいふるさとや思い出が心にあれば、今よりもっと、病んだ天の不可逆性を憎むであろう。

死におくれ死におくれして彼岸花

いずくなる境ぞここは紅葉谷

まだ来ぬ雪や ひとり情死行

いずれの句も、色彩が明確に見える。周りの人の死に自分が遅れる気まずさ。天と地、あるいは生死の境界が分からなくなる谿。待っても待っても雪は来ない、救われなさ。俳句を読むことによって、決してハッピーな気持になるわけではない。でもここには、何物かの塊がある。

けし一輪かざして連れゆく白い象を

東京都薬用植物園では、「法律で栽培が禁止されているケシ」を特別に見ることができる。花の見ごろは五月ごろで、一メートルの高さに真っ白い花が咲く。白いけしをかざして白い象を連れてゆく。何処へ行くのか。行き場所はあるのかという不穏が座五の字余りである「を」の一字に集約されている。

椿落ちて狂女がつくる泥仏

椿の落ち方は人間の頸部のそれに似ている。真っ赤な椿が落ちる。泥の仏を作っているのは狂女だ。この句には狂った原因は書かれていない。子どもを亡くして狂ったのかもしれない、あるいは病気のせいで狂ったのかもしれない。いずれにせよ、一塊の泥は形があるようで、ない。大雨に濡れればまた土に戻ってしまう。救われなさがある。

大分県九重の飯田高原に「泣きがら原」はある。亡骸原、ではなく、泣きながら原、でもない。美しい薄原の広がる草原だという。


石牟礼道子全句集『泣きなが原』2015年/藤原書店

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