〔今週号の表紙〕
第459号 みどりの星
中嶋憲武
小田急線鶴巻温泉駅で降りた。ここは温泉スポットなのだけれど、駅前にはコンビニやファストフード店、不動産屋などが並び、住宅街が隣接している。およそ湯治場らしい風情とかいったものはゼロなのです。
踏切を渡って、しばらく歩いてゆくと、樹齢六百年以上と世に名高い大ケヤキがあった。幹の周囲は、大人が六人手をつないで、ぐるりと囲み、やっと一人目と六人目の手が届くという太さなのだ。その大ケヤキの周囲を、歌祭文を唱えつつ、地球の自転方向に四遍回ると、幸せが訪れるというので回ってみたけど、三遍回ったところで、何処からか耳の大きな三毛猫がやって来た。あまりにも愛くるしいその姿態に心奪われて、「三毛や三毛や」と呼ぶと、ぷいと逃げて行ってしまった。
歩きながら、かわいい三毛猫だったと思った。世に喧伝されるに三毛猫というものは、武蔵野の府中やあきる野あたりの産が、上品で美しくかわいいとされているが、鶴巻温泉の三毛猫もなかなかのものだった。
住宅地を抜けると、「おおね公園」があった。温水プール、スポーツ広場、テニスコートまで完備している、大きな公園である。入って行ったのは正門ではなく、いくつかある入口のひとつだったのだが、入って、わりとすぐのところに、大きなオブジェがあった。
巨大な丸い芽のような蒼い物体が、地面からにょっきりと突き出ていて、その巨大な芽を突き破って、少年が走り出ていたり、象がパオーンと(「パオーン」という擬態語はこの場合、適切ではない。実際に鳴き声を発していたわけではないし、何よりも英語圏では、象の鳴き方に該当する表現がないのだから)飛び出ていたり、猫が走り抜けていたりする。それも片足とか尻尾とか、体の一部を向こう側に残したまま。この芽のなかは、時空がどうもズレているようなのだ。
足元をみると、金属のプレートが埋め込まれてあり、作品名と作者名が刻み込まれてあった。作者名は失念したが、作品名は「みどりの星」であった。
「なんだ、芽じゃなくて、星か」
私はふたたび荒野へ向かって歩き出した。愛くるしいあの三毛猫はどこへ行ったろうと思いながら。
0 comments:
コメントを投稿