2015-01-25

〔今週号の表紙〕第405号 西新宿 中嶋憲武

〔今週号の表紙〕
第405号 西新宿

中嶋憲武


片雲の風に誘われて新宿西口を歩いてみた。

西新宿は思い出深い町だ。

八十年代初頭、ぼくは学生で、うな重の仕出し専門の店でアルバイトしていた。店名は「うな銀」だったか。


副都心大歩道橋を渡って、青梅街道に沿ってやや歩き、常円寺の角を曲がったところだったように記憶する。

店といっても厨房のみで、広さは一坪ほど。親爺さんとぼくだけ。電話注文を受け、ぼくがうなぎを焼き、親爺さんが重箱に詰めて配達に出る。親爺さんの帰ってくる時間はだいたい分かっているので、いないあいだ、勝手にうなぎを一串焼いて食べてしまったことも、まま、ある。微笑。


隣りは「まん月」という小料理屋で、ひとりで配達の帰りを待っていると、三味線の音色や、女性の笑い声など聞こえてきた。小料理屋ではあったが奥に座敷もあって、親爺さんの話では、何をやっているかわかったもんじゃねえ、だと。

ふと思い出して、その辺りと思しき場所を歩いてみたが、「うな銀」のあった場所も「まん月」も思い出せなかった。奇麗なビルに建て替わってしまったのかもしれなかった。

「ボルガ」というバーは、石川桂郎の「俳人風狂列伝」という本で知った。高橋鏡太郎という、奇妙奇天烈でまるで非常識な俳人が頼って行く先がボルガで、そこの主人の高島茂氏がなにくれとなく鏡太郎の世話を焼いてやる話が秀逸で妙に心に残った。だが肝心のその本は、不覚にも誰かに貸してしまって、そのまま返って来なかった。

ぼくはボルガには入ったことがない。酒が飲めないから躊躇してしまうのだ。だからいつも前を通り過ぎるだけだ。この写真の青年のように。



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