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2017-03-26

評論で探る新しい俳句のかたち(15) 新しい構文は可能か、という命題(いったんの結びとして) 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(15)
新しい構文は可能か、という命題(いったんの結びとして)

藤田哲史


私がはじめて俳句と出会ったとき、その鑑賞のキーワードはつねに「取り合わせ」と「切れ」だった。

これらは俳句についての詩法のキモであると同時に、初心者がしたり顔で用いるのを憚られる聖域でもあった。

そして、これらの詩法は俳句独特の語法と分かちがたく結びついていた。

いち初心者だった私は、現代語と俳句の語法との隔たりにとまどい、「取り合わせ」より微に入る鑑賞ができないことに歯がゆさを覚えた。



やがて何年か経って

 現代語を用いて俳句を再構築することは可能か

という命題は、私が俳句を作るテーマの一つになった。

このテーマは極めて技術的な問題であると同時に、どうやって俳句は現在の詩たりえるか、という本質的な問いへの解決方法になりうる。

ただそのためには、「取り合わせ」や「切れ」の核心を言葉によってつきとめなければならない。俳句の語法を現代語で再現するため、俳句の詩法を一般的な言葉で表現しなおすことは避けてはとおれない。

そんな考えからこの「評論で探る新しい俳句のかたち」という表題が生まれた。

芸術によくあるような天才的なひらめきや感動からは随分かけなはれたやり方になってしまったけれど、この表題による文章で目的のいくぶんかは果たすことができた、と感じている。



俳句についての分析といってまず思い浮かぶのは、俳句の創始者・正岡子規の「俳句分類」だ。

子規は、膨大な量の発句を季語と季語以外の語彙の組み合わせパターンで分類を行った。この子規の分類は、文法的にいえば名詞に重点を置いた分析で、たしかに動詞すら省かれることがある俳句の語法のうえでは、名詞に注目した分類は直感的であり、また新しさを示すうえでもとてもわかりやすい。

ただ、子規のような名詞を軸にした表現の捉え方は、私の現代語による表現の模索にはそぐわなかった。

そこで私が着目したのは、むしろ名詞以外の部分、「切れ字」を含む助詞であり、構造だった。

構造という視点から俳句を見ると、現在よく言われる俳句の「切れ」は構造の不連続性と言い換えられること、そして、その構造は俳句表現においては「切れ字」を含む構文によってはっきりと示されることがわかった。



このような俳句用語の捉えなおしによって、

 現代語を用いて俳句を再構築することは可能か

という命題は

 現代語による新しい俳句構文はありえるか

という命題と同値になった。

この点を明らかにしておけば、もう現在の俳句から<新しい俳句のかたち>までの距離はごくわずかだ。

私たちは「伝統」や「前衛」に対しての精査という作業を通らずに新しい俳句表現に肉薄することができるだろう。

そして、この現代語による新しい構文のヒントは、「口語」よりも「文語」らしく見える俳句の間に埋もれている。省略の効いた俳句語法の緊密さを保ちつつ、現代語の感覚を持った俳句に。



という具合で、ここでいったん筆を置いて、また今日もいち作り手として机に向かおうと思う。今の私のいる場所は、そんなところだ。



2017-03-19

評論で探る新しい俳句のかたち(14) 仮名遣いと想定読者 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(14)
仮名遣いと想定読者

藤田哲史



仮名遣いついて少し。

発端は2016年12月28日の俳人島田牙城さんのツイートだ。

今、自分の散文集を作り始めていて、(評論でも随筆でもなく、書き散らかしです)、正字・歴史仮名なんだけど、ゲラの段階で仲間に人気がない。
一度聞きたかったのだけど、なんで若い人は歴史仮名遣いで俳句書くの?
学生俳人の8割が歴史仮名遣い、という印象なのだけれど、どういう信念からなの?

表現するうえでなんとなく現代仮名遣いでなく歴史的仮名遣いを選んでいはしないか、という投げかけだ。

このあと牙城さんと何人かの人とやりとりは続いて、「現代仮名遣の人には信念いらんのですよ。いつもの仮名遣ですから、で終わり。」とも牙城さんは書いている。

文字数が限られるツイッターからは、牙城さんのいう「信念」がどんなものかははっきりとわからなかったが、仮名遣いについて再考する機会になったことは、ありがたい。



歴史的仮名遣いは、江戸時代に国学者によって古文献を基に整理された仮名遣いを指す。契沖仮名遣いともいう。一方現代仮名遣いは、昭和21年の内閣告示によるもの。現在の日本語の標準的な仮名遣いだ。

歴史的仮名遣いにせよ、現代仮名遣いにせよ、発音と表記のずれについての自覚があって、それを規定化するためのものといえる。そして、現在俳句を表記するとき私たちは原則このどちらかを用いている。



仮名遣いの選択に信念が必要かどうかはさておき、仮名遣いからは、少なくとも作者の想定する読者がどんな人か伺うことができる。

想定する読者が歴史的仮名遣い表記の俳句に親しんだ人なのか、それとも現代仮名遣いでないと違和感を感じるような人なのか。自分の俳句を読む読者がどちらの仮名遣いになじみがあるか、という点への配慮によって仮名遣いは選択されうる。歴史的仮名遣いで俳句を書く人を読者に想定した場合、自分も自然と歴史的仮名遣いを採用する、というのはごく自然なことだ。



ところで、これは全く直観的なのだけれど、歴史的仮名遣いが生む表現、というのがある。

言い換えると、歴史的仮名遣いだからこそ成り立つ表現、ふだんから歴史的仮名遣いで書いているからこそ思いつく表現。そんな表現は経験上たしかにある。

たとえば

妻がゐて夜長を言へりさう思ふ  森澄雄

は、その最たるものといえる。ある秋の夜の仲睦まじい夫婦のやり取り。その話題のなかには卑近なものもあったかもしれないが、歴史的仮名遣いの視覚的な婉曲表現としての効果か、この俳句には現実のなまぐささが感じられない。

このほか歴史的仮名遣いが可能にした表現というものを思いつくままに挙げれば、

   春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
   ふはふはのふくろふの子のふかれをり  小澤 實

などがそうだろうか。「水」を「みづ」とし「梟」を「ふくろふ」としたことによる視覚的効果がたしかにある。

   落ちそしてとほく梢とかよへる葉  生駒大祐

最近の週刊俳句から。「かよへる」は、気持ちが通じあっているの意味か。表意文字の漢字を用いて「落ちそして遠く梢と通へる葉」とすると、その歴史的仮名遣い独特の視覚的効果がよくわかる。



とはいえ、歴史的仮名遣いの視覚的効果には限界がある。それは可読性の乏しさだ(つまり、読みづらい)。「落ちそして~」の俳句が作品として成り立つのは、想定されている読者を歴史的仮名遣いを難なく読みこなすことができる読者に限っているからだ。

読者を限ってしまうことがいいことなのか、そしてまたどの程度限るべきなのか。

たしかに今以上に歴史的仮名遣いが使いこなせる人が増える見込みのない世界で、歴史的仮名遣いを採用するのは、ふつうの感覚から言ってたしかに特別な理由が要るのかもしれない。

それを牙城さんのように「信念」と呼ぶかどうかはともかく、だ。

2017-02-26

評論で探る新しい俳句のかたち(13) 現代語のノリ 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(13)
現代語のノリ

