2016-12-25

【週俳10月11月の俳句を読む】「学生俳句」を考える 松本千鶴

【週俳10月11月の俳句を読む】
「学生俳句」を考える

松本千鶴


学生俳句。実にご無沙汰な響きである。数年前までは、私にもその肩書きがあり、学内でH2Oという俳句サークルを後輩と一緒に立ち上げたり、学生俳句チャンピオンに参加したりと、「学生俳句」らしい日々を送っていた。

が、作品の面で、これこそが学生俳句だ!というものがつくれたかというと、正直微妙である。やはり、上手いと褒められたい、大人っぽい俳句をつくりたいという思いが先行し、季語や句材選びの時点で渋目のものをチョイスしてしまうことが多かった。もちろん、悪いことではないのだけれど。でも、そうして出来上がったものが自分の内側から素直に湧き出た言葉なのかを考えたとき、後ろめたさを感じずにはいられなかった。

広告コピーの世界には、「時代の中の隠れた飢餓を狙う」という考え方がある。みんなが何となく言葉にできないで思っていることを、誰よりも早く言語化することを意味する。これは俳句にも、特に学生俳句で活かせる考え方だと思う。

それは決して、見栄えが斬新であるとか、ワードが今っぽいとか、そういうことではない。今を生きる、10代20代の自分が感じたことを、俳句界内外を含め、どれだけ多くの人たちに伝わる言葉にできるか。そこに、俳句人口の若返り以外に「学生俳句」が存在する理由がある気がする。

※前段がかなり長くなってしまったが、学生俳句経験者として、何か伝えられればと思い、お節介ながら書かせていただきました。


特集からは、各人2句選ばせてもらった。


朝や僧まづかげろふを掃いてゆく  樫本由貴

実にきっちりと寺の周りを掃いていく僧侶の姿が目に浮かぶ。仏教において、掃除は心を洗い清め、功徳を積むための修行のひとつなのだそう。「かげろふ」を掃くときも、きっと敬意を払いながら、ていねいにていねいに掃いているのだろう。

早退や街は銀杏の重さして  樫本由貴

「早退」とは、真っ当な理由があったとしても、どこかうしろめたさを感じてしまう行為である。そんな気分とはうらはらに、堂々と黄金色を放つ街の銀杏。平常時であれば、美しく感じるはずの風景を、「重さ」と認識する作者の感覚が実にリアルだと思った。


試着室の鏡の中の秋思かな  野名紅里

「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」というコピーがある。ファッションビル・ルミネの広告で使われたものだ。ここでの「秋思」も、恋愛のことだろうか。服を変え、立ち方を変え、鏡の中の自分と相談する中で、また一段と秋思が深まっていく様子が伺える。

切実な嘘なら許す柿たわわ  野名紅里

誰から吐かれた嘘なのか、とても気になる。「切実な嘘」であるなら、その隠し方も尋常ではなかったはずだ。なのに許してしまう。むしろ、切実であるなら許すということは、それだけ関係を崩したくない間柄なのだろうか。近くで実っているであろう柿も、不思議な存在感を放っている。


いわし雲微熱の指の長さかな  福井拓也

熱に浮かされて、変な行動をとってしまうというのはままある話。この句の場合も、思わず指の長さを確かめたくなったのだろうか。思えば、いわし雲も変な雲である。普段は大きなかたまりの雲が、秋になっただけで、あんなに細切れになってしまうのだから。人と天候の変な現象を結びつけ、不思議なバランスを保った一句。


あるこほる流るる曼珠沙華は白  福井拓也

ずいぶんヘベレケに、気持ち良く酔ってそうな一句。「あるこほる」と平仮名で一文字ずつ開いているのが効いている。白い曼珠沙華の存在感も、酔った時のふわふわとした危なげな感じと響き合っていると思った。


友とゐて友の姉来る草紅葉  斉藤志歩

友人とは親しくても、友人の兄弟姉妹とまで親しいとは限らない。この句の場合は、おそらくあまり親しくなかったのだろう。友の姉が来た時の、一瞬空気がピンと張ったような感じと、草紅葉の平和的な彩りのギャップが面白いと思った。

籠を開ければこほろぎの匂ひ濃し  斉藤志歩

「こほろぎの匂ひ濃し」がすごく共感できる。あの何とも言い難い、むわっとした小さな命の匂い。しかもまた、それが濃いのだ。籠が開かれるまでのドキドキ感と、匂いを嗅いだ瞬間の驚きがよく伝わってくる。


秋の灯をザッハトルテが照り返す  平井湊

秋に入り、少し肌寒くなると、チョコレートのようなこっくりとした甘いものがほしくなる。ザッハトルテなんか最高だろう。それこそクラシックでも流しながら、団欒しているのだろうか。潤みを帯びてつやつやと光るザッハトルテが目に浮かぶ。

秋霖や物書くにリハビリが要る  平井湊

秋で長雨ときたら、物を書くには絶好の機会。しかし、長らく執筆から離れていたのだろうか、思うように筆が進まない。それが「リハビリが要る」ほどであると、素直に認めているところが良いと思った。負の事柄を切り取っていながらも、どこか抜け感のある一句。


加藤静夫 失敬 10句 ≫読む

第497号 学生特集号
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