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2017-11-05

2017角川俳句賞「落選展」第1室 テキスト

2017角川俳句賞「落選展」第1室

テキスト

1.安里琉太 式日  

摘草やいづれも濡れて陸の貝
かげろふの砂ずりが来て匂ひたつ
花守のさらさらと字を書かれたり
花疲れたちまち花のうへに出て
大波の砂もちかへる花明り
春昼やこゑの吹かれて橋の上
忘れゐしもののひとつに小鳥の巣
うたうらははげしき雨に桜漬
春筍のにはかに影を長じたる
起きぬけの枕を均す立夏かな
ぼうたんにありやなしやの日の掛かる
道すがらあをみなづきのさみしき繪
蛇苺川瘦せてより濃く匂ふ
貼りつきし花びらの朱に蛭乾く
鎌倉はどつかと晴れて夏料理
炎昼の花に匂ひのなかりけり
蜘蛛の囲のしづもりに滝掛かりたる
鴫焼やひとりの家に傘を増やし
枇杷の毛のさはさはと日をかへしけり
思ふこと早瀬をなせる端居かな
蟻地獄覗いてをれば聞こえくる
涼しさやひとしく竹の起きなほる
祭から離れたる燈を蛾が叩く
空つかふ遊びをしたり茄子の花
みづうみは羽ばたくものの秋暑かな
まどろみの窓にカンナの濡れてをり
ぼんやりと鯉に似てをり生身魂
椎茸に仏師の夢のなんやかや
くれなゐの椀落ちてゐる秋の川
葛咲くや淋しきものに馬の脚
ひとり寝てしばらく海のきりぎりす
折鶴にかりそめの魂秋ともし
式日や実柘榴に日の枯れてをる
火恋しいつかの鳥の白を想ふ
匂ひよき葉をふところに日短
金閣の雨を思へる湯ざめかな
耳あてが籠をこぼれて雲の影
湯気立てて天金の書に蝶の國
太陽の平たく曇る蓮の骨
足の裏ぶ厚く歩く冬至かな
毛皮の毛揺れてここにも蟻の道
墨磨つてをれば晩年枇杷の花
埋火の美しければ海の音
うすうすと冬枯の実の鳴りにけり
ねむる間も海のうごいて鏡餅
蠟梅をきれいな川の照りかへす
とほく来てまひるの奥の鮟鱇へ
鏡割居間まで晴れて来たりけり
徒花の掃き寄せてある冬田かな
しんしんと手鞠を置いてゆふべの手




2. 青島玄武 優しき樹

花は葉に花は優しき樹となりぬ
身体の皺とふ皺へ西日射す
雷の奥から松葉杖の音
北斗よりひとつ零れし蛍かな
新樹よりみな高々と手を挙ぐる
合歓の花ブルーシートのやうな空
魂を鳴り響かせて玉の汗
半ズボンたしか大病だつたはず
川風はやがて蝶々へ花菖蒲
一息に万物啜る冷素麺
日焼子も尻は真つ白大浴場
わわしきよ西瓜食ふのか喋るのか
四方から教会の鐘白木槿
しばらくは赤子をあやす赤い羽根
林檎とふバベルの塔に噛り付く
行く秋や唐揚げ匂ふ商店街
玲瓏と冬の楓の明らけき
雨音のやがてせせらぎ冬紅葉
冬の陽の翼の下の美術館
風邪心地みんな機械のせいにして
凍る夜や「空」の字掲ぐ駐車場
二分後の自分に出逢ふ嚏かな
人の世は火より興れりクリスマス
十悪も古き仲なり葱鮪鍋
晦日蕎麦どの窓からも星空が
仕舞湯や悲喜こもごもの浮かみをる
春永や鼻より出づる飯の粒
門松が阿蘇の五岳を迎へけり
初参り老神主の痰絡む
青空に溺れながらの玉競り
初空や寝癖の髪をそのままに
上古より女姦し初電車
ぞんぶんに空をいただく初湯かな
臘梅と闇が格闘してゐたり
省略のよく効いてゐし冬籠
白々と心臓息を吐きだせり
焼藷のなんと楽しき地獄かな
独りとは一人にあらず寒の海
はつかなる脈のありけり寒牡丹
立春や嫌ひな人とけふも会う
マネキンの右手が五本春寒し
七色の家七色の余寒かな
春炬燵から厠まで三千里
鳶はいま焼野の風を掴みけり
葬儀屋の前が病院うららけし
釈尊と雨宿りする花御堂
傾ぎゐし城を支ふる桜かな
伊勢の子は伊勢の桜に遊びけり
風も木も土も神さま初音聞く
遥かまで花降りやまぬ行者道




