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2024-05-19

鈴木総史 汀と呼ぶ 10句

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汀と呼ぶ  鈴木総史

銀山を銀色に鳴く時鳥

髪が減る新樹のまへをとほるたび

はきはきとしやべる鳥なり黐の花

とほくより風鈴売と分かりけり

夏痩の手が包丁をいさぎよく

冷麦や太ももは傷すぐ治り

Bボタン連打オランダ獅子頭

雄弁な人待ち合はす緑雨かな

白服がハンバーガーを迷ひなく

鯵刺が統べる汀と呼ぶところ

2020-11-29

【週俳10月の俳句を読む】眼とイメージ、そして音 鈴木総史

 【週俳10月の俳句を読む】

眼とイメージ、そして音

鈴木総史


10月の俳句の中で、注目した句を中心に取り上げていきたい。
俳句は、眼が効いている句、いままでにないイメージを持った句に、私は惹かれる。そして外してはいけないのは、リズム、つまり声に出した時の音である。


桂 凜火「盛装でゆくよ」より

夏の原牛と目が合うはにかみ合う 桂 凜火

夏の原といえば、だだっ広い場所を思い浮かべる。私は富良野あたりを想像した。広大な土地に、ぽつぽつと牛が放たれているのだろう。その牛を作者は見ていたのだろうか。目が合うという発想、そしてそこからはにかみ合うへと発展させたところが良い。牛の表情をよく見た句だろう。「目が合うはにかみ合う」というリズムもよい。

越えてゆく黄蝶の記憶霧の海
 桂 凜火

私は、作者が霧の海を越えている、そしてその最中に黄蝶を思ったのだろう。蝶のひらひらした動きは印象的だが、黄蝶となればなおさらだ。霧というグレーや白のイメージから、黄色の蝶への飛躍はおもしろい。春は黄蝶を追っかけた森で、秋は霧に包まれている森、同じ森を想像した。それぞれの情景がよくみえてくるのではないか。


藤原 暢子「息の」より

花梨の実鞄の闇の甘くなる 藤原 暢子

このイメージは非常におもしろい。花梨の実が甘い香りがするのは当たり前だが、鞄の闇が甘くなるへの繋げ方がよかった。闇が甘くなる、なにか鞄自体がゆるむような、柔らかい感覚を持つことさえできる。この闇という言葉が活きている。

毬栗のたくさん当たる石仏 藤原 暢子

毬栗と石仏は近いところにある二物だろう。しかし、「たくさん当たる」が成功しているように思う。このシニカルな情景を描き出すことでこの二物の位置関係をより面白いものに発展させることができている。

コスモスを揺らせる息のいつか風 藤原 暢子

連作を作るうえで、表題句がどれだけ句群を引っ張ることができているかという点が重要であると思う。10月の4人の作品を読ませていただいたが、表題句に惹かれたのはこの句だけだった。「いつか風」という表現が何とも素敵で、それはコスモスを揺らしている息だと。

ちょっとした息でそよぐコスモス、しかしどんな強風にも打ち勝つコスモス。このコスモスの様子をしっかりと眼でつかんで、最後のイメージに落とし込んだ俳句だった。息の「i」いつかの「i」が連続するところも読んでいて気持ちよかった。



【対象作品】

郡司和斗 夜と眼 10句 ≫読む

桂凜火 盛装でゆくよ 10句 ≫読む

田中泥炭 風 狂 10句 ≫読む

藤原暢子 息の 10句 ≫読む

2018-08-05

2017落選展を読む 9. 「鈴木総史 こゑを探して」   上田信治

2017落選展を読む 
9.「鈴木総史 こゑを探して

上田信治

鈴木総史 「こゑを探して」  ≫読む

草萌や時間を空けて飲む薬

まず、ていねいな作り方、という印象のある50句。

「時間を空けて飲む薬」とは、当たり前だけれど(立て続けに飲む薬などない)、そう言って描かれるのは、その薬と薬のあいだの時間のことだ。ちょっとノドにひっかかったような感じがあったりして。次のお薬の時間までを、この人は、春の草のやわらかさに、気持ちをむけている。

