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2021-03-21

三冊の句集のこと Ⅱ. 安里琉太句集『式日』を読む 上田信治

 

【句集を読む】
三冊の句集のこと
Ⅱ. 安里琉太句集『式日』を読む

上田信治

 

藤田哲史、安里琉太、生駒大祐の三冊の句集から、俳句の現在を考えるシリーズ。藤田哲史『楡の茂る頃とその前後』につづいて、今回は、安里琉太『式日』を読みます。

Ⅰ.藤田哲史『楡の茂る頃とその前後』を読む


Ⅱ. 安里琉太句集『式日』

句集について書く場合、なんとか作家論になるように書きたいと思っている。

俳句は、究極的には、一句一句読まれるものだろうけれど、その句に到る作家の「文脈」というものは(とくに今日)そんなに一目瞭然と分かるものではない。

だから、一句が十全に読まれるために、作家論が(できれば複数)必要だと思う。



安里琉太句集『式日』は、先日読んだ藤田哲史の句集と似て、編年体ではなく、かといって明確に作品傾向によって章分けするのでもない、考え甲斐のある構成になっている。

ページに一句立てで強調されている句があり(他のページは二句立て)、それは多くの人がする工夫だけれど、『式日』は、その一句立ての句が、わりと多めだ。

そこで、その強調句(と以下呼ぶ)を、まず並べてみる。そこを、あからさまにすることは、作者の希望ではないかもしれないが、それらは、彼自身が「まず、ここを見てほしい」と考えた句に違いないはずだ。

『式日』の強調句

「忘音」
ひいふつとゆふまぐれくる氷かな
異様の寒の牡丹がうち敷かれ
夏を澄む飾りあふぎの狗けもの 
をみならの白き日傘の遠忌かな

「未生」
しづけさに五月のペンは鳥を書く
ジェラートを売る青年の空腹よ
炎昼は未生の鳥を浮かべたる 
初雪が全ての瓶に映りこむ 
郵政や鳩あをあをとして冬は 
野馬はためく名付け忘れしいくつもの
流れつくものに海市の組み上がる 

「雲籠」
あららぎのみづかげろふも夏のもの
川音や次第に見えて蜘蛛の糸
雲籠めの白花愛しかたつむり 

「夢屑」
摘草やいづれも濡れて陸の貝 
残夢かな花たちばなを雨の打つ 
金蠅や夜どほし濤の崩れ去る



『式日』は、今年の俳人協会新人賞を受賞した。しかし、この17ある強調句は、自分がイメージする俳人協会新人賞の水準よりも、やってることがややこしいと思う。

強調句のいくつかを、なるべく一語一語読んでみよう。

ひいふつとゆふまぐれくる氷かな

ひいふつと〉は「平家物語」にあらわれる矢の飛ぶ時のオノマトペだそうで、矢がひゅうっと飛んで的にあたるように夕方が来た、氷であった、というのだ。「」は、日々姿を変えるけれど、今ここに動かないもの。動かない氷のところに、いきなり夕方という時間が来た(そして、驚いた)という内容、おもしろい。氷の白が、夕まぐれに見えなくなるというイメージもよい。

ただ「ゆふまぐれ」の一語は、けっこうややこしい。語意は「夕べに目が見えなくなるころ」だから、矢のように来るには「ゆふまぐれ」の持つ時間の幅が、じゃまにならないか。「ゆふがたのくる」とか「夜のきたりし」だったら、すっきりするのだけど、作者はそうはしなかった(栞で鴇田智哉は「ゆふまぐれくる」という複合動詞として読みたいと、擁護をしている)。巻頭句ということもあって、話題にされがちな句だけれど、ちょっとひっかかりつつ、次の句へ。

異様の寒の牡丹がうち敷かれ

異様」を「ことよう」と読むか「ことざま」と読むか(自分は音的に「ことよう」と読みたい)、異様=普通じゃないというのだから、派手にまだらの入った牡丹だろうか。「うち敷かれ」というのは布の見立ての入った言葉だから、豪奢かつアブノーマルな模様の布地という含みを持つ。寒牡丹は室(むろ)をかけたりして、だいじに育てるもののようだけれど、それがいっせいに散っていたら、たしかに異様(いよう)な光景だ。

この句は「異様(ことよう、またはことざま)」と古風に言っておいて、その実態は「異様(いよう)」という現代語のニュアンスを含むというダブルミーニングが面白い。

この二句「ひいふつと」「異様の」というやや違和感のある言葉、明治以来の俳句とは別文脈の語彙を、コラージュ的に「ぶっこむ」ことで、純歳時記的なモチーフで描かれた景を軋ませることに、狙いがある。

この「異様」は〈ときじくのいかづち鳴つて冷やかに〉(岸本尚毅)の「ときじく」に似てるなと思ったら、めくったページに〈悴みて水源はときじくの碧〉があった(この「ときじく」は「不変の」という意味)。

自分の、作者の意図に関する推察は、だいたい当たっているということだろう。

夏を澄む飾りあふぎの狗けもの 

堀下翔が、この句の「夏を澄む」は魚目から来ていること、「飾り扇」は涼しくなるようなものじゃない、ということを指摘している。

https://note.com/ayumi_iechika/n/n5303cc9eaee7

それを言うなら「狗けもの」も、魚目の〈鶏うさぎ生れて木曽の青あらし〉からだろうけれど、「狗けもの」という言い方は、あまりない。「飾り扇」は京都あたりで売っている工芸品で、確かにあまり趣味のいいものではない。「狗」と古い字を使ったところを見ると、琳派展に出るような光悦か宗達の動物モチーフの扇絵を想像すべきなのだろうか。サイドボードか何かの上で、風も起こさず、ただ澄んでいる「飾りあふぎ」。その存在感はすごい。絵柄の「」が、どう効いているかというと、なかなか読み切れないが。

安里が「力を入れた」であろう句にあらわれる、この「ややこしさ」「いかつさ」は、生駒大祐の句にも見られるもので、ほとんど「下手」に見えることもあるけれど、彼らの方法は、句の一語一語を意識的かつ操作的に(つまり不自然な方法で)再構成するので、その「手術跡」が目立つのだ。

ただ「ゆふまぐれ」のがちゃつきが、句をすこし濁らせると同時に、分厚くしているのも確かだ。「異様(いよう)」な散牡丹はやばいし、飾り扇がぎらぎらと夏を「澄む」ことも、堀下の指摘どおりマジカルだ。

をみならの白き日傘の遠忌かな

遠忌」は、五十年忌、百年忌のような、ふつうの人の死を悼むのではないスケールの法要のことを言うらしいのだけれど、この句は「遠」の字の効き方がすばらしい。

法要に日傘の女性たちが集うという景が「遠」の一字で、だいぶ遠景なのだと感じられ、視点となっている私から「をみなら」は遠く、さらに、はるか遠い昔に死んだ人がいる。

自分・・・・・・・をみな・・忌・・・・・・・死

それは、自分は「死」から遠く、「をみな」たちは「死」に近いということなのだが、そんな遠近法ってある?「白日傘 → 白き日傘」とゆったり言葉を広げたことも「をみな」と古語にしたことも、この句の力点である「距離感」を作る上でよく働いている。「遠忌」という語が、にせの季語のようにあることで、この「日傘」に重みがかかっていないことも、浮遊感を生んでいる。

この句は、ふつうに完璧だと思う。

この句の「遠」のように、文字が、一字ずつコノテーションを効かせていることに、作者の際だった技巧を見る。若さに似合わぬとは言わない。こんな力業は、脳みそがバキバキに新鮮であるから出来ることなのだから。

以上の句が一句立てで入っている「忘音」の章には、こんな句もある。

竹秋の貝が泳いで洗ひ桶
ひとり寝てしばらく海のきりぎりす
小鳥来るほほゑみに似て疎なる川
柱みな蔦の中なる狐狸の國

ひとり寝て〉については、以前、週刊俳句で書かせてもらった。ひじょうに気持ちのいい句(2017年「落選展を読む」 この時は、まだ彼のやっていることが、見えていなかったと思う)。〈竹秋の〉は「竹」と「桶」の字が響きあっているところが味。〈柱みな〉は幻想画めいていて〈夏を澄む〉にも通じる。

小鳥来る〉は角川俳句賞に出したら、意味不明と叩かれそうだけど、面白い。「疎なる川」は意味が取れるかギリギリのところだけれど「水の少ない川から(私は)無言のほほえみを思った」と読んだ。「小鳥来る」が句の中心に「私」を呼び入れている。

他に〈書き出しの〉〈臘梅を〉〈芹の根を〉〈金亀子〉〈うすらひに〉〈桜湯の〉など、温順で構成手堅く、すこし新しみもあるという句が並ぶ。



二つ目の章「風紋」には、強調句がない。三つ目の章「未生」は、この二句が、それぞれ一句立てで向かい合わせに置かれている。

ジェラートを売る青年の空腹よ
炎昼は未生の鳥を浮かべたる 


ジェラート」の句は、彼の19才のときの芝不器男俳句新人賞の応募作100句に入っていたから、ほんとうに最初期の句だ。「未生」の句は、章タイトルにもなっていて、二重の強調線が引かれているような句。

この向かい合わせの二句は、二句で一つの景に見える。この二句に挿入されてい鍵語は「空腹」と「未生の鳥」──青年の中心には「空腹」、炎天の中心には「未生の鳥」。書き手の自意識を託されているという点において、二つの要素は等価なのだ。

未生の鳥」はこの世に生を得なかった鳥の幻影が飛んでいるとも読めるし、卵の中の育ちかけのあれがただ浮いているとも読める(胃袋みたいにw)。この二句の並びは句集ならではの見せ方で、とても面白い(読みすぎかもしれないけれど、その狙いがなかったら〈ジェラート〉の句は、一句立てにしないのではと思う)。

初雪が全ての瓶に映りこむ 

特別にあたらしい、きよらかな雪だから、全ての瓶にあまねく映る(べきだ)と、宣言する作者は、自分がそれを「言っていい」という全能感に高揚している。意図を絵にはめたイラストのような句だけれど、その純情に魅力がある。

郵政や鳩あをあをとして冬は 
野馬はためく名付け忘れしいくつもの


郵政」は、ひじょうにコラージュらしいコラージュで、異化効果がすごい。この「郵政」は、人の内面で使われることのない、詩語とは論理的レイヤーの違う言葉だ(ほとんど田島健一さんのような書きぶり)。「鳩あをあをとして冬は」のフレーズのナイーブな可愛さが「郵政」のぶっこみで詩になっていて、おかげで、読者は、この鳩の美しさを俳句として記憶することができる。「ハト、アヲアヲ、ト、シテ、フユ、ハ」の二音一音の繰り返しと、ユウセイの四音の対照も楽しい。

野馬はためく〉「野馬」はかげろうの別名だけれど、この句では「はためく野生馬」が二重写しになっていると読むべきだろう(文字単位で含意を効かせるのが彼の方法だから、ということもあるし、かげろうに「はためく」は、スケール感がおかしい)。

名付けないまま過去に置いてきた、いくつもの「何か」(思い?)が、幻想の馬として、かげろうのように吹かれている。それは、時間の流れの中で、忘れられることに抗うように、たなびいているのだ。

この二句の、詩想が動くに任せたような言葉の跳ねかたを、自分はひじょうに楽しんだ。作者は、自分の俳句の可動域をひろげることについて、意識的だと感じる。

「風紋」と「未生」の章には、こんな句もある。

春昼を祀りて殊に猫の神
涼しさや石より雲の彫り出され
電話ボックスあまねく夏空を映し
鶉飼ふ皿のうすずみ櫻かな


昼を〉は、一句立てのない「風紋」の章の一句目。準強調句といっていいと思うけれど、なんなんでしょうw そういえば、猫神様って、あんまりいない。私的にいろいろな神に儀式をささげてしまう、春の昼であることよ、ということか。

二句め三句めは、雲と空がぎゅーっと人工物にかたどられるというモチーフが共通(夏空と初雪の句で「映る」がかぶるのは、まあ、両方いい句だとはいえ、句集で読むと、すこし気になる)。〈鶉飼ふ〉の句も、うすずみ櫻は皿に押し込められ、鶉は皿の上だけで飼われているのだろうかと思われ(餌の皿なら、そう書かないと、伝わらない)ちょっと不気味。この句も「ひいふつと」同様、叙述の強引さからくる句の「濁り」が、面白みになっている。

他にも〈風吹けば〉〈乾電池〉〈岩と岩を〉〈稲妻の真芯が見えて飯田橋〉などの句のユーモアが印象的だった(あ、稲妻の句も田島さんだ、そういえば)。

式日や実石榴に日の枯れてをる

句集名となった一句。「式日」は、特定の行事、儀式、職務にあてられた日と辞書にある。これは、さっき見た「遠忌」と同じで、デコイのような偽の季語。この語があるので、切れ字の入った堅牢な二句一章なのに、この句は軽い。

実石榴に日の枯れてをる〉は、一日の終わりの日の衰えを言ったわけだけれど、果実として充実しているはずのその「」に、日の「」をぶつけた、イメージの反転に眼目がある。「」の字も、ザクロの「」の字も、この句にあっては「日の枯」(生命の衰え)の味方をしている。



「雲籠」「夢屑」の章の強調句は、これまでの章と比べると、ややふつうで大人しいのだけれど、よく見ると、やはり少しおかしい。

あららぎのみづかげろふも夏のもの

あららぎ」ググるか辞書を見るかしていただきたいのですが、斎宮(いつきのみや)でいう、「仏塔」の忌み詞、または「のびる」の異名、または「いちい」の異名、って、確定しにくいなw みずかげろう(光線が反射して壁などに映る水紋)が映りやすいのはどれか、というだけで考え込んでしまうのだけれど、すべては熱中症気味の脳裏に映る、幻影なのかもしれない。

雲籠めの白花愛しかたつむり

「籠め」は、取り「込む」はめ「込む」という時の、「こむ」の接尾語化したもので、「〜ごと」「〜ぐるみ」の意。「雲籠めの白花」は、何の花だろう。夏雲と「籠目」にからみつくように一つに見える白い花、サルスベリだろうか。雲とからみあって輪郭の定かでなくなった白花の木に、かたつむりが居る。イメージの描きにくさが「白花」の尊さ、高さに相応していると読むべきか。

摘草やいづれも濡れて陸の貝
金蠅や夜どほし濤の崩れ去る 


摘草や〉も「週刊俳句」で書かせてもらった。写実のようで写実でない若冲の絵を思わせる幻想的な句。「竹桶」の句があるのが、ちょっと惜しいんだけど、どちらもいい句。

金蠅や〉は、またややこしい。〈夜どほし濤の崩れ去る〉のは、そこが室内でも屋外でも、闇でなければいけないでしょう。この圧倒的な力感は。だったら、この金蠅はどこにいるか。まっ暗闇の中、一点の「」は幻視されてある。「夜どほし」の一語の含意は「崩れつづける濤」が夜全体という持続する時間の表徴だということで、それは朝になればあとかたもなく消え去るということを含んでいる。ならば「金蠅」の金は、まだ予兆もない朝日の「」を待つ、闇中の一点と読むか。あ、とてもいい句ですね、これ。

「雲籠」「飲食」「夢屑」から注目句。

きらきらと日焼の雨を帰りけり
老鶯や斜めに弱る竹箒
沼に浮く傘のふしぎを葛の花
三人に鶉の籠の暮れてをり
花びらを凍てのぼりゆく夢はじめ
海鼠嚙む風蝕の日を高く吊り 
そちらから見えて風船葛かな
ぼら釣の印度よ風が目にしみる 
たそがれの雲間の凧をふと見たり

きらきらと〉天気雨の句なのだろう。「日焼」は子供たちの換喩ととるのがふつうだろうけれど「日焼の雨」という、すばらしく清潔で蠱惑的な幻像が立ちあらわれる。〈老鶯〉は山だと、竹箒の存在感が弱すぎなので、これは町中かも。「」の一字を、鶯のきおいも天候も裏切っていて、竹箒だけが弱っているというw。〈沼に浮く〉ふしぎをは、魚目の〈不思議のこゑを〉か。ふしぎとまで言うのだから、この傘、ひらいてて、逆さに浮かんでるととりたい。

三人に〉はひじょうに面白い。この句集、鴇田智哉の影響を感じる句がいくつかあって、他の句とトーンが合わない気がしたのだけれど、この句は古典的な風姿があって、鴇田風ではなく、かつ、そのふしぎな論理の輸入に成功している。〈そちらから〉は、裕明でしょうか。裕明は、糸瓜棚とのうぜんでしたが。あと、この〈印度〉はきっと龍太なんだろうな。

海鼠嚙む〉には、虚子の〈日凍てて空にかゝるといふのみぞ〉が響いている。そのことは〈たそがれ〉の句が虚子の〈旗のごと〉なので確信に変わった。〈風蝕の日〉は〈旗のごと〉の〈冬日〉でもあって、ぼろぼろの冬日というイメージが作者にある。そして料理された〈海鼠〉も、また、むしばまれた「円」だという。用語の危機感とウラハラに、オシャレに構成された句。

そうそう〈たそがれ〉の句、「栞」の岸本尚毅の鑑賞がみごとだった。「雲間の凧」というのは、凧として高すぎる、それはありえない幻想なんだ、だから、ふと見えてしまったりするのだと(そうやって、虚子の元句の幻想味を引き継いだのだということだろう)。



ここまで、いつもの句集評より、多めに句を読んでいるのは、この句集、いい句が多いのはもちろんだけれど、作者の「やっていること」が、一つの「方法」に収斂して見えては「こない」だろうという見込みがあったからでもある。

たとえば、まだ触れていない句に〈書き出しのすでに日暮れて浮寝鳥〉〈臘梅をきれいな川の照りかへす〉〈金亀子飛ぶことごとく遺作の繪〉〈陶枕の雲の冷えともつかぬもの〉〈ゆかりなき秋の神輿とすこし行く〉〈風吹けば高さのそろふ夏の草〉〈猫の子が枕の中を知りたがる〉〈涸るる沼見てをれば背を思ひ出す〉〈春の蚊のそよそよとふきすぼめられ〉〈それぞれに淡き服着て春の海〉と、だいぶ、いろいろの傾向がある(俳人協会新人賞は、これらの句に与えられたのかな、とも)。

しかし、自分は、作者の選んだ強調句に見てとれる、彼の方法に可能性を感じる。



安里琉太句集『式日』から、作者が一句立てにして強調した句を中心に、注目句を精読した結果、次のような志向性と方法を見出すことが出来た。

・歳時記内的な素材と、そこから派生する美意識から離れない。

・意識的な言語操作を通じて、句のなかに、人工的な美の空間を作る。

・そこに作者は、住んでいない。

・俳句の通常の語彙や統語からはみだす語を、コラージュ的に挿入し、異化効果を生む。

・語を構成する一文字が、他の語句や文字と審美的な照応関係を結ぶことがあり、そのテクニックは巧緻を極める。

・その意識された人工性が、語の有機的連関を、しばしばガチャガチャにしている。ただ、その混乱が呼びこむ「濁り」が、一句に、無意識領域にわたる「厚み」を生んでいるようにも思う。

・岸本尚毅は「栞」で〈たそがれの雲間の凧をふと見たり〉の〈たそがれの〉を「ベタな上五」、〈ふと見たり〉を「不用意すれすれ」と書き、だからこそ「あるはずのない〈雲間の凧〉を、うかつにも、ふと見てしまう」と、評している(一句目に取り上げているので、この句自体は、高く評価されている)。

つまり、岸本は、これほど方法的かつ意識的に、言語操作を加えて一句を成す作者に「だいぶ『天然』が入ってますね(意訳)」と言っているのだ。「それが、現時点での、あなたの魅力かもしれませんね(だいぶ意訳)」と。

・それは、自分が感じた、ガチャガチャした、濁り、などの印象とも共通している。

つまり、彼は、技術で俳句を書こうとしているように見えるけれど、その技術には、まだ洗練されるべき余地があるということか。

いや、そうとは言い切れない。

・彼は、ある範囲で完成した句を書くことは、もうできる(この句集にもたくさんある)。ただ、その完成は、彼にとって既に「足りない」ものなので、方法的にその限界を拡張しようとしている。

そこで歳時記「内」の美の世界が、軋む。

あるいは、俳句に彼が求める「美」は、まだ生まれていないのに、彼は、それをあるものとして、産ませようとしている。

現時点での未完成は、彼の方法なのだ。



自分は、彼の〈眩暈とはビニール袋詰めの蝶〉の句(未収録)をおぼえていた。彼が今よりさらに若い頃の作だ。なんという無理筋!

