【週俳7月の俳句を読む】
ごくささやかな
上田信治
夕薄暑突き出す腕のトロンボーン マイマイ
ベランダのパセリの花といえば花
ハッピーアイスクリームハッピーアイスクリームハッピーアイスクリン
「夕薄暑」という空間と、そこにのばされた、腕と、細い金管。そのあわいにある、ささやかなやさしさ。ベランダのパセリに向けられた下向きの視線のさびしさと充足感。おまじないとも言葉遊びともつかない、その言葉が祈りとなるさま。
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冷酒や亜流に生きて心地好し 小野富美子
とりあえず墓はあります梅漬ける
麦酒飲むまた王冠を叩く癖
これは素敵なゴキゲンさの演出。王冠を叩くために、まず瓶ビールを頼むところからはじまっている。
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雲白く夕焼終る頃と見し 岸本尚毅
我の目に映る鬼灯市を去る
風鈴の硝子の玉の鈍き音
人のすること、思うこと、それらを言葉にすること——そのなかにある、ごくささいな予期とのずれ。
この人の立ち位置からは、たぶん西の空が見えない。そこから帰るためには、そこを通過しなければならない。思ったより、音が重い。
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知らぬ人網戸に舌をあてがひぬ 藤 幹子
紫陽花は家禽と思ふ撫でやすい
凌霄花その魚は君を食べるよ
言葉がもきゅもきゅと継ぎ足されて、不定型なレゴのような幻像が生まれるのだけれど、そのでたらめな者たちの気持ちがなんとなく分かってしまう。
これは、吾妻ひでお『不条理日記』だ。
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夕暮の家それぞれに蛾をこぼす ぺぺ女
百合で打てほら深爪が攻めてくる
11句通すと、女スパイか峰不二子のよう。2句いただいてみると、若尾文子主演、増村保造監督みたいになった。
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夏霧や母なる臍といふところ 鳥居真里子
どんみりと枇杷の実のありうす情け
たましひに玉虫色の痣ふたつ
視界がくらいというのではないのだけれど、うっすら見えにくく、いきおい理性の働きが低下する(夏ばてかもしれない)。
霧は臍のあたりを、隠すと同時になでまわすのだし、枇杷の実も、目に飛びこんでくるほどの色をしていないので、記憶にしまわれていた感懐がふと口をつく。そして玉虫色の痣のある「たましひ」とは、何色か。自分には、ひやりとした乳白色におもえるのだけれど。
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獅子眠るにほどよき高さ夏の月 ことり
玉虫の中の一匹ギイと哭く
夏の月は、ルソーの絵に描かれていたっけと思ったけれど、あの絵で眠っているのはジプシー女だった(月は描いてあった)。
玉虫は例の厨子のイメージか、それとも、ああいう甲虫は集団で越冬するんだっけと思って「玉虫 厨子」や「甲虫 集団 越冬」で画像検索をかけると、わりと気持ち悪い画像が得られた。
■マイマイ ハッピーアイスクリーム 10句 ≫読む
第325号 2013年7月14日
■小野富美子 亜流 10句 ≫読む
■岸本尚毅 ちよび髭 10句 ≫読む
第326号 2013年7月21日
■藤 幹子 やまをり線 10句 ≫読む
■ぺぺ女 遠 泳 11句 ≫読む
第327号2013年7月28日
■鳥居真里子 玉虫色 10句 ≫読む
■ことり わが舟 10句 ≫読む
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