【句集を読む】
倒れる
野名紅里『トルコブルー』を読む
西原天気
半分になつたゼリーの倒れ方 野名紅里(以下同)
こんなことをわざわざ言うのは俳句だけ(これについて一章を割く物理学の本があったらあったでおもしろいが)と思わせる句が大好物なのは、嗜好というか俳句との向き合い方というか、ごく私的な事柄。
スプーンを縦に入れて口に運ぶうち、全体だったゼリーは半分となり、その組成もあって、とうぜん倒れやすくもなる。「倒れ方」については、もう、ゼリーらしい倒れ方としか言いようがないのだと思う。どう倒れるかは、プリンとはすこし違う倒れ方、くらいしか思い浮かばない。それが美味しそうとか、季感たっぷりとか、俳句鑑賞・俳句批評のクリシェを呼び寄せることもない。ただただ、そのように倒れる。
集中、葡萄の句が3句見つかる。
あらかたは繋がつてゐる葡萄の実
透明や皮より葡萄出づるとき
宿に朝くちびるで剝く葡萄の皮
いずれも上記と同様、鑑賞の言辞を弄する気は起きない。指で剝いたり(2句目)、皮ごと口に入れたり(3句目)、食べ方に大きく二種あることががあらためてわかった。
いわゆる私性や話し言葉的な処理の豊富な句集ですが、それよりも、作者や口吻がなくとも、ただ、モノがそこにある句に目が行くのは、嗜好というか俳句との向き合い方というか。業(ごう)のようなものかもしれません。
そのうえで、いちばん好きだったのは、
鶯のこゑ石鹸は網の中
作者の感覚(聴覚と視覚)が伝わります。鑑賞のことばは出てきませんが、この句に充満するモノのありようや空気に、しっかりと触れられたようで、気持ちがいい。
野名紅里『トルコブルー』2023年7月/邑書林
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