【週俳9月の俳句を読む】
地名の持つ力
笠井亞子
●池田瑠那 「羊」
羊刈る仕上げの鋏しやりと鳴る
羊刈る仕上げの鋏しやりと鳴る
ぐんぐん毛を刈られていく羊。なされるがままのぼーとした瞳が印象的だ。
想像を越える量の毛の山は、着ぐるみを脱いだような感じだ。はたして羊本人は「さっぱりした」と思うのか、やっぱり「寒い」のだろうか・・・。うつろな瞳からは読めない。
巨大な鋏の音が、秋の空の高さまで思わせる。
●玉田憲子 「秋服」
無花果に向き柔道着滴りぬ
部室の外に、柔道着が干してある景でしょうか。
滴るというからには、脱水不十分か洗いっぱなしか。
ただでさえ重そうな道着が、水を含んでぶらさがっている量感は圧倒的だ。
人気のない建物の裏で静かに滴る音を、無花果が受け止めている。
●竹内宗一郎 「秋の海」
横須賀の秋乱闘のやうな波
喧噪の夏が終り、落ちついた季節が到来したはずなのに「乱闘のやうな波」だという。
台風や暴風雨のただ中の波だろうとは想像できるが、横須賀である。
ペリー来航、港、造船所、製鉄所、灯台、米軍基地、自衛隊、小泉家、山口百恵・・・。
地名の持つ力がひとつの単語を引き寄せたような、おもしろい句と思う。
●今井 聖 「住宅地」
芙蓉もう一輪本の帯取れば
本に帯が巻かれて書店に並ぶのは日本だけのこと(たぶん)。
推薦文あり、出版社が熟考した売るための惹句あり、なかなか賑やかな構成になっている。
それをはずしたら、もう一輪あらわれたというのだ、カバーにあった芙蓉の花が。
ちょっとした驚きだ。うれしい。
箱をあける、紐をほどく、帯をとる・・・。ようするに「脱がせる」行為は根源的に楽しいものなのですね。
0 comments:
コメントを投稿