2012-11-18

【週俳10月の俳句を読む】関 悦史

【週俳10月の俳句を読む】
虫という時空の衣裳
 
関 悦史



玉虫の樹脂の中なる時間かな   西原天気

アクリルかエポキシ樹脂に封入された死体の玉虫か。透明な固形物の中に生前の姿を留められ、半ば鉱物のような存在となった玉虫が、死後に送るオブジェとしての新たな時間。別の虫でも同じことは出来るはずだが、こうした加工欲を最もそそるのが玉虫なのだろう。


蝙蝠を連れブラジャーを売りにゆく   同

侘しい商売だが、このブラジャー、蝙蝠と呼応して飛びそうな怪しさも帯びる。


揚羽蝶ダム放水の音のなか   同

スケールの違いを一身に受け止めて、揚羽蝶が独立の鼓膜となって雄大な景観を漂っているようだ。蝶にも聴覚はあるのだろうが、それがいかなるものなのかは想像を絶する。


星の下とは孑孒の湧くところ   同

このボウフラ、必ずしも卑小であったり不潔であったりという要素で星空を茶化しているばかりでもないようで、星の生気を受け止め、具現化しているようでもある。


蛾を模せる仮面や女王様と呼ぶ   同

仮面ライダーの怪人に蜂女というのがいたが、昆虫と女性を掛け合わせると奇妙なエロスが生じる。生物としての次元が違いすぎて意思疎通の不可能な、半ば機械のようにも見える生命体とのコントラストがバネとなるのだ。哺乳類などの脊椎動物では近すぎる。


幻聴として黒揚羽まじッすか   同

象徴性も耽美性もかなぐり捨てた、一応敬語を使っているもののヤンキーのような黒揚羽であって、捕まえたらうるさそうである。

それでも一応黒揚羽の象徴性というものはあるので、語り手の抱えている“他界”がこうした愉快なものなのだと窺い知れる。


かたつむり殻を鳴らしてつるみける   同

耕衣句「かたつむりつるめば肉の食ひ入るや」を連想させてその怪しさを共有しつつ、乾いた殻の質感を出すことで、可憐さと、物としての姿の奇妙さに改めて着目させる句。


みづうみに触れて震へし蠅の肢   同

茅舎の「露の玉蟻たぢたぢとなりにけり」では蟻は露の玉の大きさに驚いているとはいえ(人から見ればどちらも微小なのでそのスケール感の交錯がある快感を生むのだが)、それはまだ比較可能な大小の話。こちらの蠅とみづうみとなると、スケールが違いすぎて蠅からは(人間からも)全体像が知覚不能な上、みづうみの静謐を帯びて、蠅が何やら『2001年宇宙の旅』で理解不能な領域に触れてしまったボーマン船長のような風情。「震へ」が畏怖の感覚を呼ぶ。


蠅取りのリボン家族の中心に   同

家族の中心の位置を、堂々と蠅取りリボンが占めてしまっているのが滑稽なのだが、食事時に家族が揃うのも、蠅取りリボンも遠い昭和の風情で、滑稽も郷愁の中に呑まれたような格好だが、往時の生活が句の背後に濃厚に立ち込めるといった雰囲気もなく、むしろ句全体が軽い模造品のようで、この背後には何もないといった趣き。味わうべきは、湿り気を帯びた空虚さか。


天井に届きさうなるさなだむし
   同

吊るせばおそらく天井どころではない長さにまで育つのだろうが、そんなことよりこの句では、ぶら下がっているにもかかわらず自発的に昇っているようにも見える措辞によっていきなり現れた、「直立するサナダムシ」というイメージの起爆力が大事なのだ。


国道を旅するこころ蚯蚓の死   同

路上の蚯蚓の死の句はあまたあろうが、そこに憐憫ではなく、蚯蚓の風流心を見て取ったのはあまり例がないのではないか。古人も多く旅に死せるあり。蚯蚓もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず……。国道の感触がロードムービー的旅情を呼び込む点も見逃せない。


原子炉はなにかの蛹だと思ふ   同

今既にその辺に見えない「成虫」が飛び散っているのかもしれないが、あの原子炉の大きさに見合った大きな成虫に出てきてほしいところで、全く見えない極微なレベルの成虫しか出てこないというところが、受け止め方に困るところでもあるのだ。


千年惑ふ三葉虫はヌーブラに   同

単にタイムスリップでも起こさなければあり得ない出会いというのを超えて、愉快な無限感が引き出された句。ヌーブラの奇妙な生命感が古代の虫との交感を自然に呼び入れて、人は進化の末に変な形のものを作ったものだという俳諧味にも思いが及ぶ。種としての三葉虫にとっての千年など一瞬であろうという、時間の進みゆきの食い違いからも、この世ならぬ肯定的な笑いが句の背後から感じ取れる。



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