2014-10-19

【週俳9月の俳句を読む】 念じることを諦めてはいけない 大和田アルミ

【週俳9月の俳句を読む】
念じることを諦めてはいけない

大和田アルミ


消印は昨日の銀座きりぎりす  森山いほこ

きりきりすと聞いて童話を思い出し、人間臭いイメージを持つ人は少なくないと思う。見栄っ張りで中身はダメ人間。肝心な時に肝が座らない奴。さてこの手紙、ママの請求書では夢が無い。恋文だろうか。気取ったつもりの銀座の消印が、やや昭和の香りでいい。翌日着くので手渡し充分な距離なのだが、物理的な距離ほどに心の距離は近くはないようだ。中身は上っ面な事しか書いていなくて、銀座から投函した事で本人は半分満足している。結局は残念な顛末が待っている。しかしこういう輩も笑って受け入れられる世の中でありたい。

麩を折りて月の毀るるやうな音  森山いほこ

不思議な句だ。麩の厚みの問題は別として「折る」と表現したという事は、千切って投げた訳でなく、半分に畳む感じがする。発した音はバリバリ!ではなく、パキっという軽い音。欠片が少し、星屑のように散った。太陽のように力強い存在ではない月が毀れていくとしたら、昨今の映画のようなズドドドドカンという音は似あわないかもしれないし、麩を折った時のような音であって欲しいと思うのは、作者の美意識なのかもしれない。何かを静かに終らせたい状況とも取れた。

アイロンの行く手ひりりと月昇る  森山いほこ

何でも形状記憶というのが当たり前になってきた。アイロンを使う事がめっきり減って、皺を許さない大切なもののみアイロンを掛けるこの頃だ。アイロンには清く慎ましやかな暮らしがあると思うのは私が一介の主婦だからなのか。そういう暮らしの行く手に昇る月は、ひりりとしている。ちょっとやるせない。でもそれを承知で日々暮らしていかねばならない。「ひりり」に現実を冷静に受け止めている様子が伺えた。

念じればいつでも月が赤くなる  中山宙虫

本当に赤くなったら超能力者だ。実際の月は人の意志では赤くならないけれど、この句は「その気になりさえすればいつでも赤くなる」、いや「赤くしてみせる」と言っているようだ。そういうエネルギーを、本当は誰しも持ってていると思う。そのエネルギーを実際に使うのか、持っているというだけで終わるのかは別として、まだまだ人の中には、未知のエネルギーがある。だから念じる事を諦めてはいけないのだ。

売れ筋は時間旅行記ばった跳ぶ  中山宙虫

乗り物が発達して、昨今は宇宙にも旅する事が可能になった。次なるは、やはり時間旅行なのだろうか。死後の世界と時間旅行はまだまだ人間の未知の部分だ。特に時間旅行が幾度となく物語等に登場するのは、夢と後悔がない交ぜになって人の心にあるからに違いない。この時間旅行記は、決して後ろ向きの旅ではない。ばったの登場が、むしろその旅はもうすぐ実現するとも思わせる。発想をひょいと変えてみるのだ。

帰る星なくて秋刀魚に塩を振る   中山宙虫

秋刀魚に塩を振っている主人公はまるで宇宙人のようだが、地球人だって星の人なのだ。地球という自分の星に居るにもかかわらず帰る星がないというのは、実は淋しい。居場所がここではないという現実を、しかし主人公は苦笑しながらも受け容れている。秋刀魚に塩して焼き、熱々を喰らうというのも悪くないじゃないか、と。この句は発想が飛んでいる楽しさと同時に、哀愁をスパイスとした悠々感を味わった。

紙ふぶき拾へば四角秋祭り  岡田由季

紙ふぶきは舞っている時が命であり、落ちてしまえば役目は終わってしまう。華やかな紙ふぶきが四角いという現実を持っている。祭りで賑わう最中に現実を見てしまった作者。しかし四角い紙ふぶきという「現実」が作り出す時間や空間は、形を持たない「夢」となり祭り人を酔わせるのだ。「秋祭り」とした事で大いに盛り上がった祭りが終焉に近づいた事を感じる。そして次の祭りを迎える為に「よし頑張ろう!」と、お祭り女の私は思うのだ。

黄落の増す多国籍料理店  岡田由季

多国籍とか無国籍という看板を掲げた料理店をよく見かける。特定の国や地域の料理ではなく、様々な食文化を上手く融合させた料理を食べさせてくれる。意外な組み合わせに驚いたりもするが、けっこう美味しくて驚く。新しいけれどどこか懐かしくもある。食べるという行為は人類共通、幸せになれる時だ。それに一人で食べるより誰かと一緒に食べれば更に楽しい。盛んに黄落する町の片隅の、この多国籍料理店は小さいがとても繁盛している。引っ切りなしに出入りする客も、多国籍で実に賑やかだ。あぁ何だかお腹が減ってきたぞ。

霧抜けて来しトラックの静かなり  岡田由季

最初は軽トラックを想像したけれど、長距離の大型のトラックもいいなと思った。私達の生活に、物流の存在は欠かせない。物資が行き交う事で私達の生活は成り立っているし豊かにもなっている。そしてそれを支えている人達がいる。山を越えて、夜を徹して…物を運ぶという淡々とした事のように思えるけれど、携わる人の力強さを感じる。そう言うと運輸会社のコマーシャルのようだが、そういう基本的な営みに私は感謝しているし、このトラックが、サイズに関係なく、雄々しく見えてきた。



第388号2014年9月28日
中山宙虫 時間旅行記 10句 ≫読む
岡田由季 多国籍料理 10句 ≫読む
第387号 2014年9月21日
森山いほこ 昨日の銀座 10句 ≫読む


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