2007-12-30

小野裕三 曖昧なものとして、確実なものとして

【週俳12月の俳句を読む】
小野裕三
曖昧なものとして、確実なものとして





帰り花バス降りてゆくひとの老い  浜いぶき

句の景色の中に、不思議な人の影が見えてくる。揺らめくような、消えていくような、あるいは確かなような。肉体は老いながら、しかしその肉体がまとう時間の蓄積はいよいよ確実なものになっていく--いや、人とは確かにそんなものなのだ。そうしてその肉体は、ゆっくりとバスから足を降ろす。曖昧なものとして、そして確実なものとして。


牡蠣の身に冷たき海の運ばるる  小池康生

牡蠣が海から運ばれてきた-- のではない。牡蠣に海が運ばれてきた、ということか。いやしかし、これは単なるレトリックだけではない。柔らかい牡蠣の身と、固い殻。そして、冷たい海。それぞれの物質の存在感が遠近感を往還しつつ、やがて渾然となって俳句の世界を作り出す。きわめて物質的なバランス感覚に優れた詩の世界だ。


白鳥定食いつまでも聲かがやくよ  田島健一

白鳥定食とは何? 正体のはっきりしないまま、ただ頭の中にぽんと冬の観光地の湖の姿が浮かぶ。人の少ない寂れた定食屋。例年は来ると言われている白鳥も、今年は姿を現さない。きっと目の前には、「白鳥定食」とは名ばかりの何の変哲もない定食があるだけなのだ。しかし、このように場面に何にも登場しないことによって、新しい抽象性が訪れる。これは作者ならではの冒険だ。


花ひひらぎ先に二階の灯りけり  太田うさぎ

二階というのは詩的な空間である、というのは僕の持論。特に日本家屋の場合はその詩性が際立つ。二階にはきっと不思議なものがいろいろ棲んでいるのだろう。灯だけが点る。足音だけがする。一体、誰がいるのか。可憐な花である柊の花が、淡く浮かび上がる全体の空間を正しく規定している。


寒月や鎧は函に納まりぬ  冨田拓也

飾られていた鎧が仕舞われていく、ひとつの物語。おそらく木の重厚な函なのだろう。窓からは冷たい月の光が差し込む。すっと手の姿が浮かぶ。月に照らされた手。鎧を仕舞う、物静かな、神経の行き届いた二つの手。重たい鎧は暗がりの中に仕舞われ、蓋をされる。鎧を宿す闇と、それを包む函を照らす冬の月。そして、柔らかな手がまた闇の中に立ち去っていく。


図書館の暗さに似たる冬と思ふ  笠井亞子

図書館の暗さと冬は確かにいい組み合わせだ。であれば、そのふたつをもっと直接的に繋げてはどうだったのか? だが、作者は「似たる」「思ふ」とふたつの屈折を挟み込む。挟み込まれたふたつの屈折は、図書館の暗さと冬の間に微妙な陰影を落とす。その陰影がかえって面白さになっている。まるで、その屈折自体のほうが詩想の中心になっているかのように。


深海に幻魚どろりとクリスマス  相子智恵

どろり。この一発で勝負はついた。地表の喧騒を離れて、海の、しかも深い海の、魚の、しかも幻の魚の、動き。しかも、どろりとした。地表から降りて底の底に辿り着くような、この徹底的な対照が鮮やか。ここまで濃く世界を詠んだのは、もちろん作者の意図だったのだろうが、どろりがまさに駄目押しとして象徴的に機能している。

ポインセチアあかるい毒をたつぷりと  中原徳子

ポインセチアの、あの不自然に明るい色にはどこか毒がありそうだが、実際にポインセチアには毒があるらしい。茎や葉を切ると白い液が出てくるがこれが毒で、皮膚の炎症を起こすとか。だが、そういった解説よりはあの色自体が毒だとでもしてくれたほうが詩としては納得できる。実際、あの色ゆえにこの花は北欧では魔除けの花とされていたとか。この句はどちらかというと、そういった雰囲気の方を連想する。


茸飯折詰の底あたたかき  矢羽野智津子

折り詰めの底が温かいというのは、発見だろうか、それとも当たり前だろうか。そんなことをしばらく考えさせられる。しかし、発見とは読者の多くの共感も得なくてはならないから、当たり前のことでもなくてはならないはずだ。そうして、発見と只事の微妙な境目に、人の気づかぬ場所にふっと咲いた小さな花のように素晴らしい俳句が出来ることがある。この句はそういう句の典型だ。

天袋より引きずり下ろす聖樹かな  仲 寒蝉
一年に一回しか使わないくせにやけに図体だけは大きいクリスマスツリーは、考えてみれば結構厄介な奴である。一年に一回という頻度が結構微妙で、押入れの奥とか、倉庫の中とかに仕舞うとこれはこれで出すのが面倒になってしまう。というわけで、天袋あたりがクリスマスツリーの最適の収納場所。引きずり下ろすといういささかめんどくさそうな動作も、この句にはやけに適切。



浜いぶき 「冬の匂ひ」10句 →読む
小池康生 「起伏」10句    →読む
田島健一 「白鳥定食」10句  →読む
太田うさぎ 「胸のかたち」 10句  →読む
冨田拓也 「冬の日」 10句  → 読む
相子智恵 「幻魚」 10句  →読む
笠井亞子 「page」 10句  →読む
中原徳子 「朱欒ざぼん」 10句 →読む
矢羽野智津子 「四〇二号室」 10句 →読む
仲 寒蝉 「間抜け顔」 10句 →読む



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