【特集・俳句甲子園】
よくやりますよ、ほんと。
阪西敦子
松山から戻って間もなく二週間。まだ、何かがもとに戻っていない。
オール漕ぐ風の湿りや大夕焼 新谷里菜(金沢泉丘高校)
最初から好きで、やっぱり好きだった句。オールで自ら漕いで進むときに受ける風にある湿り。そこに大夕焼。繊細に拾われ、丁寧に描かれた一瞬が、暗さとも明るさともつかない光や、暑さとも涼しさともつかない空気や、風とも自分ともつかない湿りや、夕焼のあれこれを描きだす。読む人それぞれでありながら、それぞれには曖昧にならない大夕焼。
郷愁はきゃりーぱみゅぱみゅの団栗 藤江優(金沢泉丘高校)
印象に残った句と言われれば、すごく印象に残った句。実際に句に含まれる言葉よりも、作者の伝えたい情緒において饒舌な作り句の方が多い中で、これだけ情緒のつかみにくい句も珍しい。きゃりーぱみゅぱみゅの団栗。句の迫力とその発音のややこしさで、ディベートの場を掻き回した。そこが魅力であるのだけれど、最後のところで伝わるか不安になってしまったのだろうか、「郷愁は」と言って、急に方向を定めようとしてしまったところが、もったいない。次はどんな句が彼女に見えるのだろうか。
夕凪や手紙を丘に破きたり 山谷奈未(立能代高校)
手紙を屋外に破るというのは、なかなか相当な出来事であって、それが丘で、夕凪であった場合、それはどういう感慨を伝えるのか。破く前は捨て鉢でもあり、破いた後ではわりと心地よいのか、夕凪か。これといって確たる感慨もなくて、ただただ、読む人の経験と知覚へ訴えるところが楽しい。
鍵盤に指触れファソラ秋深し 榎園聡美(厚木東高校)
ファソラはどんな音だったけなと考える。そうだ、あの音。これがほかの音であれば、例えばドレミであればどうにも安易で、ミファソであればどうにも嘘くさい。ファソラだ。ソラが入っているなんて言ってはいけない。そうか、ファソラは秋深むなんだ。すっごいな、それが聴こえるんだな。
大きさの合わぬ指切り春の暮 浜崎伶奈(浦添高校)
春の暮は外で迎えることが多くなる。帰りたくないのと帰りたいの端境にいる。大きさの合わない手を持つ者たちは、片方が片方へ言って聞かせ、もう片方がそれを諾う。
原稿が白紙でみんみんが近い 河田将英(開成高校)
原稿が白紙でみんみんが近い 河田将英(開成高校)
そもそも印象が強かった句、決勝の句となった。
日数の定めのある原稿かもしれないし、時間に定めのあるものかもしれない。全く進んでいない原稿の前にいながら、みんみん蟬の声を耳にしている。「で」としながら関わり薄い二つを、一挙にとらえるアンテナの強さが魅力。強いアンテナは原稿が「進まない」ことや、みんみんの「声」ではなく、「白紙」で「近い」ことを拾う。同作者の〈ポケットのどんぐり傷をつけ合へり〉も印象深い。気に入ってふと拾い集めた団栗を取り出すと、互いにぶつかり合って傷がついている。それだけを知らせる句であるけれど、読むこちらもその傷が気になってくる。「つけ合へり」が擬人として甘いとする意見もあるかもしれないが、能動的にではないにせよ、実際に傷をつけ合っているわけであって、たとえば団栗が黙っている、風を聴いている、団栗に見つめられるなどのこととは度合いが違って、たとえば自分で転がっているわけではないけれど「転がり出す」程度のこと。作者が捉えたままの魅力ある把握と思う。
よくやりますよ、ほんと。なかなかちゃんとなんて言えない。高校生じゃああるまいし。
≫ 第16回俳句甲子園結果
●
0 comments:
コメントを投稿