〔週俳2月の俳句を読む〕
西村 薫
Sサイズの卵一個くらいの重さ
マフラーにきみのにほひがして東京 越智友亮
彼女からのプレゼントの手編みのマフラー
その一針一針に想いがこめられている
世界にたった一つしかないマフラー
大東京を配し、かつてのトレンディードラマのように切ない
時計から時間生まるる冬の蝶
時計から時間が生れるのではないのだけれど、
時間から時間に追われる毎日を過ごしていれば、
この錯覚に頷ける
「冬の蝶」が渋くて、抑制が効いていて巧み
●
鍵つ子の鍵の重さのごとき雪 高崎壮太
鍵の重さをSサイズの卵一個くらいの重さだとすると50gだが
「鍵つ子の鍵の重さ」となると、他人に計りしれない
「鍵つ子の鍵の重さ」と「雪」の関係も容易に解けない
詩性の香りのする魅力的な作品だ
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第二場面の母の気持ちが宿題に 佐藤文香
はい答えあわせ焼き芋が来ているね
佐藤先生僕の消しゴム嗅いで去る
戯曲だろうか
答えがいく通りもある宿題は難しい
「母の気持ち」なら画一的になるかもしれないし
意表を突いた答えになるかもしれない
佐藤先生が「僕」の消しゴムを取り、嗅いで去るまでの一瞬のできごと
「宿題」「焼き芋」「消しゴム」の日常の素材の把握が新鮮
●
山頂の落ちさうな岩春立ちぬ 島田牙城
目の前に立ちはだかっている切り立った岩が今にもずり落ちそう
その動き出すような感覚がいかにも春らしいということ
耕してゐるうしろ側月通る
まさか、月明りで耕しているのではあるまい
うすぼんやりした昼月では「月通る」という感じはしない
天体としての地球と月の動きで捉えると、この謎が解ける
「月通る」が戯画的で面白い
眼前の笹の憮然へ耕せり
地下に匍匐茎を伸ばし広がった一面の笹原
笹の根が網の目のように絡む土地に鍬を入れて、耕すことは
果てしない笹との闘いだろう
ひたすら手を血だらけにして根を掘り上げているさまが見えるようだ
「憮然」がいい
靴下の匂ひと思ふ春の泥
匂いは生きもの
すぐ消えるもの、長く後に残っているもの
冬の間、ものの匂いはなりを潜めてしずまっている
暖かくなると、強く匂うようになる
靴下の匂いも泥も同じだ
紅梅白梅犬の髑髏を死蔵して
二月四日百回千回と轢かれ
ミステリアスで刺激的
気障な男に反発を感じながらも、
つい振り向いてしまう矛盾した感情に似て、強く惹かれる
幻を見ることができる才能(想像力)が必要だ
赤江瀑の描く幻想世界を彷彿とさせる作品
●
鬚づらの満月のぼる桜餅 彌榮浩樹
「鬚」はあごひげ
三月を女の子の月とすれば、
鬚をたくわえたお月さまを配した構図がよく似合う
●
ビルが皆鏡なす大恐慌前の蝶 関 悦史
ビルの壁の白い反射光が、大恐慌を暗示していて不気味
「蝶墜ちて大音響の結氷期 富澤赤黄男」は結氷期だが、
同質の幻視、幻聴
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2009-03-01
〔週俳2月の俳句を読む〕西村薫 Sサイズの卵一個くらいの重さ
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