大げさに言えば、生きていることのささやかな手応えのようなものを書こうとする、そういうていねいさなのだ。

ただし、生えてくる草と、健康の回復の重ね合わせは、すこしていねいすぎるとも感じる。

置かれては少しずらされ雛飾る
蒲公英にまみれてゐたる消火栓
待春の少し大きめなる切符


季語は佳きものとして、それに、すこし現実の手ざわりとかフレイバーを加える。
小さな生活実感と、季語の扱い。
このていねいさ、今の俳句のマジョリティではないかと感じます。

ただ、読者の楽しみとしては、そこをすこしでも踏み越えるものを見たいと思うし、50句の半分くらいは知的操作で書かれている。知的操作自体は悪いことではないけれど、既存の季語の佳さの範囲でそれをやってしまうのは、そんなに実りの多い方法ではないかも。

がりがりとなにかを喰らふ花見かな
その島は鳥がおほきく花樗

がりがり、きもちわるくていいですね。
鳥が大きい島というのも。

ふつうの現実を書いているようで、ふつうを少し越えてくるような句。

2017角川俳句賞「落選展」

2018-07-29

【週俳6月の俳句を読む】心に留める 鈴木総史

【週俳6月の俳句を読む】
心に留める

鈴木総史


俳句を“詠む”というのは、自分が見たもの・感じたことを心に留めることなのではないかと思う。俳句を“読む”時も心に留めることを意識したい。

まずは、浅川芳直 「捩花」より。

ひと雨の予感に栃の花が降る  浅川芳直
栃の花といえば、小さくて派手さのない花である。ひと雨の予感というあいまいな響きが非常に良い。サッと降ってサッと上がる雨なのだろう。その前に降ってしまう栃の花は妙に心に残る。

死の話少しだけして冷素麺
  浅川芳直
葬式の話なのか、病気の話なのか、死にまつわる話というと様々あるように思う。季語の冷素麺が効いている。日常生活にふと現れる死という現実、それが冷素麺を食べている時だったのだろう。

捩花やバスが来ぬなら歩きだす  浅川芳直
季語の必要性を実感した一句である。上五に捩花を持ってくることで、中七以降に強い説得力が生まれる。捩花が咲くような場所は、都会ではない。田畑や山があるような静かな田舎だろう。田舎のバスが良く表現されている。待たずに歩きだすのも、一種の捩れなのだろう。


続いて、丸田洋渡 「夜を濡らす」より。

朧夜を港のように明滅せよ  丸田洋渡
「明滅せよ」。これは誰に向けられているのだろうか。安易に人間だと捉えるのはもったいないような気がする。港のあの淡い明滅のように、朧夜の中のものすべてに呼びかけている。信号も蝶も桜も、もちろん人間も。「明滅せよ」、朧夜に存在するすべてのものへ。

展翅うつくし蝶を永らえさせる針  丸田洋渡
標本と言わずして詠みきった一句。ただの蝶の標本といえばそれまでだが、表現が素晴らしい。あの針を、永らえさせる針だと言った。死んだ蝶であっても、美しくなれるというなんとも不思議な感覚を覚えた。

太陽は水没しない螢籠  丸田洋渡
このなんとも傲慢な主観。水平線に沈んでいく太陽を見れば、ほとんどの人が水没したと思うだろう。しかし、彼は違うようだ。そこに取り合わせてきたのは、蛍籠。この季語がどこまで効いているかというと難しいが、どちらも水没しないものなのではないかと思う。太陽の光も、蛍の光も。彼の感覚が良く活かされている一句であった。


最後に、小山玄黙 「倫敦は雨後」より。

彼とは、普段から句座を共にしている。彼のすごいところは、句をメモしないのである。吟行では、単語だけを句帳に記し、いざ短冊に書く時に俳句に変わる。まさに、「心に留める」ことにおけるプロフェッショナルではないか。

鳥けもの出払つてをり葭屛風  小山玄黙
屏風といえば、鳥やけものが飛び交う豪華なものをイメージする人が多いのではないだろうか。葭屏風に対して「出払っている」と捉えた捻り方が素晴らしい。葭屛風がなんだか素晴らしいものであったかのような言い方。実際は簡単なものではあるのだが。

髪に似て喪服褪せゆく水中花
  小山玄黙
喪服の褪せ方を「髪に似て」と捉えた。同じ黒いが特徴的なものではあるが、褪せ方に注目したところが一歩抜き出るポイントであろう。季語の水中花もよく効いている一句であった。