しかし、無理筋を志向できること自体、才能だろう。

完成形がこの世にまだないものを志向する人は、長い未完成の時期を過ごさざるを得ない。しかし、必ずしも、それは修業時代ではなく、むしろ未完成のまま、全盛期(いちばんいいものが書ける時期)が始まっていたりする。

安里はそういう書き手なのではないか。

夏を澄む〉〈雲籠めの〉〈疎なる川〉〈郵政や〉──なんという、無い物ねだり。もちろん、無い物ねだりができることは才能で、これらの句は、無い物ねだりにガッツリ形を与えた句だから価値がある。

ぼら釣の印度よ風が目にしみる〉〈蝶に似し茸や此処も風が吹く〉のような句には、また別の方法的拡張がはじまっていることを感じる。



をみならの白き日傘の遠忌かな
郵政や鳩あをあをとして冬は 
野馬はためく名付け忘れしいくつもの
ひとり寝てしばらく海のきりぎりす
式日や実石榴に日の枯れてをる
金蠅や夜どほし濤の崩れ去る 
きらきらと日焼の雨を帰りけり
三人に鶉の籠の暮れてをり

あらためて、特に印象に残る句を引いた。

これらの句のいくつかは、たとえば魚目とか裕明とか、あと澤好摩さんとかでもいいんだけど、明らかに優れた俳人の句集に、ひょっと並んでいても、それほど違和感ないでしょう?(上田の句をそういうところに並べると、すごく違和感があります)。

やはり、この人は技術的にも感覚的にも確かなものを持っていると思う。

これらの句、美と感情が、空間を殺し合わず、完全な二重写しとして成立している。こういうのは、俳句の理想なんだなと、あらためて気づかせてもらえた。

そして、もちろん無理筋の句があるから、これらの珠玉の句があるのだろう。ありえないほどの高さを目指すことのない完成に、自分は、もう、あまり価値を感じられないので。

句集『式日』は、安里琉太という才質豊かな書き手の現在地を示すもので、すでに多くの佳句があり、将来の更なる達成に期待を抱かせる。

この句集が俳人協会新人賞を得たことは、近年、刊行された何冊かの句集が示した、俳句の方法と意識の拡張が、俳句の現在に、ついに、必要とされ始めたということかもしれない。

次回は、そのことを書いて、この稿のまとめとしたい。

(つづく)

2020-09-13

【句集を読む】ありあまる椅子 安里琉太『式日』を読む 竹岡一郎

【句集を読む】
ありあまる椅子
安里琉太『式日』を読む

竹岡一郎


桜湯のかなたに波の白むかな  安里琉太(以下同)

春の蚊のそよそよと吹きすぼめられ

魚族のうすあさぎなる涅槃かな

それぞれに淡き服着て春の海

「式日」を読むと、柔らかな美しい句が多い。今挙げた句群には、揺れ動く存在の印象がある。「揺れ動く存在」と書いたが、本当に揺れ動くのは存在なのか、存在に対する認識なのか。そんな問いを喚起させる句を、主に挙げてゆきたい。

ずつと雨ずつと変はらぬ蔦の窓

雨の向こうにある建物の窓を見ている、と読んだ。自身が居る部屋の窓とも読めるが、その場合、蔦は窓枠からはみ出ている部分が見えるだけで、その存在は少ない。「蔦の窓」という措辞が生きるのは、やはり一面の蔦の中に窓がある景だろう。

「ずつと」と二度繰り返しているのだが、一度目の「ずつと」は雨の不変さを示し、二度目の「ずつと」は「蔦の窓」の不変な状態を示す。雨と「蔦の窓」は、互いの状態の不変さを支え合っているようだ。

「青蔦」なら夏だが、ただ「蔦」といえば秋である。紅葉見事ゆえに秋の季語であるから、掲句の雨は秋霖、秋入梅(あきついり)である。(これが「青蔦」なら、梅雨の景だろう。繁茂と熱気へと向かう景か、凋落と冷えへと向かう景かで、印象は全く違ってくる。)

壁一面の真っ赤な蔦が雨にけぶり、その真中に窓があると読める。雨が続いている限り、蔦の赤は瑞々しく、蔦に彩られた窓も変わらない。だが、現実には、たとえいつまで雨が続こうとも、いずれ蔦は葉を落とす。壁は剥き出しとなり、窓を彩るものは無い。掲句において、「ずつと変わらぬ」は、いずれ幻となるものへの認識だ。

雨は全てのものをけぶらせる。蔦も窓も雨にけぶり、その輪郭は微妙にぼやけている。「ずつと」有るもの、不変の存在として見えているものは、実は幻として不変であるに過ぎぬ。あの蔦紅葉に彩られた窓は、実は記憶の中の褪せない景に過ぎぬかもしれぬ。「ずつと」と、その不変性を強調するほど、幻に近づいてゆくという矛盾。

うそ寒のかなへびけぶりやすきかな

この句も、かなへびが幻と変ずる如く描かれている。「うそ寒」が利いている。かなへびは間もなく冬眠に入り、姿を消すだろう。冬眠を思うかなへびの思念が、かなへび自身の姿をけぶらせるのか。

悴みて水源はときじくの碧

作者は悴んでいるのだから、水源は深山に在って、空気は冷たく張りつめているのか。その空気は冷たいだけではない。恐らく永遠を思わせる香を含んでいる。香、と挙げたのは、「ときじく」なる言葉が置かれているからだ。

「ときじく」は「時じ」の連用形。「じ」は否定を表し、「時じ」は時間に支配されない、永遠の、の意。日本神話に出て来る「非時香菓」(ときじくのかくのこのみ)が連想される。常緑の樹に実る、その香は時間に失せるという事が無い。現在では橘の類とされるが、神話に沿うなら、緑とこしなの樹に実り、永遠に香り続けるものだ。

掲句に果実は出てこないが、代わりに「碧」という語が出て来る。これは水源の色であると同時に、水に映る常緑樹の影をも思わせる。水源は、永遠の香りをも漂わせるだろう。その空気の中に立つ、有限の、悴んでいる人間。

うすらひにうつそみの実の猩猩緋

「うつそみの」は枕詞。「人」「命」「世」等に掛かる。「うつせみの」の古形。漢字を当てるなら、「現人の」「空蝉の」。この世の、やがては滅びる儚いものの意と取れる。

実は、何の実とも示されていない。儚い定めの実と読み取れるばかりだ。薄氷の季に猩々緋の色であるなら、遅い実南天か、早い苺か。

猩々緋の羅紗は、信長や秀吉などの武将が好んで陣羽織に仕立てた為、盛んな権勢の象徴として見なされるようになる。戦場では目立つと同時に畏怖を感じさせただろう。菊池寛の短編「形」は、猩々緋の陣羽織を愛用して恐れられていた武士が、その陣羽織なく出陣した為、敵に侮られ落命する話。

ここで掲句を見るなら、現世(うつそみ)の権(かり)の表面的な勢力を猩々緋に託し、うすらいにうつそみの儚さを喩えたと読める。上五中七のリズムは如何にも儚げに流れゆく。下五の「猩々」でリズムが早くなり、最後に「緋」と、突出するように果てる。

このリズムの果て方を見るに、どうも現世の儚さをただ説いただけには見えぬ。その儚さにあらん限り抵抗するように、最後の「緋」の突出があるからだ。実の行方は如何と思うのは、この「緋」によるか。やがて地に半ば埋もれ、うすらいの溶けた水を吸い、実は新たに芽吹くかもしれぬ。

くらがりにあらあらしきは雛あられ

「あらあらしき」が妙に納得いくのは、一つには雛あられの形状がごつごつしていて色とりどりという処か。雛自体は詠われていないが、あられがあるなら、当然あられを供える雛はあるだろう。くらがりにあるのはあられだけではなく、雛人形も、という事になる。くらがり、あらあらしき、と剣呑さを微妙に含んだ語と、雛との取り合わせは、単に不気味というだけではなく、南北朝の争い、特に吉野の昏さを想起してしまう。

春昼を祀りて殊に猫の神

この猫の神が何なのか、エジプトの猫の女神、バステトを思っても良いが、やはり日本の猫神と読みたい。招き猫の事かとも思うが、あれは縁起物であり、何かの拍子に眷属に昇格するかもしれぬが、神ではない。

猫を祀る神社を調べてみると、宮城県田代島の猫神社、鹿児島市の猫神神社、山形県高畠町の猫の宮などがある。食料、出産、鼠除け、養蚕等に効験ありとされるが、いずれも飼われていた猫を神として祀ったものだ。由来を読めば、いずれも悲しいそれらの猫神を詠むなら、もっと穏やかな季語で良い。

泉鏡花の「春昼・春昼後刻」を思い出させるような、不安と夢幻と狂おしさを密かに蔵した「春昼」である必要はない。掲句から醸し出される微妙な暗さ(それはO音の連なりにもよる)を考えて、初めから神である猫をどこかで読んだ筈、と考えを巡らす。

柳田國男の「遠野物語」(大和書房、1972年刊)中の「遠野物語拾遺」第一七六に、「青笹村の猫川の主は猫だそうな。洪水の時に、この川の水が高みへ打ち上がって、大変な害をすることがあるのは、元来猫は好んで高あがりをするものであるからだといわれている。」とある。

もう一つ思い出すのは、松谷みよ子の「日本の伝説 4」(講談社、昭和45年刊)中にある、「猫岳のねこ」という話。旅人が阿蘇の猫岳(根子岳)に迷い込み、或る屋敷で接待を受ける。実は山猫の首領の棲家であった。年取った女が「私は昔、あなたに飼われていた猫だ。ここに居ると猫にされる」と、旅人を逃がす。女たちが追ってきて、長柄杓で湯を掛けてくる。旅人は町まで遁れるが、『あとになってしらべてみると、耳の下と、すねのところにねこの毛がはえていた。それは、ながびしゃくでかけられた湯のしぶきがかかったところであった。』

猫は二面性を持つ。愛くるしくなつくものでも、魔性を秘めたものでもある。春の昼は明るいように見えて、実は朦朧と暗い。暗いのは、生物の狂おしい繁殖を蔵しているからだ。猫たちも恋し、戦い、騒ぎ、或いは懐妊、出産する。春の昼ほど、猫神を祀るに相応しい時はないように思われてくる。

「春昼を」の「を」が良い。「春昼に」「春昼の」「春昼や」では、景に奥行きが出ない。「を」と置くことにより、春昼の深みが立ち現れる。

猫の子が枕の中を知りたがる

猫の子は好奇心旺盛で、色んなものを嗅いだり引っかいたりする。殊に爪研ぎに定められた物の運命は悲惨だ。一通り匂いを嗅いで興味が無ければ離れてゆくから、掲句ではその先のアクションがあったのだ。猫の子が枕を嗅ぎ回った挙句、爪を立て始めたと読んでみる。枕は人間の頭の匂いが沁みつくから、その匂いが気に入ったのかもしれぬ。

猫の子としては、別に枕の中を知りたいわけではないだろうが、あまりにしつこくやっているので、人間からはそう見える。かように猫と人間の認識は違う。

しかし、猫は人間の知り得ないものも嗅ぎ分けるだろうから、案外、枕の中に我々が一生認識できない何かが潜んでいて、猫だけはそれが気になって仕方ないのかもしれぬ。枕に頭の匂いが沁みるなら、眠っている時の夢や無意識も沁みつくだろう。猫の子はそれが気になるのか。

ぼうたんの闌けたるに蚊のつどふなり

蚊は卵を産む前の雌だけが血を吸うそうで、雄は葉や花や果物の汁を吸うと聞いた。掲句でも、蚊は牡丹の花の汁を吸うために集まっているのだろう。牡丹の花は或る程度経つと、花弁がけだるく広がり初め、やがてバラバラと一気に落ちる。「闌けたる」のだから、もう散る前の牡丹だと分かる。

牡丹の色が知りたいところだが、これは紅、のぞむなら深紅と取りたい。蚊はなべて血を吸う、との先入観から、掲句の牡丹には血の色が欲しいからだ。

くわいじうはひぐれをたふれせんぷうき

今でもそうなのかはテレビを見ないから分からないが、高度成長期の頃、子供たちの日暮の中では、いつも怪獣が倒され、東京タワーは毎日折られては翌日直っていた。クーラーはまだまだ贅沢品で、子供たちは扇風機に向かって「アー」と声を放っていた。高度成長期には未生の作者は、まるで平安の筆跡を見るように、当時を想像し、夢幻の雰囲気を平仮名の連なりに託す。これも「ひぐれを」の「を」が、夕暮れの奥行きを見せている。

風鈴やたくさんの手と喉仏

これを昼と取るか夜と取るかだが、真昼の景と取ると、切実さが増すように思う。沢山の手は風鈴へと伸ばされているのか。「たくさんの」は喉仏にも掛かると読む。その方が惨たらしさが増す。

この喉仏は生きている喉の皮膚の下にあるのだろうか、それとも骨として露出しているのだろうか。火葬の時、仏の形をして白く綺麗に残るから喉仏というのだ。

風鈴が、まるで仏事のお輪のように鳴る。その音に取り合わされる沢山の手と、沢山の喉仏を見ると、掲句は戦争の八月を詠ったようにしか思えなくなる。

霧深く我にしたがふ霧のあり

濃霧の中で自分に従う霧を、敏感に察知したのか。この霧は作者を慕って、ついてきているのだろうか。どこまでも行っても、立ち止まっても霧の中なのは、自分が認識すると世界が生れるように、自分が認識することにより霧が生れるからだろうか。この場には、自分しか外界を認識する者がいないのだ。霧を従えるとは言えども、孤独の句である。

かりがねに冷ゆる深山の鑿鉋

山奥にある作業場の景だろう。これから冬に向けて閉ざすのか。問題は「に」で、これは解釈を二つに分けるための仕掛けだろう。

「かりがねに冷ゆる・深山の鑿鉋」と読めば、雁の声が、深山の鑿鉋を冷やすのだ。「かりがねに・冷ゆる深山の鑿鉋」と読めば、深山あるいは深山の鑿鉋が予め冷えていて、かりがねと取り合わされる。例えば「かりがねや」と上五で切ってしまえば、こういう認識の揺らぎは生まれない。

葡萄枯る地の金色の荒々し

冬の陽光が厳しい気候と相俟って、地を容赦なく隈なく照らしている表現だろう。「枯る」であるから、実際には葡萄は実っていないのだが、「葡萄」「金色」の語が一句中にあると、葡萄の豊かな実が日に輝いている様を思う。冬日が荒々しく金色に輝かせる地に、今は無き葡萄の実りを重ねている、と読んだ。

海鼠嚙む風蝕の日を高く吊り

この句は危うい。風蝕とは、「風が砂を岩石面に吹きつけて、岩石を磨りへらし破壊すること。」(広辞苑)とあるが、太陽が風蝕される事は無いから、これは「風蝕の日において」という意味だろうか。「日々」なら兎も角、風蝕は一日にて成るものではない。

「高く吊り」とあるが、何を吊るのかわからない。句中に出ているもので、高く吊られそうなものは、太陽以外にない。となると、やはり「日」とは太陽の事だろうか。太陽を「吊られている」と観たのか、作者自身が「太陽を吊る」と観じたのか。

上五の「海鼠嚙む」は作者の行為だろう。嚙むほどに味わいの出る海鼠と、風に蝕まれたかの如く力なき冬の太陽との親和性を描いたのだろうか。「高く吊り」を作者の所業と読むなら、荒涼とした景と自分との一体感を現わそうとしたとも取れる。

  怒濤岩を嚙む我を神かと朧の夜  虚子

この虚子の句は、西洋の神を想定するなら万能感の幻想だが、恐らくそうではない。当時の日本人の感覚に沿うなら、鎮魂帰神の概念を、高揚感を以て表したものだと思う。この場合、「神」に対する認識は、西洋の神と人との間における隔絶とも、無神論の傲慢さとも、全く異なっている。虚子の句を思えば、「高く吊り」に窺える高揚感は、或る程度納得できようか。

掲句はギリギリの処で何とか情景を醸している。失敗とも成功ともつかぬ奇妙な句だ。これ以上のぼかし方をすれば、失敗するだろう。奇跡的に神秘の雰囲気が出た句である。それ故にか、妙に忘れ難い。

樹が枯れてゐる真つ白な家の上

実景は家の向こうに葉の落ちた樹があり、その樹の一部が、家の屋根の上に見えているのだろう。だが、家の横でも傍でも向こうでも無く、「上」である。

句の最後、「上」という只一字のために、一瞬、樹と家の屋根は同じ場所で、それぞれ高低を占めているように見える。樹と家は、同じ位置に重なって立つように見えるのだ。樹が家を突き通して、屋根の上に伸びている筈はないのだが。この句は、遠近の認識を問うているか。

あるいは、「樹が枯れてゐる」と「真つ白な家の上」は取り合わせで、別の景なのかもしれぬ。その場合、本当に示したいのは「真つ白な家の上」にある「何か」だろう。その何かとは何なのか、全く手掛かりがない。樹でないのなら、空か、虚ろであろう。そして「真つ白な」という形容は「空白」を想起させるから、家の上の何かとは、意外と虚ろを示しているかもしれぬ。

「真つ白な」の形容に、家は冬自体を象徴するかのようだ。樹が枯れるのは冬の結果である。家を冬の象徴と取るなら、樹の枯れは家の白さと繋がっている。

春は虚の蟻地獄なりすこし掘る

上五の「は」は「とは」の意と読み、春を「虚の蟻地獄」と見立てたと読んだ。暖かな虚ろの中で繰り広げられる鳥獣虫魚の繁殖の苦しさを思えば、なるほど春の世界は、虚という名の蟻地獄か。虚ろの最下部に待ち受けるのは、数多の生殖を終えた後の死か。

ところが、下五では「すこし掘る」と続くのだ。ここで蟻地獄は現実に有るもので、作者がそれを掘るとも読める。では「虚」は、あの俵のような虫、蟻地獄がどこにも見当たらないという事、「主のいない蟻地獄」を示しているのか。

ここで上五中七をまた喩えと読むなら、春とは果てしなく零れゆく逆円錐の擂鉢で、零れ切った後にも、何も待ち受けぬ虚ろが広がるのみという事になる。

句中にはっきりと見られるのは、「すこし掘る」という、作者の行為だけである。だが、蟻地獄という存在自体が虚であるなら、「すこし掘る」行為さえも虚であり、実は無いのかもしれぬ。

鴨去つて春のがらんとしてゐたり

この句も春の虚を現わしている。鴨の群が一斉に発ち、羽搏きの騒がしさがひとしきり空間に満ちた後、「がらんと」した空間に変ずる。その空間自体を春と観じたのだ。

空腹が蝶を無残に見せてゐる

この空腹は誰の空腹なのか。作者か蝶かのいずれかだが、作者が空腹なために蝶が無残に見えるのは無理があるし、第一、詩的に美しくない。これは蝶の空腹と読みたい。

餓えている蝶が無残に見えるのは、作者が蝶ならば分かるだろうが、蝶が空腹かどうか、どうして人間にわかるのか。一つは、作者が荘子の夢の如く、蝶と変じたから、蝶の空腹が分かる。もう一つは、蝶のありさまを虚ろと感じ、空腹と観た。

