【句集を読む】
水と水
岡田由季『中くらゐの町』の一句
西原天気
川と海押し合ふところ春の鴨 岡田由季(以下同)
ちがうたぐいのふたつの水、それも大量というを超えて巨大な嵩の水が押し合うさまは、まさしく流動的。それがいかにも春らしく、句のラスト近くの「春」の一字が水のさまとイコール、あるいは水のさまを包み込む。そののち「鴨」という一点に句がフォーカスされる。シンプルで周到な構造。
汽水域(といっていいのだろうか)の、河口付近。水が押し合うのが「見える」はずがないという向きもありましょうが、それはちがいます。「押し合ふ」を観念的な把握と思い込むのは思慮が足りない。ある種の船乗りは、水面下の潮の流れをはっきりと見て取れる。それは「勘」とかではない。経験値の高い観察者には、そうでない者が見えないものも、見えるのです。
ま、そんなことはさておき、「見えない」私たち読者に、なにかを見せてくれるのが俳句なのだからして、ただただ、この春の気分の横溢した河口の景色を、大きく息を吸い込むように味わえばいいわけです。
集中には、前掲と同様の場所と思しいこんな句も。
対岸の光は機体鰡跳ねる
ほか、心に残った句をいくつかか。
鶏小屋に葛の重みのかかりをり
ゆつくりと生きて昼間の螢かな
赤とんぼ古本市を低く飛ぶ
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