〔週俳10月の俳句を読む〕
榊 倫代 深い井戸の底
後 頭 に 虚 空 ひ ろ が り 蓼 の 花 柿本多映
野 に 穴 を 想 へ ば 月 の 欠 け は じ む
階 下 で は 煮 込 ん で ゐ ま す 鵙 の 贄
虚無とかブラックホールとか、そんな言葉を連想した。
頭の後ろに広がる漠々たる空間。ぽっかりあいた穴の暗さ。もとは蛙だったのか鼠だったのか蜥蜴だったのか、とにかく得体が知れないものが、ガスの青い火の上でふつふつと煮えている、その鍋の中。
後頭の虚空にしても穴にしても、あるいは月の欠けた部分や階下の様子にしても、実際には目に見えていない。それでも確かにそこにある。そう感じることがある。尋常でない気配ともいうべきか。
深い井戸の底を怖々覗くような、そんな三句だ。
秋 風 や 薄 焼 菓 子 を 舌 の う へ 津川絵理子
夕方になると子どもが愚図りだすので、乳幼児用のせんべいを出して、てのひらにのせてやる。
せんべいは白くて軽い。齧りとるときこそカリッという音をたてるが、すぐにふわりと口の中で溶ける。
味は甘いようなしょっぱいようなはっきりしない味だ。いっしょに食べていると少し頼りない気分になる。そもそもいい大人が口にするようなものではないのだが。
秋風がいい。さびしさがいっそ清々しいところ、薄焼菓子に通じるものがある。下五に菓子をのせられた舌の所在なさを思った。
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2007-11-04
榊 倫代 深い井戸の底
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