藤田哲史


先日中原中也を再読してみたら、意外にも文語詩の印象が強いことに気付いた。

たしかに、よく知られている「湖上」の

ポッカリ月が出ましたら、 舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、 風も少しはあるでせう。
沖に出たらば暗いでせう、・・・
という文体はたしかに口語なのだけれど、詩集全編の口語詩の割合はそれほど多くない。中原中也を詩集で読んだことない読者には、「幾時代かがありまして」の書き出しの「サーカス」や「秋の夜は、はるかの彼方に」の書き出しの「一つのメルヘン」のイメージがあるのだけれど、それらは詩集のなかでは少数派といえた。 



口語と文語。自由詩でははっきりと区分けできるものだけれど、こと俳句ではどうだろう。

たとえば、口語俳句といってよく挙げられるのは、
サイネリア咲くかしら咲くかしら水をやる   正木ゆう子
ピーマン切って中を明るくしてあげた   池田澄子
のような破調と口語が分かちがたくあるような俳句だろうか。

あるいは、破調という要素を除いて議論するなら
盗人に逢うた夜もあり年の暮   芭蕉
海に入りて生れかはらう朧月   虚子
あたりの古典がよく持ち出されるだろうか。

けれども、私は「文語の格調」や「口語の諧謔」といった言葉をほとんどあてにしていない。文語・口語をどのように使うか、という問題は結局作者の主義・主張でしかないし、俳句のアイデンティティたる「切字」自体が文語として破格の存在であるいじょうは、文語と口語を二項対立で語ること自体もあまり意味があるように思えない。

何よりも、俳句の文体にとって、実際に大事なのは、文語であれ口語であれ、その文体がどこまで現代語の感覚と隔たっているか、といった、あいまいだけれどしかし読者にとって根本的な要素でないかという直感があるからだ。

たとえば、伝統回帰を旗印にしている昭和30年代世代俳人の
春の水とは濡れてゐるみづのこと   長谷川櫂
木瓜咲いて鴉の羽根の落ちてゐる
   岸本尚毅
の「ゐる」。旧かな表記でしれっと文語のような顔をしているけれど、現代語寄りの表現の感じとか、議論として突き詰めていけばとても面白いと思う。

あるいは次の俳句。
夏嵐机上の白紙飛びつくす   正岡子規
冬河に新聞全紙浸り浮く   山口誓子
どちらも口語か文語かの判断はつかず、動詞の終止形で言い切る構成がよく似ている。ただ、これらの俳句を見比べて、なぜか作年の古い子規の俳句の方が現代よりだと感じる読者は多いと思う。山口誓子の「全紙」といういかにも漢語らしい言い方とか、「浸り」「浮く」と状態を動詞2つを続けるところとか、あきらかに漢文の韻律を意識しているところに、現代語らしくなさがある。

ここでいう現代語の感覚は、おそらく世代とか、これまでに何を読んできたかとか、どんな地域で育ったかにもよるだろうから、絶対的な指標というものはない。けれども、品詞分解では解き明かせない現代語の感覚(ノリ、と言ったほうが私自身はしっくりくる)を含めた文体にこそ、わかりやすい口語俳句ではない、新しい文体のヒントが隠されている気がする。
鰯雲日かげは水の音迅く   飯田龍太
現代語の感覚でそのまま読める定型の典型の一つ。日向よりも日陰の方が水音が速く聞こえるとか、何げない語彙で詩情をたっぷり含ませたり。
春ひとり槍投げて槍に歩み寄る   能村登四郎
この俳句以降のすべての青春詠は、この俳句と見比べられてしまうようになった。切字と文語によらない、現代語による現代のための青春詠とか。
戦争の次は花見のニュースなり   山口優夢
「次はお花見のニュースです」というアナウンサーの語り口がそのまま転写されている感じとか。 
春めくと枝にあたつてから気づく   鴇田智哉
「と」は引用の「と」。似た構成の成語に〈一葉落ちて天下の秋を知る〉があって、「知る」と「気づく」のノリの違いにこそ、この俳句の詩情の核心がある。 



約束の寒の土筆を煮て下さい   川端茅舎
私はけして現代語のノリが野卑とは思わない。文語でなくて、字余りで、それでもこの俳句で格調が失われない理由を考えるたび、まだまだ俳句が作り足りない思いになるのだ。

2017-02-19

評論で探る新しい俳句のかたち(12) 作品の強度としての「プレーンテキスト」と鶏頭論争 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(12)
作品の強度としての「プレーンテキスト」と鶏頭論争

藤田哲史


俳句雑誌「オルガン」2017年冬号での対談記事「プレーンテキストってなんだろう」がおもしろい。

記事としては、作品としての俳句が全くノイズなく享受される状態として「プレーンテキスト」を想定し、どのような場合にノイズが生じるのか、ということについて生駒大祐と福田若之の2人が議論を進めていくもの。

意識的な連作の場合には一句としてのプレーンテキスト性が削がれる、とか、本の装丁の装飾性がノイズになる場合があるんじゃないか、とか、トピック一つ一つにかなり読みでがある。

ここで思ったのは、俳句におけるノイズがすべて負に働くわけではないな、ということ。連作や装丁などの「ノイズ」を鑑賞の手がかりと読み替えれば、作品以外の要素について肯定的でいられるはずだ。

このような鑑賞の手がかりなしにでも成立する作品の強度を「プレーンテキスト」という概念で表しているのか、とも思ったものの、記事での議論は私の意図とは別の方向に展開していった。

仮に、鑑賞の手がかりになしにでも成立する作品を「プレーンテキスト」とすると、「切れ字」「取り合わせ」などの俳句に関する基礎知識も「ノイズ」の一つと言えるんじゃなかろうか(これは、ちょっと怖ろしい思い付きだ。俳句に関わるすべての知識が「ノイズ」になりうる可能性がある)。



少なくともはっきりしているのは、「プレーンテキスト」という概念が論理的な議論に使いよい、ということ。

たとえば、

 鶏頭の十四五本もありぬべし   正岡子規

の可否について、病床にあった正岡子規の境涯とか、「写生」を唱えた正岡子規の文学者としての主張とか、この作品が句会に出されたとき、誰も点を入れなかったとか、句会場所に鶏頭が咲いていたから嘱目の句だ、とかいった読み方は「プレーンテキスト」性に乏しい読み方といえる。

「プレーンテキスト」性の高い読み方を考えるなら、現在においては今一つピンと来ない「ありぬべし」の解釈についても、

  朝露は消えのこりてもありぬべし誰かこの世を頼みはつべき
  あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな

などの和歌における用例を、正岡子規やこの俳句に関する資料よりも重視して捉えることになるだろう。

その捉え方は「プレーンテキスト」性が低いですね、とか。何だか流行りそうな予感。



けれども、実際のところファンにとって「プレーンテキスト」ほどつまらないものもない。

作品だけが全てで、顔も公開しないし文章も書かないなんて味気ない。ファンならアイテムとしての価値を本に見出すし、そこに直筆の一句が書かれていればもっと嬉しいものだろう。

と、これはプレーヤーもないのにヴァイナルを買ってしまった私の言い訳なのだけれども。

2017-02-12

評論で探る新しい俳句のかたち(11) 口語でも文語でもないそれ、に取って代わるもの 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(11)
口語でも文語でもないそれ、に取って代わるもの
藤田哲史

「切れ字」の「や」は、特異な存在だ。

まず、それ自体が厳密な文語文法から外れている。間投助詞とか、係助詞の変形とかいくつかの見方はあるけれど、古典文法の用例と全く同じとはみなしにくいからこそ、あえて「切れ字」の「や」と呼びならわしている。

