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2025-06-01

鈴木茂雄【句集を読む】 金子敦の第七句集『ポケットの底』を読む

【句集を読む】
金子敦の第七句集『ポケットの底』を読む

鈴木茂雄


本句集は金子敦の俳人としての軌跡をさらに深める作品集である。ひとことで言うと、日常のささやかな瞬間を繊細かつ温かく切り取った句群が特徴である。本稿では、金子敦の業績を概観しつつ、『ポケットの底』の主題、表現技法、独自の美学について論じて、句集の魅力とその文学的意義を明らかにしたい。

金子敦は、その作品が描く世界を「敦ワールド」と呼ばれ、現代俳壇において独自の立ち位置を築いてきた俳人である。1997年「砂糖壷」で第11回俳壇賞を受賞するなど、早くから注目を集めた。句集には『猫』(1996年)、『砂糖壷』(2004年)、『冬夕焼』(2008年)、『乗船券』(2012年)、『音符』(2017年)、『シーグラス』(2023年)などがあり、本書『ポケットの底』は彼の7冊目の句集となる。

金子の俳句は、日常の身近な事物や風景を題材にしつつ、鋭い観察力と詩的感性でそれらに新たな命を吹き込む。私はかつて金子の句集『砂糖壷』を「メタファーとしての『砂糖壷』」と評し、彼の作品が単なる甘党の趣味を超え、独自の「敦ワールド」を形成していると指摘した。また、X(旧Twitter)やFacebookの投稿でも「親しみやすい表現」「優しいまなざしで日常をとらえた句」と評され、読者の心を癒す力を持つとされている。

『ポケットの底』は、2020年から2024年までの5年間にわたる句を収録し、約300句からなる。句集は年ごとに章立てされ、季節の移ろいとともに金子の生活や観察の対象が変化していく様子を映し出す。表題「ポケットの底」は、日常の中で見過ごされがちな小さな事物や記憶を象徴しており、句集全体を通じて、些細なものに宿る美や情感を丁寧に掬い上げる姿勢が貫かれている。金子自身が「あとがき」で「自分自身の心を癒すために、俳句を詠み続けているのかもしれない」と述べるように、この句集は彼の内面的な癒しと外界への優しい眼差しが交錯する場となっている。

句集の主題は大きく三つに分けられる。第一に、日常の事物や風景への繊細な観察。第二に、家族や身近な存在への愛情と記憶の投影。第三に、ユーモアと遊び心を織り交ぜた詩的表現である。以下、代表的な句を引用しながら、これらの主題を具体的に紹介する。

金子の句の最大の魅力は、日常の何気ない瞬間を詩的に昇華する力にある。例えば、

春浅し水栽培の根の真白
母の日や腹まるまると鳩サブレ
かき氷の器に残る水平線

これらの句は、身近な事物を題材にしながら、視覚的・感覚的な鮮やかさで読者を引き込む。「水栽培の根の真白」は、透明な水の中で白く輝く根の清らかさを捉え、春まだ浅い柔らかな光を連想させる。「鳩サブレ」の句は、母の日の温かな情景にユーモラスな親しみやすさを添え、家族への愛情をさりげなく表現する。「かき氷の器に残る水平線」は、夏の涼しさと視覚的な余韻を巧みに結びつけ、読者に清涼感を与える。これらの句は、日常の断片を切り取りつつ、普遍的な美や情感を呼び起こす金子の技量を示している。

また、以下の句では、都市や現代生活の要素が詩的に描かれる。

虹立ちぬエレベーターの点検中
緩やかに曲がる江ノ電枇杷熟るる

「虹」と「エレベーターの点検中」の対比は、現代社会の機械的な日常に自然の美が差し込む瞬間を捉える。「江ノ電」の句は、鎌倉の風土と季節感を背景に、電車の緩やかな動きと枇杷の熟す情景を重ね、穏やかな時の流れを表現する。これらは、金子が都市生活の中にも詩を見出す感性の鋭さを示している。

金子の句には、家族や身近な存在への愛情が頻繁に登場する。特に、猫や両親をモチーフにした句が多く、彼の私的空間への深い思い入れが感じられる。

命名の由来聞きつつ抱く子猫
猫の来て家族の揃ふ良夜かな
父の背に軟膏を塗る聖夜かな

「抱く子猫」の句は、子猫に名前をつける瞬間の親密さと、その背景にある家族の絆を静かに描く。「猫の来て」の句は、猫が家族の一員として登場することで、日常の中のささやかな幸福を強調する。また、「父の背に軟膏を塗る」は、聖夜という特別な夜に父へのさりげないケアを通じて親子関係の温かさを表現する。これらの句は、金子の個人的な記憶や感情が、普遍的な家族愛として読者に響く瞬間である。彼の作品が「読み手の心を癒す」と評されるように、これらの句は読者に安らぎを与える。