蝶を虚ろと観るのは、作者の抱く虚ろが蝶に投影されたから、「無残」なる言葉が置かれる。作者が己の虚ろを無残と感じているからだ。となれば、蝶は作者の心情の具現化と見える。蝶が人の魂に喩えられる事を思えば、蝶は作者の魂か。先に挙げた荘子の「胡蝶の夢」を現実に味わったのか。

流れつくものに海市の組み上がる

「流れつくもの」だから、波打際に、作者の足下にあるのだろう。
海月、海藻、流木、石、空瓶、文明の諸々のゴミ。一方で、海市は遙かな沖に立つ。「流れつくもの」と「海市」を関係づけているものは「に」である。微妙にずらした助詞の使い方によって、現実にはあり得ない関係性を作る技法だ。

海市は陸地の山や都市の鏡像が浮かび上がるものであって、海岸に漂着した物の集積など、海市となるには小さすぎる。これは足下の漂着物の集積を見下ろした時に、その集積の有様が都市に似ていると思ったのだろう。一方で、沖はるかな海市が、都市の鏡像である事は、周知の事実だ。

作者の認識においては、漂着物の集積の鏡像を、海市であると観ても良いと思ったのだ。何故なら、漂着物は自然物と文明の廃棄物によって組み上がり、海市もまた現実の都市や山の組み合わさった鏡像であるからだ。漂着物と海市は、どちらも文明の産物を大いに含むという点においては同じである。その大きさと、触れ得るか否かに於いて、違うだけだ。

〈波打際という地上にある作者の眼〉と〈作者が認識する海市〉との関係は、〈漂着物〉と〈現実に見える海市〉の関係に相応する。ここで作者もまた流れ着くものであり、作者自身の眼差し、ひいては作者の鏡像が、海市の構築物の一つであるという読みも出来る。波打際と沖の間に、認識を歪ませる巨大な鏡が立つようにも読める。

箱庭のつまびらかなる木陰かな

「つまびらかなる」は箱庭に掛かるだろうから、細かいところまで丁寧に精巧に作ってある箱庭が木陰にある、と読める。

ところが、「箱庭の」で一旦切れると読むと、「つまびらかなる」は木陰に掛かり、箱庭の中の木陰がつまびらか、つまり、箱庭の中の地面に、葉や枝の影が細かいところまで映っている、とも取れる。

更には箱庭の中に映っている木陰は、箱庭の中にある木の影か、それとも箱庭の外にある木の影か、と読みが分かれて来る。

木陰は果たして箱庭の中だけのものなのか、箱庭を含んだ辺り全体を覆っているのか、その木陰の正体は、と考えている内に、読み手はいつの間にか、自分が箱庭の外に居るのか、内に居るのか、わからなくなる。

川音や次第に見えて蜘蛛の糸

川音は恒久に続くものだ。人間にとっては永遠に等しくも感じられる音に耳を預けていると、今迄は見えなかった蜘蛛の糸が「次第に見えて」きた。永遠の音の中に身を置き続けて、初めて見えて来る蜘蛛の糸は、恐ろしい。蜘蛛の糸は儚く日を照り返して、視界をよぎっている。

をみならの白き日傘の遠忌かな

遠忌とは、五十回忌や百回忌など遠い忌の事だが、一般には五十回忌で位牌を片付け、以後、先祖累代の位牌となる。掲句は、宗祖の忌か、貴族の忌だろう。

「をみなら」は、全国から集まって来る善女だろう。晴天の下、みな白日傘を掲げ、寺へと向かう。白日傘が陽を照り返し、行く道も、向かう門も、寺の屋根瓦も、何もかもが眩しい。

遙か昔から続く忌へと赴く女たちも、その道程も、日の熱気にかげろうようだ。「遠忌」の「遠」が道のりの遠さを暗示するようにも思え、女たちは一回忌から現在の遠忌に到るまでの遙かな時間の道のりを行くのだろうか。そんな錯覚も生ずる。

雨の日の爪きよからに扇かな

扇を使う手の爪だけがクローズアップされている。美しい、透き通るような爪だろう。雨の日の薄暗い湿気の中で、殊に目の洗われるような清浄さだ。雨粒を爪の形に伸ばしたように見えているのかもしれぬ。そういう爪を持ち、扇を使う姿態の、全体に濡れたような透明さが思われる。

雨粒を涼しく濡らす雨なりけり

地上に落ちた雨粒は、地に属した瞬間に、空から降る途中の雨とは違う性質を持つかのようだ。地にまだ属していない雨は、地に属した雨よりも「涼し」いのだろう。逆に言えば、地に属した雨は最早、本来の涼しさを失っているという事だ。

きらきらと日焼の雨を帰りけり

上五と日焼の組み合わせに、きらきらした青春の健康な肌色を思う。「きらきらと」が下五の「帰りけり」に掛かるなら、まさに若人が「きらきらと」元気に帰ってゆくのだろう。

しかし、「きらきら」と「日焼」が雨の形容とも読める。となると、この雨は日照雨、晴れの中で降り、雨粒は日の光にきらきらと輝きつつ注ぐ。陽光の中、きらきらと降る雨が、若者の日焼けした肌を彩る。

まなざしのあふれるまくなぎのまひる

まくなぎは、めまといとも呼ばれるように、まとわりつかれると視界に不快だ。まくなぎには、「目くばせ、またたき」の意もある。句中のまくなぎは虫の群だろうが、上五に「まなざし」とあるから、目くばせする瞬きの群のようにも思えて来る。

「あふれる」は上五の「まなざし」にも掛かり、「まくなぎ」にも掛かるように見える。「あふれる」を橋として「まなざし」と「まくなぎ」は同じものに思えてくるのだ。

「まひる」であるから何もかもはっきりと見えている筈だが、その明瞭な視界の中であふれているのが、眼差しなのか虫の群なのか、何が瞬きながら目くばせしているのか、既に明瞭な認識が出来ない。

a音の連なり、殊に句中に三度続く「ま」は、渦を巻くようにも聴こえる。平仮名表記は、眩暈のような認識のずれの果てに、事物の輪郭が溶け、リズムだけになりゆく観を与える。

蟻に降るあらゆるもののたそがれて

この句も二つの読みが可能だ。一つは、上五で切る場合。あらゆるものは黄昏れてから、(もしかしたら黄昏れた結果として)蟻に降る。
この場合、蟻に降るものは、夜のとばりが徐々に下りるが如く、蟻に降る。あらゆるものは蟻にではなく、黄昏という時間に寄り添って降る。

もう一つは、上五で切らず、下五の前で一呼吸置く。蟻に降るあらゆるものに、黄昏がやって来る。降るもの達は、蟻と共に黄昏を迎える。

ここで「あらゆるもの」(それは世界と言って良い)は、黄昏という時間に沿っているのか、それとも蟻という生き物に沿っているのか、どちらの認識に立てばよいのか、という問いが湧く。世界は私の認識に沿って存在するのか、それとも時間軸に沿って私とは関係なく存在するのか。

蝶に似し茸や此処も風が吹く

「蝶に似し茸」とは、その通りの意味だ。その茸が生えている処にも風が吹いている。それだけのことだが、中七の「や」には詠嘆の感があり、「此処も」の「も」には軽い驚きがある。茸が生えているくらいだから、風のあまり通らない薄暗い処だろう。こんなところにも風が吹く、という驚きだ。この茸が蝶と化して飛んでいってしまうかもしれぬという思いも見える。茸の形態が、風を呼ぶのか。

ひとり寝てしばらく海のきりぎりす

きりぎりすは浜か、浜に隣り合った叢で鳴いているのだろう。「しばらく」とあるから、独り寝の眠りに入るまでの茫洋とした中に、波音ときりぎりすの声が分かち難く入り交じる。

「海の」というが、きりぎりすが海に居る訳はない。だが、眼を閉じた暗闇の中で、波音ときりぎりす、今宵の海と陸をそれぞれ代表する音が入り交じることにより、眠りの入口で海と陸が溶け合う。自分が海に居るのか陸に居るのかも判らない、その心地よい寂しさの源を、「海のきりぎりす」に託した。海の中で鳴くきりぎりすは、作者の心かもしれぬ。

陶枕の雲の冷えともつかぬもの

陶枕に雲が描かれているのだろうか。陶枕の冷ややかな感触を、描かれている雲の温度と感じたか。家の内には陶枕があり、戸外の空には夜に冷えた雲が浮かぶ。窓から空を見上げると、頭下の陶枕の冷えは、空の雲の冷えでもあるように思われてくる。

さて、自分は何処に寝ているのか、屋内か、それとも空の真中に雲を枕に寝ているのだろうか。

月の暈ひらきつくしし通草かな

月の暈は「ひらきつくしし」だから、月を霞ませて空にぼんやりと大きく広がっているのだろう。通草は熟すと大きく開く。とろりとした灰色がかった白の中に、点々と小さな黒い種が浮かぶ。「ひらきつくしし」は通草の状態をも思わせる。

ここで月の暈と、通草の開いた実が重なる。月の暈が空の暗さと溶け合うさまは、通草の暗い白の果肉かもしれず、通草の熟した実から滴る甘い汁は、実は月の光かもしれぬ。

彫櫛の花喰ふ蛇も野分かな

彫櫛(えりぐし)に花が彫られている事は判る。問題は蛇で、この蛇は花と同じく文様として櫛に彫られているのか、それとも櫛とは別に蛇は居て(櫛の文様の世界の外側に居て)、櫛に彫られた花を喰っているのか。

下五まで読むと、野分が出て来る。野分を行く人の髪に、花喰う蛇の文様が彫られた櫛があると読めば、日常の句である。〈櫛の紋様である花〉を喰う蛇が、櫛の外側に居るとすれば、かなり異様な句となる。中七の最後の「も」がそのまま野分に繋がると読めば、蛇は実は野分である、蛇は野分と化すとも、野分は蛇と化すとも読める。

蛇の正体はついに判然としない。文様の蛇なのか、現実の蛇なのか、それとも霊的な蛇が野分より変じ、再び野分と化して去るのか。

ゆふべより蛇をやしなふ水の秋

くちなはの来し方に日の枯れてゐる

餓ゑつくす蛇の眠りはみずのやう

蛇の句を挙げてみた。三句並べると、蛇は水によって生きているかに思えて来る。

一句目では、下五の「水の秋」で切れるなら、作者が蛇を養っているのだが、下五が上五中七と繋がるように読むなら、「水」または「水の秋」が蛇を養っている。

二句目では、枯れた太陽を蛇のはるか後方に置いて、太陽も、太陽が照らすものも、悉く枯れているような印象を抱かせる。蛇だけが自在にこちらへ来るのは、太陽の潤いさえも蛇が吸ったのか。

三句目では蛇は餓え尽し眠っているが、その眠りは水と類似している。蛇と水に親和性があるのは、両者の動きに依るのだろう。蛇も水も共に、その動きは自在だ。餓えが極限に達した蛇は、その眠りから水と化しても良く、水と化してもその動きは、今までの蛇にも増して自在だろう。蛇は本来、水なのか、水が変じて蛇となるのか、そんな想像さえも浮かぶ。

一月をうちあげられしうつぼかな

このうつぼは、一月という時節の霊性を背負って打ち揚げられていると思う。長く一の字に横たわっているのだろう。一月は神が関わるので荒々しさをも含む月だ。うつぼは、海の神の荒々しさと霊性を一身に体現して、陸へ来たのだろうか。

上五の「を」が利いている。これが「一月に」や「一月の」では単なる説明だ。「一月を」で、一月という時間が、まるで空間として認識されるかのような奥行きが出る。

大虚子の寒の見舞の字のそよろ

「そよろ」には二つの意があって、一つには「しずしず」、もう一つは「かすかな音」。虚子の間近に坐して、紙に筆を滑らす虚子の姿勢を写生した如く読める。虚子の嗜んだ能の足さばきのように進む筆先と、筆が紙に触れる音を同時に表現している。

  大寒や見舞に行けば死んでをり  虚子

  大寒の埃の如く人死ぬる     同

この二句を踏まえているだろう。虚子の句には、知り合いの死に対するとき山の如く動かず、凝っと観ている様を思う。二句目など、老子の「藁の犬」の喩えそのままだ。

掲句は虚子の内面、ほぼ動かざる水面の、微かな波のような思いを「そよろ」と捉えている。「大虚子」と、恬淡に言う処も良い。

虚子が稀代の大器である事に議論の余地も無かろうが、「好き」と言う人と同じくらい「嫌い」と言う人もいる。好きと言い嫌いと言うも、一つの感情の方向の違いに過ぎず(愛の反対は憎悪ではなく、無関心であるから)、どちらも虚子に揺さぶられている事に変わりはない。

「俳句はこの戦争に何の影響も受けませんでした」と言い切る虚子は、或る意味、善悪の彼岸にある。その虚子のおそるべき「大」を認めつつ、なおその筆先を「そよろ」と観た。

ひいふつとゆふまぐれくる氷かな

「ひい」は矢の飛ぶ音、「ふつ」は的に当たった音。この「ひいふつと」は平家物語によく登場する。諸本により「ひいふつ」また「ひやうふつ」「ひやうはた」等、擬音語に相違がある。掲句では、一番涼し気で、きりりとした擬音を用いたのだろう。

掲句は夕時であるから、那須与市が舟上の扇を射た話を敷いていると見た。夕べの沖より平家の舟が、紅に金の日を描いた扇を掲げ来る。那須与一が扇の要を射切って、扇は空に舞い上がる。

掲句であるが、これが「ひい」だけであれば、つるべ落としよりももっと早く、矢のごとく陽が沈むさまであろうが、「ふつ」と的に当たった音が来る。となれば、夕日にひらひらと舞い落ちる扇を思う。

夕空は天心の方から藍色となり、茜色が地平へと沈みゆくにつれ、藍は広がり降りて来る。その様を、金の日を捺した紅の扇が舞い落ちるように見たのか。

冬の夕闇の寒さを「氷」と手触りが出るように表現したのか。或いはいきなりの日没の、何かの射貫かれたような容赦ない感触、更に射貫かれた何かが落ちゆくような感触を「氷」と、硬い透明な物に喩えたのか。

氷は最初から情景の中に存在していて、夕間暮れという時間が氷に到達した、その瞬間の触感、氷が日没と共に本来の冷たさを取り戻す瞬間を、「ひいふつ」と示したか。

あるいは那須与市から離れて読むなら、矢が何かを射た、その感触のごとく夕間暮れが来る、とも取れる。夕間暮れ、とは夕暮れになって目の前が暗くなることであるから、何かに射貫かれたかのように、たったいま矢の当たった感触の如くに、言い換えるなら、作者が死に参入するが如く、夕の暗さが来るとも読める。

掲句の場合、「ひいふつと」なる擬音において、中心となり締めとなるのは、経過としての「ひい」ではなく、結果としての「ふつ」である。

先に那須与一の扇を挙げたが、平家物語で探すなら、鵺の射られた描写でも、兵の射殺された描写でも良い。その場合、「ふつ」には死が(即死しないなら生命の終わりの始まりが)、描写されている事になる。

氷とは何だろう。単に氷と言えば、氷柱や厚氷や氷面鏡などの諸々の氷の季語を一括りに代表する季語だ。気温の低下によってもたらされる、水の凝結した状態全てを表す。

ここでもう一度、「ひいふつ」なる擬音について考えると、「ひい」は矢の飛ぶ音、「ふつ」は矢が目標に当たった音。となれば、那須与一と扇のような例を除けば、大概、矢は奪命のために放たれ到達する。「ひいふつ」は、死をもたらした瞬間の音とも解釈できる。

自在に動く水が凝結し氷となる、それは生が死となる様にも喩えられるか。「ひいふつと」なる擬音により、この世からかの世へと移行する時間としての夕暮れを表したのか。

花の句を挙げてみる。死のイメージというよりは、かの世とこの世の間に漂うイメージ。「花」はそんなイメージを作者から引き出すようだ。

こもりくの田に遊ぶ狆花まみれ

「こもりく」は枕詞で「初瀬」に掛かり、四方に山の迫った閉ざされた土地と云う意味。初瀬に「身が果つ」(死ぬ)の意ありという。こもりくはまた、「したびの国」(黄泉)の枕詞でもある。

だが、田んぼで花まみれになって遊ぶ狆は平穏で優しい。この田も花も狆も、かの世に属するものだから、平穏で優しく描かれるのか。もしそうならば、その描写は、かの世に対する作者の願望、夢であろう。

「狆」は和製漢字と聞く。猫のように小さいことから犬と猫の中間にあるけものという意味らしい。となれば、狆自体が犬と猫の間を彷徨う獣なのだ。

花を焚くけむりが西へ秋の声

「西へ」行くのだから、煙は西方浄土を目指すのだろう。煙のたなびきを「秋の声」と観じ、花を焚く音を「秋の声」と聴いたのか。秋だから、この花は桜では無かろう。華やかなものが焚かれる寂しさが、「秋の声」に通じるのか。これが供花なら、淋しい安らぎを思わせる。

貼りつきし花びらの朱に蛭乾く

蛭は餓え切っていたのだろう。地面か石かに貼りついた花弁の、その朱を血と観ずるほど飢えて、朱に縋ったまま渇えて乾いた。花弁は蛭を載せたまま、共に乾くだろう。両者ともに紙の如く乾き切れば、やがて花と蛭の区別もつかぬ。

蜘蛛の囲に花の連なる涅槃かな

涅槃会が寺で行われていて、庭の隅に蜘蛛の巣が掛かっている。その巣に落花が引っかかっていると読めば、一応の写生句だが、実はもっと深く、涅槃へ至る行為を探っていると読める。

蜘蛛の囲に掛かるのは、蜘蛛にしてみれば、食い物である虫が一番有難い。掲句では花、恐らくは桜である。めでたさと死を同時に内蔵するこの花に蜘蛛が養われようとするなら、それが厳しくも涅槃へ至る景と見えよう。

「連なる」と詠めば、或る規則性を以て花が並んでいるようにも見える。蜘蛛の囲全体を、一つの曼荼羅と観る事もできる。蜘蛛が巣の中心に、空腹に耐えて鎮まっているなら、蜘蛛は仏になろうと試みているのだろうか。

花浴びの音うれしさよ甘茶仏

「花浴びの音」というが、降る花は音を立てぬ。掲句にある音は、誕生仏に甘茶を掛ける際の微かな水音だ。それを「花浴びの音」と聴き換えた。

この聴き換えにより、甘茶と花は、仏を讃えるものとして通じ合い、互いに変化する。花は甘茶であり、甘茶は花である。先に挙げた蜘蛛の句と合わせて読むと、感慨深い。

掲句は三つ切れ、つまり、「花浴びの音・うれしさよ・甘茶仏」と、それぞれ切れるのだろうか。嬉しさがどこに属するのか、この嬉しさを感じているのが、誰または何なのかが判らない。「音のうれしき」でも「音うれしけれ」でもない。「うれしさよ」という感情だけが、どこにも属さずに浮遊する仕掛けだろうか。

花びらを凍てのぼりゆく夢はじめ

この花を桜とすれば寒桜だが、桜と読んでも、何の花とも知れぬ花弁と読んでも差し支えないだろう。桜ならクローズアップされた景だ。

花弁がゆっくりと凍ってゆく、その経過の美しさを、「夢はじめ」と観じた。自身が眠りに落ち、夢が始まる有様を、花弁の凍りゆくように感じたのか。

眠りとは一旦かの世に入る事だ。この世とかの世のあわいに居て、花弁が凍りはじめるのを見ている。花弁のような瞼の裏の、静かな眼を思う。

「凍て」を名詞ではなく動詞と読む事も出来る。その場合、「凍てのぼりゆく」を、凍がのぼりゆくのではなく、作者が凍てながら花弁をのぼりゆく、と解釈する事も出来る。

湯瘦して蓮見のこゑの中に立つ

湯につかり過ぎ、湯あたりして痩せたのだ。痩せるほどだから、さぞ毒も抜けただろう。軽くなった、少し重心の定まらない身で、蓮を見に行く。早朝である。蓮見の人々の、俗世の声の中で、それらの声から、自分が少し離れているような思いで、蓮を観ている。人々は「こゑ」と認識されていて、その姿は描かれていない。作者の眼には蓮の花、極楽の仏の花だけが映っているからだ。

