〔週俳2月の俳句を読む〕
馬場龍吉
俳句のテリトリーとは
花屋の店先では桃の花が満開。三月の雛祭りに合わせた開花のためであろうが。開花寸前の桜の枝も売られ、歳時記の季語の先取りのようでもある。胡瓜や茄子、トマトの野菜類などは年中見られる。そんななかで季語は必要無いように思われるかもしれないが、定型と季語は俳句のルールなのだからそれなくしては俳句ではないと考える。そういう意見が大半を占める俳句界に於いて93号の佐藤文香の『ケーコーペン』の連作は冒険であり挑戦と言えるかもしれない。ぼく個人としては残念ながら読みきれなかったのだが。
蜜柑を渡す手が冷たいと言はれけり 越智友亮
冷たい蜜柑を受け取った人のセリフがそのまま俳句になったのだろうか。いわゆる「オノロケ俳句」。手が冷たい人は心が暖かいというから。そう感じた受け手の暖かさを感じる。その人を想っていなければ声に出さないだろうから。触感的な俳句というものは伝えやすい分、既に言われたことのある俳句かもしれないという危惧もあるのだが。
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成人の日のちやんぽん屋ちやんぽん屋 高崎壮太
んー、これはわかるような気がする。昨今のハデな衣裳でなくても二十歳のそれぞれの個性の主張がまるでちゃんぽんの具であるようなのだ。やっぱりちゃんぽんを食べてる人も多かったのだろうけど。
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はい答えあわせ焼き芋が来ているね 佐藤文香
学校生活が設定の連作。うちの一句。これは意識しなくても俳句としてわかる。他作品はわかるがやっぱり分からない。ただ感じることはそれぞれの一句をタイトルとして、これから何かドラマが始まろうとしていることだけだ。
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二月四日百回千回と轢かれ 島田牙城
二月四日をキーワードとして考えると立春。節分。「百回千回と轢かれ」とあるから、節分に撒かれた豆が道路にあって車に轢かれているということか。いやそうではないだろう。島田牙城が言いたいのは二月四日そのものが轢かれているということだと思うのだが。不思議な作品。
撫でてをるのは春水のおもてがは
「撫で」「春水」の言葉遣いでコケティッシュな作品になる。惹かれるのはこういう作品なのだが、なぜか〈靴下の匂ひと思ふ春の泥〉をぶつけてくる天の邪鬼ぶりがいかにも島田らしいとも言える。
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さよならの雨風くるぞ菠蔆草 彌榮浩樹
掲句の素直な作りよりも、ちょっとズラした作品を得意とする作家のように思える。素直な作りは分かりやすい分、月並みに陥りやすい。菠蔆草のあの根元の赤い部分まで雨風が滲みていくような実感は口語による勢いであろう。
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ビルが皆鏡なす大恐慌前の蝶 関 悦史
未来都市の映像を見ているような景を見せてくれてうれしいのだが、作品全体のトーンには無理を感じる。ほどよい緊張は読者の好むところだが、言葉だけの緊張は作者以上に読者が疲れるような気がした。
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飛ぶものを見てゐる冬の佛かな 川口真理
冬のあっけらかんとした空を飛ぶものは雲であり鳥であり袋であり、そして雪であろう。それを身じろぎもせず見つめているものがある。それは石であり石仏であり、仏である。こう考えると輪廻まで話が及んでくる。
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鬚長き神に詣でて女正月 如月真菜
七福神詣でだろうか。二日に宝船の絵を敷いて初夢を見。それに曳かれるように小正月に七福神詣でをする。ここまでくれば鬼に金棒。文句なくいい年になりそうだ。「鬚」と「女」の対比の面白さもある。もっとシャープな作品が書けそうな人なので、次回はもっともっと飛んで欲しいような。
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我が椅子に冴えたる月の座りける 岡田佳奈
「椅子」と「冴えた月」はいかにもありそうなのだが、「冴えた月」が「椅子に座る」はなかったように思う。冷え冷えとした空気のなかに月そのものが座っているようなメルヘンを感じた。
口笛をはじめるやうに風花よ
きっかけは何であっても風花が舞っているのは今この時間。あの風花の舞い方はそう言えばそんな感じ。なんの前ぶれもなく舞っている。いつの間にか止んでいる。雪そのものではなく風花はちょっとうれしくなる存在。
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たった十七音しかない言葉が俳句だが、さまざまな俳句があるものだ。わかるというのは自分のテリトリー内にあり、わからないというのはテリトリー外にあるものだろう。テリトリーがあるというのは良いことなのか悪いことなのか。その答えは出てはいけないことだと思っている。なぜならその境界は常に動いているものだから。
■越智友亮 東京 6句 ≫読む
■高崎壮太 ちやんぽん屋 6句 ≫読む
■佐藤文香 ケーコーペン 9句 ≫見る
■島田牙城 靴下の匂ひ 10句 ≫読む
■彌榮浩樹 鶏 10句 ≫読む
■関悦史 60億本の回転する曲がった棒 10句 ≫読む
■川口真理 雛祭 10句 ≫読む
■如月真菜 女正月 10句 ≫読む
■岡田佳奈 きたよ 10句 ≫読む
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2009-03-08
〔週俳2月の俳句を読む〕馬場龍吉 俳句のテリトリーとは
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