3. 青本瑞季 みづぎはの記憶

永き日を部屋まで海が照つてゐる
春の雷本の屍臭が書庫の中
傘の骨打ち寄せらるる二月尽
野遊びのきれいな耳についてゆく
立子忌や家の南が硝子張
夕暮れの桜海老なり目をなくし
風車西の市場の違ふ匂ひ
描きぶりが絵になる人で花のまへ
音楽にうごめく藤のむらさきは
はつなつの陰を排せる琴の部屋
草刈りの音窓辺の壜にたまりゆく
読唇のはやさに青葉ひらひらす
十薬跨ぐ靴擦れは熱を帯び
滝壺にあるなまぐさい手足かな
くちなはのかぼそい赤につづく舌
小満やひるがへるとき魚は銀
青鷺はビル光のなか展けてゐる
灼けながらばらばらに来る犬の脚
もうろうと昼顔だけがある景色
ががんぼの脚途中なるその感じ
盗品めくプールサイドの荷物かな
くらがりをみづに呼びこむ未草
沼はおほきな樟脳の昼寝覚
水無月晴れて花の名前の若くあり
蟹の死よ浮きて明るき影つくる
人々のそびえ蝙蝠わたる水
立葵葉の荒れて有線放送が来る
金網の奥のまなこを見る暑さ
汗ばむと檻の家鴨のさわぎこゑ
あたたかくくづれてゐたる螢かな
夏鴨とおなじ湿りにある木椅子
いつまでもくらげはみづにつきあたる
虹見せてくる眼球はすこし丘
痣がちの四肢を余せり夏館
絵葉書のこちらへ蜘蛛歩む真昼
ぼんやりと蟻の集まる墓のうら
ほたるぶくろ手をひきながら呼びに来る
こゑは鋭利にくちびるを濡れ夏終はる
初秋の山羊つながれて暗い井戸
空堀に耳のびんかん鰯雲
カンナが黄芯のなだらかなる眩暈
ぱらぱらと玻璃に映りて椋鳥瘦せる
ゑのこ草川の疲れの絶え間なく
川なかに小さき花野として浮かぶ
子規の忌の下草に花混じりをり
総立ちの秋草となる古墳かな
喉の渇きを茸は糸に裂けてゆく
をなもみよ野原の磯に似るところ
逝く秋がまぶしい海としてわかる
小春の海遠くに暗い写真となる




4. 今泉礼奈 熱がうつる (*)

ふらここのおくれてひとつ高くゆく
すつぽりと鳥影に入る菫かな
立ち枯れの幹をてふてふ過ぎにけり
蝶来ては去り来ては去り蝶の昼
白木蓮や病院の窓ひとつ開き
白木蓮の木の黒々と曇りけり
春疾風首長くして鴨が飛ぶ
風船を朝の光の滑りをり
あたたかや賞状に桐生ひ茂る
美術館のおほきな窓の桜かな
入学や色濃き土のやはらかく
花冷の街がジグソーパズルの中
花冷の白馬の白き睫毛かな
青空に放たれ花の枝の先
春昼を熱帯魚店ひんやりと
蜂蜜は光溜りや春の風邪
鳥ごゑに遅れ花びら降りてきし
残業のビル高くあり桜の夜
あたたかに頁の端の頁数
花ぐもり体温計に熱がうつる
桜散る閉店の椅子重ねられ
湖のはじまりは川桜散る
春暑し手鏡に顔収まらず
たんぽぽの咲き慣れてゐる鴨場かな
山藤を辿れば空に近付けり
藤揺れて夜の雲と雲はなれけり
メーデーの吊革に腕並びけり
退屈な顔が窓辺に花は葉に
葉桜や友ほつそりと欲少な
ジンギスカン鍋に丘あり五月来る
新緑や列が後ろに伸びてきし
若楓薄く冷たく光りけり
白日傘に囲まれ歩く男かな
薫風や写真家に時止まりたる
あをぞらのけふを愛して山法師
絵の中の一人となりて青葉かな
萍のあひだ真昼の淀みけり
嘘をつく目をして亀の子が歩く
遠雷や浮世絵のみな肌白し
地図の海も深さ持ちたり南風
ゆふぐれや梅雨の終ひの橋長し
滝強く昨日の雨の匂ひせり
河骨のその黄日射しに疲れたり
炭酸の音にはじまる帰省かな
どこか見てゐる草笛をはじめる目
前を泳ぐ人の飛沫を泳ぐなり
夏負や消火器に塵積もりたる
蜘蛛の巣の眩し喪服の人遠し
蝉の穴閼伽桶を置く音が乾く
蝶ふはと葉を揺らしたり終戦日