永き日の椅子ありあまる中にをり

上五の季語の、寂しい暖かな、だが昏さを内蔵した長い時の中、作者は椅子に囲まれている。「ありあまる」のだから、何処に座っても良いわけだ。「をり」とあるだけで、立っているのか座っているのかは判らない。座っていると読む方が安心する向きもあるだろうし、立っていると読んで希望を見出すも可能だ。

一つの「椅子」が、一つの事柄に対する一つの認識であるなら、「ありあまる椅子」とは、数多の異なる認識である。

外界の存在も、外界の事物と内面の事柄も、自在に揺れ動き、置き換えられ、融け合い、映し合う。言葉は蛇のごとく水のごとく自在に流れ、それぞれの事物の固有の領域を超え、数ある視差を渡り行き、多くの視点を同時に得ようとする。

そういう認識の仕方を表現してきた作者に、ここで良し、と座る椅子、腰を落ち着ける陣営は無いと思いたい。私は「立っている」と読みたい。ひとり立っている事こそが、詩人の特権だからだ。

ありあまる椅子の存在を認識しつつも、(椅子への着席によって得られる)どんなイデオロギーにもカテゴリーにも属さず、佇んでいてくれればと思う。吹かれ散らぬ海市のように、矛盾した存在として。その姿勢が未来には、この世かの世を包含する曼荼羅のような句群として、結実すれば良い。


安里琉太『式日』2020年2月/左右社

2020-07-05

崎原風子読書会 ゆたかな等高線へ〔後篇〕

崎原風子読書会
ゆたかな等高線へ〔後篇〕


小川:ではⅢ章に行きたいと思います。三世川さんお願いします。

三世川:まず自分が頂いた句〈い。そこに薄明し熟れない一個の梨〉なんですが、「い。」がなくても成立すると思うんですね。古く言えば吉岡実の「静物」の一節にみるような作品だと思います。そこに「い」というひきつったような音が入るだけで、観念性のようなものがぽんと否定されます。ですから読み側に肉感性みたいなものが喚起されて、観念性に終わらない面白さがあると思って頂きました。

8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ〉ですが、上五中七までのひどく抽象的な言葉と8という形があって、それとプレテキストとして三鬼の作品があると。中七までの抽象的な言葉、形に対していきなり「卵生ヒロシマ」という、ものすごくなまなましい存在感がぽんと対峙しているというところが面白くいただきました。「卵生ヒロシマ」と断ち切ったような韻律も生々しさを強調していると思います。

ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器〉ですが何もない静謐な時間空間が存在していて、その中に揺蕩うような緩やかな韻律があり、その中に身を置いてみたいなと。正確な意味の言葉ではないですが、ゆったりとした流れの中の実存感みたいなものにひかれていただきました。

小川:い。そこに薄明し熟れない一個の梨〉〈8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ〉〈ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器〉。どれも物が書かれていますが、透明で不思議な時空間に包まれているように感じます。そこに確かな存在感があるのですが、輪郭線だけが書いてある感じ。一個の梨があるけれど薄明してしまって眩しくて見えなそうだけれど見えるみたいな。〈い。そこに薄明し熟れない一個の梨〉の「い。」は新しい切れを模索したのだと私は思います。

8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ〉は、未来は希望があるだろう、進化していくだろうという時代の句だと感じます。戦後はめざましく復興し、未来はきっと良くなるだろうという時代の空気を、日本に住んでいなくとも崎原は共有していたのではないでしょうか。

ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器〉は、これも大きな容器と書いてあるんですが、輪郭線だけが見えて、そのものはただ揺蕩っていて、はっきりとは見えないような質感が好きです。

外山:Ⅲ章「もっと遥かな8へ」の中で言うと、〈い。そこに薄明し熟れない一個の梨〉かなと。「い。」というのは一体何なのか。そこがよく分からないわけです。無理やりに紐づけようとするなら、脚韻と言えば言えるけれど。じゃあ他の奴はどうかといえばそうなっていないし。わざとやっているとは思えない。そうではなくて、薄明する梨の質感を一言で言い表すために、「い。」という母音に質感を持ち込んで、集約させようとしたんじゃないか。あるいは「い。」から転換してイメージしたものなのかなと。脚韻が成立しているとするなら、そういうときの手掛かりとしてたまたまそういう風に展開していったのではないかなと。

梨の句は他にも〈梨の木に梨女の寂しい球体感〉という句もあります。「梨の木に梨」で切れていると思ったけど、これって梨に意味を載せようとしている。それがかえってそれが息苦しい感じに見せている。あまり読みの意味が広がらないようになっている。対して〈い。そこに薄明し熟れない一個の梨〉の方はそれを脱色していこうとしています。

またⅢ章のタイトルに数字の8を使っていることについていうと、まず「寝棺」の〈八月おまえは太陽と肺反芻する〉では「八」に意味を載せようとしているような気がします。「八月」って日本の感覚だと暑いとか戦争とか、ましては沖縄であれば戦争の記憶というのがどうしても来る。でもアルゼンチンでしたら普通冬で、というか冬が終わったころですよね、むしろ。全然違うわけですよね。漢字で書くことによって日本あるいは沖縄の「八月」を思わせつつ、でも実体としては本来の日本の「八月」からは遊離して空洞化してしまっているような感じで置かれている。その言葉の使い方というか、言葉を脱色、空虚にする感じって言うのが、Ⅲ章になっていくとより加速していくのかなと思います。

Ⅲ章は他にいろいろありますけど〈肉ったような空 う。たとえば年齢集団〉とかは、正直加藤郁乎とかを知っていれば、ああこの程度かっていう感じかっていう感じがすると思うんですよ。この程度の表現であれば、加藤郁乎はとっくに乗り越えている表現であって、この程度をやるのであれば別に表現者としての革新性というのは無いだろうと思います。

ただ、崎原風子がすごいのは、加藤郁乎がたどり着いたときの道筋とは違うところからここにたどりついていると思われるところです。こういう言葉遣い、ただのダジャレとも違う、加藤郁乎の場合はそれを俳諧っていうところからもってきているんじゃないか。郁乎は前衛詩とか色々、日本の詩、俳句、俳諧の文脈からたどり着いているんですけど、崎原風子がここにこういう言い方を持ってくるっていうのは、それとは違う言葉の探り方をしていってたまたま同じような感じに見えちゃうようなレトリックがここに現れてきている感じがするんですよね。だからこれが、単にああこんなの古いよねとか見たことあるよねですませるのはなんか違うよねと思いました。

あとは最後に自分がとったものでいうと、〈8から見えるかーんかーんと犬の昼〉。自分直感的に都市の風景なのかなと思ったんですけど、これは言葉遣いとかは関係なく、すごくモダンというか、貧しさとかも漂っているけれど、もうちょっとモダンな風景なんだろうなと感じました。それは数字の8を置いた抽象的な空間みたいなものが匂わせられているからかなと。これはアルゼンチンだとかなんだとか関係なく、非常に面白い句だなと思いました。以上です。

小川:柳元さんいかがですか。

柳元:メジャーな句を少し避けて選びました。〈〈赤い犬〉というジン嚥下するレー時間〉ですね。「赤い犬」というのがラテンアメリカにおいてどういう意味を持つのか分からないけれど、赤は共産主義だったり、犬は権力に媚びへつらうものを意味したりするだろうと思います。そういう名前のジンは土地の諸々を引き受けている感じがします。「レー時間」という一見恣意的な言葉と、アルコール度数が高いものを飲み下したときの火照るような身体性の合致が面白いと思いました。その一方、外山さんとの話ともつながると思いますけど、「レー時間」という音の言い当て方は崎原風子が独立して行っていたかはわからないなと。

南魚座や寝棺をみると日本の俳句シーンを踏まえながら書いている気もします。崎原風子が編集発行人をしていた「あるぜんちん日本文藝」は沖縄や日本の文壇との繋がりが深かったとききますし、毎号「海程」を読んでいたならいくらアルゼンチンといえどどれほど隔絶していたかは疑問です。阿部完一の「ポー地方」みたいな表現史と、どれほど距離感があったかはなんとも言えないなと思います。

それから〈8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ〉〈Dの視野にあるヒロシマの椅子の椅子〉など、カタカナ書きの広島は原爆が投下された場所としての俳枕、歌まくらになってしまっている。そういう表象の態度の話になりますが、中央にいる人間が書くと不用意に見えるというか、一般的にはどれだけ広島に覚悟があるんだろうという議論になるわけですよね。ここでは広島は、俳枕や歌まくらとして、言葉のパワーとしてだけ借用しているわけで、文学の言葉として使われているわけです。ある種の暴力だとも思うわけですが、こういうことはアルゼンチン的な異郷において、トリックスター的なポジションにいないと出来なかったのかなと。

石川:今のヒロシマの句の話ですが、わたしは採れなかったかなあ。この句をこの人が作る必然みたいなものを考えたときに、アルゼンチンにいたということを差し引いても、相対的に他の句より観念的に見えてしまって。

私が採ったのは〈ン。洪水の記憶が石のようにとぶ〉なんですけど、さっき楓子さんが新しい切れの場所を模索していたんだろうとおっしゃっていて、なるほどなと思ったんです。妙なものが挿入される位置はいろいろあるんですけど、一番頭に入ってるパターンが多くて、違和感のある切れを模索した結果、ここになったのかなあ、と。細かく見ていくと、句によって試しているものが違う気もしますが、基本的には自分の外部、あるいは俳句の型の外部から侵入してくる音やイメージをどう取り込むかという問題意識があったんだろうなと思いました。

ン。洪水の記憶が石のようにとぶ〉に関しては、先ほどお話に出ていた〈い。そこに薄明し熟れない一個の梨〉と違って、「ン」の音がそれ以降全く出てこない。韻律的に引き出してきたものではないと思うんです。「ン」の解釈が難しいので一旦飛ばして続きを読むと、石が水の上を飛ぶ、いわゆる水切りのイメージが先にある。でも、この句では、洪水の側が石のように飛んでいるので、イメージが逆転しているんですね。自分の意識の中で、洪水という大きなものと、石という小さなものが混乱している感じでしょうか。そこから「ン」に戻って考えると、うーん、難しいですね、自分が知覚している以外のものが、それこそ水切りの石のように、頭の中を掠めていく感じなんでしょうか。

もうひとつ私がとった句は〈水は空にヨハン・クイナウ歩道橋〉。「水は空に」ということは、水を放ったような空模様なのかな、歩道橋だから空に近いのかな。でもそういう意味で辿るんじゃなくて、「ヨハン・クイナウ歩道橋」っていう音そのものだけで句を成り立たせようという意思を感じます。Ⅲ章の後半には、Ⅰ章Ⅱ章ではあまり見られなかった、音の快感に奉仕しているような句が出てきています。個人的には、〈卵生ヒロシマ〉のように意味ありげな句より、意味を手放して音だけになっている句の方が、Ⅲ章では読みやすかったです。

安里:崎原風子の名誉を守るために(笑)というか、風子の目的や方法の意図が分かり辛い点もあると思うので、読みの補助線として幾つか風子の文章を紹介させてください。

1976年の『海程』に風子自身がエッセイを発表していて、当時の句の方向性や試みのようなものを書いています。一つは、「私がユメみる俳句」というかたちで風子が書き出しているのですが、
私がユメみる俳句、そこでは意味的、有機的な性格が拒否されているのだろう。私はコトバを切断したり物体をはさみこんでコトバの意味も肉体も変質させなければならない。意味の外側にあってそれ自体で充足し得る無意味の意味を抽き出しさらにその無意味を自分からできるだけ遠くにほうり出さねばならぬ。
と書いています。意味性や有機性みたいなものの拒否を志向しているという補助線が用意できるかなと思います。もう一つ、「う。」とか「ふ。」とかと繋がるかなというものとして、同年1976年の『海程』に風子自身の地下鉄での体験をもとに書いた文章があります。
地下電車の中で他人の会話が、つまりコトバが私を刺激するには次の条件が必要だった。a.それは私にとって未知の人の会話でなければならない(知人についての私の知識は必ず私の想像力を縛ってしまう)。b.外部の風景が遮断されていること(風景はつねに何かを語りかけてくるから会話の中から生まれてくる像の独立性を邪魔する)。c.地下電車のスピードを感じること(もっと精しくいうと暗いトンネルの中でのスピードを感じること)
と、すごく独特な方法論が意識されているなぁと。地下電車のトンネルの中でスピードを感じる、暗所とか閉所っていうところでスピードを感じるっていうところ。こういうところで「う。」とかすべてを意味づけるのは良いとは思いませんけれども、ここから考えた時に、石川さんがおっしゃっていた他者からの音の流入というのは、非常にこうした観点からすると頷いた次第でした。そういったところで私が二句選んだのが〈う。夜明け前のうすい肉親それらの離陸〉〈ふ。しあわせな幼年のねじ式の空〉です。

音の切れ方が独特なのかなあと。韻の話を外山さんがされていたと思いますが、〈う。夜明け前のうすい肉親それらの離陸〉は音も引いている感じがしていて、「う。」、「うすい」の「う」、「離陸」で最後に母音「う」がきている。風子が書いた文章などプレテキストがないと試みが分かり辛いというところもあって、そういうのを知らないときに、私としては文から抜いてきたのかなという印象がちょっとあって、〈う。夜明け前のうすい肉親それらの離陸〉の前に一文あって、そこからぱっと抜いてきたような。そう見ると「う。」とか、文の最後、言葉の終わりとして、それが聞こえていてもいいのかなと思い、はじめは読んでいました。「~だろう」とか。

アルゼンチンの風子が自分の知らない人ばかりのところで、そこの言葉を翻訳して書く。この翻訳して書く、というところをこの実験ではどういう枠組みで考えたのかは興味がありますが、「う。」とかは日本語で考えた時に「~しましょう」とか、終わりに来るかなというか、

一方「ふ。」は音の千切れ方として変というか。文語で「たまふ」とか「わらふ」と書きますけど。どういった風に外界から流れ込んできたのかなと。「う」と「ふ」では結構違うというか。声を筆記するということを風子が考えていても、結局それが書かれたものであると思えてしまう。

ニッチな疑問になってしまいますが、この時代の海程のなかで阿部完市もいて実験的な方法の思索があったことは簡単に想像してしまうのですが、声を書くみたいなそういう方法論の流行りがあったのかなと想像して、読んだ次第でした。句点じゃなくて一字空けでよくないか?と思ったりもしますけど、そういう区切り方への細かいこだわりみたいなものがどこから意識されたのかという興味もありました。

〈卵生ヒロシマ〉の句については、〈8月〉をアルゼンチンに据えて考えるのは思いつかなかった読みだなと思いました。意味性の濃淡でいうと8月はすごく意味を持っているというか、風子が狙っていた意味性の剥奪というよりは強く8月のイメージから始まっているというか、8月という言葉がすごく他の言葉に流入する。目的と違う所に向いている感じがして興味深かったです。

8月は、日本的な季語として考えた時に広島や長崎、敗戦を思い浮かべますけど、沖縄だったら6月23日が沖縄忌だったりします。沖縄忌は確か65年くらいから6月23日に制定されるので、書かれた年代を照らし合わせてもやっぱり6月に追悼のイメージをもっていても齟齬があるわけではない。

ただここでは8月で、この8月は、アルゼンチン、日本、沖縄、或いは喪のイメージ、弔いのイメージなどの項と一緒に換算した場合、どう捉えられていたのか。風子のライフヒストリーを参照すれば、戦争中は宮崎県の高鍋に疎開していて、原爆が落ちたその日も疎開先の高鍋にいた。辻本さんの著書ではその日の記憶が書き留められているのですが、そういった広島への興味と、8月の意味性がここで強出てきたっていうのは興味深く思った次第です。

そういった調子でこのときの試みの特異点としてあと二つ選んでいて、〈象1頭の心象都市や時間の鋸歯〉は、この「や」は並列助詞として繋いでいるのか、切れ字なのか判然としなかった。切れ字の方が個人的には面白い気がする。並列なんですかね、その辺が分かりづらかったですけど。

この強い名詞が積んである感じ後半の〈8から見えるかーんかーんと犬の昼〉とか〈シャワーのうしろのあかつき家畜のような月〉〈重量8ミリーのあさのながい海岸線〉とかの柔らかい感じの句とはちょっと違う気がする。柔らかい句で使われている「あかつき」や「あさ」の一方、風子の語彙として漢語の「薄明」という言葉もよく使われていたと思います。ここでは「あかつき」や「あさ」で柔らかい。それと比べると急に硬いなと思いました。

最後〈薄みどりの頭蓋と地球自転あり〉はこれは、「沖縄」の俳句の視座から考えて、もう完全に個人的な興味なんですけれども、沖縄に野ざらし延男という俳人がいて〈コロコロと腹虫の哭く地球の自転〉とか〈父母うすく眠るしくしく切り身の紙〉とかを書いている。同じ『海程』同人として風子とモチーフの交流が見られるのではないか。「自転」とかは前半あまり見なかった気がします。並びのなかで突飛な感じがして、そういう流入があったのかもと興味深くて選びました。

寺井:正直「もっとはるかな8へ」はちょっとわからない句が多くて、これまで自分が読んできた文脈で理解できるものを選んでしまったところが多くて、皆さんのお話をうかがいながら反省しました。もっと読みようがあったなという感じです。例えば〈い。〉で始まっている句は、三世川さんが最初におっしゃっていたような、観念性が破壊されるというのはすごくよく分かりました。つまり意味とか観念に直接結びつくのではなくて、音の衝撃だけがそこにあるっていうことですよね。それもわかるんですけど、一方で安里さんがおっしゃったような、文の最後が抜き出されてきているというのもなるほどと思いまして、平仮名で出てくるのは「い」と「る」と「ふ」と「ん」ですかね。「い」は形容詞の語尾で、「る」は動詞の語尾で、「ふ」は旧仮名で動詞の語尾と考えれば非常によくわかるなと思いました。

それからカタカナは、アルゼンチンの言葉はよく分からないけれど英語の形容詞で「ル」で終わる言葉はたくさんあるんじゃないかと思いますし、「ン」で終わる言葉も外国語はたくさんあるんじゃないかと思いますし、そこのなにか意味のある言葉が前にあったんだけども、そこは意味を通じさせる状態じゃなくて、最後のところが切り離されておかれている。だから何か意味があったんだという痕跡はあるんだけれども辿れないという、そういうことかなと聞いていて思いました。

ぼくがとった句は〈空にひろがり夏すでに馬喪いつつあり〉。これはとてもよく分かる、とても短歌に出て来る言葉とか古典の言葉遣いとしてよく分かるなと思いました。馬が若さや活力を持っているものの例というか象徴として出て来るのはよくあって、たまたま少し前に塚本邦雄を青春というキーワードで読めという原稿を書いたのですが、そういう視点で読むと、塚本が馬に若さとか活力というイメージを持っていたことがよくわかって、それがこの句の場合は夏のイメージと重ねられているのだと思う、そう考えるととてもよく分かります。夏が真っ盛りのように思えるんだけれども、夏が持っている性質は失われて、実はもうピークが過ぎているような、そういう予感を詠っていると思いました。

その次が〈白日のオートバイ老婆の到着性〉の句で、これは到着性という言葉が面白くて、到着している具体的な人の様子じゃなくて、その人がそこに到着したという状況の性質が「到着性」という言葉だと思うんですけど、つまり、老婆がオートバイに乗っていると考えていいのかわかんないんですけど、老婆がここに来たということの意外性、老婆が実際にどういう様子で来たのかよりも、老婆が来たんだという状況そのものに注目している。そのとき老婆の服がどうだったとか、汗をかいているとかではなく、老婆が来ているということ。それは世界中どの場面でもあり得るんだけど、そのことに気が止まったということをいっているんだと思います。目の前に起きていることを克明に表現しようというおとではなくて、いろいろな場合に当てはまるんだけれど、たまたまここでもそういうことがあったと捉えているのが面白いと思いました。

