林田紀音夫全句集拾読 217
野口 裕
葬送の人散ってなお曇天あり
昭和五十六年、未発表句。「兜子葬儀」の詞書あり。その前の句が、「折り鶴に重なる紅の椿散る」。これも赤尾兜子に対する悼句だろう。兜子が大正十四年二月生まれ、紀音夫が大正十三年八月生まれと同学年であり、同じ関西の地で俳句を競っていたことからも、思うところ多々あったに違いない。
兜子の晩年にささやかれた、伝統俳句回帰を紀音夫はどのような心境で見ていただろう。紀音夫の未発表句が有季定型に傾きやすい点を考えると、兜子の動向に理解を持っていたのではないかと想像するが、漫然と読んでいるここの持ち分を遥かに超えたところの話ではある。
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散る桜髪よりの雨遠くの雨
昭和五十六年、未発表句。雨が花と共に降る。濡れた髪からしたたる雨が、遙か彼方から来る。と、句から読み取れる景を書いても詮なし。雨のリフレインをはさんで、視線が近景から身体へと移る。「遠く」は、文字通り遠くでもあり、自身の内部から湧き上がってくる追憶の源泉のようでもある。
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ひとりふたりとさくらの下還らぬひと
ひとりふたりと焼香の列崩される
渚よりひとりふたりと骨の人
昭和五十六年、未発表句。この三句より少し前に、「ひとりふたりと横切り雨後の土濡れる」を取り上げているが、この年は集中的に「ひとりふたりと」という言い回しを試みている。「ひとりふたりと」集まるのではなく、「ひとりふたりと」と去って行くところに、紀音夫の含意がある。最後の「骨の人」の句は抽象画になりきらない具象画の雰囲気にいつまでも背中に残る痒みのような奇妙な味わいを感じる。
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2012-06-10
林田紀音夫全句集拾読 217 野口 裕
Posted by wh at 0:04
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