「切れ字」の効果、といって格調や省略を挙げることもできるけれど、これは「切れ字」でないとどうしても期待できない効果とはいえない。

「切れ字」の「や」が持つもっとも大きな効果は、作品に俳句らしさを期待できるところにある。

たとえば、名句として必ず話題に挙がる

  古池や蛙飛び込む水の音   芭蕉

を筆頭に、良くも悪くも「や」は俳句の構文として定番中の定番だ。

「や」を用いるとなんとなく俳句っぽくなる。この効果は、現代語をどのように用いても絶対に得られない、置き換えできないものだ。「や」の存在意義、といってもいい。



「定番」は、いっぽうでステレオタイプになる。ステレオタイプをどう表現のなかで生かすか。ずらしていくか。何人もの俳人がこのステレオタイプに異なる解を与えてきた。

   六月や峰に雲置く嵐山   芭蕉

まずは、季語の本意を膨らませるベーシックなタイプ。六月らしさの説得力として具体的な事物で展開してみるパターン。

  冬山やどこまで登る郵便夫   渡辺水巴

場面を与えてから、そこに<役者>が登場してくるパターン。<役者>が登場するまでの間のよろしさ、とか。

  琅玕や一月沼の横たはり   石田波郷

大胆に色あいだけを述べたあと、状況を具体化させて完結させるパターン。前半の曖昧を後半で解決する。

   初恋や氷の中の鯛の鱗   佐藤文香

心情など抽象的なものを主題にして、喩えとして後半を展開させるパターン。季語を抜いても、その構文と構造だけで俳句性を持たせている。



このように列挙してみると「や」を使うことで俳句らしくはなるけれど、一概に古めかしいものとはいえないのがおもしろい。時代ごとの作品を数多く読んでいくと、「や」入りの構文を新しい展開方法を発明することで、新鮮さがもたらされていることがよくわかる。「や」の再発明といってもいい。

時代ごとに同じ構文を使って異なる展開が試されてきた結果、「や」入りの構文は俳句にはなくてはならないものになっている。



一方で、この俳句らしい構文を意識的に採用しない作家も少なからずいる。

   かたつむり甲斐も信濃も雨のなか   飯田龍太
   大鯉の屍見にゆく凍のなか

なかでも、飯田龍太は「切れ字」の「や」を意識的に使わないだけでなく、新しい構文はありえるか、という点をはっきりと意識している作家だった。いくつかの評論でも指摘されているとおり、飯田龍太は「~の中(なか)」という構文を頻りに用い、「切れ字」の「や」をほとんど採用しなかった。

とはいえ、飯田龍太の考案したこの構文が他の作家にも採用されている様子はなく、むしろ後続の世代が「や」を積極的に用いているところを見ると、いかに「切れ字」の「や」が使い勝手の良い構文かということがわかる。

そして、飯田龍太のような新しい構文を作品で示すような作家は現在のところ特に見当たらない。



もし「や」の代わりになる新しい構文を、しかも現代語となじむように作ることができたら、それはものすごい発明だ。

今となっては俳句に欠かせない「や」を現代語の感覚で書き換えている、ということは、単なる意味上の翻訳だけではない。格調・省略というような「切れ字」が担った副次的な機能も合わせてその構文が引き受けているということだ。

しかも、その構文は1つの作品でなくいくつもの作品で反復して用いられるような、ゆるぎない形をしている必要がある。新しい構文とは、新しい定番のことだからだ。

果たしてそんな構文がありえるのか、どうか。



あると仮定して試してみたらどうか、と今の私は思っている。

2017-02-05

評論で探る新しい俳句のかたち〔10〕 「取り合わせ」と「切れ」を再考する 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち〔10〕
「取り合わせ」と「切れ」を再考する 藤田哲史

いったん、ここまで書いてきたことについてまとめてみたい。

まずこの連載では、現在の俳句にあるルーツを探るため、構造をポイントに俳句の特徴を捉えることにした。そして、前衛俳句には、近代俳句にあるような、ある時間・ある視点を想定した読み解き方が通用せず、いくつかの読み解き方が可能な構造をもつことを指摘した。

 一方で、俳句における構造の不連続性は、いわゆる「切れ」と言い換えられるものの、この「切れ」は「切れ字」の有無とは別の問題であることを示した。

 ●

もしかしたら、ある人はこれを読んで「そんなことはごく当たり前のことで何も新しいことを言ってない」と思うのかもしれない。

むしろ、それでいい。この文章の前提は、俳句の持っている要素全てが普遍的な言葉で言い換えられる、というところにある。

 ●

 ここで、次の俳句を見てほしい。

  木枯やいつも前かがみのサルトル   田中裕明

いかにも俳句らしい「切れ字」の「や」を含む構文を採用し、なおかつその「切れ字」の前後に一見関係のないフレーズを「取り合わせ」る。

 この俳句は、現在の俳句における一つの典型だ。現在、多くの俳句入門書に「切れ字」入りの構文と「取り合わせ」による方法が紹介されているし、この方法の上に成り立っている良作は少なくない。

内容を見てみると、「木枯」と「いつも前かがみのサルトル」を同じ時間・同じ場所の状況を示したもの、とは考えにくい。木枯が吹きすさぶ町でパリの舗道を思い浮かべたとか、現代哲学の本を読んでいたとか、いくつかの可能性を頭の片隅に置きながら読み解いていくことで複雑な味わいを得る、というような説明のほうが実際の感じ取り方に近い。

「~」と「~~」の響きあい。そのような言葉で現在の「取り合わせ」の俳句はよく評される。

 他方、ルーツという観点から見れば、この「サルトル」には全く異なる2つの面がある。

一つは伝統的な面。現代の日本語にはない俳句独自の「切れ字」が含まれている。

 もう一つは前衛的な面。これは前衛俳句的と言った方が誤解がないかもしれない。いくつかの読み解き方を可能にさせながら複雑な味わいを得る、という構造的な特徴は、どちらかといえば近代俳句でなくむしろ前衛俳句で顕著な特徴だ。

 実のところ、この「サルトル」は、伝統的なレトリックに前衛俳句が獲得した表現が入り込んだ、極めて現代的な作品とみなすのが妥当な見方だと思う。

 ●

ただ、このような捉え方が同意を得られるのかどうか、私には心もとない。

 仮に同意が得にくいとするなら、その原因の一つには現在の俳句における「切れ字」や「取り合わせ」への過信があるだろう。

現在、「切れ字」と「取り合わせ」に関する言説はとても多い。特に、

① 俳句らしい構文 
② 季語 
③ 季語とは関係のないフレーズ

の3つで俳句を作る方法はとても簡単で、ほとんどの知識なしに俳句らしいものを作ることができる。この方法に準じて俳句を作れば、何となく、何らかの詩情をまとわせることができる。

もちろん、私もこの方法で俳句を作ってきた(ちなみにこの方法は俳句の量産にとても都合がよい)。しかも、③季語とは関係のないフレーズは、どのような言葉を持ってくるか完全に作者の自由だ。①と②を最低限満たすべき俳句の条件とするなら、この方法が最も自由な作り方であるようにすら見える。

 けれども、現在の方法の「取り合わせ」は、実のところ、一見自由でいながら、着想の契機だけでなく、それがそのまま詩情を生み出す原動力にもなっているところに大きな制約がある。

くりかえすけれど、「切れ」もとい構造の不連続性は0か1かで判断できるものではない。ただ、構造の不連続性がはっきりとしていればいるほど、俳句として複雑な読き解き方ができる余地がある。