それから後半の〈花嫁と赤く置かれた綿刈機B〉ですけど、この解釈は難しいですけど、わたしは「粛々と」とか「堂々と」というときの「と」なのかと思いました。つまり花嫁ぽくというか、花嫁的にというか、ええと、一番分かりやすく言うと花嫁然として、ということですね。「綿刈機」というのは大きな機械だと思うけれど、まるでそれが花嫁のように置かれているということなんではないかと思います。幸せな存在なのかもしれないけれど、家に入ってきた時点では余所者的なこともあって、多少憂いみたいなものも感じさせる。そういう風に捉えているのかなと思いました。リアリティとかディテールとかを細かく描写していくのじゃなくて、いろんな場面でそういうことはあるんだけれども、たまたま今もそうなっているということ自体に、まさにそのことに言葉を費やすみたいな姿勢が面白かったかなと思いました。最初も言ったんですけど、既存の文脈というか他の作者の短歌でも腑分けできる語彙に目が留まってしまったのはもう少し可能性というか、読みようがあったなというか反省しました。

黒岩:まだ話されていないところで面白いところは、Ⅲ章「もっとはるかな8へ」は、Ⅰ章Ⅱ章と較べてちょっと長いんじゃないかなと。一句単位の文字数、時間の引き延ばされ方。あえて長律というか、引き延ばされた感覚があるところに、あえて工夫しているんだなという意識が私には見えました。

それから音声的な話がされましたけど、音声を視覚的にどう転じるのかという思考のひとつとして、記号の使い方や一字空けなどの言葉のチャレンジを行っていると思って、ただ単に音を表したかったら、鍵括弧の形などはこんなにないと思うんですね。先ほど「ナ」などに外国語の響きを感じるというお話があったと思うんですけど、自分の知覚した外界をどう書き表すかというところでかなり悩んだ跡が見えるかなと思いました。特に「ヒエラル墓地」とかは特にそうだと思うんですけど、万人が分かるはずのない地名を積極的に書くことで表すそこに空気感を出す、でもそんなに意味は無い。〈ヨハン・クイナウ〉もそうなのかな。そういう意識はただムードとか質感とかを伝えるための地名の積極的利用も感じられました。

都市はながれるロープ鳥のあらい目覚め〉、これはⅡ章のイメージの展開させていくところと通い合うところがあって、Ⅲ章らしいかというとそうでもないと思うんですけど、本当にながれるロープなのかなと読者を撹乱させていくところもあるし、なにか質的なものにたとえながらその質感が生々しくあるわけではないというのは一つの特徴かなと思います。鳥の目覚めもあらいと書かれることでそんなにじたばたした鳥を思うわけでもなく、この粗いが本当に荒々しさを伝えたいものじゃないということが、言葉自体の価値と通じているのかなと興味深いです。内容や状況とか質感を表そうと思って言葉を使うのではなくて、逆にそうじゃないものを目指していくというのが面白いなと思います。

みなさんに聞いてみたいのは、先行評論の中で〈〈ぱるたうざら〉林にいちにち三つの太陽〉が褒められていたと思うんですけど、この無意味性とか記号とか空虚感とかに強く惹かれたという方はあまりいらっしゃらなかったと思うんですけど、こういう句はどうなのかというのを聞いてみたいなと。以上です。

小川:そうですね。音に関してはかなり効いていると思うんです。「ヒエラル墓地」だって、別に「ヒエラル墓地」を知らなくてもいいと思うのです。「ヒエラル墓地」というアイウエオ音の揃った単語が句を立たせているんじゃないかと私は思うのですけど、平岡さんいかがですか。

平岡:音の話ですよね。〈8から見えるかーんかーんと犬の昼〉という句をとっているんですけど、さっき石川さんが「Ⅲ章は意味を手放して音だけになっていて読みやすかった」っておっしゃってましたけど、この句なんかはとくに端から端まで意味が原型を留めていなくて、本当に音だけで抜けていく感じが気持ちよかったです。Ⅲ章全体については、さっきからちらちらキーワードが出ていますけど、やっぱりテーマは「広島」だと思いました。

章題の〈もっとはるかな8へ〉や、その表題句の〈8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ〉からは、原爆が投下された月であり、そして終戦の月である〈8月〉への意識を感じます。外国に住んでいて敗戦という意識がどれだけあったのかというところまではちょっとわからないんですけど、〈8月〉という言葉を原爆や戦争から引きはがして解体しよう、抽象的にしようというのが〈もっとはるかな8へ〉という宣言なのかと思って、それが章全体で試みられているのかなと。

Ⅱ章では人の身体や命といったテーマがある意味で図式的に表現されていて、胎児と老婆とか、わかりやすく端っこと端っこにあるものが出てくるんですよね。Ⅲ章ではその図式の内実というか、端と端のあいだに広がるカオスを塗りつぶしに行っているような感じがします。

言葉や文節に対して攻撃的な表現をすることが戦争的な身体への攻撃の再現になっていて、その攻撃への抗議や、あるいは受け入れていくプロセスのようなものがあるのかなーと。こういう書き方は定型にも罅を入れてしまうので、一句一句として立つのはなかなか難しいと思うんですよね。だからこの章は一句単位でみると当たりはずれが大きいけど、部分的にいいフレーズがたくさんあって、そういうところはすごく楽しめた。定型を「いいフレーズを載せてくれるお皿」みたいに思って味わいました。

一句の俳句としてはとらないけど、〈あわだちつづけるわが距離〉とか〈黄金のなかの暗さ〉とか〈8月の空に歯があり〉とか、詩的でグッとくるフレーズはたくさんあったなと思います。こういった作品群のなかで自立する行というのは半ば偶然できるものだと思うんですけど、とくに収穫だと感じられたいくつかの句を選んできました。

さきほどの〈8から見えるかーんかーんと犬の昼〉のほかに〈水を欠いた洪水〈だだ〉の電話局〉と〈父よ逃げる鏡よ月色の犬よ 〉と。〈父よ逃げる鏡よ月色の犬よ〉の句には三つのモチーフが出てきて、それらに呼び掛けているんですけど、直感的にこの三つはすべて月を指していると思ったんです。月自体は出てくるんですけど、「月色の」って色の話になっちゃっているんですよね。句の途中で正解を通りすぎているようにみえるところがおもしろいと思いました。Ⅱ章のときの中心が一つじゃないという話にも通じるんですが、ずっと焦点が合わない、視界に入っているのに直視できないような感じがここに表われているなと。

水を欠いた洪水〈だだ〉の電話局〉、Ⅱ章で〈婚礼車あとから透明なそれらの箱〉という句が話題になりましたけど、この「透明な箱」という表現の発展形が「水を欠いた洪水」だなと思うんです。すごく存在してるのに知覚できるものではない、みたいな。この感じもすごくおもしろかったですし、〈だだ〉は洪水のオノマトペでありつつ、ダダイズムのことを指してもいるのかなと思って、そのへんの多重性もおもしろいと思いました。電話局って、ダダイズムの交換所みたいな場所でしょうか。現実の電話局の混雑している様子の描写にもギリギリ読めるかもしれない。

原:「い。」「う。」のような句に関しては新鮮な驚きがあり、試みとして面白く思ったのと同時に、若干乱暴にも感じてしまって。みなさんの解釈を聞いてなるほどと思ったのですが、一人で読んでいたときは、なぜ他の音・文字ではなく「い。」「う。」なのかの必然性が弱いというか、読む人によってどう受けとるかがぶれてしまうのではないかと感じていました。

例えば〈ふ。しあわせな幼年のねじ式の空〉なら、「ふ。」が「不幸せ」の一部ともとれれば笑い声ともとれて、「ふ」である必然性が感じられますが、おそらくそれは崎原風子の狙いとは違うのだろうなと。他にも、〈昨日おびただしい《昨日》(昨日)「昨日」〉のような記号の使い方や、〈ぱるたうざら〉や〈ヒエラル墓地〉のような、一音ではなく音や言葉の断片の集合になることで、明確な意味は見出せないけれども、言葉のイメージが見え隠れするような試みも面白く読みました。

外山:色々と伺っていてなるほどなという読みが多くて、特に後半になるにつれて元々の移民だとかなんだとかという背景から離れるというのがまっとうなのかな、普通なのかなという感じがしました。バックボーンと繋がらない読みが自然に誘導されていくということが、崎原風子のやっていたことの本来の意図に接近していくことだと思います。そっちに誘導されるのがいいことなのかわるいことなのか分からないですけど、でもすごく面白いなと。

柳元:最近、俳人が同時代的にどういうようなメディア環境の影響を受けていたかということに関心があって、バックボーンに鑑みつつということが大事だなと思っています。崎原風子のような人を俳句史に位置づけて考えようと思ったときに、一次的資料に当たらないと語りづらいなというのがやはり思うところで、テクスト論で語るにしてもそれは同じだと思いました。句自体を楽しむことももちろんよいのですが、その場合作家論のようなものを志向するときに歯切れが悪くならざるを得ないというか。ちゃんとものを調べようと思いました。色々な読みが聞けて楽しかったです。

寺井:いろんな話が聞けてぼくも面白かったのですが、これはやっぱりこちらの問題なんですけど最終的に崎原風子がどういうことをやりたかったのか、必ずしも崎原風子の意図に遡る必要はないと思うんですけど、どこまで同じものを読んで同じことを想像できるのかっていうのが、ぼくは最終的に見えないっていう感じがⅢ章については思いました。それぞれにそれぞれの読み方で見えてくるものはあるのかもしれないけど、拡散してしまう感じもあって、それでいいっていうことなのか、どうなのかというか。面白いんですけど不安になるというか。そんな感じです。

黒岩:みなさんおっしゃることよく分かって、拡散していく読みを是としていくんだみたいなことを打ち出せるかどうかという不安がこういう作品には付きまとってくるのかなと思います。

今日は俳人の皆さんいつもよくお話する方と歌人の皆さんのテーマという核たるものをつかみながら読んでいく方法というのがだいぶ自分の読み方と違っているなというのが収穫でした。柳元さんの作家論の話でいうと、私はテキストから読んで得られた印象を一回持ちながら、それを更新したり確認したり修正したりするためにもう一回作家の話に振り返って調べてというサイクルを繰り返すことが、読みを広げたりすることになるんじゃないかなと。

さらに崎原風子のことを調べたくなるなというのが今回一番思ったことですね。今日出てきてない読みの中でも必要な読みというのが出て来るはずなので、そういうものを探せたらなと思います。今日はありがとうございました。

平岡:今まで名前すら知らない俳人だったのですが、作品がほんとうにおもしろくて、今回小川さんに教えていただけてよかったです。アルゼンチンに渡るとか、職業が洗濯屋だとか、プロフィールもすごくおもしろいなと思っていたんですが、わたし自身はプロフィールのおもしろさと俳句のおもしろさをとくに結び付けずに読んでいたので、今日は「移民」という属性に着眼したお話がたくさん出たのが新鮮でした。ありがとうございました。

原:初歩的な感想で恐縮ですが、句会で一句単位で読むのとはやはり全然違うなと。前衛俳句がこんなに面白いんだなとも感じて、他の作者のものも読んでみたいと思いました。ありがとうございました。

安里:今日はほんとうにありがとうございました。辻本さんの研究を読んで、知らず知らずのうちにそのなかでの句の位置づけに意識を取られていたような感じがあって、「い。」とかの音が千切れている感じとかの話とかを皆さんから聞いているなかで、なるほどそういう風に読めるのかと広がるところが多くてとても面白かったです。もう一度風子を読みたくなるような気持ちもあり。もしまた別の作家でこういう会ができたら楽しいなと思って聞いてました。ありがとうございました。

三世川:とても楽しい時間をどうもありがとうございました。ご覧になったように前衛の中でも特殊な存在である崎原風子の作品ですから、こう読んでくれとかこういう風に読み取ってくれというような書き方はしていませんので、読者ひとりひとりが色んなことを感じたり発想したりということが崎原風子が望んでいることじゃないかなと思います。

それから読みは無責任な言い方ですけど、一人一人が自分の中でやることですから、正解なんてあるわけがなくて、誰それと同じであってしかるべきであるということは絶対なくて、一人一人が自分の中でどう感じたかということが大事だと思いますので、そういう意味でも崎原風子の作品というのは意義のある勉強会だったと思います。

小川: 20代から崎原風子の句が好きで、こうやって皆さんと読めて幸せだなと思っています。崎原風子の書き方は読みを限定させない、拡散させるために書いているようなところがあって、焦点を追えないところに意義があるというか。意味ではない、韻律であるということじゃないかなと思っています。

あと崎原風子は自由律俳句であると資料にはあったのですが、おそらく、本人は自由律俳句だと思っていなかったんじゃないかなと。あくまでも俺が作っているのは俳句であると、定型を踏まえた上でのちゃんとした律があるという風に思っていたに違いないと。それは他の海程の俳人もみんなそうですね。自由律俳句だと思っていないです。歌人の視点、俳人の視点で皆さんの様々なご意見を伺えて、有意義な会になり、まことにありがとうございました。

( 了 )

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2020-06-28

崎原風子読書会 ゆたかな等高線へ〔前篇〕

崎原風子読書会
ゆたかな等高線へ〔前篇〕


阿部完市以降の「海程」の前衛俳句を振り返る企画として、アルゼンチン移民である崎原風子を取り上げた。

崎原風子(さきはら・ふうし) 
本名・朝一。昭和9(1934)年沖縄生れ。戦中、宮崎県に疎開。高鍋高校中退。昭和26(1951)年アルゼンチンに渡る。洗濯屋。

テキスト:『崎原風子句集』1980(昭和55)年/海程新社

目次
Ⅰ 南魚座〈1959~61〉
Ⅱ 寝棺(1962~70)
Ⅲ もっとはるかな8へ(1972~79)
解説/大石雄介
共有文献:
『いまどきの俳句』(沖積舎・1996)の「光体の行方〈さき〉」
「アルゼンチン日本語文芸論ー『あるぜんちん日本文藝』についてー」(守屋 貴嗣『異文化』14巻・2013)ほか。

2020年5月5日(火)13時~16時半 俳人・歌人による崎原風子読書会をzoomにて開催。

参加者:
安里琉太、石川美南、大塚凱、小川楓子、黒岩徳将、寺井龍哉、外山一機、中矢温、原麻理子、平岡直子、三世川浩司、柳元佑太(五十音順 敬称略) ※石川美南、大塚凱、中矢温は途中退席


小川◆本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。崎原風子読書会を始めようと思ったきっかけについて少しお話をさせてください。私は金子兜太主催の「海程」に終刊まで十年間所属しました。2018年に金子兜太と主要同人の谷佳紀が亡くなったのを契機に、阿部完市以降の「海程」の前衛俳句を振り返ってみたいと感じるようになりました。金子兜太はよく取り上げられますが、他の多くの作家は俳壇的にはあまり知られていないように感じています。

その中で、なぜ崎原風子を選んだかというと、「海程」の知られざる俳人のなかでは、著名であるということ。また、個人的な話ですが、金子兜太は、海程新人賞の副賞を渡すとき、私の顔を見ながら「フウシでなくてフウコか。女性だったのか」と呟いていました。そのくらい、崎原風子が印象的だったのであろうと思います。副賞の色紙には《黄葉の奥に檜山の黒緑あり》が書かれており、受賞者のなかでは異色でした。崎原の移民先であるアルゼンチンの乾いた透明な空気に、金子兜太は対峙しようとしていたのかもしれません。では、外山さん、移民という視点からお願いします。

外山外山一機です。よろしくお願いします。私自身は元々ブラジルの移民に関心を持っており、その横に何となく崎原風子という存在がいたという感じです。ブラジルでもそうですが、やはりアルゼンチンでも「海程」がある程度の読者を持っていたというのは興味があるところです。簡単に数分でアルゼンチン移民について年表をお見せしながら話せればと思います。(年表を共有画面に映しながら)これはすごくざっくりしたものです。

アルゼンチンの移民社会の特徴は沖縄出身者が多数派であることです。崎原風子自身も言っていましたが、最近でも7割くらいは沖縄出身だそうです。あとは自由移民が多いということ。ブラジルだと官約移民、契約移民が多いのですが、こちらは自分で勝手に行っているというパターンなのが面白い。崎原風子もそういう感じ。そして多くが都市近郊に住んでいるということです。

崎原風子自身は戦後かなり早い段階で渡った移民です。そもそもアルゼンチンの移民は1886年の牧野金蔵さんという人が第一号だと言われます。基本的には日本人というよりヨーロッパ系の移民を想定して受け入れを始めていたころに、日本も来ていいですよという感じになりました。それで1901年に修好通商航海条約が結ばれ20世紀の初頭に本格的に入っていくようになった。

移民社会の俳句には二通りの路線があります。それは日本から行った移民が作った所謂日本からの俳句、あとはジャポニズム経由のハイカイです。アルゼンチンでも既に20世紀初頭にタブラダという人がいて、少しですがハイカイに触れるようなことがありました。ハイカイの系譜はブラジルほど強力ではないが、綿々と続いているような感じがします。

戦前戦中期になりますと、笠戸丸(かさとまる)がブラジルに最初の移民を送ったので有名なのですが、実はその手前のブエノスアイレスのところで何人か下船しています。その辺りからが移民の本格的な始まりという感じです。

戦前戦中と戦後の違いは出稼ぎ意識がある程度あったことです。永住する訳ではなく一時的に行ってまた帰ってくるんだというのが戦前戦中の主な特徴です。

戦後になると戦地から戻ってくる人たちで溢れてきて職がない状況となり、沖縄から行く人はかなり多かったようです。そもそも沖縄の県人会が機能していて、沖縄をめぐる状況の変化を巡って対立したりもするんですけど、そういう中に崎原風子もいたという感じです。ようするに風子が何故沖縄から行ったのかというとそもそもコミュニティがアルゼンチンにあったからだし、何故個人で行ったのかというとそういう風土だったからと言えます。

ちなみに風子と同時代にも、ボルヘスの「命数」をはじめ、ハイカイへの関心を持つ人はずっと南米にいました。ざっくりとしたものですが風子がアルゼンチンに渡った1950年ごろの状況はこんな感じです。

安里事前に資料として、『崎原風子句集』(海程新社・1980)の大石雄介さんの解説、『いまどきの俳句』(沖積舎・1996)の「光体の行方〈さき〉」、「アルゼンチン日本語文芸論ー『あるぜんちん日本文藝』についてー」(守屋 貴嗣『異文化』14巻・2013)、その他いくつかのサイトの記事を共有して頂きました。辻本昌弘さんの『語りー移動の近代を生きる』は先行研究を踏まえた上で、ライフヒストリー研究としてまとまっている一冊だなという印象でした。個人的には、風子がアルゼンチンと日本と沖縄を経験しながら、言語の音の側面について連載や書簡の中で言及しているということです。

柳元僕は移民についてほとんど知らないので今回の勉強会で学べたらなと思っています。

大塚僕も前提知識がないのですが、僕の興味は「海程」における崎原風子の自己認識あるいは逆に「海程」における崎原風子の位置づけにあります。後者はある意味で崎原風子に対するステレオタイプを含むかと思いますが知りたいです。

小川崎原が、来日すると盛大な歓迎会が開かれて、ある種スター的なところがあったようです。その時の集合写真もあります。

三世川勿論「海程」の中でも色々なタイプがいますが、崎原風子さんはその中でも簡単な言葉で言うと前衛のような特殊な存在として認識されていたように思います。

大塚事前にいただいていた大石雄介さん解説の文章に「海程の最右翼だ」というようなことが書いてあったかと思うのですが、まず「海程」の最右翼ってどっち側なのかが分からなくて。北朝鮮における保守側は共産主義ですよねみたいな?

