【週俳4月の俳句を読む】
意味不明な世界の中で
小野裕三
古き木に古き支へ木四月馬鹿 津髙里永子
木に支えがあるのは特になんてことはありませんが、木も古いし、支え木も古い、と。古いもの同士でお互いに助け合って、ははは、何だかね、という程度のちょっとした可笑しみなのですが、それを堂々と四月馬鹿にぶつけたことで、そのちょっとした可笑しみがいい立ち位置になっています。
上手くいき鶯笛で人気者 西村麒麟
今回掲載の連作全体がまとまりとして面白くて、この手の連作で楽しませる作風の俳人もわりと久々に見た気がします。その連作の中のひとつのポイントがこの句でしょうか。何がうまく行ったのかというのをあまり書いていないところが逆にこの句の手柄で、当人の得々とした気持ちがあっけらかんと書かれているのがある意味で正しく俳句らしくていいです。
沼のような電話だヒヤシンスを探す 宮崎斗士
宮崎斗士さんの最近の句は、いい意味でイッちゃっていて、あまりうまく解説ができません。誰かちゃんと解説できる人はいるのでしょうか? 沼のような電話って何だよ、とか、それとヒヤシンスとはどういう関係があんだよ、とか、突っ込みどころというか疑問点は満載なのですが、意味不明さが意味不明な世界の中できちんと整合性が取れているという、これはもはや職人技です。阿部完市さんの正統的な後継者がいるとしたら、この作者しかいないでしょう。
伊勢丹の空ほそながく鳥渡る 西丘伊吹
勝手ながら、新宿の伊勢丹を思い出して、ああ確かになんだかそんな感じ、と思いました。空が細長いというのはビルの合間から見える空のことなのか、しかしそうだとすればどこの道だってそうのはずだし、あるいは屋上から見た空のことなのか、それにしても細長いというほど視界が悪くはないだろう、などなどと理屈で考えると納得がいかないのですが、でも確かにこの句は僕が知っているあの新宿の伊勢丹のことを的確に言い表しているのです(ひょっとすると、この作者が詠んでいるのは新宿ではないのかも知れませんが)。
将棋さす爪鮮やかに寒椿 衣衣
爪鮮やかと寒椿だと、いくらなんでもちょっと題材として付き過ぎ、という感もなくはないのですが、それが将棋さす人だというのがなんともいいですね。勝手ながらここに描かれているのは、趣味で将棋をやってる人ではなくて、プロの棋士などを想像したのですが、そうなんでしょうか。ともあれ、句全体に凛とした感じが漂っています。
花冷えや弁当囲んで引っ越しの話 楢
春だからちょうど引っ越しの時期ですよね、なんて現実的な事情を考え始めるとあまり面白くなくて、それよりも弁当を突つきながらみんなでよもやま話をしている感じ、そこに花弁が降ってくる、そんな情景自体になんとも言えない面白さがあります。生活の変わり目に当たっての浮きたったような気持ちと不安と、そんなものがその情景の中にうまく編み込まれています。
月明かりタクシーの背に鳥の夢 日比藍子
これはいい句だなあ。月明かりという始まり方がそもそもいささか幻想的すぎるきらいはあるし、夢で終わるのもその幻想性をダメ押ししている感はあるのですが、しかし月に照らされたタクシーの「背」(背というのはタクシーの車体上部という意味でしょうか? 背という言い方が生き物めいていて、とても喚起力があります)に鳥の夢があるというのは、イメージとしてなんとも甘やかで魅力的です。いい意味でうまく人を騙し通す句ですよね。
亀鳴くや二人がかりで思い出す 楢
「えーと、なんだったけ?」「ほら、だからあれあれ!」「そうそう、だからさ、あれだよね。あれ! えーと」って、それじゃわかりませんね。まあ、そんなふうに二人がかりで思い出すことってあります。その二人の間の出来事自体がけっこう面白くて、思い出してみると「なーんだ」ってことも多いのですが、この二人の間の間合いのようなものがこの句ではうまく引き出されているように感じました。季語も亀鳴くなんて、いかにも嘘くさい季語ですからね。季語のちょっと間抜けた感じが、句の内容とうまく合っています。
春の雨人に会ふのに坂下りて 山田真砂年
一見、実に平板な句に見えます。季語もあまり工夫した痕跡もないかのように、春の雨。でも、この句はちゃんとその雨が匂い立ってきますよね。そしてその中で、傘を差している人待ち顔の姿もちゃんと見えます。それだけではない、坂道を流れる雨、周囲の木立や家々、静かな町、雨空、時折過ぎる自動車、でもその待たれている当人はなかなか来ないのかも知れません。そんなことが、きちんと見えてくるのが不思議です。というか、そんなところまで読み手に想像させるのがやっぱり優れた俳句のいいところでしょう。
第258号
第259号
■西村麒麟 鶯笛 30句 ≫読む
第260号
■宮崎斗士 空だ 10句 ≫読む
第261号
■hi→作品集(2010.10~2012.3) ≫読む
■新作10句 イエスタデー ≫読む
第262号
■山田真砂年 世をまるく 10句 ≫読む
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