だからこそ、だ。

私たちは無意識に季語以外のフレーズに意外性を持たせようと力みすぎていないか。「切れ」のはたらきを過信して、いつの間にか難解な俳句を量産していないか。あるいは内容の平板さを恐れるあまり不必要に「切れ」を入れていないか。
白雲と冬木と終に関はらず   虚子
今、改めてこの「白雲」と「冬木」の組み合わせと、自然体極まりない虚子の俳句を目の前にして、私はむしろこのような俳句にこそ、文脈に依存しない独立した一句の可能性を感じている。

2017-01-22

評論で探る新しい俳句のかたち〔9〕 構造と構文 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち〔9〕
構造と構文

藤田哲史


既によく知っているはずの事柄であっても、違う言葉に言い換えることによって、これまでと違う捉え方ができるのでないか、と書いた先週。先週に引きつづき「切れ」についてもう少し考えてみたい。

すでに指摘したことだけれど、俳句において「切れ字」の有無と一句の中の「切れ」の有無が必ずしも一致しない、というわかりにくさがあった。

この点をもう一歩踏み込んで考えてみると、一句の中の「切れ」は、それ自体を強弱で表すことがあることからもわかるように、もともと0か1かで捉えられる概念でない。

ここまで「切れ」という概念を積極的に構造の不連続性という言葉で言い換えてきたけれど、この不連続性という言葉には、程度というものが許される余地がある。一般的な言葉としての「切れ」には「切れ」ているかどうかの二者択一を求めるニュアンスがあるけれども、俳句における「切れ」では、はっきりとした「切れ」、ほとんど「切れ」ていない、という表現をしても全く違和感がない。

あるいは次の問いかけを考えてみてはどうだろう。俳句において完全な「切れ」は存在するのだろうか、と。

もし完全な「切れ」がありうるなら、それは、作者はおろか読者にも理解が及ばない言葉の並びなのだろう。しかし、そのような言葉の並びを、作者の意図が入り込む隙がないよう、アトランダムに言葉を組み合わせる自動生成機械で作ったとして、そこに詩情は見込めないのではないか。

「切れ」もとい俳句にある構造の不連続性が詩情を呼び込むときに鍵になるのは、むしろ連続性だ。一見何の脈絡もないような言葉の並びであったとしても、なぜそれが一つの作品として成立しているかを読者に問いかけ、何かしらの詩情を表すものである限り、そこには仄かにも連続性は存在しているはずだからだ。俳句はどれも「切れ」ているようで「つながって」いる。

「切れ」は0と1で捉えられるものでないのだ。



一方で、「切れ字」に注目してみると、こちらは「切れ字」を使っているかどうか、0か1かで捉えられることに気付く。

一句の中の「切れ」を構造の特徴として言い換えるなら、「切れ字」を含めた言葉の並びは、いわば、構文だ。

たとえば〔 名詞①+や+□+名詞② 〕という構文があるとすると、

秋風や藪も畠も不破の関   芭蕉
秋風や静かに動く萩芒   高濱虚子
秋風や模様のちがふ皿二つ   原 石鼎
秋風や昼餉に出でしビルの谷   草間時彦
秋風や射的屋で撃つキユーピツド   大木あまり

という作品例が挙げられる(ここでは特に名詞①が秋風である場合に限っていくつかの作品を挙げている)。

もし「切れ」と「切れ字」を合わせて捉えようとすると、「切れ」という構造の不連続性にはいくつもの度合いがあるので、「や」にいくつもの用法を用意しなければならなくなるだろう。

むしろ、一般的な文語文法に当てはまらない俳句独自の「や」を、俳句独自の慣用的な表現=構文として捉え、それとは別に「切れ」=構造の不連続性を考えたほうがずっと俳句表現の捉え方として見通しがよいように思うのだが、どうだろう。



この捉え方について人に話したところ、次のような作品が話題に挙がった。

月光の象番にならぬかといふ
   飯島晴子

ここで用いられている「の」を散文のように読み進めることはむずかしい。穏当に読み解けば、月光が照らすなかで、というような意味で受け取るのがよいだろうか。その人によれば、この作品の「の」は「切れ字」ではないけれども、少し「切れ」があるとして捉えている様子だった。

一般的な「切れ」という言葉のニュアンスに惑わされなければ、その人の捉え方はまちがっていないように思う。繰り返しになるけれど、「切れ」もとい構造の不連続性はいくつもの度合いが許されてよいものだ。

さらに言えば、「切れ」を構造の特徴、「切れ字」を構文の一部としてそれぞれを別のものとして捉えられる以上、「切れ」=構造の不連続性を持たせるのに、慣用的な「切れ字」を用いない表現を目指しても差し支えはないはずだ。



ところで、俳句における一句の中の「切れ」を構造の不連続性と言い換えたとき個人的に強くイメージされるのは、異なる物質を通っていく光の現象だ。

たとえば、ここにガラスの立体があるとする。そしてその立体は水のなかに沈んでいるとする。

水とガラスはどちらも透明な物質だけれど、異なる密度を持っている。この2つの物質の境界面は<不連続>だ。この<不連続>な面に斜めに光が差し込んでくると、それまで直進していた光はその面で進む角度を曲げてしまう。だが、決してその<不連続>な面で光が途切れるわけではない。

と、これはちょっとした思いつき。

2017-01-15

評論で探る新しい俳句のかたち〔8〕 あえて「切れ」を言い換えることの意味 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち〔8〕
あえて「切れ」を言い換えることの意味

藤田哲史


ここまでのところで、私は、構造をキーワードとして俳句について書きついできた。現在の俳句は、構造の観点から見れば、その不連続性に特徴があり、これが複雑な読みを誘うものとなっている、と。けれども、俳句についてよく知っている人からすれば、それは一句の中の「切れ」のことだろう、とそっけなく返されるのかもしれない。たしかに、ここで考えていることは、俳句でいう「切れ」を再考する試みとも言える。

俳句における「切れ」という言葉は、たとえば、次のように使う。

秋風や手を広げたる栗のいが   松尾芭蕉

ここでの「秋風や」の「や」は「切れ字」であって、この後に意味の「切れ」がある。「秋風」と「手を広げたる栗のいが」は意味上のつながりはなく、二つのフレーズが響きあう―――というような具合だろうか。また、ある場面では、強い「切れ」、弱い「切れ」、「切れ」ていない、などその構造の不連続性を強弱で表すこともある。現在、俳句の鑑賞や解説で「切れ」という言葉は頻繁に登場する言葉の一つだ。

一方で、その使用頻度に比べ、「切れ」という言葉の核心について考える文章はそう多くない。

もちろん、作者にしてみれば、俳句を隅から隅まで理性的に読み解いてもらうことを想定はしていないだろうし(直観的に享受してもらいたい思いはあるだろう)、また読者にしてみても、俳句独自の構文を読み解き方を「切れ」という言葉で一度納得できれば、それ以降ことさら「切れ」を意識して読むこともない。

ただ、俳句の「切れ」と言ってピンと来るその感じが、俳句独自のものとして捉えるのか、それとも単なるコツ程度のものなのか、という違いは、決して些末なことではないと思う。「切れ」が普遍的な言葉のはたらきの一つでないかどうかは、俳句の本質に深く関わってくる。

もし「切れ」が俳句独自のものだとする考えをより厳しく突き詰めていくと、誰かからの伝授なく俳句を作ることはできないものとする考えに行き着くだろうし、普遍的なものとするなら、世界に存在する全ての言語で、散文よりも短い最短詩形が成立するのだ、という主張につながる。