小川私も分からなかった(笑)。

三世川「海程」の中でも風土的なのを句にされるとか、現代的なものをテーマにするという幅があると思いますが、崎原風子さんは表現という意味で実験的なことをされていたのではないかなと思います。一般性というところには大いに欠けるところがあったと思います。共感者や理解者も恐らくほんの一握りであったのではと思います。

大塚ありがとうございます。

小川同じ前衛俳句といっても、同じく「海程」で崎原と1歳違い1932年生まれの竹本健司は定型に近く、内容もオーソドックス。一番飛躍している作品で《つくしひばり肉減りし母笑うなり》など。着実なものだと《風とわれらの血が赤うなる桜んぼ》《父なきあとの酒肴全山雨滴なり》など。解説は「その個への執着」というタイトルで高野ムツオさん。

黒岩今守屋貴嗣さんの論文を読み返しているのですが、崎原風子が日本文芸の編集をやっていて崎原風子自身の作風が他の人にどう伝わって継承されたのか、触発したとはあまり思えない書き方がされています。オンリーワン的存在のままだったのでしょうか。

外山その点について守屋さんの論文の中で引かれている久保田古丹の発言が気になりました。すごく崎原風子が孤立しているように見える。しかし本当にそうだったのだろうか。風子は久保田古丹と同じグループで一緒に活動していたことがあります。論文に引かれている対談で崎原風子は有機物と無機物について、「無機と有機とがぶつかり、そこから発生する効果をねらっている。」と言っています。

実はこの対談とは別の場所で古丹も有機物と無機物を組み合わせることについて述べています。古丹の言う有機物は人間のこと、無機物は自然のことです。ここでの言葉の一致は偶然だとは思えません。言葉は同じですがニュアンスが違っていて、それがお互いの意見の相違につながっていったのかなとは思いますが、完全な孤立とは言えないのではないかと。

黒岩とても分かりやすかったです。ありがとうございます。これを読んだ後に崎原風子以外のアルゼンチンの作家の作品と比べても面白いのかなと思いました。

小川阿部完市もスターではあったけれど、広く理解はされなかったので、そういった点では少し近いのかなと思っています。

三世川そうだと思います。日本語という点では伝わるものもありますが、言葉を意味という文脈で伝えるのではなく、もうちょっと言葉そのものの可能性を、これは本人の資質に拠るものもあるかもしれませんが、求めていったのが「海程」の一部の人たちのムーブメントではなかったのかなと思います。

小川意味でなく韻律で読ませる俳句は、前衛俳句の中では異端的ではあったということでしょうか。

三世川そうではないでしょうか。

小川けれども、やはり彼らのスター性は「海程」内で認められていたところはあったし、俳壇でも一部認められていた、というところではないでしょうか。では石川さんいかがですか。

石川崎原風子について全く知らない状態で句集を読ませていただいたのですが、とにかく面白かった。俳句自体読み慣れていないので、歴史的なことは分からないのですが、編年体になっていて作風をどんどん変えていきますよね。私としては途中でキツイところもあったのですが、最後に新境地も見せて終わる流れも面白い。一冊を通して色んなことを開拓していると思います。

小川寺井さん、この時代に移民の歌人はいらっしゃいますか。

寺井名前がよく知られている人は思い浮かびませんが、一定数いたと思います。「心の花」という、現在は佐々木幸綱さんが主宰の結社の方々は、南米の移民の人たちの短歌の研究はしているのではないかと。すみません、ちょっとあまり分かりません…。

小川ありがとうございます。南魚座から順番にやっていきましょう。

外山南魚座はグループ名から取っているんですかね…?

安里そうだと思います。当時のアルゼンチンの句会名で「なんぎょざ」と読むと思います。

外山そのタイトルの付け方がまず面白くて、風土性があるかなと。それの中でも自分は《野の十字架冬日尽きむとして奢る》を取りました。章のタイトルからして個人としては書いていないという意識を感じました。移民とどこまで引き付けて読むことが妥当なのか分かりませんが、日本人としてのアイデンティティや沖縄から来たというルーツへの意識と俳句を選んでいることの関係性はまず考えなければなりません。

ブラジル移民の場合は俳句を書くのは日本人として延命するためであるという意識がどこかにある。風子が南米でのグループ名を自分の章の名前にしたということには、既に俳句を個人の文学的な営みとしては考えていないのかなという意識を感じました。そうすると《野の十字架》の句は大きな運命の在り方を問おうとしているのかなと。「野の十字架」は誰かのあるいは自分のものでもあり得る、日本から来ると「十字架」に違和感はあるのかもしれないのですけど、それと向き合う形で集団としての死、あるいは集団の中での死に向き合わないといけない。そういうものを感じます。その一方で日差しの象徴する生の強さへのあこがれも感じられます。一言で言うと、異国の地に行った違和感や目の前のものを書き留めているという感じです。

小川そうですよね。共同体感のようなものがあるのかな。《農夫黄色糧のひまわりの海につかり》《みの虫満ちやわらかい「人類」という語》とか。「人類」に対して肯定的な印象があります。では石川さんいかがですか。

石川納骨堂(パンテオン)口をひらけばみな独語》を選びました。日本から世界に移民していったときに、今お話にあった、日本人としての共同性が意識される一方で、移住した土地にどれくらい根差してその風土を描けるかというところもポイントかと思います。この句は、納骨堂という日本ではあまり見ない景物を書いていますが、それだけでは終わらない。そこにいる人たちは黙りがちで、喋るとしても独り言なのだという。その土地の人々を集団として描くのではなく、一人一人の個別の人間として見ているようなところがある。移民の句だと知らなければ、生まれたときからこの土地のことを知っているのかと思ってしまうような、深い観察眼が面白かったです。

Ⅱ章以降を読むと、Ⅰ章はまだ保守的というか、この中ではまだ前衛ではないように感じました。でも、個人的にはⅠ章の時点ですごくテンション上がってしまって。このⅠ章の作風のままで一冊続いていたとしても十分面白かったと思います。ここに留まらなかったのもすごいですけど。

小川ありがとうございます。そうですね。Ⅰ章は、形式に正しく書いているという雰囲気はあるような気がします。それでは黒岩さんいかがですか。

黒岩みの虫満ちやわらかい「人類」という語》について、「人類」というのがあって人類の個別全体性を言いつつ個別性も言っている。《野の十字架冬日尽きむとして奢る》と通じ合うところはあると思う。ただもしかすると、「海程」に所属していることからも金子兜太などから同朋というテーマや自分と他者の意識を包み込むようにして詠むという態度の影響も受けていたのかなと。「みの虫満ち」というので辺りに「みの虫」がたくさんいるという景色を打ち出し、動物と人間の一体感も感じさせ、正にそれを「やわらか」く書いている。

小川確かに金子兜太を含むこの時代の人たちの共同体意識のようなものを感じますね。原さんいかがですか。

みの虫満ちやわらかい「人類」という語》、私はこの句単独の印象で選んでしまったのですが、「人類」という大きな言葉がこの句の中では大仰に感じない点が魅力的だと思いました。「みの虫満ち」から、幼虫の体内に満ちている液体のようなものを想像し、それが生命そのものであるかのような印象を受けました。そこから、「人類」全体が溶け合って一つの生命となっているようなイメージが浮かんで、面白いなと思いました。

小川崎原風子の作品全体になんとなく液体質なところがあるように、私は思ったりしています。さて、南魚座について何かご意見ある方いらっしゃいますか。

安里辻本さんの著書を参照すると、南魚座はまだ風子が「海程」に入る前の句群で、現地の句会が加藤楸邨に句を見せていたとあります。このころは楸邨が選者として意識されていたのかなと。楸邨から紹介される形で「海程」に入ったみたいな記述もあって。《野の十字架冬日尽きむとして奢る》の「奢る」とか、最後に言葉をぐっと詰めてあるような句が気になりました。動詞に力点があるような、そういうところは興味深いなと思いました。

石川先ほど私が挙げた句に戻るんですが、《納骨堂(パンテオン)口をひらけばみな独語》の句の「口をひらけばみな独語」は、その場にいる生者とも捉えられるし、納骨堂に収められている死者とも捉えられると読んだんです。死者と捉える方がより自然かなとは思うんですけど、こういう、実景と比喩が二重写しになって見える句が、Ⅰ章の段階からかなりある気がします。こういうあり方は、同時代あったことですか。

三世川「ば」という助詞があるように、言葉を上から下まで文脈をつなげる意味合いではなく、むしろ別の次元の読みに誘うような使い方は当時の「海程」にはあったように記憶しています。

石川では、これらの句の新しさは、表現上の工夫というより、アルゼンチンの風土を詠みこんでいるところにあったのでしょうか。

三世川恐らくあまり風土は意識されていなかったのではと思います。

石川あっ、そうですか。

外山すみません、この南魚座の1960年代初め頃の「海程」のスター的存在は金子兜太を除くとどなたがいましたか。

三世川私も詳しくは知りませんが、森田緑郎さんや、女性であれば山中葛子さん、佃悦夫さん、酒井弘司さんだとか。総体的な言い方で申し訳ないですが、どちらかというとイメージを強く打ち出したような作品が当時のトレンドにあったと思います。そのような句を多く見た記憶があります。

小川「海程」の後継誌「海原」の作家で言えば、森田緑郎さんは、1932年生まれで崎原の二歳上。《ザイル垂れ絞られてゆく喉の明るさ》《巨大なスカート拡げ家中見え》などが有名句です。他に崎原の句と照応するならば、《ことば散る蒸発の海の明るさに》《白髪を刈るヒロシマのまぶしい空》《木箱あり夕暮れはすきとおる生殖》など。斬新なイメージの作家です。作風は変化されましたが、現在も活躍されています。

山中葛子さんは《花売りの港は白い歯でねむる》《母が降るこの紺碧を嫁ぎゆく》《白壁の街に売らんと鷗鳴かす》など柔らかな感性が持ち味です。

佃悦夫さんは、1934年生まれで崎原と同年ですが《やわらかに夏ぼうぼうと生家たり》《相模伊豆鳥居こわれるほど晴れたり》など定型感と内容が堅実な印象がありますが、村山故郷の「たちばな」に在籍するなどしてから「海程」に入会していることも影響しているように思います。

この時期の海程の作家の個々の違いは、どれくらい意味やイメージに頼るか、どのくらい定型外の韻律を重視するかになるのではと思います。ただ、今の俳句のイメージと当時の俳句のイメージは少し違うような気がしています。その辺り大塚さんいかがでしょう。

大塚この後に話が行くと思うんですが、第Ⅰ章の句でも情報量が十分多いけど、Ⅱ章に比べると軽いじゃないですか。意味性の濃いワードを詰め込んでいく方向に舵を切った。崎原風子個人の問題かもしれないのですが、同じ移民の俳句としてわかりやすく比べたときにブラジル的なものとは違った気がしました。そんなにちゃんと読んでいないので分からないんですが、割とブラジル移民の俳句はどうしても花鳥諷詠から離れられない、中心に日本的なものの翳りが見えるんですが。湿度が高いというか。ブラジルの山を見て富士山を思い出すような。そういうウェットさを感じないんですよね。同じラテンアメリカでも、ブラジルというよりコロンビア的な感じがするというか。

死があって妊婦があって胎児があって花があって婚礼があってという、生き死にとか祝祭が近い世界感。その感じは特にⅡ章から出てくるかなと思っていて。結構安直な比べ方かもしれないけれど、結構手触りが違うなというのを序盤の方からも感じた。

外山ブラジルでは1950年代頃に俳句のブームが来る。そのブームを佐藤念腹というホトトギス有名人が重鎮として他の仲間たちと引っ張っていきます。だからどうしても有季定型が大事になってくる。崎原風子のような句があったとしても、ブラジルの俳句コミュニティで高く評価はされたとは思えません。

この句集の後半の作とかになってくるとかなり花鳥諷詠と違うものですよね。そういうのがアルゼンチンという場所でできたということへの驚き。ブラジルで俳句をやるということと、アルゼンチンで俳句をやるということの違いなのか、不思議です。

守屋さんが先ほどの論文の中で仰っていたことが的を射ているのかなと思います。つまり、移民社会の規模の違いというものがいわゆる日本語の「伝統」的な詩形式としての俳句への諦めに向かったのではないか。ブラジルは移民社会のコミュニティの規模が大きかったので、何とか日本語を残そう、延命しようという動きがありましたし、今もあります。でも崎原風子にとったらこんなに小さいコミュニティでは日本語は滅ぶに決まっているじゃないか、という感覚だったのではないか。守屋さんは、だからこそそんな日本語や日本語詩への哀愁というものをわざわざ書く必要はあまり感じないのだ、というようなことを書かれています。

小川同じラテンアメリカですが、違うのですね。ほかに南魚座でありますか。

中矢南魚座の中で自分が選んでいる句はなかったのですが、個人的なことになりますが、自分はラテンアメリカのポルトガル語を勉強していて佐藤念腹の名前とかは知っています。サンパウロの日系移民の方の自費出版みたいな本だと思うのですが、栗原章子著『俳句&ハイカイ~自然探訪~ HAIKU&HAICAI Descobrindo a Natureza』を頂きました。脱線してしまったので崎原風子の話をすると、「海程」の文脈で読んだり、アルゼンチン移民の文脈で読んだり、色々な視座があるなと思いました。どの作家にも言えますが、どれくらいバックボーンとつなげるかつなげないかという個人という視座で読むことも大事かなと。

小川Ⅱ章に行きます。原さんお願いします。

 《の勲章し青年のやわらかい未明》は、青年の胸のあたりに蛾が止まっていて、蛾の羽のビロードのような質感と模様の美しさは確かに勲章に通ずるなと。青年という存在にとっての勲章はただ一匹の蛾なのだと思うと、瑞々しくて美しい句だと感じました。

小川「やわらかい」という語は《みの虫満ちやわらかい「人類」という語》にも出てくるので傾向としてあるかもしれませんね。三世川さんお願いします。

三世川ツイスト終り河へ鮮明に靴ぬぐ母》は思いがけない新鮮感に惹かれました。景は抜きにして圧倒的に新鮮な感じ。大きな「河」に思いがけないものが対峙している存在感が新鮮で興味を惹かれました。《わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線》は秋のような無音な陽光と空気感の中で、私と寝棺という存在があってその有機と無機の関係の中で、命と物の関係性が面白くて戴きました。

外山ツイスト終り河へ鮮明に靴ぬぐ母》は構図としてできすぎている感さえあります。「河へ」「母」が入っていくことへのイメージも想像しやすさ、また「ツイスト」という賑やかなものから「河」という静かなものへという動から静への移ろいを漂わせながら書いています。できすぎている感じもするが、それでもすごく訴えるものがあるなと。それは「ツイスト終わり」という時代感のある言葉のチョイスによるものなのかなという気がします。これが他の言葉であったら時代を背負うことがなかった分、普遍性は得たかもしれないが、陳腐なものになったのかなという気がします。

「寝棺」の章全体についていうと風土以上に貧しさみたいなものがあるなと思いました。これが書かれた頃には日本ではもう失われつつあった社会の貧しさみたいなものが時間的に少し遅れて書かれているような。これが書かれた頃、日本社会は、たとえば林田紀音夫がもう書きたいことを書けるような時代ではなくなりつつありました。でもアルゼンチンにはそういった社会は全然残っていて、という。危機を感じつつあったはずの林田紀音夫とかはこうした作品をどう見ていたのかなと思います。

安里寝棺で私がいただいたのは《わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線》です。風子が第二回海程の新人賞を獲ったときの句群に入っていると思うんですけれど、確か「ツイスト」が一句目で、「わたしと寝棺」が二句目だったと思います。「等高線」という地図に書かれるものがすごく広がりを持って空間に印刷されているというか、「私」と「寝棺」が向き合っている。その周りに等高線が広がっているという、その広がり自体がなにか豊かなふくらみのあるイメージ。他の句で鬱々とした死や弔いのモチーフも見られますが、この句の豊かなふくらみのイメージはそれらの句と少し違った求心的なところがあるかなと思いました。

それで寝棺全体についてなんですけれども、さっき南魚座を読んだときに思ったのですが、大塚さんも指摘されたように書き方が変わってきている感じがして、南魚座の全てがそうだとは言いませんけども動詞にフックがある句が結構見られたかなあというのに対して、寝棺はすごく名詞の使い方にフックがある印象がありました。動詞より意味の働きが強いように思う名詞が、連なりの中で寧ろ意味を攪乱させているような気がして、作り方として面白いなと思いました。

寺井「ゆたかな等高線」という言葉の意味があんまりよくわからないんですけれど、「等高線」は地形図で見るとその高低差が非常に激しいところはたくさん線が入る。それでなだらかな場合はあんまり線が入らないってことになると思うんですけど、「豊かな」という言葉がちょっと微妙で「等高線」がたくさん入っているということなのかなだらかなのかということでだいぶ想像するイメージが変わると思うのでどっちなんだろうと思います。けれどそれは揺れがあるままでいいのかなと。読者に想像させるということでいいようにも思います。はっきりとしたイメージは結ばなかったんですけれど面白くて取ったという次第です。具体的にどういうイメージなのか皆さんに伺えたらと思います。以上です。

小川寝棺の章全体についてはいかがですか。

寺井「南魚座」より僕は面白いと思いましたね。Ⅲ章の方に入っちゃうと結構もうお手上げという感じですが、Ⅱ章ならまだ分かる。僕は俳句、特に前衛俳句はあまり読んでいないのですが、寺山修司が俳句を作っていた頃の、言い方は難しいですが暗いイメージを「寝棺」全体に感じて面白かったです。

小川Ⅱ章は、全体として安定しているので読んでいて充足感があります。《ツイスト終り河へ鮮明に靴ぬぐ母》は「鮮明に」と言っている割には色が見えない。靴の色のみならず、母や河の色も消し込まれているように私は感じました。視点が屈折しぶれることで、乾いた透明な空気だけが読者にふれて来るような。「鮮明に靴ぬぐ」ってどういうことなの、と言うより言葉が言葉を追って出て来るような。意味で読ませるのではないと思っています。「終り」「脱ぐ」ことで着地点には気配しか残らない。ツイストは、この時期の「海程」にモチーフとして多く出てきます。

わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線》はあえて山や盆地などではなく「等高線」で世界を表す。死者や棺の様子をあらわにするのではなくて、図中にそれらを置いて、距離感を出す。色がなくて線描だけがあるという景色のなかにも関わらず情感が漂う奥深い作品だなと思います。

大塚僕はやはり寝棺がイメージとしても抒情としても個人的には完成度が一番高いのかなと。Ⅰ章、Ⅱ章、Ⅲ章というなかで色々実験をして最後また抒情が入ってくるというのが、富澤赤黄男みたいな感じだなと思います。近いものを感じながら読んだという感じです。

寺井さんが言っていた寺山修司っぽいという読みには、なるほどなと思いました。寺山の第一句集の『花粉航海』を見ていると、花嫁や母や婚姻といったラテンアメリカ的モチーフの匂いはあるなと思っていて寺山の生まれ故郷の日本的なものと表裏一体でありながら逆説的に詠みこまれている感じがあると思うんですけど、素材としては崎原風子も近いものがあるなと思いました。

崎原風子の場合は裏返しというよりは割と一種の「季語的」なキーワードとして用いているなと思いました。さっきのブラジル移民の俳句の話にあったと思うんですけど、有季定型の求心力である歳時記という存在が薄いと思う。例えばアルゼンチンは俳句人口や立地の問題があって、作者も読者も季語に頼ることができない。したがって、その点では句に明確な中心があまりなく、むしろ焦点が複数ある感じかなと思ったんですよね。その中にあっては〈わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線〉、これは割と身体性というところにかなり中心が定まっている句なのかなと。「ゆたかな等高線」はなだらかでふくよかな地形的なふくらみ。そして私と、寝棺の中の亡くなった人の身体的起伏と重なりあってくるのかなと思っていて、素直に身体性で読めるかなと思います。

