2009-03-01

〔週俳2月の俳句を読む〕 さらにちょっと壊して 上田信治

〔週俳2月の俳句を読む〕
さらにちょっと壊して
上田信治



君等の笑う秋葉原なら季語にもなる  佐藤文香

あからさまにトライアル&エラーというか、サーチ&デストロイを楽しんでいる作者。去年発表の〈鰯雲あの鰯はおれの鰯だ〉はよかったと思う。これで2句めかな。前書はなくても可と思う。「ケーコーペンで輝く「蛍」(夏)」は「カッコナツ」が、ちょっと、商業コピーみたいで、弱い気がしてきた。


しぐるるや耳を嫌がるヘッドホン  越智友亮

青春が青春の図式にはまってると、カラオケのビデオにしか見えないわけだが、これはちょっと実感あってよかったです。


二月四日百回千回と轢かれ 島田牙城

つまり、日付。いったい何の日ですか、と問う間にも、目の前の相手は〈百回千回と轢かれ〉ている。なにも告発していない告発。現代芸術っぽい。
       

注意すれど注意すれど字の読めぬものにほかならず 関 悦史

一読、耕衣の〈行けど行けど一頭の牛に他ならず〉を連想。他にも下敷きを思い出す句があって、思わず気持ちよくなってしまってしまうのは、やっぱり名調子なんですね、下敷きになってる句が。その破調という、一回限りの壊れた名調子を、さらにちょっと壊して歌ってみせる。すごく前向きっていうのではないけど、おもしろい。


さよならの雨風くるぞ菠蔆草  彌榮浩樹

〈さよならの雨風〉という造語的に働くフレーズが、なんとなく分かる。〈菠蔆草〉畑の別離(と書いて「わかれ」と読む)だとしたら、ちょっと名場面っぽく俗で、そこがいい。

『昼寝の国の人』という田中裕明の一句鑑賞を集めた本の中で、作者は〈天道蟲宵の電車の明るくて〉を評して、季語と俳句的モチーフの取り合わせながら、俳句らしい俳句になっていない、「あらゆる季語の中で(俳句として受けとろうとしたときに)いちばん気色悪くなる季語」が「天道蟲」だと書いていて、その俳句的神経の働きようが、とても印象的だった。〈蘖のよりぬき四齣漫画かな〉〈うどん屋で知人と笑ふ水菜かな〉など、ひょっとしたら、そういう、いやな感じのつかず離れずを狙った句かも、と思う。


雪解けて隅のはうにまできたよ  岡田佳奈

これは「雪」が「きたよ」ですよね。いちめんの雪が解けて、その存在の中心を、だんだん端のほうに移してきて、今は、膝を抱えて隅っこにいるようにしている、と。


寒明けやこの界隈になれてきし  如月真菜

これは、いい季語+生活感ですね。


草むらの透きゆくばかり蜆汁  川口真理
飛ぶものを見てゐる冬の佛かな

すこし要素少なめな不安定感が、きれい。〈麒麟〉を咥えてきたのは猫でしょう。


越智友亮 東京 6句  ≫読む
高崎壮太 ちやんぽん屋 6句 ≫読む
佐藤文香 ケーコーペン 9句  ≫見る
島田牙城 靴下の匂ひ  10句 ≫読む
彌榮浩樹  鶏  10句 ≫読む
関悦史 60億本の回転する曲がった棒 10句 ≫読む
川口真理 雛祭  10句 ≫読む
如月真菜 女正月 10句 ≫読む
岡田佳奈 きたよ 10句 ≫読む

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