金子の句には、ユーモアや遊び心が随所に散りばめられている。これは、彼の句が単なる抒情詩に留まらず、読者を楽しませる軽妙な一面を持つことを示す。

噴水やピエロはひよいと球に乗り
ハロウィンや金目銀目の猫も来て
いくたびも捩られ象となる風船

「ピエロ」の句は、噴水の動的な情景にピエロの軽快な動きを重ね、ユーモラスなイメージを創出する。「ハロウィン」の句は、金目銀目の猫という幻想的な描写で、祭りの賑わいを楽しく描く。「風船」の句は、風船売りの風船が象に変形する過程を捉え、日常の中の小さな驚きを詩的に表現する。これらの句は、金子の観察眼が単に美を求めるだけでなく、日常の楽しさや意外性を捉える力に支えられていることを示す。

金子の句は、伝統的な俳句の形式を基盤にしながら、現代的な語彙やイメージを積極的に取り入れる。例えば、「エレベーター」「ウインナー」「ポテトチップ」など、現代生活の事物が頻繁に登場するが、それらは決して浮ついた印象を与えず、むしろ季節感や情感と調和している。このバランス感覚は、金子の俳句が伝統と現代性を融合させる点で優れていることを示す。

また、句のリズムや音韻にも注目すべきである。以下の句を例に挙げる。

板わさの滅法利いて盆の月
どんど火に平和てふ文字歪みゆく

「板わさ」の句は、「滅法」という強調表現がリズミカルに響き、盆の月の荘厳さと日常の食卓の対比を際立たせる。「どんど火」の句は、「平和」の文字が歪むという視覚的イメージを通じて、現代社会への微妙な批評性を内包する。これらの句は、音と意味の調和を通じて、読者に強い印象を与えるだろう。

『ポケットの底』は、金子敦の俳人としての円熟を示す作品集である。日常の小さな事物に光を当て、家族や身近な存在への愛情を織り交ぜ、ユーモアと詩的感性を融合させる彼のスタイルは、読者に親しみと癒しを提供する。Xの投稿などで「親しみやすい表現」「根強いファンがおられる」と評されるように、金子の句は幅広い読者層に受け入れられている。 特に、現代社会の喧騒の中で見過ごされがちな小さな美や喜びを再発見させる力は、現代俳句における彼の貢献として評価されるべきだろう。

一方で、句集全体を通じて、主題や表現にやや反復が見られる点は限界として指摘できる。例えば、猫や家族をモチーフにした句が多く、類似した情感やイメージが繰り返される傾向がある。これは金子の「敦ワールド」の強みであると同時に、さらなる飛躍を求める読者には物足りなさを感じさせる可能性がある。また、現代性を強調する句において、伝統的な季語との融合がやや希薄に感じられる場合もある。今後の作品では、さらなる主題の拡張や新たな表現領域への挑戦が期待される。

ながながと書いたが、最後に以下のことを強調して筆をおく。

『ポケットの底』は、日常の断片を詩的に昇華し、読者の心を癒す力を持つ作品集である。繊細な観察力、家族への愛情、ユーモアと遊び心が織り交ぜられた句群は、彼の「敦ワールド」に体現している。現代俳句において、伝統と現代性を橋渡しする金子の姿勢は、俳壇における彼の独自性を際立たせる。読者はこの句集を通じて、日常の中の小さな美や喜びを再発見し、心のポケットにそっとしまっておきたくなるだろう。


金子敦『ポケットの底』2025年5月/ふらんす堂

2015-05-24

【澤田和弥さん追悼】和弥くんが亡くなった 金子敦

澤田和弥さん追悼
和弥くんが亡くなった

金子敦


澤田和弥さんのことを、僕はいつも、和弥くんと呼んでいた。

初めて知り合ったきっかけは、「週刊俳句」である。それは、2007年10月28日号に掲載された、角川俳句賞の落選展。僕の作品は、「チェシャ猫」というタイトルの50句。

http://weekly-haiku.blogspot.jp/2007/10/blog-post_3407.html

このコメント欄に登場している、さわDさんが和弥くんである。この拙い句群に対して、「一読して心地よい戦慄が全身に流れました。体内に電流を感じました」と、身に余るようなお褒めの言葉をいただいた。

