にはかに雨 斉藤志歩
教はつて凧の高さよ耳に風
犬の輪に犬を入らしむ紫雲英の野
ライターを囲ふ手のひら水温む
喧嘩はじまる春の上着を脱いでから
夕東風へ黒板消しを打ち合はす
苗札に花の写真の不明瞭
春休み郵便受けの裏に人
花の名の御膳ふたつやあたたかし
退勤はにはかに雨の躑躅かな
暮るるときここまで伸びて藤の影
葉桜や泥を分けゆく河馬の足
引き出して麦茶パックのひとつなぎ
夏シャツの夜の明るきサラダバー
さみだれのサワーの層はあやふやに
礼深くふたたびかぶる夏帽子
紫陽花や銀の器に歯の軽さ
紙コップ多き祭の本部かな
うつむきて夏着の縞を数へゐし
腕時計シャワーの昼の棚の上
蝉の声あしたあしたにあたらしき
背泳ぎのしばし日陰に入りにけり
碁打ちたし端居に風の止まなくて
夏掛や赤く塗られて足の爪
瓜刻む窓に火星の低くあり
ベランダに読む小説の終はりかな
受付の穴より声や鶏頭花
かうすれば遠き花火のよく見ゆる
店にゐて墓参済ませてきたところ
長き夜や岸をなぞりて車列の灯
駅のホームで桃をジュースにしてもらふ
コスモスや鳩のポーズに空仰ぐ
やすめればからだよくなる九月かな
新蕎麦や旅の話をひとくさり
柿好きで家具組み立てに来てくれる
身に入むや飴噛み砕く音鈍し
草刈つて露の重さの袋かな
山眠るゆふぐれの鳥ふところに
冬服やくちびる開いて歯の見えて
胡座して炬燵の客となりにけり
幕間の高座に光る冬の蠅
風邪を引きさうな顔して帰りけり
切り株の尻につめたき野の昼食
ヘッドライトに若き狸が振り返る
宿寒く窓の椰子の木夜もなほ
風呂に湯の溜まるあひだを賀状書く
落款へ波の寄するや宝船
紐引いて橇の散歩は木の間ゆく
聞かされてゐるその熊のおそろしさ
眠りても覚めても雪の車窓かな
スケートボードに技の形や冬空へ
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