【中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜】
ムーンライダーズ「Kのトランク」
憲武●今回、用意していた曲があったんですけど、岡田徹の訃報を聞きまして、いろいろ迷いましたが急遽この曲にしました。ムーンライダーズ「Kのトランク」。
憲武●音楽千夜一夜が始まったばかりの頃、岡田徹の「マスカット・ココナッツ・バナナ・メロン」を取り上げたんですが、再び大変残念なことで、取り上げることにしました。ムーンライダーズのキーボーディストとしての岡田徹ということで。
天気●はちみつぱい(1971~1974年)以来、ずっと鈴木慶一とやってきたプレイヤーですよね。
憲武●そうですね。みんな仲がよくて、いつでも一緒にいたみたいですよ。この曲はアルバム「マニア・マニエラ(1982)」収録の1曲めで、作詞佐藤奈々子、作曲岡田徹です。Kというのは鈴木慶一のことで、トランクとは鈴木慶一の音楽の宝物の入った箱ということらしいです。つまりこの詞は鈴木慶一のことを書いているんです。印象的なフレーズ「薔薇がなくちゃ生きていけない」は佐藤奈々子が、ヨーゼフ・ボイスの「薔薇がなくては何も出来ない」というメッセージの入ったポスターを気に入り、感覚的に取り入れたもので、アルバム最後の曲「スカーレットの誓い」でも歌われていて、このアルバムのベースになっています。
天気●この頃のムーンライダーズの音は、もろニューウェイヴという感じで、1枚目(火の玉ボーイ)からの変化の度合いがすごい。少々面食らっていました。
憲武●音の変遷は目まぐるしいものがあります。岡田徹は'81年に発売されたローランドのシーケンサー、MC-4をいち早く購入。路線はニューウェーブのマニエラになっていきます。僕はムーンライダーズ内の岡田徹のイメージは、クラスなどで普段はあまり目立たないんだけど、大事な場面でぬっと出て来て、その場を収束させる一目置かれる存在みたいな感じで捉えていて、シーケンサーの操作の中心を担って、打ち込みの制作スタイルを確立した事って大きいと思います。
天気●バンドの変貌とミュージシャン個々のスキルや指向性の変化が、密接に、またダイナミックに結びついていたバンドだと思います。
憲武●去年2022年の7月にビルボードライブ東京でアルバム「マニア・マニエラ」を回顧するライブがあって、このライブが好評だったので12月25日に「マニア・マニエラ」と「青空百景(1982)」を回顧するライブへと発展しました。ぼくはどちらも観てないんですが、いま大変後悔してます。
天気●今回聴いたのは2020年、中野サンプラザ(これもなくなるんですね)でのライブ、とクレジットされています。
憲武●アルバム全体のテーマは「労働」という事で、それは鈴木慶一、博文兄弟が羽田で生まれ育って、あの辺の京浜工業地帯の空気を肌で感じていた事が、「青空百景」と並んで傑作と称されるアルバム作りに生かされたんだと思ってます。
天気●金属的な音とか、英国ニューウェイヴで「インダストリアル」と呼ばれたジャンも連想させる音ですね。
憲武●「工場と微笑」という曲もありますから、工場の労働のイメージなんでしょうね。このアルバムでムーンライダーズサウンドと呼ばれるサウンドが確立されたように思います。それはやっぱり岡田徹のシーケンサーに依るところが大きかったかと。バンドとしてはまた一人、重要な人を亡くしてしまいました。
(最終回まで、あと721夜)
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