その後すぐに、和弥くんからメールを頂き、急速に親しくなった。和弥くんはいつも、「敦さんの俳句を読むと、とても心が癒されます」と言ってくれた。

お互いに、精神的疾患を持つ身として、心から通じ合うものがあったのだろう。何が原因だったか。どんなふうに発病したか。病院には通っているか。医師の対応はどうか。どんな薬を飲んでいるか。などなど、事細かく語り合った。健常者相手には、とても出来ない話である。

僕は、「パニック障害」という不安神経症である。

パニック発作を怖れるあまり、様々な症状を引き起こす。その一例として、電車に乗ってドアが閉まる瞬間に、息が詰まって窒息しそうになる。本当に死ぬかと思うくらい苦しいのだ。この症状を健常者に話すと、「何を大袈裟な!」と言って、鼻で笑われるのがオチだった。「そんなのは、単なる気のせいだ!」とか「意気地なし!」とか、何度も言われ、何度も悲しい思いをした。

そういう僕の思いを、和弥くんはきちんと理解して接してくれた。僕は、何もかも包み隠さず話せる友が出来たようで、とても嬉しかった。僕のこれからの人生において、「心の支え」になってくれるような気がした。

2013年7月に、和弥くんの第一句集『革命前夜』が上梓された。

数々の秀句が収められているのは言うまでもないが、僕が一番驚いたのは、寺山修司の忌日俳句だけを纏めて、一つの章して収録していることである。第一句集の場合は、色々と制約が多いので、このような大胆なことはなかなか出来ない。何としてでも、修司忌の章を入れたい為、かなり自己主張を通したのではないかと思われる。そのことだけでも、彼の信念の強さと、ひたすらな純真さが伺える。

この句集のあとがきには、「これが僕です。僕のすべてです。これが澤田和弥です」という一文がある。まさしく、その通りだと思った。僕は、お礼の手紙と共に、僕の第四句集『乗船券』を送った。

すぐさま、和弥くんは『乗船券』の句集評を書いてくれた。それは、「週刊俳句」2014年2月16日号に掲載されている。

http://weekly-haiku.blogspot.jp/2014/02/blog-post_15.html

この句集評は、和弥くん自身の体験に基づいて書かれた、とても深い鑑賞文だった。ここまで深く踏み込んだ文章を発表するのは、和弥くん自身にとっても、かなり辛かったのではないだろうかと思う。涙が出た。涙が溢れて止まらなかった。

その日の午後、和弥くんから電話がかかってきた。
「少し深入りし過ぎた鑑賞でした。ごめんなさい・・・」
 「そんなこと無いって! こんなに深く鑑賞してもらったのは初めてだから、とても嬉しいよ!」
 「敦さんの心を、傷つけてしまったのではないかと心配で、電話してしまいました」
「傷つくどころか、むしろ大感激しているよ!本当にどうもありがとう!」
 「そうですか。よかったです。それを聞いてほっと安心しました」

和弥くんは、そういう細やかな心配りの出来る、とても優しい人だった。

そんな或る日、「敦さんが、電車に乗ることが怖いようでしたら、僕の方から逢いに行きます!」というメールが届き、わざわざ浜松から大船まで来てくれた。

改札口を出てきた彼の姿を見て、僕は驚いた。なんと、和弥くんは松葉杖を使って歩いて来たのである。精神疾患の影響で、足が痺れたような状態になり、思うように動かすことが出来ないと言っていた。松葉杖を使ってまで、わざわざ逢いに来てくれたことに感激して、僕は思わず涙ぐんでしまった。

その日は、カラオケ店に直行して歌いまくった。

何曲目だっただろうか。突然、和弥くんの顔つきが変わり、何かに挑むような鋭い眼差しになった。その曲は、桑田佳祐の「真夜中のダンディー」である。おそらく、この曲の歌詞のどこかに、琴線に触れるものがあったのだろう。心のこもった、素晴らしい歌唱だった。音程が正確であるとか、そういう問題では無く、本当の「魂の叫び」であるように感じられた。

カラオケ店を出て、僕が「真夜中のダンディー、情感がこもっていて、とてもよかったよ!」と言ったら、少し照れたように笑っていた。

その後、居酒屋で一緒に酒を飲んで、俳句の話で盛り上がった。

和弥くんの、俳句に対する情熱に、僕はただ圧倒されるばかりだった。結社のことについて、色々と話している途中、酔いが醒めたかのように、和弥くんの眼差しが真剣になった。

