【特集・俳句甲子園】
俳句甲子園観戦記、ではなく参戦記
小池康生
2013年俳句甲子園が終わった。私がコーチを務める洛南高校のBチームは、準優勝という結果だった。
本大会の直前、わたしは、Aチーム、Bチームの皆に、
「どちらも準決勝の舞台に上がる力をつけた。両方、そこまで行こう」
と正直な展望を語った。
その先の予想は控えたが、『Aは決勝でも充分戦える。Bは、準決勝で木っ端微塵にされるかもしれない』と考えていた。
Bチームが準決勝の進出を決めた時、その本音をぶつけ、Bチームの5人を鼓舞した。果たして彼らは、すんなり決勝進出を決め、決勝でも開成を追い詰めることができた。3年生ひとり、2年生ひとり、1年生3人のチームが上出来である。
予選大会から松山に行く直前まで彼らは急成長を続け、松山に行ってからも成長を続けた。
Bチーム3年生の橋本将愛のリーダーシップに感心するし、橋本ひとりの戦いにせず、5人の戦いにしようと必死にしがみついた一年生たちもたいしたものだと感動した。
決勝直前、1年生たちは、口々に、
「逆流性胃炎です。戦いの途中に粗相をしそうです。カメラで映せないことがおこりそうです」
とギャグを連発。
本当に体調がおかしくなっていたのだろうが、わたしは、ここでこんなことをいう1年生たちを頼もしく見ていた。
Bチームは上出来。それがわたしの感想。来年に向けて苦しみながら成長して欲しい。
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引っかかっているのは、Aチームが予選グループで敗退したこと。
洛南Aチームが、水沢高校に敗れた一句目、
蓮咲きて前歯のほろと抜け落ちぬ 水谷衛(洛南)
洛南高校全体が感動し選んだ作品である。対する水沢高校の作品は、
蓮の花少し背伸びをしてをりぬ 細野望(水沢)
2対3で負けた。あと二本、ここで、いやな予感がした。
初めての紅母に借り蓮の花 下楠絵里(洛南)
胎盤を捨てた呼吸や蓮の花 佐藤和香(水沢)
これまた2対3で負け、Aチームが終わった。ちなみに3句目は、
蓮咲いて影は獣のやうであり 辻本敬之(洛南)
蓮閉ぢる遠き兄への秘密ごと 佐々木槙子(水沢)
これが3対2で一矢を報いたが、Aチームはここで終わった。
一句目<蓮の花前歯がほろと抜け落ちぬ>が、肝だった。
「蓮」の兼題で、たいていの人間が、蓮の旧知の情報、旧知のイメージをうろうろする中、水谷は大きく飛躍し、それでいて、蓮の花でなければいけない世界を築いた。
洛南俳句部全体が、この句をリスペクトした。
水谷は去年、「裸」の兼題で、
素っ裸箒があればなおよろし 水谷衛
を作り話題となっている。
今年の京都予選では、「目高」の兼題で、
一滴の水に乱るる目高かな 水谷衛
で最優秀賞を得ている。ところが、<前歯のほろと抜け落ちぬ>は、通用しなかった。
岸本尚毅さんの、閉会の挨拶「説明できない俳句の良さ」を聞いた時、水谷の句が頭をよぎった。
Aチームがここで負けたのは残念だが、この句をだしたことに洛南サイドは誰も後悔していない。俳句甲子園用の句があるかのかもしれない。一方で、高校生が自分の才能をのびのびと発揮して作る句がある。その狭間に戦略的葛藤があるのかもしれないが、水谷は水谷の輝きを見せ、洛南全体が感動した。それでいいと思う。
Aチーム5人の作品と、彼らのディベート力をもっと見せられなかったのは、歯ぎしりするほど悔しいが、わたしたちの中では、今も水谷の句は輝いている。
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全体の作品集がでていない今、わたしは、自分が立ち合った戦いと、俳句甲子園ホームページに掲載される句でしか作品を知りようがない。
誰もがそうなのだ。すべての作品を知る人はギャラリーにも参加高校関係者にもいない。
今年の評価をどうするか、作品集がでるまでとらえようがない。
だいたいわたし自身、今年が2度目の俳句甲子園、全容の評価などできる人間ではないのだ。
対戦相手の作品で感心したのは、
獣道抜けて広がる夏の海 前田竜一(八重山商工)
誰もがすぐに思い出せる景。沖縄の高校となれば、その洞穴のような獣道から青い海が見えてくる。
今年の最優秀賞作品は、
夕焼や千年後には鳥の国 青木柚紀(広島)
この句を最優秀作にする選者に拍手。
ポジティブな作品だけが、高校生の作品ではない。
今を生きる高校生のイメージの世界。この作者は、本当に面白い。よほど俳句にのめりこんでいるのだろう。高校生という範疇を超え、注目作家になるのではないだろうか。いや、もう、なっているのだろう。
優秀賞作品から
夕焼やいつか母校となる校舎 大池莉奈(吹田東)
現役高校生が、<母校>を斡旋したポエジー。
太陽に指先触るるバタフライ 下楠絵里(洛南A)
