【週俳5月の俳句を読む】
微差の美学
岡田由季
雪解けて馬頭観音歩き出す 五十嵐秀彦
雪国に住んだ経験が無く、雪解けというものの実際を知らないが、長い冬の静寂の後、植物も動物も全てが一斉に動き出すのだろうというのは容易に想像できる。雪に埋もれるような場所の馬頭観音像をイメージして読んだ。何もかもが動き出す雪解けの季節ともなれば仏像もきっと歩き出したくなるのだ。そのイメージは明るく、共感できる。馬頭観音というと憤怒の形相が一般的なのではないかと思う。雪解けを歩き出すときその表情はどのようなものだろうか。少しは柔和になっているのだろうか、それとも憤怒の形相のままずんずんと歩いていくのか、などと考えを巡らせるのも楽しい。
方丈のぐるりの縁の緑雨かな 村上鞆彦
助詞「の」でたたみかけるように繋いでいく作りの句だが、注目したのは隣合う語句の距離感の近さだ。「方丈」という言葉に既に「ぐるり」というイメージは内包されているように思うし、「ぐるり」と「縁」は更に近い。「縁」に「緑雨」の降るのはごく自然なことで、さらに「縁」と「緑」という漢字まで似通っている。俳句形式の中に言葉の飛躍や大胆な場面転換を持ち込んで世界を鮮やかに見せる手法がよく用いられるが、この句には意外性のある言葉の組み合わせはなく、ごく微差で言葉を順々にずらしてゆくことにより、静かな方丈の緑雨の景を端正に描き出している。微差の美学とでも言うべきだろうか。
白日傘古地図の海のあたりまで 下坂速穂
地理情報と共に、時間軸の情報も含んでいるから古地図は魅力的だ。現実に、埋め立てや干拓、地形の変化などで「ここは昔は海だった」というところは全国にたくさんあるだろう。それを確認するかのように日傘の人がゆっくりと歩んでいる。古い時代へ思いを馳せていると考えれば浪漫だろうが、同時に現在の立ち位置の不安定さも感じる。確かに現実だと思っている目の前の光景がふっとゆらぎ、全て消えてしまいそうな危うさを、白日傘の白から思う。
第420号 2015年5月10日
■森島裕雄 色見本帖 10句 ≫読む
■五十嵐秀彦 眠 る 10句 ≫読む
第421号 2015年5月17日
■武藤雅治 アジアへ 10句 ≫読む
第423号 2015年5月31日
■村上鞆彦 ぐるり 10句 ≫読む
■下坂速穂 水 脈 10句 ≫読む
●
2015-06-14
【週俳5月の俳句を読む】微差の美学 岡田由季
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 comments:
コメントを投稿