5. 岡田由季 手のひらの丘 (*) 

一〇〇〇トンの水槽の前西行忌
梱包の中身はギター春休み
金箔を少し呑み込み花の宴
モノポリー蜆が砂を吐く間
猫の仔に小学校のチャイム鳴る
菫見てゐるうち口の尖りをり
球根の天地を問ひぬ初蛙
花槐留学生の集ふカフェ
青葉山人と猿とが怯え合ひ
露台より芦屋の街と海すこし
山椒魚眩し眩しと言うてをり
水無月のホテルの窓に浮かぶ城
噴水の横に楽器を組み立てる
複雑な岸を辿りて睡蓮へ
少しづつ家族のずらす扇風機
百日紅雌ライオンの寝返りす
熱帯夜骨煎餅を齧りをり
老人が額を寄せて氷果食ぶ
浴衣着て店員ふたりぎこちなし
白靴の吸ひ込まれゆくレイトショー
中国語話せさうなる昼寝覚
立秋の水槽真上から覗く
パレードの時々途切れ黄のカンナ
蒲の絮むかしの音を拾ひけり
音楽をつけずに踊り黒葡萄
気の付かぬほどの勾配赤蜻蛉
色見本帳から抜いて吾亦紅
能面は顔より小さしきりぎりす
栗を剥く母の近くに座りけり
松手入終へてしばらく上にゐる
バーテンダーついでに檸檬磨きをり
象の眼に微かなる酔ひ秋の暮
木琴のとなり鉄琴秋日差す
退色の壁画に添へる一位の実
手のひらの丘に綿虫留まりぬ
アヴェマリア風花口へ飛び込みぬ
木枯に象の手触り残りをり
光源の方へ歩けば蕪かな
頭蓋骨同士こつんと冬初め
アルトから揺れはじめたり聖歌隊
灯台の小さき敷地や冬の鳥
走り出しすぐ消灯にスキーバス
餅を待つ列の静かに伸びてをり
鳥籠に指入れてゐる三日かな
末黒野と運転席の見ゆる場所
ばらばらの向きにペンギン立つ日永
遠足の博識の子についてゆく
バレンタインデー吹替の笑ひ声
古道具売れれば拭いて春の昼
めくるたび次の頁のある春田




2017角川俳句賞「落選展」第2室 テキスト

2017角川俳句賞「落選展」第2室

テキスト

6. 片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その1)

よき事のあふれ出でよと初湯浴び
春昼の送電線のたるみかな
パスワードの解けぬ妻とはおぼろおぼろ
紐もつれ喉に曲者春の風邪
明日もまた地球転がせ四月馬鹿
さえずりやコンビニ前の女高生
蒟蒻にも憂鬱はある花の雨
札幌の人を惑わすリラの冷え
花の宿夏目雅子とすれちがう
お茶漬けを食って別れた二月尽
悪僧も膝つく菫地獄谷
カフェテラスナプキンの色夏立ちぬ
動いてみよどこがうまいか大鰻
理髪師のまじる鼻歌にらの花
夏風邪に皮膚一枚の微熱かな
一点の翳りがすべてサングラス
紛糾する会議にメロン丸机
すべり落ちた大事はどこへ心太
地下鉄や肩抱き合って熱帯魚
熱弁に法も汗かく裁判所
六月の思案深まる樹海かな
美女冗舌オーデコロンはときめいて
夏を知るモデルの脚はスカイツリー
また来たわよ美女は無遠慮青簾
首を這う蛇のぬめりや白い指
お元気でね背中が言うた夏帽子
わちゃわちゃ言う禿げのおっちゃん玉の汗
蛸焼けばグリコが走る戎橋
越してきて竹四五本の野分かな
胎内にあらぬ送り火内視鏡
三日月や駱駝の夢は無神論
嫁くらべ老婆三人鉦叩
ホッチキス散歩に出よう天高し
コンビニでコピー三枚秋夕日
三代目もわが畑好む稲雀
ゆく禿の人それぞれの秋思かな
タクシー待つ黒装束の残暑かな
打つそばや延べて均して待つ平和
放物線に夢あるものか秋刀魚焼く
猫町だったテロは大うそ曼珠沙華
健脚を競うふたりの春隣
テレビキャスターニュース入らず餅を焼く
ポケットの破れどこまで寒の入り
四、五人のはしゃぐ風花六本木
白菜はしろがお似合いニヒリスト
暗闇の影寄りあって焚火かな
地下街のくらがり好むサンタさま
猪肉や仁王の腕の毛深さよ
大泥棒海鼠息する桶の底