月涼し切符と切手すこし違ふ  小山玄黙
「切」という文字を含む二つの単語。切符も切手も「倫敦」と通ずるものではないだろうか。少しだけ違うという把握が面白い。用途は全く違うものの、何か旅情を感じさせるものであったり、「切」られるものであったり、そういった部分に何らかの共通点を見出した後の感覚だろう。そうでなければ、「すこし違ふ」という把握には至らないだろう。


「心に留める」と題して書き始めた作品評であるが、どれも心に留まってくれる作品たちであった。私自身も、これらの作品に負けないよう、誰かの心に留まってくれる作品を作り続けていきたい。

 

浅川芳直 捩花 10句 読む
佐々木紺 信号は青 10句 読む
小山玄黙 倫敦は雨後 10句 読む
丸田洋渡 濡らす 10句 読む
第583号 2018年624日 
八鍬爽風 そうふうはいく 10句 読む


2017-12-10

鈴木総史 町暮れて 10句

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町暮れて  鈴木総史

凍鶴のこゑを旅の荷ととのはず
あをぞらは花鳥を育て神の留守
花枇杷や雨後の墓石の澄みきりぬ
石蕗の花一歩に寺の軋みけり
寒泉を鳥鳴き交はす一日かな
葱畑四五本育ちすぎてをり
帰りけり葱のあをさに眩みつつ
綿虫や町暮れてより塔暮るる
自転車に胴体のある夕焚火
天井の迫つてきたる避寒宿

2017-11-05

2017角川俳句賞「落選展」第2室 

2017角川俳句賞「落選展」第2室

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6. 片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その1)
















7. 片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その2)















8. 杉原祐之 上堂は難し  













 

9. 鈴木総史 こゑを探して 















 10. 高梨章 そのあかるさを雨といふ

2017角川俳句賞「落選展」第2室 テキスト

2017角川俳句賞「落選展」第2室

テキスト

6. 片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その1)

よき事のあふれ出でよと初湯浴び
春昼の送電線のたるみかな
パスワードの解けぬ妻とはおぼろおぼろ
紐もつれ喉に曲者春の風邪
明日もまた地球転がせ四月馬鹿
さえずりやコンビニ前の女高生
蒟蒻にも憂鬱はある花の雨
札幌の人を惑わすリラの冷え
花の宿夏目雅子とすれちがう
お茶漬けを食って別れた二月尽
悪僧も膝つく菫地獄谷
カフェテラスナプキンの色夏立ちぬ
動いてみよどこがうまいか大鰻
理髪師のまじる鼻歌にらの花
夏風邪に皮膚一枚の微熱かな
一点の翳りがすべてサングラス
紛糾する会議にメロン丸机
すべり落ちた大事はどこへ心太
地下鉄や肩抱き合って熱帯魚
熱弁に法も汗かく裁判所
六月の思案深まる樹海かな
美女冗舌オーデコロンはときめいて
夏を知るモデルの脚はスカイツリー
また来たわよ美女は無遠慮青簾
首を這う蛇のぬめりや白い指
お元気でね背中が言うた夏帽子
わちゃわちゃ言う禿げのおっちゃん玉の汗
蛸焼けばグリコが走る戎橋
越してきて竹四五本の野分かな
胎内にあらぬ送り火内視鏡
三日月や駱駝の夢は無神論
嫁くらべ老婆三人鉦叩
ホッチキス散歩に出よう天高し
コンビニでコピー三枚秋夕日
三代目もわが畑好む稲雀
ゆく禿の人それぞれの秋思かな
タクシー待つ黒装束の残暑かな
打つそばや延べて均して待つ平和
放物線に夢あるものか秋刀魚焼く
猫町だったテロは大うそ曼珠沙華
健脚を競うふたりの春隣
テレビキャスターニュース入らず餅を焼く
ポケットの破れどこまで寒の入り
四、五人のはしゃぐ風花六本木
白菜はしろがお似合いニヒリスト
暗闇の影寄りあって焚火かな
地下街のくらがり好むサンタさま
猪肉や仁王の腕の毛深さよ
大泥棒海鼠息する桶の底




7. 片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その2)

