2012-02-19

奥村晃作同好会 前篇 太田うさぎ×西原天気

奥村晃作同好会 前篇

太田うさぎ×西原天気



天気●いつだったか忘れましたが、うさぎさんが「ミツビシの人」と呼んで、ちょこっと奥村晃作について書いていて、それで知ったんです。そうしたらハマってしまった。教えてもらったことに感謝です。

うさぎ●いえいえ。どういたしまして。天気さんが興味持ってくださり嬉しかったです。

天気●なんで知ったんですか。なれそめは?

うさぎ●一昨年くらいでしょうか、講談社学術文庫の『現代の短歌』を拾い読みしていたときに「何じゃ、こりゃ!」と「好き」のツボ押されまくりっていうのが何首も並んでいるページがあり目が釘付けになったんですが、次のページに「ボールペンはミツビシ」の歌を見つけ、「あ、この人だったのか!」と。ボールペンの歌を知ったのはおそらく岩波新書の『短歌パラダイス』だと思います。本が今手元にないので確かではないけれど、その中で紹介されていたんじゃないかな。それで奥村晃作の名前を認識したんです。で、書店にあった『多く日常のうた』を買って読んだりしました。

天気●『多く日常のうた』は第十二歌集で2009年。今回、ここで読むのは『空と自動車』(短歌新聞社・新現代歌人叢書/2005年)という選集で、第一から第九歌集までが対象。『多く日常のうた』はこの選集のあとに出た歌集ですね。それにしてもすごいペースで歌集が出ています。ところで、私、短歌全般、ほとんど読まなくて、まったくの不案内なのですが、うさぎさんは、よく読まれるのですか?

うさぎ●たまにアンソロジーを読んだりする程度です。穂村弘の『手紙摩まみ、夏の引越し』は愛読しましたけれども。なので、氏の歌壇でのポジションなどの知識もまったくありません。

天気●では、一首一首、楽しみましょう。作家だから奥村晃作とか奥村とか晃作とか呼ぶのが慣わしでしょうけど、ここでは「オクムラさん」と呼びたい。それでいいですか?

うさぎ●もちろんです! カタカナの呼称がなんとなくふさわしい方です。


縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が

天気●この「妻」は、もうなんと言っていいかわからないくらい、いいですね。跳んだ高さとは別の意味でも「最高」です。

うさぎ●きゃはははは。妻のキャラクターが立ってます。「妻が跳びをり」ではなくて、「跳びをり妻が」の倒置が上手くて、周囲からぽーんと頭二つくらい抜けている奥さんの姿が見えてきません?

天気●はい、輝いている。


洗濯もの幾さを干して掃除してごみ捨てて来て怒りたり妻が

天気●オクムラさんは、妻の歌が多い。元気で陽気で健気なキャラクター?

うさぎ●どこのご家庭にもありそうなシーン。この歌から"健気"な妻を感じるって、天気さん、いい人ですね。これも倒置法。漫画のようなプンプン顔を想像しちゃいます。


「ずる休み」「死ね」「犬」なぞと教室の落書の文字見つつ礼をす

天気●学校の先生なんですよね。『空と自動車』の年譜によると、オクムラさんは、東大卒業と同時に三井物産に入社。ところが、1年ちょっとで退社。東大に学士入学して教員免許を取って、芝学園の社会科の先生。

うさぎ●オクムラさんの学校短歌群もかなりイケますよね。

天気●この歌、「ずる休み」「死ね」「犬」の3つのラインナップが絶妙。


眼つむるに頭の中の受け穴にスポスポ落ち込むパチンコの玉

天気●これ、絶対、パチンコにハマってたときの歌だと思う。私もそういう時期があったので、わかる。寝ても醒めても、あの穴やチュリップが頭の中に浮かぶ。「頭の中の受け穴」なんていうと、暗喩っぽく読んでしまいそうですが、文字どおり「受け穴」ですね、これは。