また、「切れ」が俳句独自のものだとする考えは、俳句形式が文語を軸として洗練されてきた歴史的経緯と合わせると、自然に現代の日本語と俳句形式が馴染まないという考えにも結びつきやすい。

「切れ」は俳句独自の概念か、それとも普遍的な言語のはたらきの一つなのか。俳句という形式の本質を語るうえで、避けられないもののひとつだ。



ところで「切れ」という言葉を歴史的にさかのぼると、少なくとも鎌倉時代までさかのぼることができる。その時代にはもちろん俳句というジャンルはない。和歌のうち、上の句と下の句が別の作者によって作られはじめ、それが連歌という名前を付けて呼ばれはじめていた。和歌から別の形式として連歌が確立したころだ。

このころ、順徳院の歌論書『八雲御抄』に「発句は必ずいひきるべし」とあり、後ろに続く七音七音なしに五音七音五音が成立しなければならない、といった意味のことが書かれている。ここでの「切れ」は五音七音五音がそれだけで成り立つという意味であって、「秋風や手を広げたる栗のいが」の「秋風や」のあとにあるとされる、一句の中の「切れ」、現在よく使われる「切れ」とは異なる。

「切れ」という言葉が現在よく使われる一句の中の「切れ」を指すことになるのは、これよりも後のことになる。ただ、一句の中の「切れ」が意識されるずっと前から「切れ」が存在していたこともあって、「切れ」という概念がとてもわかりにくく、誤解を招きやすい用語となっているふしがある。

実際に、「切れ字」の「や」を用いているからといって、その後ろで必ずしも「切れ」るとも限らない俳句は存在する。

流燈や一つにはかにさかのぼる   飯田蛇笏

この作品では、流燈のうちの一つが急にさかのぼりはじめたと解するのが適切な読み方だろう。一句の中の「切れ」の有無と「切れ字」の「や」の有無とは、全く別のものだ。

ここで指摘したかったのは、「切れ」という用語に頼ることで、俳句の本質が見えにくくなってはいないか、ということだ。作品を享受するぶんには問題がないけれど、こと本質を語るために「切れ」という用語が果たして適切だろうか。

使う言葉は世界の捉え方を律する。

私たちはふつう虹の色の数を七つあると考えていて、それぞれの色を赤、橙、黄、緑、青、藍、紫という色で表す。ところが、世界のあるところでは、虹の色数を五つ、三つ、二つと捉えているところもあるらしい。世界の中には、私たちが黄と緑を別のものとして捉えるところを同じものとして捉えている人もいるのだ。もしかしたら、そのような人たちは、私たちが銀杏の葉が緑から黄になることに心動かされているところを見て、不思議がるのかもしれない。

俳句における「切れ」を「切れ」として語るのではなく、「切れ」を別の言葉として言い換えることで、単なる言い換えにとどまらない、今までとは全く異なる俳句の捉え方ができるようになるかもしれない―――と、これはあくまで可能性の一つでしかないのだけれども。

2017-01-01

評論で探る新しい俳句のかたち〔7〕「前衛俳句」以降の俳句に見る構造の不連続性について 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち〔7〕
「前衛俳句」以降の俳句に見る構造の不連続性について

藤田哲史



「前衛俳句」の登場、それは、それまでの俳句の進化形なのではなく、全く別箇の詩の登場だったとも言える。

たとえば、「造型俳句六章」では、近代俳句との違いとして「暗喩」を特に強調して方法論が語られている。けれども、「前衛俳句」の新しさを一般的な暗喩という言葉で捉えきれているか、というと、私は不十分のように思う。

金剛の露ひとつぶや石の上   川端茅舎

反例として一つ作品を挙げれば、ここにある川端茅舎の俳句も、暗喩を用いた俳句の一つだろう。「金剛」は金剛石=ダイアモンドのことで、助詞の「の」一語でいわゆる「のような」を省略して、直喩でない比喩=暗喩と見ることができる。

けれども、「前衛俳句」の括弧書きの暗喩=「暗喩」を駆使した俳句というのは、このような暗喩とは全く違う。

広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み   赤尾兜子

この「前衛俳句」作品に対して、私は、「写生」という近代俳句以降の文脈などを念頭に、ある時間・ある場所で見た事物を言葉に置き換えた結果として捉えることができない、という言葉で一旦捉えてみた。

けれども、それでも何か言い足りていない。

「写生」があくまで方法論だと割り切って作品に向き合ったとき、ほんとうに眼前のものを読んでいるかどうかは実際のところさほど重要でないからだ。

鶏頭の十四五本もありぬべし   正岡子規

遠山に日の当りたる枯野かな   高濱虚子

くろがねの秋の風鈴鳴りにけり   飯田蛇笏

これらの作品のように、作者の意図や経験が収束して、ある一つの簡潔さを得たとき、果たしてそれが、実際に体験したことがらなのか、はたまた心象なのか判然としなくなる場合がある。単純化の妙だ。

一般的な暗喩と違って、金子兜太の「華麗な墓原女陰あらわに村眠り」や赤尾兜子の「広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み」などの作品における「暗喩」は、それが比喩かどうか、という点すら曖昧なところに大きな特徴がある。

言い換えれば、「前衛俳句」における「暗喩」は、比喩以外の言葉のはたらき(象徴、寓意など)を仄めかしつつ、どれに重点が置かれているか、を読み手に判断させない。

このような読みを誘っているのが、「前衛俳句」にある構造の不連続性だ。

広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み   赤尾兜子

この赤尾兜子の作品も、「広場に裂けた木」と「塩のまわりに塩軋み」の間に不連続面があって、読み手は、前段と後段の関係性について全ての可能性を意識しながら読み解くことになる。ここでは、「取り合わせ」や「切れ」という言葉をあえて避けることにする(ちょっと仰々しいけれど、作品本位で表現を語る言葉として他に適当なものが思いつかない)。

「取り合わせ」という言葉はあくまで名詞と名詞の配合を指すことが多い。一般に俳句は「取り合わせ」の俳句とそうでない俳句(「一物仕立て」「一句一章」という場合もある)の2つに大別して語られがちだが、季語と季語以外の名詞との配合である「取り合わせ」がそのまま構造として不連続かどうかというと、そうでもない。

青天や白き五弁の梨の花   原 石鼎

近代俳句の秀作、原石鼎の作品のように、季語である「梨の花」と「青天」が「取り合わ」されていても、格別に構造の不連続性を見出すことがむずかしい作品もある

秋の蛇ネクタイピンは珠を嵌め   波多野爽波

だからこそ、私は、波多野爽波の作品を見て感じる。この爽波の作品の構造は、ひじょうに「前衛俳句」的だと。

読み手としての私は、「秋の蛇」と「ネクタイピンは珠を嵌め」の2つの部分の関係性について戸惑い、そして、いくつかの可能性を頭の中に巡らせ、この作品の良さを見つけ出していくことになる。

作者である爽波がどのような方法論によったかどうかともかく、結果としてのこの作品には、不連続性があると言える。

「前衛俳句」と波多野爽波の作品に共通する構造としての不連続性。これは、決して些末な問題でない。単なる見た目の違いでなく、この構造を許容するかどうかで、読み手にどのような読み方を求めるかどうかがはっきりと異なってくるからだ。

しかも、この違いが、具体的な語彙や文体によらない、という点も興味深い。つまり、語彙や文体が前衛的か伝統的かに関係なく、その俳句が今っぽいかどうかを判断できる材料になりえるのだ。

