【野間幸恵の一句】
未完
鈴木茂雄
パピルスを喜ぶto be continued 野間幸恵
野間幸恵のこの俳句は、古代の記録媒体である「パピルス」と現代の物語の未完性を象徴する「to be continued」という言葉を大胆に融合させた、極めて独創的かつ知的な作品である。幸恵は、時間軸を軽快に横断し、物質と精神、過去と未来の交錯を巧みに描き出すことで、創造の喜びと物語の無限の可能性を讃えている。本句は、伝統的な俳句の枠組みを踏襲しつつも、現代的な語彙と発想を取り入れることで、俳句の表現領域を拡張する試みとして高く評価できる。以下、句の構成、テーマ、音韻、文化的背景、そして現代俳句における意義を明らかにする。
本句は、「パピルスを」「喜ぶ」「to be continued」という三つのフレーズで構成され、伝統的な五・七・五の音数律を意識しつつも、自由なリズム感を持つ。「パピルスを」は、古代エジプトの記録媒体を指し、知識や文化の継承を象徴する具体的なイメージを提示する。この導入部は、読者に歴史的・物質的な基盤を与え、句の深みを増す。「喜ぶ」は、動詞として情感を直接的に表現し、パピルスに記されることへの純粋な歓びを伝える。この歓びは、創造行為そのものの喜びや、物語が後世に残る可能性への期待を内包している。最後の「to be continued」は、英語の慣用句であり、物語の未完性や継続性を暗示する現代的な要素だ。この結句は、句に意外性と軽快なリズムをもたらし、読者に物語の続きを想像させる余白を提供する。
テーマとしては、創造の喜び、物語の永続性、そして時間や文化の超越などが考えられる。パピルスは、古代エジプトにおいて法令、文学、科学的知識を記録した媒体であり、人類の知の結晶を後世に伝える役割を果たした。作者は、この歴史的象徴を用いることで、知識や物語が時代を超えて生き続ける力を強調する。一方、「to be continued」は、現代のポップカルチャーや連続ドラマ、連載小説などで頻繁に使われる表現であり、物語の未完性や次なる展開への期待を象徴する。この二つの要素を組み合わせることで、作者は過去と現在、物質と精神の対話を試み、創造行為の普遍性を浮き彫りにしている。
「パピルス」は、単なる記録媒体を超えて、文化的・歴史的な象徴としての重みを持つ。古代エジプトでは、ナイル川の葦から作られたパピルスが、ヒエログリフや図像を記録する基盤となり、死者の書や神話、行政文書など多様な内容を後世に残した。この物質的背景は、句に知的な奥行きを与える。パピルスに刻まれる文字は、単なる情報ではなく、人間の思考や感情、信仰の結晶であり、時間の中で生き続ける物語のメタファーとも言える。作者が「パピルス」を選んだことは、単なるエキゾチックな素材の選択ではなく、知の継承や文化の永続性を意識した戦略的な意図を感じさせる。
一方、「to be continued」は、現代のメディア文化に根ざした表現だ。連続ドラマやコミック、映画のエンドクレジットでよく見られるこのフレーズは、物語が未完であること、そして観客や読者が次を待ち望むことを前提としている。この表現を俳句に取り入れることは、伝統的な文芸形式にポップカルチャーの要素を取り入れる大胆な試みであり、俳句の現代性を強調する。松尾芭蕉が「奥の細道」で旅の未完性を余韻として残したように、本句もまた、物語の継続という形で読者に余白を与える。芭蕉の時代には季語や自然がその余白を担ったが、本句では「to be continued」がその役割を果たし、現代の読者に響く形で伝統を再解釈している。
音韻面では、「パピルス」のエキゾチックでやや重厚な響きと、「to be continued」の軽快で流れるようなリズムが鮮やかな対比を生む。「パピルス」は、/pa-pi-ru-su/という四音節の外来語であり、硬質な「p」と流れる「r」の音が古代の厳かな雰囲気を醸し出す。これに対し、「喜ぶ」は日本語の柔らかな動詞で、/yo-ro-ko-bu/の音は明るく弾むような印象を与える。最後の「to be continued」は、英語特有の滑らかな連結音(/tə bi kənˈtɪnjuːd/)と、リズミカルな抑揚が現代的な軽やかさを加える。この音の対比は、句全体にダイナミズムを与え、読む者に古代と現代の融合を聴覚的にも感じさせる。
リズム的には、五・七・五の伝統的な音数律を意識しつつ、英語のフレーズが加わることで自由度が増している。特に「to be continued」は、音数としてはやや長めだが、句の結びとして軽快な余韻を残す効果がある。このリズムの揺れは、句のテーマである「未完の物語」や「創造の流動性」を音のレベルで補強している。伝統的な俳句では、季語や切字がリズムの軸となるが、本句では「to be continued」がその役割を果たし、現代的な句形の可能性を示している。
本句には季語が不在であるが、これは意図的な選択と見ることができる。伝統的な俳句では、季語が自然と人間のつながりや時間の流れを表現する重要な要素だが、現代俳句では季語を省略することで、より抽象的・普遍的なテーマを追求する作品も多い。本句の場合、パピルスの歴史的背景と「to be continued」の現代性が、時間や季節を超えた普遍性を与えている。パピルスは、古代エジプトの特定の季節や自然環境(ナイル川の葦)に結びつくが、句においては具体的な季節感よりも、知の永続性という抽象的なテーマが前景化される。この点で、本句は現代俳句の「無季俳句」として、伝統と革新のバランスを巧みに取っている。
本句は、現代俳句の可能性を広げる作品として重要である。俳句は、17音という極めて短い形式の中で、深い情感や思想を表現する芸術だが、現代においてはグローバル化やメディア文化の影響を受け、新たな表現が模索されている。外来語やポップカルチャーの要素を取り入れることは、俳句の伝統を継承しつつ、現代の読者に訴えるための有効な手段だ。本句は、「パピルス」と「to be continued」という異質な要素を融合させることで、俳句の枠組みを拡張し、異文化や異時代間の対話を可能にしている。
また、本句は読者に積極的な解釈を促す点でも優れている。「to be continued」は、物語の続きを想像させるだけでなく、読者自身の創造性や人生の未完性を想起させる。パピルスに刻まれる物語は、作者だけのものではなく、読者や後世の人々が継承し、書き足していくものだ。この点で、本句は単なる文学作品を超え、創造の共同性や文化の連鎖を讃えるメタ的なメッセージを持ち、作者と読者、そして未来の創造者を繋ぐ希望の象徴として、時代を超えて輝き続ける。伝統的な俳句の余白を保ちつつ、現代の読者に新たな想像の空間を提供するこの句は、現代俳句の革新性を体現する秀句と言えるだろう。
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