「今度、『のいず』という俳句同人誌を出します! 敦さんも、参加していただけませんか?」と誘われた。「もちろんOKだよ!」と、即答したのは言うまでもない。

『のいず』の発行について語る和弥くんの眼は、きらきらと輝いていた。それはまるで、何億光年も輝き続ける星が宿っているようだった。

居酒屋を出て、「また一緒にカラオケしましょう!」と言いつつ、固い握手を交わした。

2回目に逢った時、和弥くんは松葉杖無しで普通に歩いていた。病気が好転している証拠である。僕はとても嬉しかった。このまま順調に、病気が回復すると思っていた。その時、僕の第三句集『冬夕焼』をプレゼントした。彼のとても喜んだ顔が、今でも忘れられない。「どうもありがとうございます! 本当に嬉しいです! この次は、この句集評を書かせていただきます!」とまで言ってくれた。

だが、2015年2月頃、「体調が悪いため、しばらくフェイスブックをお休みします」という書き込みがあってから、ぷっつりと音信が途絶えてしまった。

僕はとても心配で、何回か電話をかけたのだが、一回も繋がらなかった。後から聞いた話によると、医師の指示により、インターネットや電話は一切禁止されていたらしい。せめて、一度でも話をすることが出来ていたらと思うと、本当に口惜しい。無念である。

この殺伐とした世の中で、和弥くんのような純真な人間は、どんなにか生きづらかったことだろう。けれども、どんなに辛くても、もっともっと、長生きして欲しかった。『のいず』の発行を、もっともっと続けて欲しかった。和弥くんはこの世を去ってしまったけれど、僕はこの世に生き残って、これからも「癒される俳句」を詠み続けていきたいと思う。それが、和弥くんに対する供養になるような気がしている。

澤田和弥様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。合掌。

2014-02-16

誤読 金子敦第四句集『乗船券』を読む 澤田和弥

誤読
金子敦第四句集『乗船券』を読む

澤田和弥



最初の10句を引用してみよう。

湘南の匂ひをまとふ初日かな
年賀客ともに渚へ走りけり
風花をいざなふ楽譜開きけり
初蝶がト音記号を乗せてくる
北窓を開けて便箋買ひにゆく
囀りやくるりくるりと試し書き
飴玉のさみどりの線春立ちぬ
春めくや京菓子の蓋開けてより
三月のひかりの色のメロンパン
テディベアに見守られたる雛の部屋


ここにどのような作者像を結ぶだろうか。

明暗で言えば、明らかに明であろう。どのような明か。ここに挙げた句が春の句というせいもあるかもしれないが、春の日差しのような、やわらかな明である。

これは他の季節の句にも言える。

夏の句もぎらぎらしていない。暑くない。あたたかい。秋も冬も。

金子敦(文中敬称略)の師である森岡正作は、栞において「少年のまなざし」と記している。確かにこのあたたかさは、思春期を迎える前の少年の持つあたたかさなのかもしれない。

青春性というよりも、その前も時代。少年時代を我々はこの句集に感じるのかもしれない。

『乗船券』は第四句集である。

第三句集『冬夕焼』は母への追悼の句集だったという。

望の夜や母の遺影を窓に置き
天上の母が落とせし木の実とも

これらの句には痛切な亡き母への思いというよりも、天上の母へのあたたかな思いを感じる。

これを少年性と呼ぶことはできないが、大人の心の中に住む少年ということはできるのではなかろうか。

あたたかや主宰の横に座りゐて

ここまでに素直な主宰への愛を語られたとき、そこには「少年」という言葉によって髣髴とされるまっすぐな視線を読み取りたい。

しかし、この「少年」は何も知らない少年ではない。

「あとがき」には、パニック障害によって、一歩も家を出ることのできなかった過去が記されている。

パニック障害は非常に苦しい。死ぬ訳ではない。しかし、「これは間違いなく死ぬ」という尋常ならざる恐怖感に苛まれる。家の外に一歩も出ることが出来ない、あの苦しさを乗り越えた「少年」なのである。

「春の日差しのような、あたたかな明」と前述したが、正確には「小春日和のような」といった方がいいかもしれない。

いつ冬の寒さに襲われるか分からない、しかし今こんなにもあたたかい、そのあたたかさ、今を充分に幸せに感じ、生きよう。そのような「明」を金子敦の句から感じるのである。