裏をかえせば、今っぽさを劇的に突き抜けていこうとするとき、その俳句は構造として反現代的なのではないか、という―――これはあくまで予想だけれども―――予感が私にはある。

2016-12-25

評論で探る新しい俳句のかたち〔6〕 果たして「前衛俳句」は進化形だったのか 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち〔6〕
果たして「前衛俳句」は進化形だったのか

藤田哲史



「前衛俳句」という半世紀以上前の熱気を私は知らない。けれども、知らないからこそ書けるものもある。

たとえば、金子兜太は「造型俳句六章」の中で、次のように書いている。

たとえば具体的な事物―石とします―が構図のなかに入っていても、その石は視覚的な石というより、論理的な(つまり意味を濃く帯びた)石になっている、ということです。
ちょっと難解だが、言葉が言葉のままに読まれるとき、その言葉は、現実世界に存在する特定の事物を必ずしも意味しない、と解すことができるだろうか。そして、この言葉は、そのまま俳人富澤赤黄男の有名な言葉「蝶はまさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではない。」に通じている。

ここにある言語観は、赤黄男・兜太以降、何人もの作家が実作で示してきて、現在においてはごくごく自然に受け入れられている言語観なのかもしれない。一方で、これらの言葉の存在が、なぜ当時書かれなければならなかったか? を考えるとき、当時の時代状況が照らし出されてくるようで、おもしろい。
 
 「造型俳句六章」で、兜太は、子規以降の表現の変遷を踏まえながら、それを進化させた方法として「造型」を示した。そして、「造型」の方法によって作られた作品では、言葉のはたらきが従来のものと異なることを説いた。

 「造型俳句六章」の六章の内容は、次のとおりになる。  
第一章 主観と描写:主題(主観)と方法(描写)に分けて考えられる近代俳句について第二章 描写と構成:水原秋桜子の「文藝上の真」以降意識的になった方法の展開(描写から構成へ)について第三章 構成の進展:方法の展開にともなう主題の変化(主観から主体へ)について第四章 主体:現代俳句の一傾向である主体的傾向(三鬼・赤黄男・窓秋(新興俳句運動の作家達))について第五章 象徴:主体的傾向以外の傾向である象徴的傾向(草田男・楸邨)について第六章 造型―主体の表現―:自身の俳句を含む主体の表現(主体を意識した主体的傾向=造型)について
「造型俳句六章」では、まず近代俳句を主題と方法に分けて捉え(第一章)、方法の展開(第二章)と方法の展開にともなう主題の変化(第三章)を示したうえで、当時の作家を、主体的傾向(第四章)と、象徴的傾向(第五章)に区分し、最後に主体的傾向の方法論の一つとして造型を提唱する(第六章)。

この稿のはじめに挙げた「たとえば具体的な事物~」のくだりは第六章の一部だ。各章を順序立てて読んでいくと、俳句表現がどのように進化してきたか、という点が強調されてしまいがちだけれど、そこで挙げられている「造型」による作品を注意深く読んでいけば、それらの作品が、ある時間・ある場所で見た事物を言葉に置き換えた結果として作品が作られている、という近代俳句ならではの読み方からはっきりと訣別していることがよくわかる。

もちろん、「造型俳句六章」が「前衛俳句」を総括している評論とはいいがたい部分もある。「前衛俳句」作家全員が創作において「主題」を持ち得ていたかどうかについては心もとないし、「前衛俳句」の作品のなかには、もはや現実の事物云々だけでなく、イメージを一切喚起させないよう意図された作品すら存在する。けれども、そのような点を全て差し引いたとしても、「造型俳句六章」によってもたらされた作品の読み方・読まれ方は、近代俳句に対してのそれとは全く異なるものだったということは言えると思う。

 

兜太とは別のところから。「前衛俳句」の代表的な作家の一人である赤尾兜子は、永田耕衣「虎がこすつたぬくい鉄棒味噌汁の中」に対して次のような鑑賞を残している。
この句は「虎のこすつたぬくい鉄棒」で切れて、ここで一つのイメージができ、「味噌汁の中」がもう一つのイメージです。この句はこの二つのイメージから構成されている。(中略)この二つのイメージが重なって第三のイメージに進展する。この二つのイメージの結合がはっきりしていないと極めて難解だということになるのでしょう。そこでこの第三のイメージにまで手が届く読者が何人いるかということが問題となる。これを難解というなら、それは俳句観の違いから来るズレですよ。
ここでの兜子の鑑賞の重点は、いかに現実をよく写すことができたか、ではなく、構成された語彙の一つ一つがどのようにはたらいているか、に置かれている。ここで、むしろ私は、耕衣の作品が明らかにある時間・ある場所で見た事物を言葉に置き換えた結果として捉えることができないことに注目したい。「前衛俳句」の登場、それは、それまでの俳句の進化形なのではなく、全く別箇の詩の登場と言えたのかもしれない。

2016-12-18

評論で探る新しい俳句のかたち(5) 「前衛俳句」が難解である理由 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(5)
「前衛俳句」が難解である理由

藤田哲史


華麗な墓原女陰あらわに村眠り   金子兜太

ここに挙げたのは、昭和30年代、「前衛俳句」全盛の時代の作品だ。金子兜太の自解によると、「抽象的な論理の糸目と具体的な風景との交錯したおぼろげな構図」のある作品とのことだが、いったい、印象明瞭な近代俳句と異なる「前衛俳句」は、どんな言語観から生まれたものなのだろうか。難解という形容で語られる「前衛俳句」は、「イメージ」「暗喩」「象徴」「あいまい」などのような言葉で評されてきた。ここで、あらためて、いくつかの作品について分析を試みてみたい。

まずは、冒頭に挙げた「華麗な墓原~」の作品。一見字余りで名詞が詰め込まれて、とっつきにくい感じもするけれど、この作品の大まかな構成は、墓原と村の対照にある。ここでは、季語がないことも少し脇においておく。意味のうえでの構造は、言ってみれば対句だ。墓原が暗示するのは死、一方の村が暗示するのは生。もっと補完して説明すれば、墓原の後部において、なんらかの動詞(穏当なものを挙げれば「あり」など)が省略されていて、修飾部・名詞・動詞の3つの部分からなる連なりが2つ対置されている、と見ることもできるだろうか。

①華麗な    + 墓原 + (省略された動詞)
②女陰あらわに + 村  +  眠り

ここで①と②を比較してみると、全体として対称的な構成なのにもかかわらず、修飾部分に大きな違いがある。①の修飾部「華麗な」が、抽象的な語彙であるのに対して、②の修飾部「女陰あらわに」と具象的な語彙が用いられている。この「女陰あらわに」が、作品全体構成の均整を崩すことによって、読者の注意を喚起する。しかも、このフレーズが「墓原」と「村」といった遠景をイメージさせる語句の間に挿入されていることで、ある眼前の景色を現したもの、という読み方が斥けられることにもなる。

この修飾部における具象的な語彙の挿入は、「前衛俳句」以前において見られた語彙の組み合わせ、たとえば、

夏草に汽罐車の車輪来て止る   山口誓子
七月の青嶺まぢかく熔鑛炉    山口誓子

における、「夏草」と「汽罐車の車輪」、「青嶺」と「熔鑛炉」の組み合わせとを比較すると、大分に様子が異なる。誓子の作品では、「汽罐車」「熔鑛炉」といった当時としては新奇な語彙が、季語と巧みに組みあわされ、ある視点からの観察を追体験させるような構成をとっている。これに対し、金子兜太の「華麗な墓原~」の作品で、「華麗な」と対置させられた「女陰」は、もはや「墓原」や「村」と同一の時間・視点から捉えられないものだ。この修飾句は、村の性のありようを具体化しつつ、一方で比喩としてのはたらきをも期待されることになる。

