2009-03-08

〔週俳2月の俳句を読む〕働く毎日 岡村知昭

〔週俳2月の俳句を読む〕
岡村知昭
働く毎日


俳句関係の知人から、頼んでいた雑誌のコピーが彼の勤務先の会社の名前が入った封筒で届いたのはこの週末のことでした。送り先の消印は東京、出張先から送りますとメールがあったのが水曜日ぐらいだったでしょうか。届いた中身を見ながら知人が過ごしている時間、せわしなく移動し、小刻みに人と会い、一日で処理できるかどうかわからない量の仕事をこなす合間を縫って、このコピーをポストに投函するまでを考えると、とても軽々しくは扱えないぞと思わずにはいられないのでした。

それにしても「今は仕事があるだけまだまし」と自分に言い聞かせることが、最近やけに増えてきたように感じるのを、気のせいであるとこれまた言い聞かせながら、体を引きずるように仕事場へ運んでいるようにこれまた感じる、この堂々めぐりは知人にも私にも、働く限りずっと繰り返していくのでしょうけど、なんでしょうね、こんなことを考えるのは疲れが溜まっているからか、それとも単なる苛立ちなのか。そうだずっと隠されていた「働き」のあり方が世の問題として喧伝されて、まだ半年も経っていないのでしたかな。


  耕してゐるうしろ側月通る   島田牙城

この人物の今日は、畑に向かって鍬を振るい続け、視線は土からひと時もそらすことはなかったはずで、だから日が高いとか沈んできたころとか、時間の経過も土に射す光から思うだけで、空を見上げたりはしていないのではないでしょうか。空気の冷たさからようやく夜の気配を感じて、後ろを振り返ってみると夕方と夜の狭間の空に浮かんでいるのはぽっかりと浮かぶ大きな満月。鍬を振るう手を止めて月を見つめながら、体全体に今日も仕事をやり遂げたとの満足感が通うのを感じたのです。満月から眼を離したあと、一日で耕した大地を改めて見回しながら思うのは、明日もあさっても続くであろう耕し続ける日々と、耕し続ける自分の姿。そのことに誇りを抱きながらあとひと踏ん張り、大地に鍬を振るおうとする人物がここにいます。


  眼前の笹の憮然へ耕せり   島田牙城

開墾の志を立て、荒地を畑に変えるべく懸命に鍬を振るっているのですが、さすがこれまで荒地だったわけで、さまざまな種類の雑草はどれも深く根を張りめぐらせ、早々に人の手の加わるのをよしとはしません。それでも志を果たすべく何とか耕し続けていき、続いては目の前に広がる笹の群れに立ち向かおうとしています。笹が見せる「憮然」とした表情は、耕す自分の心の表れでもあるでしょう。ここで笹と自分とは、はっきりと対決のときを迎えたのでした。まずは笹の葉を払い、続いて深く張った根もろとも引っこ抜き、ようやく鍬を入れるまで持っていきますが、懸命に労力を駆使してもなかなか思うようにいかない作業。引き抜かれた笹が見せる「憮然」が再び自分自身に返ってきている気がしながらも、「憮然」となるわけにはいかない今の自分は耕していくのです、笹の群れの先にまだまだ広がる荒地を。


  テキスト渡す今日もだれかが死ぬ話   佐藤文香

学校か塾か、とにかく国語の授業が始まろうとしています。いま先生が渡しているのはこれからの授業で使うテキスト、もしかしたら自作のプリントかもしれないですね。「今日もだれかが死ぬ話」とは一見するといったいどんな話を使うのか、不見識と言われそうにも思うのですが、誰かの伝記だったら間違いなく最後に主人公は亡くなるし、古文でも人が亡くなる話には事欠かない、だから人とはいつも「だれかが死ぬ話」を聞き続ける存在と思えば、なるほどこの表現はうなずけるのです。もしテキストの中身でなかったら「だれかが死ぬ話」は生徒同士がひそひそ交わしている話ということになります、有名人のことか他のクラスの誰かのことか、どちらにしても話を交わしている者同士の口ぶりからは、秘密を共有しあっている小さな喜びがはっきりと見て取れます。そのことを先生は口にこそ出しませんが、仕事場での些細な動きは決して見逃してはいないのです。


  佐藤先生僕の消しゴム嗅いで去る   佐藤文香

ここで問われるのは「佐藤先生」はなにゆえ一生徒の消しゴムを嗅いだのでしょうか、ではないのです。先生は消しゴムを嗅ぐことをきっかけにこの生徒との関係を何とかしようとしているのです、といってもかなり思いつめてやっているわけでも見えません。小さなコミュニケーションの積み重ねから信頼関係が生じるであろうと信じての、とっさの動きなのだと考えるべきなのでしょう。でも突飛な動きをとらせてしまうぐらい、生徒との関係をどう結んでいこうかとの先生の苦心は伝わるのです、経験や年齢の積み重ねの部分でこのあたりの読みは結構変わってしまいそうにも思いますが。でも「佐藤先生」はなぜ彼の消しゴムを選んだのか、との疑問は残ります。先生のほうもなぜだろうと思っていそうです。嗅いだほう嗅がれたほう双方に小さな疑問を残しながら、先生と生徒の毎日は続きます、教えるだけにとどまらない先生の仕事上の苦心はそのままに。



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