怒る火の冷静が舞う薪能
持ち帰る吉野の名残り花筵
春の闇に絶えた狼吉野山
花明かり母がもどった木戸の音
もの言わぬ牛はキリスト花吹雪
謎深まるモナリザの笑み薪能
鎌倉や鍔に彫り込む花菖蒲
霾やかの長安の遣唐使
春昼の牛の涎れの落ちどころ
花盗っ人よもしやあなたは夏目雅子
椿落ちて地底の民の大音声
淀の堤菜の花売るは蕪村とも
かなしみは前衛が抱くアマリリス
花の名を問うて近づく夏野かな
海の日やマストをあげよ勝海舟
門前に使者の気配や蛍の火
ぞんぶんに水を呑んだか夏の蝶
手術前夜合歓の花咲く癌病棟
尽きた命未練を残す岐阜提灯
たましいや蛍を追うて正倉院
虫の闇に仏の思念東大寺
月光に濡れた欲情東京駅
前世も現世もなお曼珠沙華
目が合って僧は澄むなり秋禅寺
月の夜に起つ事あるか盧遮那仏
列島の朝のざわめき野分来る
生ごみに罪の匂いや鰯雲
取り落とし弾むスプーン秋の風
洋梨のころぶ世紀にいたピカソ
ポケモンゴーの解せぬ次第や赤とんぼ
落書きに才のはしくれ秋蛍
宗論の渇きの果ての仏手柑
けだものも歩幅のゆるむ花野道
金沢に人待つ予感冬木立
北へ行く牛は咎めぬ鶴になれ
みちのくの雪は漫漫春隣
尽きぬテロは神の相克枇杷の花
テロ無残北斗星とも自爆せん
雪の朝に妻語りだす金閣寺
まつる祖師石うたがわず冬禅寺
焚火から退かぬ男の胸のうち
楕円形は堕落とも言う褞袍着る
気もそぞろスマホの街は着ぶくれて
名園や菰のあるじは冬牡丹
突っ走る地下鉄道や虎落笛
地下街はわが都なり冬の蝶
短日や人みないそぐ駅の道
東京駅ひとはそれぞれ寒鴉
つつましく咲く柊の棘のわけ
つまずいて日の暮れ易し法円坂




8. 杉原祐之 上堂は難し 

どぼどぼと溢れてゐたる若井かな
結納の席に獅子舞踊り込む
挨拶のマイクくぐもる事務始
ラーメン屋の湯気もうもうと寒に入る
雪掻きの大小置かれ山の宿
子が放る思ひの外の雪礫
竹藪を揺さぶる風や午祭
ぶらんこもジャングルジムも余寒かな
麦の芽の朝日を返しをりにけり
隧道に雪解水の染み出せる
弓放ちお水送りの始まれる
雛段を支ふるビールケースかな
卒業の戯れあひながら泣きながら
春昼の喇叭検定試験かな
雉鳴くや足湯に村を見晴らして
春の夜や喃語のシャワー浴びせられ
マフラーを巻きては外し花の宴
地に着けるまで輝ける落花かな
桃色の小さなリュック花筵
花筏浚渫船が分け進む
新築の庭にはびこる諸葛菜
炊飯器より豆飯の湯気と音
仮設集落跡地薇干されたる
放生の池を暗めて若楓
半休を取りて田植を済ましたる
ナイターの風の湿りを帯びにけり
指図出るまではだらだら神輿舁
踏切を待ちゐる山車の囃子急
予備の竿短く握り鮎を釣る
表彰を終へてダービー騎手小柄
神主の屋敷の土間の梅筵
まちまちに梅干色を深めつつ
夕凪や赤子のシーツ干し足せる
朝曇あと一日で休暇来る
ただ浮かむだけのプールに来てをりぬ
プールより上り海鮮丼喰らふ
警備服着せられてゐる案山子かな
鳥居のみ塗り直されて里祭
台風の夜に買ひ足せるカップ麺
鶺鴒の芝の起伏をなぞり飛ぶ
公園に居眠る人と綿虫と
落し穴ありさうで無き落葉径
半袖に短パンで刈る砂糖黍
畳みたる店舗に年木積まれあり
悴める手を双臀の下に差す
おでん屋の液晶テレビ曇りたる
縄を張ることに始まる年用意
餅搗を終へ豚汁の鍋囲む
電球を一つ取り換へ年の夜
水色を残し暮れゆく初御空