うさぎ●「テトリス」にハマッたときがこんな感じでした。凸凹したビル群をみると空からブロックを降らせて嵌め込みたくなるんです。こんなことまで歌にしちゃうんだなあ。「スポスポ」の言い回しが受けます。


次々に走り過ぎゆく自動車の運転する人みな前を向く

天気●「そりゃそうだ」「前向いてないと危なくてしょうがない!」など、ツッコミ待ちの極致みたいな歌です。「タダゴト」はオクムラ歌でいつも言われるようですが、これって「タダゴト」を通り越して、異常なまでにタダゴト、というか、醍醐味のひとつですよね。

うさぎ●ズッコケながら、ちょっと背中が寒くなります。この歌、有名みたいですね、オクムラさんの標榜する「タダゴト」を代表する歌として。当たり前のことや常識とされていることをそのまま読んだら”異常”が出現する、そういうところがオクムラ短歌の特徴であり私にとっては魅力なんですが、その味ってどこか寺澤一雄さんの俳句作品に通じるような気がします。

天気●寺澤一雄さんの《竹婦人竹を編んだるだけのもの》《心臓が止れば死体サクランボ》とか(≫参照)。あとは山口東人さんかな。《カーテンのはさまつてゐる扉かな》とか、《加湿器を平和島まで運ぶ人》とか(≫参照)。上田信治さんの《電線にあるくるくるとした部分》とかも、そうかな。

うさぎ●オクムラ系俳句、ですね。


真面目すぎる「過ぎる」部分が駄目ならむ真面目自体(そのもの)はそれで佳(よ)しとして

天気●オクムラさんは、真面目な人なのかなあ。それとも不真面目なのか。これは歌の中の「オクムラさん」はどうなのか、という話なのですが。

うさぎ●絶対に真面目だと思います。カタブツと言ってもいいくらい。むろん歌の主人公として。そこがイイんです!


路角の出会頭にプッキーが秋田犬と狂い妻転倒す


天気●愛犬プッキーは、第二歌集『鬱と空』(1978~81)あたりから登場します。で、亡くなったのは1988年。第三歌集『鴇色の足』中に「プッキー永眠す」の数首があります。

うさぎ●犬はいつもはつらつとしてよろこびにからだふるはす凄き生き物》という歌もありますが、これもプッキーなのかしら。

天気●そうでしょうね。プッキーから犬というもの全般について、そう「認識」した、と。「妻転倒す」のオチがツボです。

うさぎ●ミセス・オクムラはチャーミングですが、夫の歌のなかでこのように詠まれてご心中のほどは如何なもんですかね。

天気●笑って許す、「また、ヘンな短歌、アホな短歌、作ってからに」という感じだと、いいなあ。なぜか関西弁なのは、夫婦(めおと)漫才のようなご夫婦であってほしいという、私の願望です。

うさぎ●ちなみにミセスは花の世話などきちんとなさる方。見ているだけのオクムラさんに対し、《わが妻が手塩に掛けて面倒を見ているらしいシンビジウムの》というわけです。夫婦仲よろしいんだろうなあ。


中年のハゲの男が立ち上がり大太鼓打つ体力で打つ


天気●あはは。「中年のハゲの男」というファンキーな導入もたまりません。

うさぎ●これ大好き!身も蓋もない。あんまりじゃないですか、渾身の力でもって太鼓を叩いているのに、ハゲの中年に残されているのは体力のみ、とばかり。ハゲを見つめてないで太鼓聞けよ!とか一人ツッコミしてしまう。

天気●「体力で打つ」というカブセがツボです。さっきの「妻転倒」もそうなんですが、最後の最後でこっち(読者)がヤラレてしまうパターンが多い。

うさぎ●天気さんのおっしゃるとおり、オチの付け方が秀逸だと思いますけれど、この歌にしても先ほどの「自動車」にしても上句の悠揚迫らぬ叙述が効果を上げているんじゃないでしょうか。

