〔週俳2月の俳句を読む〕
長嶺千晶
ねじれた世の中への洞察力
蜜柑を渡す手が冷たいと言はれけり 越智友亮
マフラーにきみのにほひがして東京 同
「東京」6句より。
「手が冷たい」と言われたのは作者で、言ったのはマフラーの「きみ」なのだろうか。繊細な感性を感じる。東京ということに作者はどんな思いがあるのだろう。「マフラーのきみのにほひ」もどことなくつめたい感じがするのは、東京という地名からくるのだろうか。あまりにも透きとおっているので、壊れてしまわないようにと、そっとしておきたい結晶のきよらかさを思う。
プラハにカフカの何からなにまでを知りし笑ひ 関 悦史
ビルが皆鏡なす大恐慌前の蝶 同
一世紀の不眠の果てや霾れる 同
「60億本の回転する曲がった棒」10句より。
題名が、すでに現代彫刻を思わせるような造形美を感じさせる。
プラハの作家であるカフカの、ナチ台頭のねじれた世の中への洞察力を「何からなにまでを知りし笑ひ」とは言い得て妙。ただ、そのカフカを知って、笑っているのが作者だったら、これはあやういかもしれない。カフカの笑いをプラハに感じたと解したい。
「ビルが皆鏡なす」を「大恐慌前の蝶」と配合したこの句も、表現に絵画的な美しさがある。暗黒の木曜日のウオール街が過去のものではなく、現前の大都会のビル群にあらわれてくるのは蝶の効果かもしれない。たしかに今の世相は、第二次世界大戦直前とあまりにも似通っているのだ。
さらに「霾れる」のはこの「不眠の果て」の世相への警鐘だろうか。
むずかしい題材を詩的にも造詣的にも美しくこなしていることに心惹かれた。
白魚やひとのつまづく匂ひして 川口真理
「雛祭」10句より。
どんな匂いかはわからないが、「白魚」と言われるとはかなくも透きとおった感じがする。この「つまづき」は現実の踊喰いをするためらいなどではなくて、ひとのこころの奥底にある痛みのようなものを白魚に託しているのだろう。「ひと」とつきはなしたことで、より客観性を帯びてくる。繊細で美しい。
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2009-03-08
〔週俳2月の俳句を読む〕長嶺千晶 ねじれた世の中への洞察力
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