2024-12-22

石田波郷『鶴の眼』の挑戦 ──拾遺との比較を交え 岡田一実

 石田波郷『鶴の眼』の挑戦
──拾遺との比較を交え

岡田一実

(「南風」2021年11月号より転載



石田波郷『鶴の眼』(昭十四年、沙羅書店)は昭和六年から昭和十四年までの作品が収録されている第二句集であるが、波郷の後記には「厳しい意味では第一句集と敢て言へなくもない」とあり、

バスを待ち大路の春をうたがはず
あえかなる薔薇撰りをれば春の雷
吹きおこる秋風鶴をあゆましむ


など現代でも人口に膾炙する句を多く収めている。

同時期の拾遺が『石田波郷全集 第一巻』(昭和四十五年、角川書店)で確認することが出来るが、拾遺にある初期作品を読めば波郷が早い時期から格の高い俳句を志し、レベルの高い実践を残していたことがわかる。そこから更に大きな意図と野望と挑戦を持って『鶴の眼』を世に問うたのではなかろうか。

両者を比較しながら、どういった特徴の句を残し、或いは落したかを眺め、どのような試みを世に問うたか見ていきたい。


一、人物

人物を直接的に特定して書いた句の数の比較によって、拾遺と『鶴の眼』の興味の方向性の違いを知ることができる。

拾遺においては第一位「子(または『をさな』)」(24%)、第二位「ひと」(19%)、第三位「我」「友」(6%)である。

『鶴の眼』においては第一位「ひと」(24%)、第二位「子」(12%)、第三位「我」(8%)である(パーセンテージは「人物を直接的に特定して書いた句」の総数を母数とする)。

この中で明らかに句の内容に差があるのが「子」である。

をさならと服脱ぎそろへ渚邊に 「拾遺」
潮に入る罵りさそふ子らの中に 〃
兒等の髪すゞしき雨のつぶに濡れ 〃

靑蛙兒等が掌ひらき跳ばし競ふ
 〃

連作において特定の語彙の使用率が上がることを考えても、拾遺には若齢者への眩しみを叙景的に描きつつ読者の情動に訴えかける句が多い。若齢者は主体的に生きる者としていきいきと描かれている。

『鶴の眼』ではどうか。

靑林檎子が食ひ終る母の前 『鶴の眼』
かなかなに母子の幮のすきとほり 〃
髪結ひが子を抱きはしる大旱 〃
初鰹ひとの母子を身の邊 〃


多くの「子」は親とセットで描かれ、個性は乏しい。

代わりに増えるのは「ひと」である。

拾遺では「雷とゞろき人は待ちしに輕雨なり」などに例があるが、「ひと」という大きな概念を積極的に打ち出す方法は『鶴の眼』の方が意識的と思われる。

片影やひとみごもりて市の裡 『鶴の眼』
ひとの家に頽れたりし芥子を思ひ寢る 〃
ひとゝゐて落暉榮あり避暑期去る 〃
靑林檎ひとの夏痩きはまりぬ 〃
梅雨の空ひとが遺せし手鏡に 〃


属性を剥いで単純化されることによって他者は普遍性を帯び、さらに他者性を深める。そこに作中主体の孤独を垣間見ることも可能であろう。


二、私性

自らの像を作中主人公として意図的に描くような書きぶりを「私性」と捉えるならば、拾遺よりも『鶴の眼』に色濃くある。拾遺では「秋山のこのまなびやに讀むこゑす」などに試作的風合いを感じるが、

春の街馬を恍惚と見つゝゆけり 『鶴の眼』
朝刊を大きくひらき葡萄食ふ 〃
路次照れり葡萄の種を吐きて恥づ 〃
夜も汗し獨り袴を敷いて寢る 〃
直歸る秋日の艫にうづくまり 〃
人幼く木に名を刻む我は無花果に 〃
ジヤズ寒しそれをきゝ麺麭を焼かせをり 〃


など、その方法に恃むところは大きかったように思われ、後年の「俳句私小説論」の原型と見られる。

自らに起こる一回だけの偶然を描くことによって誰にでも起こり得るという可能性の中に普遍性を浮き上がらせる手法と思われる。


三、具体と肉薄

拾遺の句をより肉薄化させ『鶴の眼』に至らしめた思われる句が数句ある。

朝さくら主もわれもくちすゝぎ 「拾遺」
①' 嗽霞を見つゝ冷たかりき 『鶴の眼」
臥て讀む書寒し手足は寢をもとむ 「拾遺」
②' 雪霏々とわれをうづむるわが睡 『鶴の眼』


①②は具体的ではあるがやや緩い報告である。一歩踏み込んだ把握により①'はアクチュアリティを②'は理知的詩性を得た。


四、詩的誇張

拾遺には薄く、『鶴の眼』に際立つ方法の一つが詩的誇張である。

寝し町の涼しさ盡きず月明り 『鶴の眼』
兜虫漆黑なし吾汗ばめる 〃
昆蟲類あまねくみたり指をみる 〃
ひとの家の金魚赤からず汗滂沱 〃
靑林檎ひとの夏痩きはまりぬ 〃


現実の景色から考えると言い過ぎとも解されるような大胆な詩的誇張により、「今ココ」の狭隘さを抜け、イデアに迫らんとする試みであろう。一歩間違えれば陳腐になりやすい方法であるが、濃い叙情性を獲得している。


おわりに

若齢者への眩しみを描写すると詩に瑞々しさが加わりやすくなる。しかし波郷はそれを過去の詩とうち沈め、孤高へと乗り出した。

代って恃んだ方法は、私性の一回性による普遍性の湧出や把握の深化、詩的誇張による理想世界への接近であったと考えられる。

序に横光利一は「この書はただ單に未来の問題の露頭を潜ませてゐるのみならず、古への美と競ひ立たうと希ふ靑春の美が沈着な豊かさで然も柔らぎを含み、微妙繊細な華やかさの中に幽情をさへ失はず、近代の浮薄と品位に轉質せしめてゐる高弧な抒情をもつて巻き立ち昇つてゐる。殊にここに露れたこの開花の放つ光鋩の特長は、われわれが詩形の單位の何ものかを探るに好個の典型となつてゐる明快な垂直性である。この垂直性こそ古典へ通じる唯一の道だと思ふ」と記した。

波郷の古典への挑戦の表現は現代の我々にとっても学ぶべき点が多い。


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