天気●なるほど。上げて上げて上げて、落とす。

うさぎ●俳句だと「立ち上がり」までは言えない。でも、おじさんはぬっと立ち上がったために「あ、ハゲ」とオクムラさんに目を付けられてしまったわけで、ここを言わないと面白くなくなると思うんですよ。ここら辺は短歌の特権ではないか、と。

天気●たしかに三十一音のアドバンテージかも、ですね。


ヤクルトのプラスチックの容器ゆゑ水にまじらず海面(うなも)をゆくか

天気●ヤクルトの空容器が海に浮いている、というのが、詩心に訴えるというのはわかります。ところが、「プラスチックだから」という展開。「そこかい?」という。

うさぎ●格調のある調べなのに、詠んでいるのはヤクルト。このギャップは狙ってるんですかね。

天気●もちろん狙いですよね。落差。俳句でもそうなんですが、諧謔の要素(この場合ヤクルト)、情けないシロモノ(この場合ヤクルト)は、きっちり文語調でまとめたほうが諧謔や情けなさが増す、ということがあります。


不思議なり千の音符のただ一つ弾きちがへてもへんな音がす

天気●この「不思議」も不思議です。それはそうだろうが、そんなことを不思議がっているオクムラさんのほうこそ、何百倍も不思議です。

うさぎ●これも、結句の可笑しさですよね。「千の音符のただ一つ」なんて素敵なフレーズなのに、行き着くところは「へんな音がす」。オクムラさん、真っ正直。不思議を丸裸で置いてしまってます。


ボールペンはミツビシがよくミツビシのボールペン買ひに文具店に行く

天気●私のオクムラ愛は、この歌から始まったわけですが。

うさぎ●ほとんど無内容なんだけど、リフレインがなんともいいんですよね。

天気●はい、無内容。オクムラさんを読んでると、内容が「ある」ことの無粋さを思い知らされる感じもあって、ああ、無内容の俳句が作りたい! と。

うさぎ●同感です。


撮影の少女は胸をきつく締め布から乳の一部はみ出る


天気●よく見てます(笑)。客観写生。

うさぎ●うーむ、この写生は異星人がグラドルの撮影を見学している的な。「ハミ乳」の意味合いが一般のソレとまったく異なっています。乳の一部が異物化していますよ、これ。

天気●この歌は第三歌集『鴇色の足』なんですが、第二歌集『鬱と空』には《男らがボインとぞ呼ぶ乳房なり下半分を布で締め上ぐ》があります。少女や女性の身体の一部を詠んでも(結構、それが多い)、なんか独特です。

うさぎ●女子高生の脚とかね。


「父
(とう)さんはディズニーランドも見たいって」声を低めて母の呟く

うさぎ●ふふふ。戦前生まれの親爺の哀愁を感じます。伊藤理佐の一コマ漫画で見たい光景です。

天気●これはねえ、ほんと、大好き。オクムラさんは長野県飯田市生まれ。両親が飯田から東京に出てこられたんでしょうか。このお父さん、頑固で無口な感じ? このお母さんの雰囲気、すごく良い。


歩かうとわが言ひ妻はバスと言ひ子が歩かうと言ひて歩き出す


天気●「歩かう」と「バス」しか出てこないのに、親子三人とそのあいだにある空気まで見えるような、不思議。

うさぎ●そうそう、空気ですね。 バラバラなのになんだか繋がっている。「歩き出す」にキュンとします。


研究し最も波の打つところ厚く組み込むテトラポッドを

うさぎ●唐突な導入。「厚く組み込む」はそれこそ写生の目が効いています。「そうだったのか!」とビックリ致しました、自明のことかもしれませんが。 最後に主体を明かすところがニクい。