広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み   赤尾兜子

赤尾兜子のこの作品はどうだろう。この作品も構成から把握してみれば、「広場における裂けた木」という前段と「塩のまわりに塩軋み」という後段に分かれて成り立っていることがわかる。この作品の前段における「木」、は雷か台風か、何かの原因で裂けてしまい、やがて枯死してしまう存在だ。後段における「塩」もまた、塩化ナトリウムという一物質だ。作品を通して感じられる印象は、無機的、非人間的といえる(「今日の俳句」で金子兜太はこの作品を「虚無」と言い表している)。

とはいえ、この作品を一語漏らさず説明するのはむずかしい。その原因の一つが、最後の一語「軋み」にある。「軋み」という語彙により、「塩」が塩湖や岩塩層のようなスケールの大きな塩でなく、より微細な、塩の粒子の集まりを強く連想させる。これにより、前段と後段が意味のうえで直接的につながっているのではなく(あるいは、つながっているばかりではなく)、前段の主題を全く別の言葉により言い換えられている、あるいは前段に対する比喩としてのはたらいている―――などの関係性が推察されることになる。

しかしながら、困ったことに、前段と後段との関係性を明らかにするヒントは作品からは得られない。つまり、読み手は、前段と後段の関係性について全ての可能性を意識しながら読み解くことを強いられる。


印象明瞭であることを斥けること。むしろ、それによって言葉の詩的はたらきを引き出すこと。「前衛俳句」を読み解く鍵は、おそらくこのあたりにある。


2016-12-11

評論で探る新しい俳句のかたち(4) それ、作り手の論理で俳句を語っていません? 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(4)
それ、作り手の論理で俳句を語っていません?

藤田哲史


「近代俳句と現代俳句の違いは構造により詩性を表す意図があるか否か」にある、と書いた前回記事。このあたり、もう少し書き足してみようと思う。

先週の記事で、「取り合わせ」という用語を使ったのだけれど、決して私は「取り合わせ」という技法で近代俳句と現代俳句を区分したいわけではない。この「取り合わせ」は、近代俳句以前、少なくとも芭蕉までさかのぼることもできる作り方だ。そんな古っぽい技法の有無で俳句の近代/現代を区分できるとは考えてはいない。

むしろ、この連載は、そういった方法論に極力触れずに、結果として存在する作品から表現を語る、という目標をもって書いている。俳句はつまるところ言葉でしかない。特定の人にしか伝わらない文脈はありうるし、俳句を作った方がわかりよくなる、というのはありうる。けれど、俳句を言葉以上の何かが律することなどあってはならない。

表現全体を的確に捉えるため、方法論でなく、語彙、文体、構造といった点から表現を捉えていこう―——というのが、この連載の要なのだ。

先週の「週刊俳句」の記事で、正岡子規・高浜虚子・山口誓子などの作品を並記して、全て同じ構造をしていると主張したところ、その「週刊俳句」後記で福田若之さんから、金子兜太の「造型俳句六章」をふまえると、映画におけるエイゼンシュテインの衝突法のモンタージュを俳句の構成に関連付けた誓子は「現代俳句」の側の作家ではないか、との指摘があった。

ただ、ここでの山口誓子の「構成」も結果としての作品の構造ではなく、方法論の一つだろう。繰り返しになるけれど、この連載は方法論で表現を語ることはしない。だからこそ、この文章では、ことさら作家別に区分けをすることもしない。同じ作家のものであっても、ある作品はAで、もう一つの作品はBらしい、といった判断もありうる。

ちなみに、この指摘のよりどころとなった「造形俳句六章」は、昭和36年発表の金子兜太による俳句評論なのだけれど、この評論の目的の1つに、正岡子規以降の俳句表現方法論の最新版として「造型」があることを示すことがあった。

私はこの評論が現在も有効と思わない。正岡子規が新聞「日本」掲載の「俳諧大要」で俳句の文学宣言をしたのが明治28年(1895年)。金子兜太が雑誌「俳句」に「造型俳句六章」を書いたのが昭和36年(1961年)で、この66年後だ。今は、2016年。その「造型俳句六章」から55年目にあたる。「造型俳句六章」執筆当時の金子兜太は、この55年間の俳句表現の歩みを全く知らない。

と、ここで掘り下げていきたいのは、この連載の肝となる俳句の構造と呼ぶものの正体だ。次回以降、さしあたって、「前衛俳句」の作家たちの作品と鑑賞文から俳句の構造について探っていってみたい。

2016-12-04

評論で探る新しい俳句のかたち(3) 近代俳句と現代俳句の違いを20字以内で説明しなさい、的な 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(3)
近代俳句と現代俳句の違いを20字以内で説明しなさい、的な

藤田哲史


よく似ている2つの俳句がある。

原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ   金子兜太
蟹歩き亡き人宛てにまだ来る文   波多野爽波

かたや「前衛」、かたや「伝統」の枠で捉えらえる俳人だけれど、死を主題として「蟹」を鍵に終末的なイメージを与える点でよく通じあっている。ともに大正生まれで、昭和の東京オリンピック開催前、「労働者の権利」「組合」という言葉がしっかりと効きめがあった(であろう)時代の作品。

金子兜太は「俳句造型論」で知られる前衛俳句の旗手の1人。社会性の強い作品は他にもあって、掲出句のほか「銀行員等朝より螢光す烏賊のごとく」もその1つだろうか。いっぽう虚子門下で、「俳句スポーツ説」「多作多捨」で知られる波多野爽波は、鍛錬による作句を意識して創作に向かった。昭和30年代ごろ前衛俳句作家たちと交わっていたからか、その影響もあるのだろうか。ちなみに金子兜太の「蟹」は、昭和30年刊行の『少年』に収録されていて、波多野爽波の「蟹」は昭和35年の作。波多野爽波に発想の出どころをぜひ訊ねてみたかった。

実のところ、構造から言えば、金子兜太の作品であっても、波多野爽波の作品であっても、近代俳句らしさなど微塵もない。「蟹」という季語とのいわゆる「取り合わせ」は、はっきりと現代俳句らしい構造をもっている。

(この2句以外にも昭和30年代とそれ以降の作品を詳細に見ていけば、ここに挙げた俳句構造が、派閥を問わず現在の俳句に受け継がれていっていることがわかるのだけれど、その説明はここでは省いておきたい)

近代俳句と現代俳句の違いを、かなりかなり大ざっぱに断定してしまえば、構造により詩性を表す意図があるか否かにある。

鶏頭の十四五本もありぬべし   正岡子規
赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
流れゆく大根の葉の早さかな   高濱虚子
夏草に汽罐車の車輪来て止る   山口誓子
あを海へ煉瓦の壁が撃ち抜かれ   三橋敏雄

河東碧梧桐の印象明瞭な作品が近代俳句の代表格で、「写生」という文脈なしに作品を当たっていけば、三橋敏雄の作品のような新興俳句の作家たちの作品も含められるかもしれない。おそらく彼らの目指した詩性に(もちろん目指すところは各々に違いはあったろうけれど)「取り合わせ」による俳句らしさは必須でもなんでもなく、「取り合わせ」なしでも近代俳句を語ることができるだろう。