ぬくい挨拶ながれ娼婦のおびただしい箱〉、これは箱に収斂していくという感じですかね。〈あの手術台ときどき水から白鳥かえり〉、最終的に白鳥という中心のイメージに回収されていくと思います。僕はあまり取らなかったのですが、〈マネキン置場暗部へつながる家畜の眼差し〉、こういうのは焦点が複数ある感じ。〈ぼく等の生殖午前のビニールの薄い空間〉、明確な中心が設定されていない感じ。その揺らぎがこのⅡ章の句づくりの中では明確に燻ってきているのかなと思いました。南魚座の方はひとつ中心がすっきりとある感じの句が多いという印象です。寝棺のあたりから焦点が二つ三つあって楕円を書く感じなのかなと。感覚的な話になりましたが以上です。

中矢さっき(大塚)凱さんが歳時記の話をされていたと思うんですけど、ブラジルでの季語を集めた歳時記はあります。佐藤牛童子が編者だったかな。俳句文学館にあって、歳時記のついでにブラジルの風習も紹介するというような。

あっち(リオデジャネイロに三週間)に行ってみて、日本の歳時記じゃたちうちできないなというか強い気候みたいなものは感じました。現地で句を作るときに季語が抜け落ちる感覚は何となくわかります。季語が抜け落ちたものを「俳句」と呼ぶかは分からないんですが、季語以外の情報がたくさんあるというような。これは海外に旅行したときに周りにたくさんの情報があるという感覚は分かってもらえるかなと思います。

今回の寝棺もそうですが、私以外の存在が非常に多いなと。外界から言葉を取り入れてきている感じがすごくあって、言葉がごつごつしている感じがありました。《鳥性の少年稲妻に義手見せて》、これは二つ隣の《人造林で姉妹しろい義手を持ち》と関係があるのかなと。要素が多いわりにまとまっているなと思いました。少年が丘の上にたって稲妻の空に義手を伸ばしているというような、神話に出てくるような感じで印象深く取りました。《神父と風船つぎつぎと季節労働者たち》、ここの「季節労働者」が何を指すかは取りきれていないのですが、農家の繁忙期に一定期間来る人たちかなと思っているのですが、「神父」と「風船」と「季節労働者」はそれぞれ異なるものですが並列させると合うなと思いました。《あの手術台ときとぎ水から白鳥かえり》、真っ白な手術台と強い光からイメージが転換されていくのが面白かったです。どれくらいモチーフに引っ張られないで読めるかというところでした。持っていかれそうになってしまって。それもまた面白いなという感じでした。

石川まず、今までの話の感想になるのですが、寺井さんと大塚さんが寺山との比較のお話をされていたのが興味深かったです。恣意的な読み方になるかもしれませんが、崎原風子の《修道院でマッチ擦るたび明るい絵葉書》と寺山の《マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや》を比較すると、二人の違いがはっきりわかると思いました。大塚さんがおっしゃっていた寺山の故郷の話…なんでしたっけ。

大塚イメージにおける花車などの祝祭日なイメージと、それとはかけ離れたものとして故郷をすり替えるような、逆説的な感じがしています。

石川分かります。寺山の場合、故郷への湿った感情と明るいポエジーが裏表に張り付いているようなところがあって、「マッチ擦る」の短歌でも、「マッチ擦る」という一瞬の明るいイメージが「身捨つるほどの祖国はありや」という重たくてウェットな祖国への思いにつながってくる。

一方《修道院でマッチ擦るたび明るい絵葉書》は、故郷へのウエットな思いみたいなところに全然つながっていかない。Ⅰ章のところでも言いましたが、自分のアイデンティティをどう語るかよりも、その飛び込んだ場所をどう描くかという点に目がまっすぐ向いているところに、この人の特性があるように思いました。句の感触が、ガルシア=マルケスの小説を日本語で読んでいるときに近いんですよね。日本人としてのアイデンティティに縛られていないから、翻訳文学を読んでいるような気分になるのかなと思います。

わたしと寝棺のまわりゆたかな等高》の句について寺井さんが読み方を迷うという話をされていて、私も解釈に迷いました。直感的には「わたしと寝棺」が高いところにある、つまり「等高線」が密集していて、それが「ゆたかな等高線」という言葉になっていると取りました。「寝棺」をどのように捉えるかにもよると思うんですけど、死を悲しいものとして描くのではなく、ただ「等高線」によって他と隔てられていると書いている。

ただ、「寝棺」だけが線の向こう側にあるのではなく、「わたし」も「寝棺」側にいるところがオリジナルだと思いました。「寝棺」の中の人が誰なのかは全く書いていないけれども、「わたし」が「寝棺」側に飛び込んでいくことで、死、あるいは死んだ人への心理的な近さを感じさせます。句集では、ここで初めて「わたし」という言葉が出てくるんですよね。

それから、《婚礼車あとから透明なそれらの箱》。事前に見せていただいた資料でも評されていた句ですけど、これも不思議な句で、「それらの」の「それ」が何なのかは書いていない。実際に箱があるという読みをされていた方もいたと思うんですけど、私は、この箱は見えない箱なんじゃないかと思いました。実際の生活用品とかだけでなく、「婚礼」という儀式が引き連れてくる、両家の歴史やしきたりなどが、透明な箱にぎっしり詰まっているんだよ、と。「それら」という語が曖昧に置かれているのは、わざとなのだろうと思います。私がⅡ章で選んだ句は以上です。

あと「ツイスト」の句はいい句だなと直感的に思うのですが、これも句意をどう取るのかが分からなかったんです。一応私の読みだと、「ツイスト終り河へ」で一旦切れて、河を見たときに、昔、河で靴を脱いでいた「母」が「鮮明に」フラッシュバックしたのかなと思いました。「河へ」は上と下両方にかかっていると取ったのですが、先ほど楓子さんは「鮮明に」が消えていくと仰っていたので、読み方がちょっと違うのかなと。

小川私は「ツイスト終り」で一度切れる感じで読みました。ちょっと時空が変わって「鮮明に靴ぬぐ母」が別にあるという。

石川それだと「鮮明に」の「に」の置き方に違和感があるかなと。

小川そうですね。狙って「に」を置くことで焦点を拡散しているという印象です。

石川私はもっと散文的に読んでしまって、「鮮明に靴ぬぐ母の姿が思い浮かんだ」ということかと思ったんです。でも、どちらの読みでもあまりイメージは変わらないのかな。「靴ぬぐ母」が今目の前に見えている訳ではないというところは同じですよね。他の句についても、頭に浮かぶイメージは同じでも、細かい点では読みが分かれる気がしたので、いわゆる句意を他の方にも伺いたいなと思ったんです。私が前衛俳句を読み慣れていないせいかもしれませんが。

小川外山さんは「ツイスト」の句をどのように読みましたか。

外山「鮮明に靴ぬぐ母」は靴を脱ぐと言う動作を修飾しているのが「鮮明に」という言葉なのかなと思ったんですよね。寝棺も他のもそうだと思うのですが、寝棺の二つ目の《蛾の勲章し青年のやわらかい未明》の「やわらかい」だったり、《霊柩車やわらか磨かれる落葉期》だったり、修飾する語句をかなりねじって使っていると思うんですよね。恐らくこの時代の特に前衛的な俳句の中で行われていた印象があるんですけどその一種でこれは別に「鮮明に靴ぬぐ」なのだろうと思いました。何故「鮮明に」かというと靴を脱ぐという動作を目に焼き付けるような形で言いたかったのかなと思います。そんな感じです。

石川なるほど。

柳元色んな方が仰ったように南魚座よりは寝棺の方が取りやすい句が多いと思います。ある程度現代とパラダイムが共通している感じがあるからでしょうか。安里さんが南魚座は動詞で押しているとおっしゃっていましたけど、それは僕も思うところです。南魚座の動詞のがちゃっとした感じの修飾の仕方は社会性俳句の文体や飯田龍太の第一句集『百戸の谿』や森澄雄の第一句集『雪礫』を見ていても思うことですが、同時代的に動詞ががちゃついていたみたいなところはあるのでしょうか。今はその読み方って忘れ去られているというか、かなり読みにくいものとして片づけがちな気がします。今前衛として参照されがちな阿部完市にしても動詞でがちゃついた前衛というよりはそれこそ名詞であったり形容詞であったり韻律であったりににウェイトが置かれた前衛の方が今となっては読みやすいのかなみたいなことも思います。

雨後の屋上蒸発したい猫がふえる》という句を取ったのですが、石川さんもご指摘なさっていた通り僕もラテンアメリカ文学のガルシア・マルケスとかバルガス・リョサを思いました。血のつながった濃い共同体の婚礼などの儀式が行われる中で見えていく景色の中で書かれていく句がすごく土着的です。景色を通して日本的なものを顧みるような望郷の念につながるものではなくて、土着の物を書き留めようとする。その中でも《雨後の屋上蒸発したい猫がふえる》が景も見やすいしいいなと思いました。雨上がりの屋上と町並みも見える訳です。雨後のカンカン照りのアルゼンチンの太陽。太陽については先行する評論にもありましたけど、アルゼンチンの風景みたいなものを思いました。「蒸発したい猫」というと安易に失踪のイメージを思うんですけど「雨後」という言葉があることによって本当に液体が気化するような感じのそのイメージもギリギリ引き留めてくれている。

他には僕《乳バンド売る老人等絶えずラクダ蒸発》、これも「蒸発」という言葉が入っています。「乳バンド」って調べたらブラジャーのことで、大正末期ぐらいに日本が輸入したのですがブラジャーという語だと何を指すかわからないから「乳バンド」という語に置き換えたらしいです。戦後もその語が使われているところも含めて非常に移民文学らしい名詞で生活に根ざした語彙であるという意味でいいなと思いました。「ラクダ蒸発」…、なんで動物がすぐ蒸発するのかみたいなところはちょっと僕も分からないですけど、この句においてはその老人の身体の皮膚が垂れている感じと、「ラクダ」の皮膚も重力に負けて垂れさがっている感じがあってそういうのが重ね合わせられているのかなあと。

小川「蒸発」って当時の「海程」の句でよく見るんですよね。色々なものが蒸発するなあというのを思い出しました。

私も《雨後の屋上蒸発したい猫がふえる》を取ったのですが、文法的に捻ったところはないのにじわじわと怖い句だなと思いました。猫の蒸発したさや、その数の増減まで感じ取れてしまうのは異様な感覚で、それはこの人自身も蒸発したいからではないかなと。「雨後」はどちらかというと生命力が強まる時間帯だと思いますが、そこから逆に蒸発という消えていくような感覚を得ているのが恐ろしいなと感じました。

それ以外の句では、《森に皿みがかれ獣に透明な季節》《あの手術台ときどき水から白鳥かえり》を取っています。冒頭の方で外山さんが有機物と無機物の話をされていて、そこでおっしゃっていた内容とは少しずれてしまうかもしれませんが、どちらの句も、有機物と無機物の組み合わせが魅力になっているように感じました。《森に皿みがかれ》は、「獣」や「森」といった生命=有機物と「皿」という陶器=無機物が組み合わせられていて、白くてツルツルした陶器が突然現れる異物感が面白いなと思っています。《あの手術台》は、「白鳥」と「手術台」という死に近いもの、銀の手術器具のような冷たい無機物が組み合わせられている。

有機と無機については、原満三寿さんの評論に引用されていた崎原風子の言葉を読むと、崎原風子は「有機的」という言葉を「意味的」というニュアンスで使っているように思いました。Ⅲ章の句では、意味のある言葉を「有機」、意味を結ばない単なる音の並びのような言葉を「無機」と捉えて、「有機物と無機物の組み合わせ」を試みているのかなと思ったのですが、Ⅱ章の場合はモチーフのレベルで、有機的なものの中に無機的なものを挿入することで生まれる異物感を狙っているのかな、などと思いながら読んでいました。

小川ありがとうございます。平岡さんいかがでしょうか。

平岡平岡です。普段は短歌をつくっています。よろしくお願いします。今せっかくⅡ章の話だったのでⅡ章のことから話しますね。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ章どれにも言えることだと思うんですけど、テーマがはっきりしているなということをまず感じます。モチーフに特徴があって、胎児や嬰児、あるいは逆に老人や肉、そういうモチーフが繰り返し出てくるんですが、身体、生殖に対する嫌悪感や忌避感みたいなものが強く表れているのかなと思います。そして、そこにも関係すると思うんですけど、未分化な存在だとか、不完全な身体に心を寄せていく感じもあるのかなと思っています。義手とかもけっこう出てきますね。

わたしはⅡ章から二つ選んでいるんですけど、まず一つ目は《搾乳場で少年白い風景盗む》、「搾乳場」と「少年」というのは意味ありげな組み合わせで、「少年」と組み合わせられるとき、「搾乳場」からは授乳と精通の二つを連想する気がするんですよね。「少年」を、少年以前の時間、少年以後の時間の両側に引っ張るというか。その磁場のなかで「白い風景」と言われると、生まれる前でもあり、死後でもあるような「白い風景」のなかにぱっと投げ出されるような感じがして、イノセントな存在である「少年」をこのまま凍結させるような力がこの句にはあると思います。そういった象徴性が読みとれると同時にこの句はもっと単純に実景の言い換えとして取ることもできて、「白い風景盗む」というのもたとえば「お腹が空いたから牛乳を盗んだ」ということかもしれないし、あるいは「搾乳場の風景をつよく心に焼きつけた」というようなことかもしれないし、そういう普通の実景としても取れるんですよね。さっきⅠ章のときに石川美南さんが《納骨堂(パンテオン)口をひらけばみな独語》について「実景としても隠喩としても機能する句」とおっしゃっていましたが、その感じの発展形かなという風にも思います。

もう一句取ったのが《産院裏父ら縞馬と茂りあい》という句で、これは滑稽なユーモアがありつつ、内容としては正に今「産院」で起こっていることへの呪いだと思うんですよね。「産院」つまり出産の裏側で、出産には関わらない「父ら」が生殖とは切り離されるように動物と交わらせられる。しかも「茂りあい」と、なんとなく植物性の方向にまとまっているところもおもしろいなと思って。この句は韻律にも特徴がありますね。「い」音の縦縞みたいで、どことなく内容と合っている。Ⅱ章はそんな感じのテーマを読みました。それで、先ほどから何人かの方がⅡ章が完成度が一番高いということをおっしゃっていて、それはもちろんそうは言えると思うんですけど、なんかそれもどうかという気持ちがわたしはあって。

Ⅰ章からⅢ章にかけて、おもしろさは確実に右肩上がりなんだけど、取れる句と取れない句の差はどんどん大きくなっていって、まとまりとしては右肩下がりなんですよね。上がっていくおもしろさと下がっていくまとまりの交差する場所がⅡ章にあるとしたら、バランス的にいちばんちょうどいいということにはなると思うんですが、それを完成度が高いと評価していいのか。

大塚さんがさきほど一句ごとの話として「中心が複数ある」ということをおっしゃっていて、それはすごくそうだと思うんですけど、一句単位だけではなくて作家性も中心が複数ある感じがして。ひとつの基準を軸にどのくらい達成されているかとか、劣化しているかとか、そういう判断をするのはちょっと難しいかなという気がするんですよね。

Ⅰ章の〈南魚座〉もとてもよくて、ほかの皆さんもおっしゃってましたけどⅠ章の感じで一冊まるごと構成されていてもぜんぜん読めるなーと思います。とくに好きだった句は《夏の月の体臭吐ける老朽船》、《向日葵群れ焦点のない焦りくる》、《ぶどう掌にアンデスの夜かわきくるか》、《六月の夕焼濡れた水夫のように》など、どれもすごくイメージが綺麗で。後からおもしろい句がどんどん出てくるから、それならこのへんのボールは見送るかなーという気持ちになってしまってⅠ章からは取らなかったんですけど、ふつうにⅠ章もすごくおもしろかったです。

黒岩Ⅰ章との比較のことは今回の読書会のキーポイントになってくるのかなと思います。一句における展開を読むことはあるんですけど、「中心が複数ある」とか「ごつごつしている」という特徴は一句において違う時空が現れることで起こりやすいのかなと思います。そういう句が南魚座より増えてくる。

森に皿みがかれ獣に透明な季節》、「季節」という風にまとめてしまうような言葉を使うように見えて、それが「透明」である。「皿」という質感のあるものから「獣」の存在性が薄れていくというなんか静かな裏切りみたいなものを感じます。《匙から匙へ未明薄められる嬰児》、命に関わるものを必ずしも肯定的な目線で見ていない。具体的な「匙」から始まっているのは分かるようで分からない感じがありますね。何か象徴的な記号を使っているのかなと思いながら、それが「嬰児」が「薄められ」ていく様子に変わっていく。「匙」が複数であるかのようにも感じられる。曖昧な微妙さも伝えられてるんじゃないかなと思います。 《船・男等ねむらせて午後は多毛へ》の「多毛」という言葉の唐突感には、太陽の照り返しを思ってもいいかもしれないし、驚きがかなりあるかなと。あとは「船」と「男等」を対置させ等価として扱っているのもかなり興味深いです。

挙げられていない話の中では、アルゼンチンは現代でも7割以上がカトリック教徒であるということから、宗教的な素材やモチーフを使っていることをこの中でどう捉えるかってのは結構大事なんじゃないかなと思います。石川さんが仰っていた風土をどのような立ち位置で捉えるかということにはかなり関わってくるのではないかなと。ただ敬虔なカトリック信者であるような態度を見せた句もないような気がしていて。そういう宗教的な要素を取り入れつつ、生や死をあまりえぐりとるような生々しさではない形で書こうとしていることに興味深い点がかなりありましたね。《修道院でマッチ擦るたび明るい絵葉書》の「修道院」っていうのは舞台設定として「絵葉書」に飛ぶためのジャンプ台として使われてる感じがありました。

小川崎原風子がカトリックであったかは、不明ですが「妻が子に洗礼を受けさせたいと言う」と言う話は事前資料に書いてあったし、影響は受けていたと思います。生活の中にあったのは間違いないだろうなと。また、南米のカトリックは日本のカトリックとは違うんだろうなと言う気もします。その辺りは、これから調べていきたいです。安里さん、ここまでを通していかがですか。

安里寺山の話で聞いていて自分の中にはなかった観点だったのでなるほどなぁと驚きました。さっき柳元さんも言及していたのですけれど、動詞や名詞の変容の辺りに、無論、社会性俳句や前衛俳句の影響だけではないでしょうけれども、その他の作家の書き方みたいなものを何か摂取したのかなと、私はなんとなく印象していたので、寺山という角度はなるほどそういうところに行きつくのは面白いなと頷いた次第でした。

他の作家の書き方に関連してⅢ章をつまみ食いしてしまう感じもあるんですが、西東三鬼の印象もちょっとあるかなという気持ちもあって、というのは《8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ》とかは、三鬼の《広島や卵食ふ時口ひらく》、この句は戦後2年ぐらい経って発表されたかと思うのですが、このように先行する句と関わって風子自体がイメージを具体化して表現しているのかなという風に思いました。

それと、Ⅱ章を完成度で考えたとき「作品の完成度」にどういう視座を用意するかによるとも感じますけれども、後半の方がより挑戦的な方法に向かっていく感じがあるというか、南魚座からもっとはるかな8へまで、本当に章を追うごとに、結構書き方が変わっていく。そしてまた変わり方がどんどん挑戦的かつ心象的になって音とかに向かって行っている感じがかなり興味深いです。

後篇につづく

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読書会参加者による崎原風子の五句

読書会参加者による崎原風子の五句


『崎原風子句集 俳句文庫10』1980(昭和55)年12月25日/海程新社

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安里琉太選
わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
う。夜あけ前のうすい肉親それらの離陸
ふ。しあわせな幼年のねじ式の空 
象1頭の心象都市や時間の鋸歯
薄みどりの頭蓋と地球自転あり

石川美南選
納骨堂(パンテオン)口をひらけばみな独語
わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
婚礼車あとから透明なそれらの箱
ン。洪水の記憶が石のようにとぶ
水は空にヨハン・クイナウ歩道橋