7. 片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その2)

怒る火の冷静が舞う薪能
持ち帰る吉野の名残り花筵
春の闇に絶えた狼吉野山
花明かり母がもどった木戸の音
もの言わぬ牛はキリスト花吹雪
謎深まるモナリザの笑み薪能
鎌倉や鍔に彫り込む花菖蒲
霾やかの長安の遣唐使
春昼の牛の涎れの落ちどころ
花盗っ人よもしやあなたは夏目雅子
椿落ちて地底の民の大音声
淀の堤菜の花売るは蕪村とも
かなしみは前衛が抱くアマリリス
花の名を問うて近づく夏野かな
海の日やマストをあげよ勝海舟
門前に使者の気配や蛍の火
ぞんぶんに水を呑んだか夏の蝶
手術前夜合歓の花咲く癌病棟
尽きた命未練を残す岐阜提灯
たましいや蛍を追うて正倉院
虫の闇に仏の思念東大寺
月光に濡れた欲情東京駅
前世も現世もなお曼珠沙華
目が合って僧は澄むなり秋禅寺
月の夜に起つ事あるか盧遮那仏
列島の朝のざわめき野分来る
生ごみに罪の匂いや鰯雲
取り落とし弾むスプーン秋の風
洋梨のころぶ世紀にいたピカソ
ポケモンゴーの解せぬ次第や赤とんぼ
落書きに才のはしくれ秋蛍
宗論の渇きの果ての仏手柑
けだものも歩幅のゆるむ花野道
金沢に人待つ予感冬木立
北へ行く牛は咎めぬ鶴になれ
みちのくの雪は漫漫春隣
尽きぬテロは神の相克枇杷の花
テロ無残北斗星とも自爆せん
雪の朝に妻語りだす金閣寺
まつる祖師石うたがわず冬禅寺
焚火から退かぬ男の胸のうち
楕円形は堕落とも言う褞袍着る
気もそぞろスマホの街は着ぶくれて
名園や菰のあるじは冬牡丹
突っ走る地下鉄道や虎落笛
地下街はわが都なり冬の蝶
短日や人みないそぐ駅の道
東京駅ひとはそれぞれ寒鴉
つつましく咲く柊の棘のわけ
つまずいて日の暮れ易し法円坂




8. 杉原祐之 上堂は難し 

どぼどぼと溢れてゐたる若井かな
結納の席に獅子舞踊り込む
挨拶のマイクくぐもる事務始
ラーメン屋の湯気もうもうと寒に入る
雪掻きの大小置かれ山の宿
子が放る思ひの外の雪礫
竹藪を揺さぶる風や午祭
ぶらんこもジャングルジムも余寒かな
麦の芽の朝日を返しをりにけり
隧道に雪解水の染み出せる
弓放ちお水送りの始まれる
雛段を支ふるビールケースかな
卒業の戯れあひながら泣きながら
春昼の喇叭検定試験かな
雉鳴くや足湯に村を見晴らして
春の夜や喃語のシャワー浴びせられ
マフラーを巻きては外し花の宴
地に着けるまで輝ける落花かな
桃色の小さなリュック花筵
花筏浚渫船が分け進む
新築の庭にはびこる諸葛菜
炊飯器より豆飯の湯気と音
仮設集落跡地薇干されたる
放生の池を暗めて若楓
半休を取りて田植を済ましたる
ナイターの風の湿りを帯びにけり
指図出るまではだらだら神輿舁
踏切を待ちゐる山車の囃子急
予備の竿短く握り鮎を釣る
表彰を終へてダービー騎手小柄
神主の屋敷の土間の梅筵
まちまちに梅干色を深めつつ
夕凪や赤子のシーツ干し足せる
朝曇あと一日で休暇来る
ただ浮かむだけのプールに来てをりぬ
プールより上り海鮮丼喰らふ
警備服着せられてゐる案山子かな
鳥居のみ塗り直されて里祭
台風の夜に買ひ足せるカップ麺
鶺鴒の芝の起伏をなぞり飛ぶ
公園に居眠る人と綿虫と
落し穴ありさうで無き落葉径
半袖に短パンで刈る砂糖黍
畳みたる店舗に年木積まれあり
悴める手を双臀の下に差す
おでん屋の液晶テレビ曇りたる
縄を張ることに始まる年用意
餅搗を終へ豚汁の鍋囲む
電球を一つ取り換へ年の夜
水色を残し暮れゆく初御空




