〔今週号の表紙〕
第404号 花やしき通り
中嶋憲武
長野へ行った。須坂へ行く予定で、この際だから上田も行ってみようという気になって、手前の上田でまず下車。ことのほか寒い。駅前の気温の表示は零度だった。タリーズで暖を取っていると、おてんとさまが出て来たので歩く。
町のそこかしこに雪が残っている。誰も歩いていない。家の間に小さな川があったりして、しばし見取れる。年老いた男が川面を見つめて時の流れを知る日が来るだろうか。これはよしだたくろうのマークⅡという歌の歌詞。なんとなくパセティックな気分で上田城跡公園を歩く。真田神社で年越しそばを振る舞っていたが、刀屋へ行く事にしているので我慢。版画家の山本鼎記念館も当然の事ながら休館。ま、しゃあないやなとなぜか関西方面の言葉が出て、刀屋へ向かう。
刀屋を知ったのは二十年前の俳句結社の吟行で上田に来た時。それ以来、上田へ来ると刀屋へ寄る事にしている。というか、刀屋があるから上田で降りるようなもんなんだけど。このそば屋はとにかくもりそば。盛りがいいのだ。普通盛りでも、神田やぶそばの五枚ぶんくらいはある。神田やぶそばが恰好つけて、さらさらの薄い盛りだってのもあるけれど。大盛りを注文すると店員に、量をご存知ですかと聞かれた。知らずに食べて残す人がいるのだろう。
満腹になって歩いていても気分はあいかわらずパセティックで、ある路地に差し掛かると忽然と花やしき通りのアーチが。つぎに目に飛び込んで来たのは、ストリップ小屋の看板。さらに、あさくさ雷門ホールという建物。本物の浅草はここほど極彩色でもないし、場末っぽいストリップ小屋などもない。誰かの頭のなかの、歪曲された記憶の浅草が再現されているのだ。ここ、どうなってんねん。なぜか関西方面の言葉が湧いて見回してゆけば、ああそうだった、ここたしか、上田映劇だった。と思い出す。上田映劇はグレイの建物だったけど、ピンク色に塗装されている。そのピンク色の建物に近付いて行くと合点が行った。チラシなどが貼ってあるガラスケースを覗き込むと、劇団ひとり監督、大泉洋主演の「晴天の霹靂」という映画のセットとして使われたものらしい。いつだったか映画館で予告編を見て、面白そうだったが、いつの間にか終っていて見逃した映画だ。このセットを見る限りそんなに面白い映画でもなかったのかもしれない。でも見てみないと分からないじゃないかと僕のなかの誰かが言うけど直感としては多分、面白くない。
ふたたびタリーズで「ダス・ゲマイネ」を読みながら、温かいコーヒーを飲む。
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