2018-09-09

【山田耕司句集『不純』を読む】『不純』のあとで 佐藤文香

 特集【 山田耕司句集『不純』を読む】
『不純』のあとで

佐藤文香

山田さんが市民講座で講演するというので、駆けつけた。会場はすでに満員、私は後ろの扉の横に立っていた。山田さんはいつものようになめらかに話し、ちょっとおねぇ口調のウザいかんじで笑いをとって、ああ流石だなぁと思った。目の前に座っていた小学2年生くらいの女の子が、目を輝かせて「面白い!」と叫んだ。会場は笑いに包まれた。「面白いですか? そうですか。どうもありがとうございます」と、山田さんは続けた。 

講演が終わり、さっきの女の子は山田さんを追いかけた。「メールアドレスを教えてください!」と、ノートとペンを渡そうとする。山田さんは、ちょっと困った顔をして、控え室に帰ろうとしていた。意外だな、と思った。いつもの山田さんなら、こんなところで個人情報を出し惜しみしたりはしないだろう。 

少し経ってから、山田さんに挨拶をしようと、控え室をノックした。「ちょっと体調が悪いんです」と聞こえたので、おそるおそるドアを開けると、山田さんは床に寝ていた。しかも、2リットルペットボトルに入った冷たい麦茶をじゃばじゃばと、自分の上半身に浴びせかけている。ペットボトルは、もう何本もカラになっていた。山田さんはもちろん、そこらじゅうびしょびしょ。高熱があるのかもしれない。顔が真っ赤だ。どおりで、いつもの山田さんじゃなかったわけだ。 

これは救急車を呼んだ方がいいのではないか、と、うろうろしているところで目が覚めた。

 はつ秋のあたまの上を紙の舟  山田耕司


>> 左右社HP『不純』

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