平泳ぎでもなくクロールでもなく、バタフライの野性味が効いている。
2年生でAチームの主力選手。今後、彼女がどう伸びるのか、洛南の誰もが楽しみにしている。学内でAチームとBチームがディベート練習を終えると、Bチームのキャプテン橋本が呟いたものだ。「下楠が手を上げると怖い」。下級生の一撃のような質問に本気で恐れていた。
その下楠が尊敬する先輩に、辻本敬之がいる。彼がAチームの中心選手。洛南の今のディベートのベースを築いた男だが、彼の作品は賞を獲らず、彼のディベートも晴れ舞台では披露できなかった。予選グループ敗退に一番ショックを受けたのは彼だろう。俳句に対するひたむきさ。落ち着き、優しさ、知性、彼はみんなの憧れだ。
稲畑汀子さんの〆のスピーチにあった敗者への言葉、「どってことないのよ」の凄さも大人には響いても大会を終えたばかりの高校生には、すぐさま届かないだろう。
帰り道、辻本がわたしの横を歩き、新しいペンネームをつけて欲しいと言ってきた。
喜んで引き受け、数日後、「辻本敬之」は「辻本鷹之」になった。
いつか、彼には彼のタイミングでスポットが当たると思う。どってことないのだ。
夕焼や補欠の声は遠くまで 橋本将愛(洛南B)
橋本親方は、グランドの補欠を見ていたのだろうが、洛南俳句部の補欠のことも視野にいれていたのかもしれない。我田引水で申し訳ないが、さらに入選作から、
夕焼や耳の奥より熱き水 米林修平(洛南B)
昨年は、<二百十日ステーキの血を味わって>で入選している。彼の存在は、わたしの中で特別なものだ。5人の戦いのなかで、実に地味な存在なのだが、彼は渋く活躍する。
ディベートも作句も器用な男ではではなく、黙々と作り続け、『大丈夫かな、わたしの想定するハードルを超えてきてくれるかな』と心配になるのだが、とんでもなく低い打率のなかから、渋い作品を作ってくる。そんな彼を信頼する橋本キャプテンもたいしたものなのだ。ほんと、我田引水でごめんなさい。
<蓮の花雨の始めの音を聴き 大瀬良陽生(洛南A)><大木の抜かれし跡や大夕焼 水谷衛(洛南A)>の二作は、入選。Aチームは優秀賞1。入選2。
部長、川崎裕亮の<着ぐるみのままにゼリーを戴きぬ>は、若手俳人谷雄介が、「裏最優秀作」と褒めてくれた。ほんと、ごめんさない。我が田にばかり水を引いて。
原稿は白紙でみんみんが近い 河田将英(開成A)
これが決勝5句目の作品。5句目にディナーが用意されている。それが慣わしとなれば5句目を待ちたくなる。学習させていただいた。俳句で「原稿」などという言葉がでてくると鼻白むのだが、この作品には、臭みがなく、湿り気もなく、原稿が書けていなくせに力強い。他の作品も読みたくさせる力量を感じさせる。
乱暴な私ゼリーのような君 尾上緋奈子(飛騨神岡)
洛南にも真ん中に切れを持ってくる人がいて、このタイプの句は見慣れているのだが。
乱暴な切れが作品世界にぴったり。
白蓮や水張りつめてゐる夜明け 杉山葵(能代)
大人のような句とかいう言い方は嫌いである。いい句は、いい句。
こういう句があると、チームとして作品の並びが楽しくなりそう。
手を繋いだっていいくらい夕焼けだ 伊村史帆(厚木東高校)
まだ手を繋いでいない二人。「繋げよ」と女性が心の中で力強く叫んでいるかのような
面白さ。誤読だろうか。
作品集ができれば、まだまだ面白い句と出合えるのだろう。現時点でも多くの名作を見逃しているのだろう。わたしには、余裕がないのだ。10人の生徒の戦いとその後を見ることで精一杯なのだ。もう少し時間が経てば、他校の名作を味わえる余裕がでてくるかもしれない。
≫ 第16回俳句甲子園結果
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高校生を見ていると、一年という時間、一ヶ月という時間が、大人とは別の尺度に思えてならない。それほどに彼らの成長は早い。
人間それぞれの持つ時間は同じではない。しかし、それは大人の持つ時間の否定ではなく、あくまで、違い。若者の時間と大人の時間のコラボは、面白い。
高校生と句会をする時、自分の選や評をみせてやろうと本気になる。
それだけではなく、袋回しなどをすると、わたしはいつも最高点を狙い、躍起になっている。大人気ない?それがわたしの大人の時間なのだ。
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小池康生&洛南Aチーム出演 京都FM番組 「俳句セブンティーンズ」
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2013-09-08
【特集・俳句甲子園】 俳句甲子園観戦記、ではなく参戦記 小池康生
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