【週俳8月の俳句を読む】
どこかの
谷さやん
濃紫陽花カフェの入り口半開き 谷口摩耶
通りがかりの紫陽花に目を奪われて、ふと花の奥のカフェの入り口が半開きになっているのに気付いた。
紫陽花のきれいな梅雨時は、蒸し暑さを感じ始めながらも、冷房をかけるにはまだ気おくれする。この店も扉を半開きにして、風を通しているのだろう。客もあまり入っていない眠たそうなカフェである。覗くともなく覗いたカフェの暗闇と濃紫陽花の明るさが対照的。
ニケも車も小麦も焦げていた半島 福田若之
ニケって誰だろう。いや、連れて行った猫か犬かも。ともあれ、四つのカ行の音が快く響いて、乾いた半島をとり巻く海の青さが目に染みるよう。「焦げていた」という口語調が、私も立ち会っていたかのように甘く切なく、半島のあの日に誘ってくれる。
扇風機どこかの鈴木から電話 福田若之
苗字ランキングでは、「鈴木」は「佐藤」に次いで二位らしい。日本全国のどこかの鈴木さんから電話が入った。扇風機が回っている暑苦しい日だから、受けた方は「鈴木」と呼び捨て。
家族の誰かに向かって「電話」とだるく伝えているのか、あるいは告げられているのか。「鈴木」さんには失礼かも知れないが、家のどこにでも持ち運べて気楽な付き合いの出来る「扇風機」と響き合う。
テレビつけ遺影と麦茶ひよいと移す 前北かおる
一句目は、「遺影」と「麦茶」を同列に詠んでいることに共感した。テレビのスイッチを入れた途端に、二つの物が邪魔になっていることに気づく。いつも家族で偲んでいる遺影も麦茶と同じ軽さで「ひょいと」動かしてしまう。人間て可笑しい。だから、生きていける。深い悲しみとは別の、日常とはそういうものだと納得する。
蔦茂るそのはじまりの蔦隠し 村越敦
何処かに始まりはあるのだけれど、蔦自身がそれを隠すように生い茂っている。蔦の伸びていく先を見上げることはよくあるが、一本の蔦の根っこに思いを馳せたことは無かった。「そのはじまりの」というゆったりとした言葉使いに、蔦を手繰っているかのような感じが出ていると思う。
船頭はバイクで帰り雲の峰 松本てふこ
「船頭」で、昔ながらのあの菅笠の出で立ちが思い浮かぶ。その姿を掻き消すように、舟からバイクに乗り換えた私服の船頭の後ろ姿が現れる。仕事中見上げることのなかった雲の峰に向かって、一路我家へ。船頭さんの一日がコンパクトに描かれていて、楽しい。
■谷口摩耶 蜥蜴 10句 ≫読む
■福田若之 さよなら、二十世紀。さよなら。 30句
≫読む ≫テキスト版(+2句)
■前北かおる 深悼 津垣武男 10句 ≫読む
■村越 敦 いきなりに 10句 ≫読む
■押野 裕 爽やかに 10句 ≫読む
■松本てふこ 帰社セズ 25句 ≫読む
■石原 明 人類忌 10句 ≫読む
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2012-09-09
【週俳8月の俳句を読む】どこかの 谷さやん
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