カッターの刃先光れる盆支度

普通の盆支度のワンシーンである。しかし私はここに金子敦のかすかな「恐怖」を感じる。今、ここにある生を揺さぶるような大きな恐怖。この前後の句はやはりあたたかい。唐突にこの句がある。

これを思ったときにふと、先に挙げた句が頭をよぎる。

望の夜や母の遺影を窓に置き

この句の直前に掲載されている二句を挙げたい。

満月の向かう側より呼ばれけり
月の舟の乗船券を渡さるる

たいへん抒情性に富んだ句である。

特に二句目は句集名にもなったと考えられる句である。実は私は作者本人から句集の由来を聞いている。そこから考えて、掲句はそのまま抒情的に読んで間違いない。

しかし私は敢えて「誤読」を試みたい。

満月の夜に窓辺に母の遺影を置く。母は天上の人である。満月の向こう側から作者を呼んだのは母ではないか。亡き母の呼び声を「聞いて」しまったのではないか。

この乗船券は「死」の世界への切符ではあるまいか。

愛する母のもとへ行きたいという思う気持ちを誰が否定できようか。

パニック障害には必ずと言っていいほど、或る病が伴ってくる。うつ病である。うつ病のもっとも恐ろしい症状は「死への誘惑」である。「死の渇望」とも言っていい。

とにかく死にたくなる。

この世という地獄から無の世界へと、ものすごい吸引力で引き込まれる。これは「ああ、これなら死んだ方がマシだ」というレヴェルではない。

「死」以外考えられなくなる。「死」だけが全てになる。

作者がそこまで重い症状を呈したかどうか、私にはわからない。しかし、私自身の経験から言えば、そういう病である。

俳句作者は己の作品の50パーセントしか作りえない。十七音というきわめて小さな詩型はそれしか許さない。残りの50パーセントは読者に委ねるしかない。

つまり俳句という詩型がきわめて特殊である点は、作者と読者の共同作業によって、初めて100パーセントの作品に完成させられるということにある。

私は読者として、金子敦の作品をそのように「誤読」する。彼はその恐怖を、きわめて繊細な抒情性とあたたかさで表現している。

おそらく本人自身気付いていないと思う。しかしこれらの句を眺めたときに、私はそう思わずにいられないのである。

これは少年のまなざしではない。本当の恐怖を知っている者だけが表現しうる静謐な世界である。

大人を超えた、聖者の世界である。

これは「二〇一〇年」の章の冬の句にも顔を出す。

ガードレールに凭れてゐたる焼藷屋
影踏みの子のゐなくなる返り花
とほき日のさらに遠くに冬夕焼
寒波来るアルミホイルの切り口に
(二句略)
文庫本伏せて不在の暦売
熱燗や無かつたことにする話
なんでもないなんでもないと蜜柑むく

これを「少年のまなざし」と言えようか。

先の句に見られるのは「無への回帰」、つまり「自分が不在になること」ではなかろうか。本当にいなくなるのは、影踏みの子でも、暦売でも、話でもない。自分自身ではないのか。

しかし、それを作者は「なんでもないなんでもない」と言い聞かす。そうしてまた、あたたかな少年のまなざしへと戻っていく。

金子敦の視線は確かに「少年のまなざし」である。純心すぎるほどの少年のまなざしである。

この句集は、特に「お菓子俳句」について言及されることが多い。それはその少年性やあたたかさに起因するものだろう。

しかし彼のあたたかさは小春日和のあたたかさだ。

パニック障害という「冴」がすぐそこにある。だからこそ、彼のあたたかさは生ぬるくない。徹底して、あたたかいのである。

よく考えてほしい。本物の少年はそこまで純心であろうか。無垢であろうか。少年のもう一つの特徴が残虐性である。蟻の穴にホースを突っこんで、蛇口を全開に開いたり、美しい金魚を水槽から取り出して、そのまま放置したり。しかし金子敦の中の少年にはそのような残虐性はない。

徹底したあたたかさは、徹底した恐怖体験から生まれている。それがパニック障害なのではなかろうか。家を一歩も出ることのできなかった過去なくしては、この徹底したあたたかさは生まれなかったかもしれない。

