2026-01-25

鈴木茂雄【野間幸恵の一句】空だけを頭上に

【野間幸恵の一句】
空だけを頭上に

鈴木茂雄


イマジンは空に届かず一位の木  野間幸恵

この句は、現代俳句のなかでひっそりと、しかし確かな冷たい光を放っている。「イマジン」という言葉は、ジョン・レノンの曲を強く連想させる。あの歌は、境界のない世界を想像することに希望を託し、「above us only sky」と歌いながら、空だけを頭上に置くことで理想を呼び寄せようとした。そこにはまだ天を仰ぐような姿勢があった。

ところがこの句は、その向きをすぐに断ち切る。「空に届かず」という言葉で、想像の最も遠い届く先さえも否定してしまう。夢想的な理想に対する、静かでほとんど無表情な現実の視線がそこにある。その視線の先にあるのが「一位の木」だ。

一位(イチイ)は季語としては花(春)や赤い実(秋)を持つ木だが、ここではそういう季節の装いはすべて取り払われている。花も実も色も香りもなく、ただ一本の木として、垂直に伸びながら空には決して届かない姿だけが残る。重く、黒ずんだ樹形がそこにある。

「一位」という名は、古くから最高位の官人の笏(しゃく)の材として尊ばれたことに由来し、名前にすでに「頂点」の意味を含んでいる。それなのに、この木は物理的に空に届かない。この名と実のずれが、句の中心にある。

「イマジン」が示した無限の可能性や平等の理想は、「一位」という名を冠しながら地に根を張り、空を諦めたこの木によって、静かに、しかし徹底的に否定される。最高位を名乗りながら天に届かない木。それは、理想を掲げながら地に縛られた人間の姿を、痛切に映している。

同時に、この句は「名前の呪い」に対する控えめな抵抗でもある。「一位」という呼称を与えられた瞬間から、その存在は「届かないこと」を運命づけられている。高貴な名は、かえって限界を際立たせる。この一句は、名と実のずれをただ静かに示すことで、現代が抱える観念の行き詰まりを、ひそやかに浮かび上がらせる。

五七五という古い形式に、「イマジン」という外来語を置くことで生まれる違和感が、句の最も鋭い部分だ。古い木と現代の響きが並ぶことで、時代そのものの断層が浮かぶ。

結局、この句はこう語っているように思える。どんなに高尚な想像をしようと、どんなに尊い名を背負おうと、私たちは結局、地面に根を張った一本の木にすぎない。空は、永遠に届かない。その醒めた冷たさのなかに、現代俳句の一つの到達点がある。同時に、深い諦めがもたらす、静かでどこかやりきれない美しさもある。句のあとには、冷たい風が一筋、胸のあたりを通り抜けるような余韻が残る。

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