大塚凱選
わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
ぬくい挨拶ながれ娼婦のおびただしい箱
あの手術台ときどき水から白鳥かえり
犬の昼血は木のように立って眠る
花嫁と赤く置かれた綿刈機B

小川楓子選
ツイスト終り河へ鮮明に靴ぬぐ母
わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
い。そこに薄明し熟れない一個の梨
8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ
ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器

黒岩徳将選
みの虫満ちやわらかい「人類」という語
森に皿みがかれ獣に透明な季節
匙から匙へ未明薄められる嬰児
船・男等ねむらせて午後は多毛へ
都市はながれるロープ鳥のあらい目覚め

寺井龍哉選
わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
未明にある沼父母にない歌う習性
空にひろがり夏すでに馬喪いつつあり
白日のオートバイ老婆の到着性
花嫁と赤く置かれた綿刈機B

外山一機選
野の十字架冬日尽きむとして奢る
ツイスト終り河へ鮮明に靴ぬぐ母
八月おまえは太陽と灰反芻する
い。そこに薄明し熟れない一個の梨
8から見えるかーんかーんと犬の昼

中矢温選
鳥性の少年稲妻に義手見せて
神父と風船つぎつぎ季節労働者たち
未明白く塗られ清潔な死鶏あやす
あの手術台ときどき水から白鳥かえり
産院裏父ら縞馬と茂りあい

原麻理里子選
みの虫満ちやわらかい「人類」という語
蛾の勲章し青年のやわらかい未明
雨後の屋上蒸発したい猫がふえる
森に皿みがかれ獣に透明な季節
あの手術台ときどき水から白鳥かえり

平岡直子選
搾乳場で少年白い風景盗む
産院裏父ら縞馬と茂りあい
8から見えるかーんかーんと犬の昼
水を欠いた洪水〈だだ〉の電話局 
父よ逃げる鏡よ月色の犬よ

三世川浩司選
ツイスト終り河へ鮮明に靴ぬぐ母
わたしと寝棺のまわりゆたかな等高線
い。そこに薄明し熟れない一個の梨
8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ
ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器

柳元佑太選
雨後の屋上蒸発したい猫がふえる
乳バンド売る老人等絶えずラクダ蒸発
まぶしい欲情それに蹤いて密集の魚
〈赤い犬〉というジン嚥下するレー時間
紅葉のなかの犀荒廃のピアピア

2020-06-21

【句集を読む】無垢、事物との関係において 安里琉太『式日』の二句 西原天気

【句集を読む】
無垢、事物との関係において
安里琉太式日』の二句

西原天気


安里琉太『式日』は、声のボリューム・声のトーンが気持ちよく、というのはもちろん一読者たる私にとってという話で趣味嗜好に合うというにすぎないにしても、調整・調律が効いていると、ひとまずいえるからには、それをこの句集の美徳のひとつとしていいのだと思います。

一巻を通して流れる音の心地よさのなかから一句あるいは何句か取り上げるのは難しく、また適切な掲句になりにくいのですが、例えば、

花瓶よりおほきな蟻のでてきたる  安里琉太

こういう句は、とくだんの彩が施されているわけではなく、ただたんに景であるという成り立ちからして論じるに困難である一方、鑑賞のプロトコル・鑑賞のパターンから逸れていく句があえて提示されているという点は、読者の感慨なり驚きが比較的容易に言語化されることをあえて距離するという点で、トピック的な句であるのかもしれません。いわゆる褒めにくい句を褒めるために、魅力の核心のまわりをぐるぐると巡回するような書き方になってしまいますが、つまり、あっさりと景だけが置かれている。

花瓶と蟻。

その景、その存在、その現象を前にして、作者が出来ることは、あまりない。「おほきな」の箇所はたしかに作者の叙述であり選択ではあります。「ちひさな」でもなく「ふつうの」でもないという点で(他の候補なら、また別の興趣になりそうですが、作者が見たのは「おほきな」だったのでしょう)。「入っていったのではなく出てきた、という点も、作者の叙述・選択ではありますが、これも同様。それを作者が見た。

依然として回りくどい書き方です。

つまり、俳句的処理・俳句的措辞という以前の原初的な向き合い方が、ここでは、されている。

さらに換言すれば、事物に対して無垢が保たれている。

言い方を換えれば、読者(雑念としての読者)はおらず、事物と作者だけがいる。そうした無垢。

(俳句的処理やら措辞、なんらかの技巧がおのずと期待してしまう読者の反応の手前で、作者が無垢に踏みとどまる)

こうした、カジュアルにいえば、あっさりとシブい句だけでは、句集全体の印象が間違って伝わりそうなので、もう一句。

くわいじうはひぐれをたふれせんぷうき  同

ひらがな表記は幼年期の出来事を伝えるにふさわしいかに見えて、「くわいじう」との旧仮名遣いは、音読みに旧仮名をあてたときに生じる一種の異例感・事件感というモチーフのあどけなさとは対照的な古色・老成も生み出します。表記からからして、前掲句(花瓶と蟻)の何気なさとは遠く、〈何気ある〉句。助詞「を」がちょっと凝った使用である点も、前掲句とは違う。

成分は、懐旧・感傷。扇風機というから、映画館ではなく、自宅。日暮がブラウン管の中なのか窓の外なのか。前者とするのが素直な読みででしょうけれど、両者、という感じもあります(子ども向けのドラマは夜遅くない)。

まあ、そんなところで。

以上の二句をもって『式日』を語るということではありません。

ほか、気ままに何句か。

小鳥来るほほゑみに似て疎なる川

蟷螂に風吹く朝が旅に似て

川音や次第に見えて蜘蛛の糸

荷を置くに膝のほかなくおでん食ふ


安里琉太句集『式日』2020年3月/左右社

2020-04-26

安里琉太 追憶と鉈 10句

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追憶と鉈  安里琉太

海灼くる無風を蝶のひた歩く

  *

日をおいて夜汽車のとほる田螺桶

暮春の母屋あぶらゑのぐの饐えてゐし

卯の花や天金の書の束ね売り

  *

鳥沼の玉葱畑に寝てしまふ

先生や牡丹瘦せて月瘦せて

かはほりに雲の扉の展きある


ひらかれへ馬上の風雲倦む耕

みしはせを奇想の蒜へふり分ける

吊るし倦む百丈雛の黄の総体


2017-11-19

2017落選展を読む 1 「安里琉太 式日」 上田信治

2017落選展を読む 
1「安里琉太 式日」

上田信治


安里琉太 式日 ≫読む


摘草やいづれも濡れて陸の貝

草を摘むために、身をかがめると、いくつもかたつむりがいて、どのかたつむりも、濡れている。伸ばした手やくるぶしのあたりに、かたつむりが触りそうで、とてもきもちがわるい。「陸の貝」とわざわざ言うのは、それがそこにいることの違和感のあらわれだろう。

この皮膚感覚にうったえる巻頭の一句は、じつは例外といってよく、作者は「式日」50句で、歳時記的モチーフによりつつ、その実在性をどこまでもうすくした、淡彩の絵巻を描こうとしている。

春筍のにはかに影を長じたる
まどろみの窓にカンナの濡れてをり

春筍に(日が差して)長い影がうまれるのは尋常のことだけれど、「にはかに」「長じたる」と書いて、認識の混乱を生じさせる。カンナについて書かれていることは、本人まどろんでいるのと窓のむこうのことなので、ほんとうかどうか分からない。

作者は、対象である「それ」を見えづらくすることで、「景物の抽象化」を試みている。これは、ちょっと流行の方法かもしれない。

ぼうたんにありやなしやの日の掛かる
椎茸に仏師の夢のなんやかや

田中裕明や岸本尚毅が、思いっきり韜晦しているときの感じを狙っているのだと思うけれど、手妻の再演として成功しているかどうか。

抽象化を急ぎすぎなのか、内容的にとっちらかったような句も見られ、50句全体を見ると、傷が多いといわざるをえないだろう。

ひとり寝てしばらく海のきりぎりす

海浜にきりぎりすがいることは、よくあるそうですね。海の近くの波音が聞こえるような家で、ああ、きりぎりすが鳴いている、あれは海のきりぎりすだ……と思いながら、眠ってしまう。語のつながりに確定しない「あそび」があって、読み解きに手間がかかるけれど、音と空間に奥行きがあって、成功していると思う。

50句中この一句というなら、あらためて〈摘草やいづれも濡れて陸の貝〉を推したい。それは「海の貝」の対照の位置にある「陸の貝」で、神経過敏な摘草の人の幻想なのではないか。たとえば若冲の「貝甲図」の草むら版のような、と妄想を楽しんだ。「陸貝」ということばは、カタツムリとナメクジを指すのだそうで、その「いづれも」だとしたら、ぜんぜん面白くないのだけれど。

>> 2017角川俳句賞「落選展」

2017-11-05

2017角川俳句賞「落選展」第1室 テキスト

2017角川俳句賞「落選展」第1室

テキスト

1.安里琉太 式日  

摘草やいづれも濡れて陸の貝
かげろふの砂ずりが来て匂ひたつ
花守のさらさらと字を書かれたり
花疲れたちまち花のうへに出て
大波の砂もちかへる花明り
春昼やこゑの吹かれて橋の上
忘れゐしもののひとつに小鳥の巣
うたうらははげしき雨に桜漬
春筍のにはかに影を長じたる
起きぬけの枕を均す立夏かな
ぼうたんにありやなしやの日の掛かる
道すがらあをみなづきのさみしき繪
蛇苺川瘦せてより濃く匂ふ
貼りつきし花びらの朱に蛭乾く
鎌倉はどつかと晴れて夏料理
炎昼の花に匂ひのなかりけり
蜘蛛の囲のしづもりに滝掛かりたる
鴫焼やひとりの家に傘を増やし
枇杷の毛のさはさはと日をかへしけり
思ふこと早瀬をなせる端居かな
蟻地獄覗いてをれば聞こえくる
涼しさやひとしく竹の起きなほる
祭から離れたる燈を蛾が叩く
空つかふ遊びをしたり茄子の花
みづうみは羽ばたくものの秋暑かな
まどろみの窓にカンナの濡れてをり
ぼんやりと鯉に似てをり生身魂
椎茸に仏師の夢のなんやかや
くれなゐの椀落ちてゐる秋の川
葛咲くや淋しきものに馬の脚
ひとり寝てしばらく海のきりぎりす
折鶴にかりそめの魂秋ともし
式日や実柘榴に日の枯れてをる
火恋しいつかの鳥の白を想ふ
匂ひよき葉をふところに日短
金閣の雨を思へる湯ざめかな
耳あてが籠をこぼれて雲の影
湯気立てて天金の書に蝶の國
太陽の平たく曇る蓮の骨
足の裏ぶ厚く歩く冬至かな
毛皮の毛揺れてここにも蟻の道
墨磨つてをれば晩年枇杷の花
埋火の美しければ海の音
うすうすと冬枯の実の鳴りにけり
ねむる間も海のうごいて鏡餅
蠟梅をきれいな川の照りかへす
とほく来てまひるの奥の鮟鱇へ
鏡割居間まで晴れて来たりけり
徒花の掃き寄せてある冬田かな
しんしんと手鞠を置いてゆふべの手




2. 青島玄武 優しき樹

花は葉に花は優しき樹となりぬ
身体の皺とふ皺へ西日射す
雷の奥から松葉杖の音
北斗よりひとつ零れし蛍かな
新樹よりみな高々と手を挙ぐる
合歓の花ブルーシートのやうな空
魂を鳴り響かせて玉の汗
半ズボンたしか大病だつたはず
川風はやがて蝶々へ花菖蒲
一息に万物啜る冷素麺
日焼子も尻は真つ白大浴場
わわしきよ西瓜食ふのか喋るのか
四方から教会の鐘白木槿
しばらくは赤子をあやす赤い羽根
林檎とふバベルの塔に噛り付く
行く秋や唐揚げ匂ふ商店街
玲瓏と冬の楓の明らけき
雨音のやがてせせらぎ冬紅葉
冬の陽の翼の下の美術館
風邪心地みんな機械のせいにして
凍る夜や「空」の字掲ぐ駐車場
二分後の自分に出逢ふ嚏かな
人の世は火より興れりクリスマス
十悪も古き仲なり葱鮪鍋
晦日蕎麦どの窓からも星空が
仕舞湯や悲喜こもごもの浮かみをる
春永や鼻より出づる飯の粒
門松が阿蘇の五岳を迎へけり
初参り老神主の痰絡む
青空に溺れながらの玉競り
初空や寝癖の髪をそのままに
上古より女姦し初電車
ぞんぶんに空をいただく初湯かな
臘梅と闇が格闘してゐたり
省略のよく効いてゐし冬籠
白々と心臓息を吐きだせり
焼藷のなんと楽しき地獄かな
独りとは一人にあらず寒の海
はつかなる脈のありけり寒牡丹
立春や嫌ひな人とけふも会う
マネキンの右手が五本春寒し
七色の家七色の余寒かな
春炬燵から厠まで三千里
鳶はいま焼野の風を掴みけり
葬儀屋の前が病院うららけし
釈尊と雨宿りする花御堂
傾ぎゐし城を支ふる桜かな
伊勢の子は伊勢の桜に遊びけり
風も木も土も神さま初音聞く
遥かまで花降りやまぬ行者道




3. 青本瑞季 みづぎはの記憶

永き日を部屋まで海が照つてゐる
春の雷本の屍臭が書庫の中
傘の骨打ち寄せらるる二月尽
野遊びのきれいな耳についてゆく
立子忌や家の南が硝子張
夕暮れの桜海老なり目をなくし
風車西の市場の違ふ匂ひ
描きぶりが絵になる人で花のまへ
音楽にうごめく藤のむらさきは
はつなつの陰を排せる琴の部屋
草刈りの音窓辺の壜にたまりゆく
読唇のはやさに青葉ひらひらす
十薬跨ぐ靴擦れは熱を帯び
滝壺にあるなまぐさい手足かな
くちなはのかぼそい赤につづく舌
小満やひるがへるとき魚は銀
青鷺はビル光のなか展けてゐる
灼けながらばらばらに来る犬の脚
もうろうと昼顔だけがある景色
ががんぼの脚途中なるその感じ
盗品めくプールサイドの荷物かな
くらがりをみづに呼びこむ未草
沼はおほきな樟脳の昼寝覚
水無月晴れて花の名前の若くあり
蟹の死よ浮きて明るき影つくる
人々のそびえ蝙蝠わたる水
立葵葉の荒れて有線放送が来る
金網の奥のまなこを見る暑さ
汗ばむと檻の家鴨のさわぎこゑ
あたたかくくづれてゐたる螢かな
夏鴨とおなじ湿りにある木椅子
いつまでもくらげはみづにつきあたる
虹見せてくる眼球はすこし丘
痣がちの四肢を余せり夏館
絵葉書のこちらへ蜘蛛歩む真昼
ぼんやりと蟻の集まる墓のうら
ほたるぶくろ手をひきながら呼びに来る
こゑは鋭利にくちびるを濡れ夏終はる
初秋の山羊つながれて暗い井戸
空堀に耳のびんかん鰯雲
カンナが黄芯のなだらかなる眩暈
ぱらぱらと玻璃に映りて椋鳥瘦せる
ゑのこ草川の疲れの絶え間なく
川なかに小さき花野として浮かぶ
子規の忌の下草に花混じりをり
総立ちの秋草となる古墳かな
喉の渇きを茸は糸に裂けてゆく
をなもみよ野原の磯に似るところ
逝く秋がまぶしい海としてわかる
小春の海遠くに暗い写真となる




4. 今泉礼奈 熱がうつる (*)

ふらここのおくれてひとつ高くゆく
すつぽりと鳥影に入る菫かな
立ち枯れの幹をてふてふ過ぎにけり
蝶来ては去り来ては去り蝶の昼
白木蓮や病院の窓ひとつ開き
白木蓮の木の黒々と曇りけり
春疾風首長くして鴨が飛ぶ
風船を朝の光の滑りをり
あたたかや賞状に桐生ひ茂る
美術館のおほきな窓の桜かな
入学や色濃き土のやはらかく
花冷の街がジグソーパズルの中
花冷の白馬の白き睫毛かな
青空に放たれ花の枝の先
春昼を熱帯魚店ひんやりと
蜂蜜は光溜りや春の風邪
鳥ごゑに遅れ花びら降りてきし
残業のビル高くあり桜の夜
あたたかに頁の端の頁数
花ぐもり体温計に熱がうつる
桜散る閉店の椅子重ねられ
湖のはじまりは川桜散る
春暑し手鏡に顔収まらず
たんぽぽの咲き慣れてゐる鴨場かな
山藤を辿れば空に近付けり
藤揺れて夜の雲と雲はなれけり
メーデーの吊革に腕並びけり
退屈な顔が窓辺に花は葉に
葉桜や友ほつそりと欲少な
ジンギスカン鍋に丘あり五月来る
新緑や列が後ろに伸びてきし
若楓薄く冷たく光りけり
白日傘に囲まれ歩く男かな
薫風や写真家に時止まりたる
あをぞらのけふを愛して山法師
絵の中の一人となりて青葉かな
萍のあひだ真昼の淀みけり
嘘をつく目をして亀の子が歩く
遠雷や浮世絵のみな肌白し
地図の海も深さ持ちたり南風
ゆふぐれや梅雨の終ひの橋長し
滝強く昨日の雨の匂ひせり
河骨のその黄日射しに疲れたり
炭酸の音にはじまる帰省かな
どこか見てゐる草笛をはじめる目
前を泳ぐ人の飛沫を泳ぐなり
夏負や消火器に塵積もりたる
蜘蛛の巣の眩し喪服の人遠し
蝉の穴閼伽桶を置く音が乾く
蝶ふはと葉を揺らしたり終戦日




5. 岡田由季 手のひらの丘 (*) 

一〇〇〇トンの水槽の前西行忌
梱包の中身はギター春休み
金箔を少し呑み込み花の宴
モノポリー蜆が砂を吐く間
猫の仔に小学校のチャイム鳴る
菫見てゐるうち口の尖りをり
球根の天地を問ひぬ初蛙
花槐留学生の集ふカフェ
青葉山人と猿とが怯え合ひ
露台より芦屋の街と海すこし
山椒魚眩し眩しと言うてをり
水無月のホテルの窓に浮かぶ城
噴水の横に楽器を組み立てる
複雑な岸を辿りて睡蓮へ
少しづつ家族のずらす扇風機
百日紅雌ライオンの寝返りす
熱帯夜骨煎餅を齧りをり
老人が額を寄せて氷果食ぶ
浴衣着て店員ふたりぎこちなし
白靴の吸ひ込まれゆくレイトショー
中国語話せさうなる昼寝覚
立秋の水槽真上から覗く
パレードの時々途切れ黄のカンナ
蒲の絮むかしの音を拾ひけり
音楽をつけずに踊り黒葡萄
気の付かぬほどの勾配赤蜻蛉
色見本帳から抜いて吾亦紅
能面は顔より小さしきりぎりす
栗を剥く母の近くに座りけり
松手入終へてしばらく上にゐる
バーテンダーついでに檸檬磨きをり
象の眼に微かなる酔ひ秋の暮
木琴のとなり鉄琴秋日差す
退色の壁画に添へる一位の実
手のひらの丘に綿虫留まりぬ
アヴェマリア風花口へ飛び込みぬ
木枯に象の手触り残りをり
光源の方へ歩けば蕪かな
頭蓋骨同士こつんと冬初め
アルトから揺れはじめたり聖歌隊
灯台の小さき敷地や冬の鳥
走り出しすぐ消灯にスキーバス
餅を待つ列の静かに伸びてをり
鳥籠に指入れてゐる三日かな
末黒野と運転席の見ゆる場所
ばらばらの向きにペンギン立つ日永
遠足の博識の子についてゆく
バレンタインデー吹替の笑ひ声
古道具売れれば拭いて春の昼
めくるたび次の頁のある春田