8. 鈴木総史 こゑを探して 

草萌や時間を空けて飲む薬
針の数だけ影があり針供養
恋猫のきのふとはまた違ふかほ
ふらここや人間はみな空へ帰す
下向けば道はレンガで入試かな
薇のまはりの土のやはらかき
置かれては少しずらされ雛飾る
蒲公英にまみれてゐたる消火栓
春愁やこゑを探してみづを汲む
がりがりとなにかを喰らふ花見かな
先生はチューリップ抱き離任せり
米兵の躯に似合ふ春コート
たちまちに船現るる海市かな
古本を重ねて匂ふ樫の花
街に出てそのにぎはひの遅桜 
時鳥まぶしき雨を葉は抱へ 
かざす手の昏く端午の陽を統べる
はつなつの傷いきいきと脚にあり 
鳥声を薄暑の川へ展げたる
薔薇の咲く部屋に連れられたる恐さ
坂に猫裏がへりたる夏の暮
花は葉にブロンズ像のやや痩せて
島風を銀色と言ひ花蜜柑
なかぞらを鳥は制して麦の秋
薫風や車掌の腕のよく伸びて
夕立の街原色の風生るる
その島は鳥がおほきく花樗
あをぞらや河鹿のこゑの乾ききり
真珠抱くためのかたちに帆立貝
夕涼やみづにはみづの流れ方
対局に終はりの見えて旱星
日盛の硝子は色をもてあます
握りかへすための手であり青田風
炎昼のベルトのやはく置かれたる
銀漢や島に少しく詩がありぬ
こゑはもう出なくて新涼の転居
鵙日和ピンクの傘が晴れをゆく
骨董に硬き文字あり秋の蝶
金網のなかの小鳥のうるはしき
調味料あまねく集め九月尽
症例の少なき病蔦紅葉
古雑誌二三部買ひて秋思かな
明滅はひかりのはじめ寒牡丹
凍星やチェロより音の滴りぬ
初めてといへば毛糸を編むことも
寒暮なりすべて出払ふ消防署
寒林へ向かふ列車の黒さかな
木を喰らふ木があるらしや義仲忌
蜜柑畑ひかりのごとき人とゐて
待春の少し大きめなる切符




9. 高梨章 そのあかるさを雨といふ 

早春の窓の夜あけやパンの耳
早春の床にミルクの白さかな
早春のもうぬれてゐる光かな
早春の吸取紙もぬれてゐる
早春の水の底まで水の空
春寒しハンマー投げのピアノ線   
ひんやりと立たされてゐる桃の花
オブラートかすかに甘し桃の花
一本の花えらばれて虻とまる
表札のなき家となり桃の花
ぽつかりと口をひらいた春の駅
空をおりるやうにひとびと春の駅
なんとなくしやがんでしまふ春の土
ゐないので停まらないバス春一番
たんぽぽを気にもとめずに来てしまふ
たんぽぽのところで止まるうしろ足
たんぽぽに気がつくまでを歩きけり
春の野に自転車も寝て雲量三
たんぽぽやクーペに乗つてとほるひと
たんぽぽのところで靴をぬぐ予定
雲雀鳴く目をつむらずにひばりなく 
たんぽぽはちひさな歩幅かもしれぬ
その声が目に見えるほどヒバリ鳴く
雲雀鳴く蛇口のなかの細き闇
眼鏡をはづしそれぞれねむる沈丁花
母と子とねむるヒバリのゐない空
テーブルは水面のやうに花明かり
ふいに墜つ雲雀のやうにさびしさは
パン屑のこぼれしままや春炬燵
春の画のなかの金管楽器かな
クレヨンの折れてありけりチューリップ
風にさはる雨にもさはる子猫かな
濡らしてはまた乾かして春の土
水仙かなんの波音なんだらう
ひつそりとあのこは病気風ぐるま
石鹸玉空のうしろへ消えにけり
よわくよわく指はひらかれ牡丹雪
いま何も抱いてゐなくて春の雨
春は水うす桃いろの洗面器
春の夜のそのあかるさを雨といふ  
梨咲いて空にあらはる雲の位置
春の雨ちひさな卵抱かせて
キャラメルの紙はましかく春休
蜂の屍やほんのわづかな塩の味
晩春や息をひそめて魚の眼  
夕ぐれのくるたび蝶のおとろへし  
晩春やパンダをいまだ見てゐない
かた足をひきずりぎみに夏近し
そら豆の空やはらかくあひにゆく
足音をそつと持ちあげ捕虫網