繰り返す。

これは私の「誤読」である。

全ての精神疾患患者が、私自身と同じ心情や経験をしている訳ではない。自分にひきつけすぎる読みだ。

しかし私の中の天邪鬼が疼くのだ。

「この句集は『お菓子俳句』じゃない。もっと本質は奥にある」と。

この句集評は金子敦自身を傷つけるかもしれない。

しかし敢えて書いてしまった。

こう読んでしまった。車谷長吉の記すように、書くという行為はまさに「業」である。

以上。

2012-09-23

金子敦 月を待つ 10句

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週刊俳句 第283号 2012-9-23 金子 敦 月を待つ
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2011-09-04

〔週俳8月の俳句を読む〕金子敦 風はもうすっかり

〔週俳8月の俳句を読む〕
風はもうすっかり

金子 敦


とりあへずあをい夏空折り紙に
湾 夕彦「蒟蒻笑ふ」

保育園の昼寝の時間って、長過ぎると思う。みんなはまだ眠ってるけど、僕はもう目が覚めちゃった。道具箱の中に入っている折紙のことが気になって。今朝、澄み切った青空を僕が切り取って作ったんだ。そっと道具箱の中に入れてきたけど、まだ消えずに残っているかな。きれいな青い色が褪せたりしていないかな。みんなが目が覚めたら、その折紙で紙飛行機を作って遊ぶんだ!


ひとつかみ草落ちてをり盆の路 陽美保子「水差し」

おばあちゃんの家に続く細い道は、木や草がぼうぼうに茂っていて、昼間でも薄暗い。その道の上に、ひとつかみの草が風に吹かれていた。なんだか薬草みたいな色。大トトロのために薬草を摘んだ小トトロが、それを運ぶ途中でうっかり落としていったのかな。落ちていたのはほんの少しだから、残りの薬草は無事に届けられたような気がする。薬草を飲んだ大トトロが、早くよくなりますように。大トトロが元気になったら、腹の上で昼寝したいな。

蚰蜒の一部分なり落ちてゐる 奥坂まや「一部分」

暑い暑い午後。コンビニまでアイスを買いに行く途中で、舗装道路に何か動いているものを発見。どうやら、小さい蚰蜒のよう。尻尾の一部分だけが、まるで出口を探すかのようにもぞもぞ這いずりまわっていた。僕は、アイスを買うのも忘れて、真上からじっと覗き込んでいた。すると、僕のおでこから大粒の汗がぽとりと落ちて、その蚰蜒に跳ね返った。「ぴちゃん」と小さな音を立てて。


水棹もて突ける巌や船遊 前北かおる「蕨餅」

今日、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に、初めて船遊びに行った。夕食を食べ終わって、船遊びのことを絵日記に書いているところ。川は水色のクレヨン、船は黄色のクレヨンで。船頭さんが、水棹で大きな岩を突いた時、「こつん」って音がして、それが青空に響き渡るような気がした。もしかたら、今夜の夢の中でも、「こつん」って音を聞くことが出来るかな。


水漬きたるものより秋の立ちにけり 藺草慶子「秋意」

いつも遊びに行く公園には、大きな木と小さな池がある。大きな木の枝は、どれもだらんと垂れ下がっている。今年の夏はとても暑かったから、夏ばてしてしまったのかな。その中の一枝は、池のはじっこに浸かっていて、まるで水を吸い上げているみたい。水に浸かった枝はとても涼しそうだから、夏ばてもすぐに回復するような気がする。ほら、吹いて来る風はもうすっかり秋の気配。


第224号2011年8月7日

湾 夕彦 蒟蒻笑ふ 10句 ≫読む
第225号 2011年8月14日
陽 美保子 水差し 10句 ≫読む
第226号 2011年8月21日
奥坂まや 一部分 10句 ≫読む
前北かおる 蕨 餅 10句 ≫読む
藺草慶子 秋意 10句 ≫読む


2007-06-10

金子 敦 虹のかけら


金子 敦 
虹のかけら     


ラ イ オ ン の ま な こ の 奥 の 青 嵐

机 よ り 腕 時 計 垂 れ 昼 寝 覚

夏 野 ゆ く ト ト ロ の 家 の 地 図 を 手 に

お 互 ひ の 初 恋 語 る 夏 あ ざ み

と ほ き 日 の 王 冠 集 め 草 い き れ

梅 雨 に 入 る 三 角 定 規 に 穴 ひ と つ

ぎ ん い ろ の 折 紙 よ ぢ れ 梅 雨 の 空

貝 殻 を 洗 つ て ゆ き し 大 夕 立

木 洩 れ 日 に 混 じ れ る 虹 の ひ と か け ら

短 夜 や シ ャ ガ ー ル の 絵 へ 逃 避 行



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