【週俳9月の俳句を読む】
大きな声では言えないけれど
寒天
秋暑しトロロ昆布など買つてしまふ 茸地 寒
秋の澄んだ空気に暖かな日差しが眩しく、嫌な感じの無い暑さ。
秋の澄んだ空気に暖かな日差しが眩しく、嫌な感じの無い暑さ。
特にこれと言って良いことがあったわけでもなく、悪いことがあったわけでもない。
トロロ昆布の「トロロ」という音。どこか不思議な快適さがあってついつい手にとってしまう。おにぎりの海苔のかわりに巻いたり、お味噌汁に入れたり。
「トロロ昆布」。なんとなく声に出してつぶやく。
暴風雨の真中が楽し新豆腐 同
外からはごうごうと雨風の音がしている。きれいに切りそろえられた新豆腐のすんとした香りとほのかな甘味が口いっぱいに広がる。ここは暖かな食卓だ。窓からは影になって大きく揺れる樹が見えている。
暴風雨が楽しいだなんて大きな声では言えないけれど、自分の居場所がこの食卓にちゃんとあることがなんだか嬉しい。
ななかまど母は魔女にも王女にも 井上さち
童話の中に出てくる母は意地悪な魔女であり、絶対に逆らえない王女でもある。慈しみ、嫉妬する。母は母でありながら時に女として私を見ているのだ。
いじわるな魔女はお話の中で火あぶりにされる。何度も何度も。
優しい母だって死んだら燃やされてしまうのだ。
一枚の白服を出てそれつきり 秦鈴絵
あの夏、一枚の白服を脱いで。脱ぎ捨てた白服に夏を置き去りにしてきてしまった。
それっきり。秋のわたしはいったい何者なのだろう。
虫籠に追込まれゆく頭かな 竹内宗一郎
捕まえたきれいな声で鳴く虫を逃げないように頭から虫かごにそっと入れていく。
金属音のような甲高い虫の声が辺り一面に響いて、次第にわたしの頭の中を犯していく。
虫かごへと追い込まれているのは虫の頭か、はたまたわたしの頭か。
笑はない家族九月の砂の上 今井 聖
ドラマの中に出てくるような家族。庭付き一戸建てに住み、妻は専業主婦、夫はサラリーマン、子供は男女一人ずつ、真っ白な犬を一匹。家族全員で食卓について、「最近学校はどうか」など他愛無い話をして笑う。これは実は平凡な家族なんかではないと思う。現実の家族は案外笑わないものだ。そんなものだ。九月の砂は妙に冷たくさらさらとしていて簡単に風に流されていく。
爺ひとり住まひ新酒をコップに酌む 小澤 實
ある秋の日、マンションに救急車とパトカーと消防車が止まっていて驚いたことがある。マンションの一室から異臭がしていたために、通報されたようだ。老人男性が部屋で孤独死していたらしい。
暴風雨の真中が楽し新豆腐 同
外からはごうごうと雨風の音がしている。きれいに切りそろえられた新豆腐のすんとした香りとほのかな甘味が口いっぱいに広がる。ここは暖かな食卓だ。窓からは影になって大きく揺れる樹が見えている。
暴風雨が楽しいだなんて大きな声では言えないけれど、自分の居場所がこの食卓にちゃんとあることがなんだか嬉しい。
ななかまど母は魔女にも王女にも 井上さち
童話の中に出てくる母は意地悪な魔女であり、絶対に逆らえない王女でもある。慈しみ、嫉妬する。母は母でありながら時に女として私を見ているのだ。
いじわるな魔女はお話の中で火あぶりにされる。何度も何度も。
優しい母だって死んだら燃やされてしまうのだ。
一枚の白服を出てそれつきり 秦鈴絵
あの夏、一枚の白服を脱いで。脱ぎ捨てた白服に夏を置き去りにしてきてしまった。
それっきり。秋のわたしはいったい何者なのだろう。
虫籠に追込まれゆく頭かな 竹内宗一郎
捕まえたきれいな声で鳴く虫を逃げないように頭から虫かごにそっと入れていく。
金属音のような甲高い虫の声が辺り一面に響いて、次第にわたしの頭の中を犯していく。
虫かごへと追い込まれているのは虫の頭か、はたまたわたしの頭か。
笑はない家族九月の砂の上 今井 聖
ドラマの中に出てくるような家族。庭付き一戸建てに住み、妻は専業主婦、夫はサラリーマン、子供は男女一人ずつ、真っ白な犬を一匹。家族全員で食卓について、「最近学校はどうか」など他愛無い話をして笑う。これは実は平凡な家族なんかではないと思う。現実の家族は案外笑わないものだ。そんなものだ。九月の砂は妙に冷たくさらさらとしていて簡単に風に流されていく。
爺ひとり住まひ新酒をコップに酌む 小澤 實
ある秋の日、マンションに救急車とパトカーと消防車が止まっていて驚いたことがある。マンションの一室から異臭がしていたために、通報されたようだ。老人男性が部屋で孤独死していたらしい。
幸せとはなんだろうかと考える。家族に囲まれて、友人に涙を流されて、多くの人に命を惜しまれて死んでいくことだろうか。孤独死した老人のことを知った時、わたしは「さみしかったろうな」と考えたけれど、誰も悲しませずに死ぬことができたとその老人は思ったかもしれなかった。
静かな夕暮れの、一人で住むのに十分な広さの部屋で好きな小説でも読みながら。
新酒をラフに、いつも使っているコップに酌む。時間はたっぷりある。悪くない人生だと感じる。
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