彼らは措辞に細心を注意を払ったし、内容以上の詩性の存在も信じていただろう。けれど、構造そのものに俳句の新しさがある、なんてことはほとんど意識していなかったんじゃなかろうか。

万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり
   奥坂まや
 
2005年刊行の句集にあるこの作品も、「前衛俳句」とその時代が構造による詩性の表現を発見しなければ、まったく理解されないことになっていたんでは、と思うのです。つくづく。 

誤解しないでほしいのは、近代俳句を貶める気は全くないということだ。むしろ、俳句のハウツー本を読めば必ずといっていいほどどの本にも載っている「取り合わせ」が、今、あまりにも当たり前の技術になってしまっているがために、本当に表現に必須のものかどうかを問う機会があまりに少ないんじゃなかろうか。俳句即季語とその他の言葉の取り合わせ、もいい。けれど、それだけでもない。そういったことを近代俳句の秀句たちは改めて教えてくれる。

2016-11-27

評論で探る新しい俳句のかたち(2) いったん芭蕉と子規を忘れてしまう、ということ 藤田哲史

評論で探る新しい俳句のかたち(2)
いったん芭蕉と子規を忘れてしまう、ということ

藤田哲史


俳句のルーツを探るなかに、新しい俳句表現のヒントを探していくウェブ連載記事「評論で探る新しい俳句のかたち」。

なかなかの大口っぷりではじまった連載だけれど、正直なところ、どういった切り口で語りはじめればよいか、まだ迷っているところもある。

たとえば、いま真面目に俳句のルーツ、つまり俳句の文学史を書いていこうとすると、近世俳諧では、芭蕉・蕪村・一茶、近代以降だと、正岡子規・虚子―――というようにそれぞれの時代の代表的な作家を挙げて、それぞれの作家の文学的功績を挙げていくことになるだろうか。

けれど、このようなやり方で俳句をいくら丁寧に語っても、現在の俳句とのつながりや、新しい表現へのヒントを探ることはむずかしい。なぜなら、ふつう、ほとんどの文学研究の目標というのが、表現の形式自体の理解でなく、表現した作家個々への理解だから。芭蕉が「奥の細道」で何を表現したかったか、子規のいう「写生」とは何だったか、という問いが各研究者の目標であって、それらの文学論を繋ぎ合わせたような文学年表を作成して、それがそのまま表現形式についての理解になるか、といえばとてもあやしい。

これまでの俳句評論が、新しい表現のかたちをほのめかすことができなかったのは、ひょっとしてこういった文学の本質的なところが関わっているんじゃなかろうか。

そこで、ここでは、俳句表現自体を語るため、芭蕉や子規をいったん忘れることにしようと思う。

俳句を語るため、俳句にとって欠かせない作家を忘れる、というのは、奇妙に聴こえるかもしれないが、作家の個性のような、本質論にとってノイズとなるような要素、いわば文脈をいったん脇に置いたほうが、表現の本質を語るうえではじつは都合がよいのではなかろうかというのがこの考えの要だ。

 空へゆく階段のなし稲の花  田中裕明

ここで、あらためて、先週現在の俳句として挙げたものを挙げてみる。先週、この俳句を「俳句というジャンルが従来培ってきた文脈=本意を意識させつつ、それとは異なる文脈が1句のなかに収まり、1句ではっきりと1つの世界を立ち上げないような構成」と評した。

もし、この田中裕明の代表作をいかにも文学らしく捉えるなら、高浜虚子の弟子・波多野爽波の弟子である田中裕明という系譜による鑑賞や、詩人高橋睦郎による「伝統派の貴公子」という評、また「稲の花」という季語の意味などを解説しながら、上五中七の「空へゆく階段へなし」という意外性のあるフレーズを称えることになるだろうか。

けれども、1つの作品についてその背景を含めて詳しく鑑賞すればするほど、俳句表現自体からは遠ざかっていく気がするのは私だけだろうか。

だからこそ、この連載では、作家性などの諸々の背景=文脈を取り除いたときにあらわれるもの=構造を基に俳句表現について語っていこうと思う。

作品にまつわる一切の文脈を脱がせたときに見えてくる表現の骨格たる構造。それは、決して見えないものではない。文脈の存在によって気づきづらかっただけで、ずっとそこにあり、私たちに見えていたはずのものだ。構成から俳句表現を語り直す―――次回以降、さしあたり、このあたりのことをテーマに書き進めていこうと思う。

眼に見えないものを見る
あれは撃鉄をひいたことのない
群小詩人の戯言(たわごと)だ
眼に見えないものは
存在しないのだ
(「ある種類の瞳孔」 田村隆一 より)

2016-11-20

新連載 評論で探る新しい俳句のかたち(1) 現在の俳句、そのルーツ 藤田哲史

新連載
評論で探る新しい俳句のかたち(1)
現在の俳句、そのルーツ

藤田哲史


はじめまして。もしくは、おひさしぶり?どんな言葉で「週刊俳句」に書こうか迷ったけれど、ご無沙汰です。「週刊俳句」の読者のみなさま。

改めて、今、俳句について考えてみたい。とはいえ、流行りのサブカルと絡めた批評家らしい批評は書けない。作家論―――もいいけれど、「週刊俳句」を含め多くのメディアに掲載されているので、ちょっとニッチなところを突いて(最近あまり見かけない?)本質論を試みたい。

本質というと大ざっぱすぎるかもしれない。今考えたいのは、現在作られている俳句のルーツだ。

現在、私たちは、俳句総合誌で、俳句結社誌で、ウェブで、最新作たちを目にしている。それぞれの作品には、作家性や個別性があり、そこから作家や世代についての評論が生まれてくる。けれども一方で、全体から感じとることができる印象がある。この印象は、「切れ字」や文語的表現から得られる印象ではない。それは、例えば、いつか教科書で見た江戸時代の発句(与謝蕪村の「愁ひつつ岡にのぼれは花茨」、小林一茶の「雪とけて村いつぱいの子どもかな」)や、近代の俳句(正岡子規「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」)とはまた異なるものだ。

水の地球少しはなれて春の月     正木ゆう子
空へゆく階段のなし稲の花      田中裕明
くろあげは時計は時の意のまゝに   髙柳克弘
心臓は光を知らず雪解川       山口優夢

ゼロ年代を中心に、これは、と思う4作品を示してみた。俳句というジャンルが従来培ってきた文脈=本意を意識させつつ、それとは異なる文脈が1句のなかに収まり、1句ではっきりと1つの世界を立ち上げないような構成―――これらに共通する印象は、現在の俳句全体から感じられる印象=現在の俳句らしさと言えないか。

この現在の俳句らしさを、良いとも悪いとも判断することはできない。どんなジャンルであっても、ある形式が洗練され、1つの解に収束していくことはよくあることだからだ。

けれども、気になることがある。

「その解はあくまで1つの解であって、他にも解があるかもしれない」

もし、現在の俳句とは別の俳句の「解」があるとしたら―――そんな大掛かりな仮定に評論で応えてみたい。そのためには、まず現在の俳句のルーツを探る必要がある。なぜか。現代の俳句らしさが定まっていく表現史の分岐点に、もう1つの「解」のヒントがあるはずだからだ。ごく当たり前に目にしている現代の俳句表現からだけではわからなかった、俳句表現を俯瞰して見る目。もし、そんな目が手に入ったら、新しい俳句表現のかたちもまた見えてくるのかもしれない。



 ―――と、書いてみると、なかなかオオブロシキな感じ。うぐ。でも、がんばって続けたいと思います。