2013-06-16

林田紀音夫全句集拾読 270 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
270

野口 裕







紫陽花のやつれてどれとなく揺れる

平成二年、未発表句。白昼二句。平成二年花曜に、「紫陽花に雨いちにちの色加わる」、同じく平成四年に、「紫陽花に昔日の翳ひそひそと」と、紫陽花の色の変化に注目した句が点在する。平成二年の海程にも、「紫陽花に銃眼いくつかを数える」とあるが、これは注目するところが違うだろう。

未発表句は、素直に紫陽花の景を描写したと見せつつ、「どことなく」ではなく「どれとなく」と書くあたりに冴えを見せる。「やつれて」の擬人化は、句会での批判を被るかも知れない。しかし、こうやって発表句と未発表句を並べて比較すると、未発表句の方に好感が持てる。

 

バターに溶けて海の夕日の懐かしく

平成二年、未発表句。夕日を眺めつつ、バターの溶けて行くさまを想像しているのか、バターの溶けるさまに海に沈む夕日を想像しているのか。いずれなのかは、判然としない。懐かしくは、過去の幸福な時代の回想を思わせる。とすると、少年時の体験か。溶けるバターが「ちびくろサンボ」を連想させるが、絶版騒ぎがあったのは昭和六十三年。やや時代がずれる。

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