天気●「研究し」がツボです。前にあった「妻が」もそうですが、倒置法で、主語を最後の最後に回して、オチがつくというのは、ひとつのパターンのようです。


一回のオシッコに甕一杯の水流す水洗便所恐ろし

天気●水洗便所って、ずいぶんムダなことをしてるんですよね。エコの標語に堕していないのは「恐ろし」の四文字の威力。

うさぎ●「恐ろし」の発見で出来上がっている。水洗が当たり前の世代だと、あまりこんな風な感じ方は出来ないんじゃないかと。「オシッコ」の俗語も凄い。


蝉の場合地中の虫の時間まで彼の一生に加算すべきだ

天気●「すべきだ」って(笑)。オクムラさんの歌は、ほとんどの部分がふつうにふつうに流れていって、ほんの一箇所、ツボがある。四小節の最後の一拍にシンコペーションが入って、「おーっ」となるような。

うさぎ●これはホント「そーだ、そーだ!」って思うんですよ。羽化は蝉の晩年ですもん。オクムラさん、万物にリベラルなの♪


不意にきつぱり女を捨てた時のごと不意にきつぱり煙草を捨てた

肺癌になるぞなるぞと脅されて脅しに負けて煙草を止めた

天気●この二首は『空と自動車』では、並んでいます。「不意にきつぱり」と二度繰り返しているくらいだから、さぞかし「きっぱり」なんだろうな、と思ったら、肺癌が怖くて、その脅しに負けた、と(笑)。これは、二つセットで、ハマります。

うさぎ●男の人の見栄と本音がよーく分かる。 ところで、『空と自動車』はそれまでの9冊の歌集から抜粋した、自選オクムラガイドブックのような歌集なんですってね。とても素敵でいて、どこかやはりオクムラさんを象徴する題名だと思います。

天気●はい、『空と自動車』。良いなあ、このタイトル。


端的に言ふなら犬はぬかるみの水を飲みわれはその水を飲まぬ


天気●犬と自分の違いを、こう「端的」に言われたら、もう降参です。

うさぎ●「端的な違いはそこかよっ!」と、これまたツッコミ度満載。


結局は傘は傘にて傘以上の傘はいまだに発明されず

天気●これももう「そうだよなあ」とうなずくしかない。《当たり前を当たり前として懸命に歌ふオレの歌認識の歌》(第四歌集『父さんのうた』)。この傘の歌も「認識の歌」ですね。

うさぎ●繰り返されることによって「傘」の字が実にその機能を持つ道具だと認識されてくる。象徴としての「傘」に持って行かれそうな危うさを孕んでいますが、傘以上の傘、欲しいです、雨の日の吟行など。

天気●なんか、NHKの「みんなのうた」で、オクムラさんの歌をたくさんやってほしいなと。ふと思いました。


運転手一人の判断でバスはいま追越車線に入りて行くなり

天気●「誰の判断か?」なんて考えたこと、なかった(笑)。

うさぎ●これ、ホラー入ってますよね。


水に色なけれど全く色なしと言へるかどうか色とは何か

天気●色とは何か?と訊かれても、なるほど、難しい。「認識」のニッチを突いてきます。そこがものすごく気持ちいい。

うさぎ●その感想、天気さんっぽい…のは置いといて、根源的な問を突き付けられてぐっと一瞬身を引いて黙ってしまう。結句のいきなりな踏み込み方の力。


海に来てわれは驚くなぜかくも大量の水ここにあるのかと

天気●これも「なぜ?」と訊かれたら、無学な私は困ってしまいます。といって、地球の歴史などをひもといて、科学的に説明できたとしても、「驚くなぜかくも」という部分、このワンダーは解決しない感じもします。それにまた、「なぜ」が説明できたところで、オクムラさんは「水とは何か」とカブせてきそうです。

うさぎ●「無学」だなんておよしになって(笑)。ワンダーっていい言葉ですね。世界はまだまだワンダーに満ちているんだ。こういう歌を読むと賢しげな感嘆はすべて無に帰してしまう気がします。プリミティブな感動に読者も巻き込まれます。


ゆくゆくはマッチ箱くらゐの大きさの犬だつて人は造るであらう

天気●いや、それはないでしょう!とツッコミたくなる「認識」が混ざるから、たまりません。

うさぎ●マッチ箱犬、欲しい! なんでこんなこと考えるかなー。うふ。


(つづく)  ≫後篇

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