8. 鈴木総史 こゑを探して 

草萌や時間を空けて飲む薬
針の数だけ影があり針供養
恋猫のきのふとはまた違ふかほ
ふらここや人間はみな空へ帰す
下向けば道はレンガで入試かな
薇のまはりの土のやはらかき
置かれては少しずらされ雛飾る
蒲公英にまみれてゐたる消火栓
春愁やこゑを探してみづを汲む
がりがりとなにかを喰らふ花見かな
先生はチューリップ抱き離任せり
米兵の躯に似合ふ春コート
たちまちに船現るる海市かな
古本を重ねて匂ふ樫の花
街に出てそのにぎはひの遅桜 
時鳥まぶしき雨を葉は抱へ 
かざす手の昏く端午の陽を統べる
はつなつの傷いきいきと脚にあり 
鳥声を薄暑の川へ展げたる
薔薇の咲く部屋に連れられたる恐さ
坂に猫裏がへりたる夏の暮
花は葉にブロンズ像のやや痩せて
島風を銀色と言ひ花蜜柑
なかぞらを鳥は制して麦の秋
薫風や車掌の腕のよく伸びて
夕立の街原色の風生るる
その島は鳥がおほきく花樗
あをぞらや河鹿のこゑの乾ききり
真珠抱くためのかたちに帆立貝
夕涼やみづにはみづの流れ方
対局に終はりの見えて旱星
日盛の硝子は色をもてあます
握りかへすための手であり青田風
炎昼のベルトのやはく置かれたる
銀漢や島に少しく詩がありぬ
こゑはもう出なくて新涼の転居
鵙日和ピンクの傘が晴れをゆく
骨董に硬き文字あり秋の蝶
金網のなかの小鳥のうるはしき
調味料あまねく集め九月尽
症例の少なき病蔦紅葉
古雑誌二三部買ひて秋思かな
明滅はひかりのはじめ寒牡丹
凍星やチェロより音の滴りぬ
初めてといへば毛糸を編むことも
寒暮なりすべて出払ふ消防署
寒林へ向かふ列車の黒さかな
木を喰らふ木があるらしや義仲忌
蜜柑畑ひかりのごとき人とゐて
待春の少し大きめなる切符




9. 高梨章 そのあかるさを雨といふ 

早春の窓の夜あけやパンの耳
早春の床にミルクの白さかな
早春のもうぬれてゐる光かな
早春の吸取紙もぬれてゐる
早春の水の底まで水の空
春寒しハンマー投げのピアノ線   
ひんやりと立たされてゐる桃の花
オブラートかすかに甘し桃の花
一本の花えらばれて虻とまる
表札のなき家となり桃の花
ぽつかりと口をひらいた春の駅
空をおりるやうにひとびと春の駅
なんとなくしやがんでしまふ春の土
ゐないので停まらないバス春一番
たんぽぽを気にもとめずに来てしまふ
たんぽぽのところで止まるうしろ足
たんぽぽに気がつくまでを歩きけり
春の野に自転車も寝て雲量三
たんぽぽやクーペに乗つてとほるひと
たんぽぽのところで靴をぬぐ予定
雲雀鳴く目をつむらずにひばりなく 
たんぽぽはちひさな歩幅かもしれぬ
その声が目に見えるほどヒバリ鳴く
雲雀鳴く蛇口のなかの細き闇
眼鏡をはづしそれぞれねむる沈丁花
母と子とねむるヒバリのゐない空
テーブルは水面のやうに花明かり
ふいに墜つ雲雀のやうにさびしさは
パン屑のこぼれしままや春炬燵
春の画のなかの金管楽器かな
クレヨンの折れてありけりチューリップ
風にさはる雨にもさはる子猫かな
濡らしてはまた乾かして春の土
水仙かなんの波音なんだらう
ひつそりとあのこは病気風ぐるま
石鹸玉空のうしろへ消えにけり
よわくよわく指はひらかれ牡丹雪
いま何も抱いてゐなくて春の雨
春は水うす桃いろの洗面器
春の夜のそのあかるさを雨といふ  
梨咲いて空にあらはる雲の位置
春の雨ちひさな卵抱かせて
キャラメルの紙はましかく春休
蜂の屍やほんのわづかな塩の味
晩春や息をひそめて魚の眼  
夕ぐれのくるたび蝶のおとろへし  
晩春やパンダをいまだ見てゐない
かた足をひきずりぎみに夏近し
そら豆の空やはらかくあひにゆく
足音をそつと持ちあげ捕虫網