【週俳5月の俳句を読む】
理想郷
野口 裕
著莪の花名刺の角の疲れたる 森島裕雄
著莪はにぎやかな場所に咲く花ではない。人気の少ないところで始まる商談は、どんな話が行われているのかと、想像をかき立ててくれるが、ピンと張りきった名刺ではないところを見ると大した話でもないのだろう。
著莪とくたびれた名刺への視点移動が、仕事の風景を効果的に見せてくれる。
しかすがに満洲じこみ親不知 武藤雅治
井上ひさしの戯曲『きらめく星座』での幕切れ近くに、宮沢賢治を愛する登場人物が満州に移住しようとする場面がある。
角川の「短歌」が宮沢賢治の短歌の特集を組んだ際にも、もし宮沢賢治が生きていたら満州を賛美していたのではないか、とする発言が座談会に記録されている。発言したのは井上ひさしではないが、彼はその発言を肯うだろう。
宮沢賢治に代表される、理想郷を希求する純粋な情熱は、ややもすると現実の行動のバランスを失する。同郷の詩人を愛する井上ひさしは、そこまでを織り込んで登場人物の造形を行っている。
他国の土地に踏み込んで理想郷を作り上げようとする異常な情熱を肯定できるものではないが、そうまでして現実を脱却したいという願いは分からないでもない。痛ましい理念のあり方と言える。
上揚句は、痛ましさの名残が奥歯に残っているようだ。「しかすがに」が、すべてを了解した上で句を包み込んでいる。
夏蝶の踏みたる花のしづみけり 村上鞆彦
産卵前か。生きていることの重みに重力あることの不思議。
第420号 2015年5月10日
■森島裕雄 色見本帖 10句 ≫読む
■五十嵐秀彦 眠 る 10句 ≫読む
第421号 2015年5月17日
■武藤雅治 アジアへ 10句 ≫読む
第423号 2015年5月31日
■村上鞆彦 ぐるり 10句 ≫読む
■下坂速穂 水 脈 10句 ≫読む
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2015-06-14
【週俳5月の俳句を読む】理想郷 野口 裕
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